第31話★君とハッピーバレンタイン パート4
その後、そのまま私の家へと帰宅してきた私達。
私は勉強机の上に置いてあった箱を掴むと、テーブル前へ移動してひぃくんの隣へ腰を下ろした。
私の横でニコニコと嬉しそうに微笑んでいるひぃくん。
そんなひぃくんをチラリと見た私は、チョコの入った箱を差し出して口を開いた。
「はい、ひぃーー
ーーー!?
言葉も言い終わらない内に、私の手元からもの凄い勢いで箱を奪い取ったひぃくん。
毎年の事ながら、その早さには毎回驚かされる。
「ありがとー花音っ! 」
「あっ……う、うん」
呆気に取られていた私は、そう答えるとヒクつく口元でヘラッと笑った。
「嬉しいなーっ! 凄く嬉しいなーっ! 」
チョコの入った箱を大事そうに胸に抱えると、ユラユラと揺れて嬉しそうに微笑むひぃくん。
私はそんなひぃくんを横目に、携帯を開くと画面を確認した。
彩奈からの連絡はまだない……か。
もうとっくにお兄ちゃんに会ったと思うんだけど……。
どうしたんだろう? 私から連絡してみようかな……。
彩奈からの連絡がない事を不安に思った私は、画面をスライドさせて彩奈の連絡先を開いた。
「ねぇ花音、開けてもいい?! 開けてもいいかなー?! 」
その声に反応して顔を上げると、大事そうにチョコを胸に抱えたひぃくんが瞳をキラキラとさせて私を見つめている。
「う、うん……どうぞ」
異常な喜びを見せるひぃくんに若干引きつつも、私はそう答えると手元の携帯を再び操作し始める。
ーーとその時、一階から玄関の開く音が微かに聞こえた。
……えっ!? お兄ちゃん帰ってきたの!?
じゃあ……彩奈はっ!? 彩奈はどうなったの!?
未だ連絡の来ない携帯と自室の扉を交互に見た私は、一人その場でオロオロと慌て出す。
……何で?!
何で彩奈からの連絡が来ないの?!
まさか……お兄ちゃんと会えなかったとか?!
やっぱり今すぐ確認してみようっ!
そう思った私は、開いていた画面を一旦閉じると通話ボタンを押した。
携帯を耳に当ててコール音に耳を傾ける。
ーーーピリリリリッ
へっ……?
廊下から聞こえてくる携帯の音に、反射的に目の前の扉を見た私。
……あれ? 偶然……かな?
きっとお兄ちゃんの携帯が偶然鳴ったんだんだよね……?
そうは思ったものの、廊下が気になって扉から目が離せない。
ーーーコンコン
「……っ! は、はいっ! 」
目の前の扉が突然ノックされ、私は携帯を耳に当てたまま大きな声で返事をした。
ーーーガチャッ
私の返事を確認してからゆっくりと開かれた扉。
私は呆然と携帯を耳に当てたまま、入り口に立つお兄ちゃんを見つめた。
未だ廊下で鳴り続ける携帯の着信音。
お兄ちゃんを見つめたまま固まっていると、その背後から突然姿を現した彩奈。
ーーー!!?
「……えっ!!? 彩奈っ!? な、なななな、何で!? えっ!? 」
パニックを起こして慌て出した私を見て、小さく溜息を吐いたお兄ちゃんが口を開いた。
「ちゃんと説明するから。とりあえずそれ、切って」
私の耳に当てられている携帯を指差してそう告げたお兄ちゃんは、そのまま彩奈を連れて私の部屋へと入ってくる。
そんな二人を見て、一体何がどうなったのかと動揺しながらも、私は言われた通りに携帯を切ると心を落ち着かせた。
「ーー俺達、付き合う事になったから」
ーーー!!?
お兄ちゃんから放たれた言葉に、衝撃で言葉を失った私。
お兄ちゃんの横に座っている彩奈に視線を移すと、恥ずかしそうにして頬を赤らめている。
「……っ彩奈!! おめでとーっ!! 」
身を乗り出して彩奈の肩を掴んだ私は、あまりの嬉しさに大きな声を上げた。
そんな私に驚きつつも、ほんのりと赤らめた顔で小さく微笑む彩奈。
「……ありがとう、花音」
良かったね……彩奈っ。
何だか嬉しくて泣きそうだよ……。
目の前で嬉しそうに微笑む彩奈を見て、何だか目頭が熱くなってきた私。
「じゃ、そういう事だから」
それだけ言うと、彩奈を連れて部屋から出て行こうするお兄ちゃん。
「……えっ!? 待ってよお兄ちゃん! それだけ!? それだけなの!? 」
そんなお兄ちゃんの腕を掴むと、必死になって引き止める。
そういう事だからって何?!
私が聞きたいのは詳細よっ!
「何がどうなって付き合う事になったの?! 教えてよー! 」
「何で花音にそんな事教えなきゃいけないんだよ」
「聞きたいっ! 聞きたいんだもんっ! 」
だってお兄ちゃん、彼女は作る気ないって言ってたじゃない!
勿論、彩奈と上手くいった事は嬉しい。
……凄く嬉しいよ。
だけど、何で? 何で付き合う事になったの?!
グイグイと腕を引っ張る私の頭をガシッと掴んだお兄ちゃんは、そのままグッと後ろへ押し退ける。
まっ……負けないんだからっ!
その力によろけながらも、必死にお兄ちゃんに近付こうと宙をもがく私の手。
そんな私を見て溜息を吐いたお兄ちゃんは、その視線をひぃくんへと移すと口を開いた。
「おい、響。変な事はするなよ」
「はーい」
小首を傾げてフニャッと笑ったひぃくんは、そう答えるとお兄ちゃんへ向けてヒラヒラと手を振る。
一人暴れている私を見てクスッと笑い声を漏らした彩奈は、「後でね」と私に耳打ちをしてお兄ちゃんと二人で部屋から出て行った。
今聞きたかったのに……お兄ちゃんのケチ。
いいもんっ。後で彩奈から教えてもらうから。
ボサボサになってしまった前髪を整えながら、一人そんな事を思う私。
「俺も大好きーっ」
突然背後から聞こえてきたその声に、扉の前で突っ立ったままだった私は振り返るとひぃくんを見た。
……えっと……何の話し?
私を見つめてニコニコと微笑むひぃくん。
その手元を見ると、蓋の開いた箱を持っている。
状況を理解した私は、ニッコリと笑うと口を開いた。
「私も大好きっ! 」
彩奈達が上手くいって何だか無性に嬉しかった私は、そう言うとひぃくんに駆け寄ってそのまま飛び付いた。
蓋の開いた箱から見えるのは、【大好き】と書かれた私の手作りチョコレート。
そんな素直な気持ちを伝えたくなるバレンタインは、何だかいつもより私を大胆にさせるみたい。
スリスリとすり寄って甘える私を優しく包み込んだひぃくんは、クスッと笑い声を漏らすと「可愛いー花音」と耳元で囁いた。
何だかそれがくすぐったくて、腕の中でモゾモゾと身体を動かす私。
そんな私を一度キュッと強く抱きしめたひぃくんは、ゆっくりと身体を離すとフニャッと笑った。
「花音の好きはどれくらい? いっぱい? 」
「えっ? う、うんっ。いっぱい好きだよっ」
「本当!? 嬉しいなー! 」
私の答えに満足したのか、とても嬉しそうな顔をしてニコニコと微笑むひぃくん。
「じゃあ、地球が見えなくなるぐらい好きって事?」
うん……ちょっとその例えはよくわからない。
「……うっ、うん。それぐらい好き……かな? 」
よくわからない例えに戸惑いながらも、ヘラッと笑ってそう答えた私。
「じゃあ俺と一緒だねーっ」
そう言って小首を傾げてフニャッと笑ったひぃくん。
そ、そうなんだ……。
地球が見えなくなるぐらいってどういう事?
イマイチ理解できないその表現を疑問に思いながらも、目の前で嬉しそうに微笑むひぃくんを見て思わず笑みが溢れる。
「ねぇ、花音。花音からキスしてくれる? 」
「えっ!? 」
「いっぱい好きならいいでしょ? 」
そう言って目を閉じてしまったひぃくん。
自分からするって凄く恥ずかしいんだけどなぁ……。
そんな
そう思った私は、意を決してひぃくんの顔に近付いた。
ーーとその時、私の視界に入った小さい何か。
チラリと視線を横に移すと、そこには天井から垂れ下がった小さな蜘蛛が……。
ーーー!!?
「ひっ……! いやぁーっっ!!! 」
ーーーバチンッ
驚きに思わず仰け反った私は、大声を上げると目の前のひぃくんを突き飛ばした。
その数秒後、もの勢い勢いで開け放たれた私の部屋の扉。
ーーーバンッ!
「おい響っ!! お前な……っ?! 」
鬼のような形相で怒鳴りながら入ってきたお兄ちゃんは、目の前のひぃくんを見て動きを止めた。
「おにっ……お兄ちゃんっ! 蜘蛛っ! 蜘蛛取ってぇー! 蜘蛛っ! 蜘蛛ぉー! 」
ヒーヒーと悲鳴を上げながら蜘蛛を退治しろと指差す私。
その横では、体育座りをして両手で顔を覆いメソメソと泣くひぃくんの姿。
そんな私達を見て、懸命に状況を把握しようとするお兄ちゃん。
「いっぱい好きって言ったのに……。嫌って……嫌って……言った……」
ブツブツと小さく呟きながら、両手で顔を覆ってシクシクと涙を流すひぃくん。
それを黙って見ていたお兄ちゃんは、大きく溜息を吐くと口を開いた。
「……ほんと、何なんだよお前ら……」
そんな愚痴を溢しながらも、素早く蜘蛛を退治してくれたお兄ちゃん。
「……おい、響。今氷持ってきてやるから……ソレ、ちゃんと冷やしとけよ」
そう言って呆れたような顔をするお兄ちゃん。
その視線の先では、未だひぃくんがシクシクと泣き続けている。
体育座りをして部屋の隅で一人泣き続けるひぃくん。
その顔には、私の手形がクッキリと赤く残っていたーー。
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