第3話★君はやっぱり変でした パート1

「花音ちゃん!」


突然呼ばれた声に振り返ると、いつぞやの何とか君。

えっと……確か名前は……山崎くん、だったかな?


確かお兄ちゃんが危ないって言ってた気がする。

それを思い出した私は、何が起こるのかと身構える。


ポケットに手を入れた山崎くん。

その行動をビクビクしながら見守る。


「これ、良かったら一緒に行かない?」


突然差し出された何かに思わず目をつぶってしまった私は、ゆっくりと目を開くと恐る恐る目の前を見た。


ニッコリと微笑む山崎くんの手元には、ヒラヒラと揺れる細長い紙切れが……。


「……あっ! これ行きたかったスパ!」


差し出された山崎くんの手をガシッと掴むと、その手に握られたチケットを覗き込む。


ここは今話題の、最近出来たばかりの巨大スパ。

中には色んな施設が揃っていて、岩盤浴や温泉やプールがあって、施設内は全て水着で移動できる。


勿論、飲食店も色々あって、一日中いても楽しめる。夢のような施設だ。


「あっあの、花音ちゃん……」


頭上からの声に視線を上げると、山崎くんの顔が何だか少し赤い。

熱でもあるのかな……?


「二人きりじゃあれだから……何人かお互い誘って行かない?」

「うんっ! 行きたい!」


笑顔で答えると、山崎くんは一度ホッとした様な顔を見せると笑顔になる。


その後、お互いの連絡先を交換した私達はそのまま廊下で話していた。


お兄ちゃんは危ないって言ってたけど、今目の前で話している山崎くんは全然危ない人には見えない。


「花音ちゃん、俺の事は斗真って呼んでくれると嬉しいな」

「うん、わかった。斗真くん」


私がそう言うと、嬉しそうに微笑む斗真くん。

お兄ちゃん、斗真くん凄くいい人だよ……。


そんな事を考えていると、突然後ろから肩を掴まれて私の身体が反転させられる。


ーーー?!


何事かと驚いていると、目の前にはいつの間に来たのかひぃくんの姿が。


あぁ……

何だかまたデジャヴが……。


不安が頭をよぎった時、目の前のひぃくんが口を開いた。


「花音!初めては……っ花音の初めては俺に捧げてくれたのに……っ!」


大きな声でそう言ったひぃくんは、瞳を潤ませてメソメソと泣き出す。


泣きたいのは私だよひぃくん……。


ひぃくんの放った言葉に騒然とする廊下。


あぁ……

今すぐこの場から消えたい……。


私の腰あたりに抱きついてメソメソとするひぃくん。

私はそのつむじを見つめながら呆然と立ち尽くしたーー。




※※※




隣でニコニコと嬉しそうにお弁当を食べるひぃくん。

私はそんなひぃくんに向けて口を開いた。


「ひぃくん、さっきのあれ……何?」


メソメソと泣くひぃくんに連れられ屋上へとやってきた私。

すっかりとご機嫌になったひぃくんに対し、私は未だにさっきの事を引きずっていた。


怨めしい気持ちでひぃくんを見つめる。

あの時私がどんなに恥ずかしかったか……。


「え?だって……花音がスパに行こうとしてたから……」


スパに行くのとさっきの発言に何の関係があるのか……

私にはサッパリわからない。

ひぃくんの思考を読み取るのは一生無理かも。


「それとあの発言に何の関係があるの?」


小さく溜息を吐くと、呆れながらひぃくんを見る。


「忘れちゃったの花音?! 俺に初めてを捧げてくれたのに……っ!」


ひぃくんの言葉に、お兄ちゃんの眉がピクリと動く。

そしてゆっくりと視線を動かして私を捉えた。


えっ……。

お、お兄ちゃん……私を見ないで。

私だって意味がわからないんだから……。


思わず顔が引きつる。


「花音! ……っ花音の公園デビューは俺に捧げてくれたでしょ?! 忘れちゃったの?!」


私の肩をガッチリと掴んでユサユサと揺らすひぃくん。


あぁ……もう嫌だ……。

何て紛らわしい言い方をするんだろう……この人は。

初めからそう言ってくれればいいのに。


私の身体を揺らすひぃくんを見ると、泣きそうな顔をして私を見つめていた。


だから泣きたいのは私だよ、ひぃくん……。


ひぃくんの言葉であらぬ誤解を受けたであろう私。

何で普通に話せないんだろう。

やっぱりひぃくんはちょっと変。


ガクガクと揺れる頭でそんな事を考える。


「スパって何?」


私達の会話を黙って聞いていたお兄ちゃんが、ひぃくんの腕を引っ張りながらそう尋ねた。


「さっき廊下で話してたんだよ男の子と……。ねぇ、花音の初めては俺に捧げてくれるでしょ……?」


お兄ちゃんをチラリと見たひぃくんは、再び私に視線を向けるとそう言った。


さっきの発言からすると、初めてスパに行くのはひぃくんと一緒にって意味なんだろうけど……。


何でそんな変な言い回しをするのだろう。

わざとなの?


目の前で瞳を潤ませるひぃくんを見て、思わず溜息が出る。


「それは無理だよひぃくん、もう約束しちゃったから」


私がそう告げると、ひぃくんは目を見開いて固まってしまった。


「花音、男と一緒に行くの?」

「えっ……あ、うん。何人かで行くんだよ」


お兄ちゃんからの質問に、ひぃくんをチラリと横目で見ながら答える。

ひぃくん大丈夫かな……?


ピクリとも動かなくなってしまったひぃくん。

そんなひぃくんを少し心配しながら、お兄ちゃんの方へと視線を移す。


「ダメ」

「へっ……?」

「危ないから行ったらダメ」


素っ頓狂な声を出した私に、再度ダメだと告げるお兄ちゃん。

驚いた私は、一瞬固まってお兄ちゃんを見つめる。


すると突然、固まったまま動かなかったひぃくんが大声を出した。


「花音っ!!」


ーーー!?


ひぃくんに抱きつかれ、ゆっくりと倒れてゆく身体……。

気付くと私は、ひぃくんに押し倒されていた。


「花音……っ花音……」


私を抱きしめ、胸元でスリスリと顔を動かしながら涙を流すひぃくん。


突然の出来事に呆然とする私。


ゆっくりと視線を下へ向けると、そこにはひぃくんのつむじが見える。

その更に下の方へと視線を移すと、私の胸元で泣いているひぃくんが。


私の胸元で……

胸……元……。


「いやぁーー!!」


私の叫び声で、呆然として固まっていたお兄ちゃんが慌てて動き出す。


お兄ちゃんが離そうとしても、中々離れないひぃくん。


私の胸元でシクシクと泣くひぃくんを見つめ、私は思った。


そんな事で泣かないでよ……。

ひぃくん、鼻水垂れてるよ。


あぁ……私の制服にひぃくんの鼻水が……。


何だか急に阿呆らしく思えてきた私は、その場をお兄ちゃんに任せて身体から力を抜くと、ただジッと目の前の光景を眺めたーー。



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