第30話★君とハッピーバレンタイン パート3



ーーバレンタイン当日。


人もまばらになった放課後の教室で、彩奈の席の前で立ち止まった私は、一度小さく息を吐くと彩奈に向かって声を掛けた。


「ーー彩奈」


その声に反応して、ゆっくりと顔を上げて私を見た彩奈。

心なしか、その表情は少し緊張して見える。


机の横に掛けられた紙袋をチラリと見た私は、彩奈に向けて優しく微笑むと口を開いた。


「今から……渡しに行くんだよね? 」

「……うん」


やはり緊張しているのか、彩奈はぎこちない笑顔を作って小さく頷く。


「そっか……頑張ってね、彩奈」

「うん、ありがとう」


そう言ってニッコリと微笑んだ彩奈。


結局、私が彩奈にしてあげられる事といったら、こうして「頑張れ」と声を掛けてあげる事以外に何もないのだ。

あとは、お兄ちゃんと彩奈が上手くいくように祈るだけ。


目の前で可愛らしく微笑む彩奈を見て、私は心の中でそんな風に思う。


「ーーかのーんっ! 」


ーーー!?


突然ガバッと後ろから抱きしめられ、ビクリと肩を揺らして驚いた私。


背後からほのかに香る心地よい匂いに、私は小さく安堵の息を吐くと後ろを振り返った。


「……もうっ……ひぃくん、驚かさないで」

「ごめんねー」


フニャッと笑って小首を傾げたひぃくん。

頬を膨らませて怒る私を見て、クスクスと小さく声を漏らす。


「まだ帰らないの? 早く花音のチョコ貰いたいなー」


帰宅してから渡すと予め伝えてあった私のチョコ。

それが余程楽しみなのか、ひぃくんはニコニコと微笑みながら私の顔を覗き込んだ。


「うん……もう少しだけ待ってて、ひぃくん」

「うん」


私の言葉に、ニッコリと笑って答えたひぃくん。


何も協力ができないなら、せめてお兄ちゃんのところへ行く彩奈を送り出してから帰りたい。

……きっと今の彩奈は、不安と緊張で一杯だろうから。


ゴソゴソと紙袋を漁りだした彩奈を横目に、そんな事を思う私。


紙袋からチョコを取り出した彩奈は、それをひぃくんの目の前に差し出すと口を開いた。


「ーーはい、響さん。義理チョコ。花音にあげたのとは味違いだから、花音と半分こにしてあげてね」

「うん、ありがとー」


堂々と『義理チョコ』だと宣言する彩奈からチョコを受け取ったひぃくんは、私に向かって「半分こしようねー」と言ってフニャッと微笑む。


「あっ……う、うん。そうだね……」


それどころではなかった私は、チラチラと彩奈を見ながら適当な相槌を打つ。


そんな私の視線を辿って彩奈を見たひぃくんは、ニッコリと微笑むと口を開いた。


「翔ならまだ教室にいたよ? 」

「……えっ? 」


ひぃくんのその言葉に、少しだけ目を大きく開かせて驚いた彩奈。


紙袋からチラリと見える、ひぃくんの物とは明らかに違う豪華なラッピングのチョコ。

それを指差したひぃくんは、小首を傾げてニコッと笑った。


「ーーそれ、翔にあげるんでしょ? 」

「えっ?! ……あっ……うん」

「まだ教室にいると思うよ? 」


少し動揺を見せる彩奈に対して、いつもの様にニコニコと笑顔で話しを続けるひぃくん。


「大丈夫だよ。渡しておいで」


ひぃくんのその言葉に、カァーッと一瞬で頬を赤らめた彩奈。

一度俯く素ぶりを見せると、パッと顔を上げてから笑顔で口を開いた。


「ーーうん、ありがとう」


……えっ? ひぃくん、もしかして……。

気付いてるの?……彩奈の気持ち。


間近で二人のやり取りを見ていた私は、驚きに見開かれた瞳でひぃくんを見上げて凝視する。


「私……行ってくるね、花音」

「……えっ?! あっ……う、うんっ! 頑張ってね、彩奈っ! 」


彩奈の声に反応した私は、勢いよくその視線を彩奈の方へ移すと、元気いっぱいに笑顔を向けた。


「行ってらっしゃーい」


私の横で、呑気な声を出してヒラヒラと彩奈に手を振るひぃくん。


やっぱり……気付いてる訳ないか。


ニコニコと呑気に笑うひぃくんを見て、そんな事を思った私。


「じゃあ……またね。後で報告するね」

「うん、また後でね」


小さく手を振る私に向かって、一度手を振り返してくれた彩奈は、少し照れたようにはにかんでからクルリと背を向けて歩き出した。


その後ろ姿に向かって小さく手を振り続ける私。


「頑張れ……彩奈」


私の口からは、そんな言葉が小さくポツリと溢れた。


大丈夫かな、彩奈……。

お兄ちゃん、彩奈の事よろしくね。


「ーー翔なら大丈夫だよ。ちゃんと大切に思ってるから、彩奈ちゃんの事」

「……へっ?! 」


……えっ?な、何……?!

ひぃくん……やっぱり気付いてる……の……?彩奈の気持ち。

……し、知ってるの?!


お兄ちゃんなら大丈夫って、どういう事っ?!

大切に思ってるって……どういう意味っ?!


驚きに見開かれた瞳で隣に立つひぃくんを見上げた私。

相変わらずニコニコと呑気に微笑んでいるひぃくんからは、その真意は全く読み解く事ができない。


「……だっ、大丈夫って……何が?! 何が大丈夫なの?! 」


一体、ひぃくんは何を知っているというの?!


焦る私を見て、ニッコリと微笑んだひぃくん。


「花音、早く帰ろう? 花音のチョコ楽しみだなー」


ーーー?!!


……えっ?!


ここでまさかのドスルーなのっっ?!!

一体、何が大丈夫だっていうの?!


……ねぇ、ひぃくんっ! スルーなの?!

そうなのっ?!

私の質問は、ドスルーなんですかっ……?!


ひぃくんを見つめたまま、プルプルと震えて立ち尽くす私。


そんな私を見てニコッと笑ったひぃくんは、ルンルンと上機嫌な様子で私の鞄を取り上げると、そのまま私の手を取って教室を後にした。


私はその後も何度かひぃくんに質問をしてみたものの、最早チョコの事しか頭にないひぃくん。


「花音のチョコ楽しみだなー」と何度も呪文のように告げるひぃくんの横で、私は一人悶々としながら帰宅するしかなかったーー。











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