第29話★君とハッピーバレンタイン パート2
その日の夕食後、リビングのソファで寛いでいる私は、すぐ隣に座っているお兄ちゃんをチラリと見て口を開いた。
「ーーねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんてどんな女の子が好きなの? 」
「……は? 」
私のその唐突な質問に、怪訝そうな顔を見せるお兄ちゃん。
「なんで? 」
「えっ?! ……べ、別に?! 何となく……気になっただけ」
「……へー」
慌てた私を怪しく思ったのか、目を細めてチラリと私を見るお兄ちゃん。
……明らかに怪しまれている。
どっ……ど、どうしよう……。
いきなりピンチになってしまった私。
……あっ!
「そっ……そういえばっ! イヴの日お兄ちゃん何処に行ってたの?! 」
私は前から気になっていた事を質問すると、何とかその場を誤魔化そうとしてみる。
「……何処だっていいだろ」
「良くないよっ! 私にはデート禁止したくせにっ! 」
「結局俺に黙ってデートしてただろ? 」
ギロリと睨まれ、何も反論できない私。
……はい、仰る通りです。
あの時のお兄ちゃんは、猛烈に恐ろしかったのを今でもハッキリと覚えています。
それを思い出した私は、口元をピクッと引きつらせると、お兄ちゃんの視線が堪らずに顔を背けた。
私はただ、彩奈の為にお兄ちゃんの好みを聞き出そうとしただけなのに、気付いたらお兄ちゃんにお説教されているみたいな状況になってしまった。
一体、何故……?
こんなんじゃ彩奈に協力なんてできそうにない。
自分の不甲斐なさに、キュッと唇を噛んで俯く。
すると、そんな私を見たお兄ちゃんが小さく溜息を吐いた。
「……別に誰かとデートしてたとかじゃないから」
へっ……?
お兄ちゃんのその言葉に、私は勢いよく顔を上げると隣を見た。
テレビ画面を見ながら、それでも私に向けて話を続けるお兄ちゃん。
「クラスの奴らに呼び出されただけ。でも、思い出したくないから話したくなかったんだよ」
「そうなんだ……」
あの日を思い出しているのか、ウンザリしたように大きく溜息を吐いたお兄ちゃん。
一体何があったんだろう……。
気にはなるものの、隣で疲れきった様な顔をするお兄ちゃんを見て、何だか気の毒になってきた私。
当初の目的であった好みのタイプはまだ聞き出せてはいないものの、イヴに誰かとデートしていた訳ではないと知ってホッとする。
「お兄ちゃんて……今、彼女いないの? 」
これだけは、念の為に確認しておかなきゃ。
彩奈がお兄ちゃんからフリーだと聞いたのは、どうやら秋頃の話しらしい。
もしかしたら……今は彼女がいるのかもしれない。
そんな不安があった私は、コクリと小さく唾を飲み込むとお兄ちゃんの返事を待った。
「夏頃からずっといないよ」
「……! そうなんだっ! 良かったね! 」
お兄ちゃんの言葉に、思わずパッと笑顔になってしまった私。
良かったね、彩奈っ!
お兄ちゃん彼女いないってよ!
嬉しそうにニコニコと微笑む私を見たお兄ちゃんは、不審そうに目を細めると口を開いた。
「何が良かったんだよ」
「……えっ?! あっ、いやー……だって、大変でしょ? 彼女がいると……色々とっ」
思わずお兄ちゃんの前で『良かった』なんて本音を零してしまった私。
アハハッと笑ってその場を誤魔化す。
「彼女がいなくたって毎日大変だよ……」
そう言って小さく溜息を吐いたお兄ちゃん。
……?
「花音の面倒見るので手一杯だよ、俺は。彼女なんて作ってる暇ないだろ」
「……えっ!? 」
わっ……私っ?!
私のせいでお兄ちゃんは彼女を作らないの?!
そ、それじゃあ……彩奈は?
彩奈の気持ちはどうなるの……?
お兄ちゃんの言葉に、ショックを受けて固まってしまった私。
まさか……協力するどころか、私が彩奈の邪魔をしてしまうなんて……。
協力するなんて言っておきながら、まさか自分が足を引っ張る事になるとは思ってもいなかった私。
お兄ちゃんに告白すると言っていた時の、照れながらも幸せそうに微笑んでいた彩奈。
そんな姿が脳裏に思い浮かぶ。
私は……そんな彩奈の足を引っ張ってしまうの?
そんなの……絶対に嫌っ。
そう思った私は、もの凄い勢いでお兄ちゃんの腕にしがみ付くと、お兄ちゃんの服をギュッと掴んで口を開いた。
「……そんなの嫌っ!絶対にダメっ! 」
突然の私の大声に驚きを隠せないお兄ちゃん。
「ヤダよっ!……お兄ちゃんっ! 彼女作ってよぉーっ! 」
ユサユサと身体を揺すりながら懇願する私に、お兄ちゃんはギョッとした顔をさせると口を開いた。
「突然何なんだよ……」
「やだやだやだーっ! 」
彩奈は私の親友なんだから……っ。
絶対に足なんて引っ張りたくないよっ。
……絶対に嫌っ。
「……なんで泣くんだよ……」
ついに泣き出してしまった私に困ったお兄ちゃんは、優しく私を抱き寄せるとポンポンと頭を撫でてくれる。
お願いだから……彩奈を傷付けないで。
……私の大切な友達なの。
お願い……お兄ちゃんっ……。
結局、無力な私は心の中でただそう祈る事しかできないのだ。
「一体どうしたんだよ……花音」
お兄ちゃんの腕の中で、ギュッと服を掴んだままグズグズと泣き続ける私。
そんな私に困惑するお兄ちゃんは、一度小さく溜息を吐くと、私が泣き止むまでずっと優しく頭を撫で続けていたーー。
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