第4話★君はやっぱり変でした パート2
「わぁ……!凄いね彩奈!」
隣にいる彩奈の腕を引っ張って、興奮気味にそう話す。
目の前に広がるのは巨大な温水プール。
奥にはウォータースライダーなんかもある。
そう、私は今スパに来ているのだ。
勿論お兄ちゃんとひぃくんには内緒で。
斗真くんに誘われた私は、彩奈を誘ってここへ来た。
「花音ちゃーん!彩奈ちゃーん!」
呼び声に振り返ると、着替えの終わった斗真くん達が遠くで手を振っている姿が見える。
私と彩奈はそれに手を振り返す。
斗真くん達の近くにいる女の子達が、チラチラと斗真くん達を見ては頬を赤く染めている。
やっぱりモテるんだなぁ……。
確かにイケメンだもんね、と感心する。
「ねぇねぇ!」
突然目の前にドアップの顔が現れ、驚いた私は後ろによろめく。
そんな私の腕をガシッと掴んだ目の前のお兄さんは、ニッコリと笑うと口を開いた。
「君達二人で来たの?可愛いね、お兄さん達と一緒に遊ばない?」
「すみません、私達彼氏と一緒に来てるので」
隣から聞こえた彩奈の言葉に驚いて、思わず彩奈を凝視する。
そんな私をシレッと横目にした彩奈。
あ……そっか、追い払う為に嘘付いたんだ。
「またまたぁー。さっきから君達ずっと二人でいるじゃん。嘘付いちゃダメだよー」
中々鋭いお兄さん。
どうしよう、彩奈……。
掴まれた腕と彩奈を交互に見る。
「嘘じゃありません。その子達、俺達の連れです」
私がオロオロと困っていると、斗真くんが現れて私を掴んでいるお兄さんの手に触れた。
斗真くんを見たお兄さんは「なんだ本当に男連れかー。ごめんねー」と言って去って行く。
「ごめんね、俺達が遅くなっちゃったから」
腰を屈めて私を覗き込む斗真くんは、とても申し訳なさそうな顔をして謝った。
「大丈夫だよ、ちょっとビックリしただけだから」
そう言ってニッコリ笑うと、斗真くんは安心したように微笑む。
「水着可愛いね、似合ってる」
「あ、ありがとう」
私の水着姿を眺める斗真くんに、何だか急に恥ずかしくなった私は顔を俯かせる。
そんなに見つめないで頂きたい……。
チラリと視線を上げると、私と目が合った斗真くんがニコリと微笑んだ。
「花音ちゃん、行こう」
私の手を取った斗真くんは、そう言うと流れるプールへと連れて行く。
浮き輪に入ってプカプカと流れるのは何だかとっても気持ちがいい……。
「花音ちゃん、楽しい?」
「うん!」
浮き輪に掴まって一緒に流れている斗真くんが、私を見つめて優しく微笑む。
「良かった、俺も楽しい」
浮き輪に両腕を乗せ、小首を傾げてニコリと笑う斗真くん。
何だろう……
凄く癒される。
斗真くんて癒し系なんだね。
普段私の周りには存在しない、この何とも癒される雰囲気。
とても心地がいい……。
ひぃくんに振り回されてばかりいる私は、たぶん凄く疲れているのかも。
ヒーリング効果でもあるのかな、斗真くん。
あぁ……ひぃくんの事考えたせいかな。
ひぃくんの幻が見えてきちゃったよ。
そう思いながら、ひぃくんの幻を眺める。
幻を……まぼ……
ーーー!?
私は思わず目を見開いた。
幻じゃない……!
女の人達に囲まれて逆ナンされているイケメン……
あれは間違いなくひぃくんだ。
何で?!
何でここにいるの?!
「花音ちゃん、どうかした?」
私の異変に気付いた斗真くんが、心配そうな顔をして訊ねる。
「えっ?! な、何でもないよ」
思わず笑顔が引きつってしまった。
絶対に見つからないようにしなきゃ……。
大丈夫、こんなに広いんだもん。
見つかりっこない。
自分は簡単にひぃくんを見つけたくせに、どこからくる自信なのか……
私は見つかりっこない、大丈夫だと高を
そして浅はかだった私は、直ぐにひぃくんに見つかってしまうのだ。
流れるプールから出た私は、飲み物を買おうと斗真くんと一緒に歩いていた。
「花音ちゃん、あれって……榎本先輩だよね」
斗真くんが指差す方に見えたのは、女の人達に囲まれたイケメン。
そう、あれは間違いなくひぃくん。
「ち、違うと思うよ。行こう、斗真くん」
見つかっては困る。
そう思った私は、この場から離れようとクルリと背を向ける。
「えっ、でも……こっちに向かって来るよ?」
斗真くんの言葉にギョッとした私は、思わず目を見開いて振り返った。
周りにいる女の人達を振り払いながら、こちらに向かって歩いて来るひぃくん。
その顔は、何だか焦っているように見える。
……嫌な予感しかしない。
私は思わず後ずさる。
心配そうな顔をして、私とひぃくんを交互に見ている斗真くん。
お願い……こっちに来ないで、ひぃくん。
私の願いも虚しく、気付けば目の前に現れたひぃくん。
私の肩をガッチリと掴むと、焦った顔のまま口を開いた。
「花音っ!どうして裸なの?! ……ダメだよ、裸で人前に出たらっ!」
大きな声でそう言ったひぃくんに、周りがシーンと静まり返る。
……目眩がする。
ひぃくん……私水着着てるよ。
裸な訳ないじゃん……。
私に集まる好奇の視線。
斗真くんの濡れた髪からは、ポタリと水滴が垂れてまるで汗の様に額に流れた。
「花音の裸なら後で見てあげるから!……っだからお願い!人前ではダメだよ!」
焦った顔をして、大きな声でそう告げるひぃくん。
……それではまるで私が痴女のよう。
なんて最悪なんだ……。
目眩に足元がフラつく。
自分の着ていたパーカーを私に着せると、フラつく私を支えたひぃくん。
心配そうな顔をして「大丈夫?」と聞いてくる。
いや……あなたのせいなんだよ、ひぃくん。
どうしてくれるのこの状況……。
呆然とした顔で見つめると、私の視線に気付いたひぃくんが「可愛いー」と言って私を抱きしめる。
ダラリと力の抜けた腕を垂らしたまま、黙ってひぃくんの腕の中に抱きしめられる。
あぁ……
これなら顔は隠せるかも。
放心状態の頭で、私はボンヤリとそう思っていたーー。
※※※
「楽しいね、花音」
私の背中にピタリとくっついているひぃくんが、嬉しそうな声でそう言った。
あの後、ひぃくんに強引に連れられてやってきたのは流れるプール。
さっきまでいたのに……。
また私はプールへ逆戻り。
『さっき遊んだから嫌』
私がそう言うと、
それを見ていた斗真くんが、困ったような笑顔で『花音ちゃん、行ってきてあげたら?』と言った。
ーーそれで今のこの状況。
二人で密着したまま浮き輪に入り、プカプカと浮かんでゆっくりと流れる。
え……
何なのこれ……。
思わず顔が引きつる。
一人用の浮き輪に無理矢理入ってきたひぃくん。
二人で入ると身動きすら取れない。
ミッチミチに浮き輪に入ったまま、私達は今プールに浮いているのだ。
「ママ見てー。ラブラブだねー」
「そうね、ラブラブね」
小さな男の子を連れた親子連れが、クスクスと笑って私達の横を流れてゆく。
「ラブラブだねー花音」
身動きの取れないのをいい事に、ひぃくんはそう言うと私の頬にキスをした。
これは新手の拷問だろうか……?
まだまだ半分以上もあるプールの先を眺める。
後ろで楽しそうに話すひぃくんの声を聞きながら、私は最後まで顔を引きつらせたまま黙って浮かんでいたーー。
※※※
「わー結構高いね」
「え、めっちゃ楽しそう」
斗真くん達がキラキラと目を輝かせる中、私は少し足を震えさせる。
今私達は、ウォータースライダーへ来ていた。
何故かひぃくんも一緒に。
一人で来たと言うひぃくんに『じゃあ一緒に遊びますか?』なんて言ってしまった斗真くん。
ひぃくんに甘すぎだよ……。
結構な高さのあるウォータースライダーに、やっぱり辞めとけばよかったと後悔する私。
実は高所恐怖症だったりする。
「花音大丈夫?」
「だから辞めときなって言ったのに」
心配そうに私の顔を覗き込むひぃくんと、私の横で呆れたような顔をする彩奈。
だって……。
せっかく皆で来たのに、ひぃくんと二人で待っているなんて嫌だった。
でもいざ来てみると、下から見るより遥かに高い高さに、やっぱり辞めようかと気持ちが揺らぐ。
どうしよう……。どうしよう……。
どうしようかと悩んでいる内に、いつの間にか私達の順番になってしまった。
「花音ちゃん大丈夫?やっぱり辞める?」
心配そうに私の顔を覗き込む斗真くん。
「うん、やっぱり辞める」そう言おうと私が口を開いた瞬間、グイッと横から腕を引かれる。
「花音、二人用があるよ。これなら怖くないよ」
そう言ってニッコリ微笑むひぃくんが、そのまま私を抱え上げるとゴムボートへ乗せた。
私の後ろへピッタリと座るひぃくん。
「ひぃくん……私、やっぱり辞め……」
「大丈夫だよ、ギュッてしててあげるから」
後ろをチラリと見ると、ひぃくんはニッコリと微笑んで私に腕を回した。
ギュッと抱きしめられる身体。
えっ……?
視線を自分の胸元へ移すと、ひぃくんの手が私の胸を……
胸を掴んで……る。
そう認識した瞬間、グラリと身体が揺れ、そのまま私達を乗せたゴムボートが勢いよく滑り出した。
「いやーーっっ!!!」
私の大絶叫を響かせながら、グングンと加速してゆくスピード。
もちろん怖い、凄く怖い。
でも、私の胸元にあるひぃくんの手はもっと気になる。
何で胸なんか掴むの、ひぃくんのバカ!
「キャーーッ!!!」
文句を言いたいのは山々だけど、それどころではない私は悲鳴をあげながらスライダーを滑ってゆく。
何度も何度も絶叫した私は、下へ到着した時には魂の抜け殻のようになっていた。
「楽しかったねー」
目の前で呑気に笑っているひぃくん。
きっと私の胸を掴んだ事なんて気付いていないのだ。
なんて失礼なやつ……。
「おいで、花音」
先にプールから上がったひぃくんが、私に手を差し伸べて微笑む。
私は黙ってその手を掴むと、ひぃくんに引っ張り上げてもらってプールから上がった。
「楽しかったねー、もう一回乗る?」
「絶対に嫌。ひぃくん一人で行けば」
「花音が乗らないなら行かないよー」
ニコニコと笑顔で話すひぃくんの横を、私は力の抜けた身体でトボトボと歩く。
何だか凄く疲れた……。
絶対にひぃくんのせい。
だいたい何でひぃくんがここにいるの?
隣にいるひぃくんをチラリと見上げると、ニッコリ微笑んだひぃくんが口を開いた。
「さっきはごめんね、わざとじゃないよ」
そう言って小首を傾げてフニャっと笑うひぃくん。
えっ……?
気付いて……た……
気付いてたんだ……!
さっきは失礼なやつ、とか思ってしまったけど……
できれば気付かないで欲しかった。
最悪……。
泣きそうになって下を俯くと、ひぃくんが私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ、柔らかくて気持ちよかったから」
そう言ってニッコリ微笑むひぃくん。
意味がわからない……。
何が大丈夫なのよ。
私が気にしているのは柔らかさではない。
「ひぃくんのバカ!」
もう恥ずかしさやら怒りやらで、何だかわからなくなってしまった私は、ひぃくんに暴言を吐くとそのまま泣き出した。
「泣かないで、花音。大丈夫だよー」
そう言って私の頭を撫でながら涙を拭うひぃくん。
何が大丈夫なのよ……。
私が気にしているのは柔らかさじゃないんだよ?
凄く恥ずかしかったんだから。
きっとひぃくんには伝わらないんだろうな……。
そう思った私は、泣いている自分がとても虚しく思えたーー。
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