第2話★私のお兄ちゃんは過保護なんです


高校へ入学して早いこと一ヶ月。


中学の頃から多少はあったものの、高校生ともなると明らかに増えてくるのが、彼氏彼女の恋バナ。


キラキラと輝いた瞳で、彼氏や好きな人の話をするクラスメイト達。

それを尻目に、私は盛大な溜息を吐いた。


羨ましい……。


「私も彼氏欲しいなぁ……」


ポツリと小さな声で呟く。


「花音には響さんがいるじゃん」


私の肩にポンッと手を置いてニッコリ微笑む彩奈。

サラサラの綺麗な黒髪を耳に掛けて小首を傾げる姿は……美少女すぎて眩しい。


「眩しいです、彩奈さん」

「……は?」


シラけた顔して私を見てくる彩奈。

そんなクールなところも大好きだよ。


「ひぃくんは嫌だよ……ちょっと変だもん」

「まぁ……確かにちょっとねぇ」


小学生の頃から大親友の彩奈は、ひぃくんの正体を知っている数少ない人間。


小学四年の時も、中学の時も、私の近くで一部始終を見ていた目撃者でもある。


「見た目だけならかなりのハイスペックなのにね」


そう言って私の隣で残念そうに笑う。


「響さんと翔さんに見慣れてる花音には、中々彼氏ができないかもね」

「えっ!? なんでっ!?」


思わず声が大きくなってしまい、慌てて顔を俯かせる。

そんなの嫌だ……。

私だって恋をして……彼氏を作りたい。


「あんなイケメン他にいないからねー」

「私別にイケメンがいいわけじゃないよ?」


クスクスと笑う彩奈に、プクッと頬を膨らませて反論する。


「じゃあなんで彼氏作らないの? 入学してからもう何人にも告白されてるくせに」

「それは……」


私は開いた口をつぐむと、窓の外を眺めて小さく溜息を吐いた。


今日は溜息ばかり吐いてるなぁ……。

私の幸せが逃げちゃう。


そんな事を思いながら、また小さく溜息を吐いたーー。




※※※




昼休み、見知らぬ男の子に呼び出された私。


どこまで行くんだろう?

そう思いながら、目の前の背中に黙って付いて行く。


お腹空いたなぁ……。

今日のおかずは何かな。


そんな事を考えていると、目の前を歩く男の子が突然立ち止まって振り返った。


ーーー!?


すぐ後ろを歩いていた私は、そのまま男の子に突進してしまう。


「……ぅっ……痛い」


ぶつけた鼻をさすっていると、突然ガシッと肩を掴まれた。


「ごめんね! 大丈夫?」


心配そうに私の顔を覗き込む男の子。

よく見ると、とても可愛らしい顔をしている。


さっきまでちゃんと顔を見ていなかったから気付かなかった。

たぶん、凄く女の子に人気がありそう。


申し訳なさそうに私を見つめる男の子は、きっととても優しくて性格も良い。

そんな気がする。


「はい……大丈夫です」


私がそう言って顔を上げると、ホッとしたのか「良かった」と言って笑った。


こんな所に連れてきて、一体私に何の話しなんだろう……。


『花音ちゃん、ちょっと話しがあるので付いて来て下さい』


さっき教室で言われた言葉。


何故私の名前を知ってるの?

私は目の前の男の子に面識がなかった。


「あの!」


突然真剣な顔で声を発した男の子に、私は思わずビシッと硬直してしまう。


「俺、花音ちゃんの事がーー

「断る!」


ーーー!?


目の前の男の子の声を遮って放たれた言葉に、驚いた私はビクリと肩を揺らす。


そのままゆっくりと後ろを振り返ってみると、いつの間に来たのかそこにはお兄ちゃんが立っていた。


「えっ!?お、お兄ちゃん……?」


断るって……。

もしかして、これって告白だったの?

えっ……?

お兄ちゃんが断っちゃったの?


一人パニックになる私の腕を掴んだお兄ちゃんは、そのまま私を連れて無言で歩き出す。


チラリと後ろを振り返った私は、呆然と立ち尽くす男の子を見た。


え……

何これ……。


告白だったのか、そうじゃなかったのか……

それすらわからないまま私はその場を後にしたーー。




※※※




教室に戻ってきた私は、待っていてくれた彩奈と一緒にお弁当を広げる。


今日は彩奈と一緒にお弁当を食べる曜日。

月水金はお兄ちゃんと。

火木は彩奈と。

何故かお兄ちゃんに勝手に決められたルール。


お弁当の蓋を開けた私は目を輝かせた。


「わぁ……!美味しそぉ」


お兄ちゃんが作ってくれたお弁当には、私の大好物のハンバーグが入っていた。


早速お箸で一口大に切ると、ハンバーグを口の中へ入れる。


美味しい。幸せだなぁ……。


「で、さっきのどうだったの?」

「さっきのって何?」


お弁当を頬張りながら尋ねる私に、彩奈は呆れ顔で口を開いた。


「さっきの告白」

「……わかんない」


そもそも告白だったのかすらわからない。


「さっきの人、人気あるんだよ? 確か……山崎斗真って名前だったかな」

「そうなんだ……」

「あのねぇ……もっと関心持ちなさいよ。本当に彼氏作る気あるの?」

「だって……」


本当に何だかよくわからなかったのだ。


昔からそう。

男の子に呼び出されると、必ず何処から聞きつけたのかお兄ちゃんがやって来た。

そして結局よくわからない内に終わっているのだ……。


「絶対に彼氏作るもん!」


ヤケクソ気味にそう言うと、私は止まっていた手を動かしてお弁当を食べる。


そんな私を見た彩奈は「はいはい、できるといいね」と呆れた顔をして溜息を吐いたーー。




※※※




「ーーねぇ、お兄ちゃん」


目の前でお弁当を食べているお兄ちゃんは、私の声に反応して顔を上げた。


「昨日のって……告白だったのかな?」


昨日の出来事をふと思い出した私は、唐突にそう質問してみる。

答えを求めてお兄ちゃんを見つめていると、隣からカシャンと何かが落ちる音がした。


隣に視線を移すと、ひぃくんが固まってプルプルと震えている。

その足元に転がるお箸。


あぁ……ひぃくんがお箸を落とした音だったんだ。

呑気にそんな事を思った瞬間、ひぃくんが急に私の方を向いて口を開いた。


「花音! ……っ。お嫁に行くなんて言わないで!」


ガシッと私の肩を掴んだひぃくんは、そう言うと泣きそうな顔をして私の身体を揺らした。


相変わらずひぃくんの思考がわからない……。

私はお嫁に行くなんて一言も言っていないのだ。


何をどう聞き間違えたらそうなるの……?

もう放っとこう。


私にまとわりつくひぃくんをそのままに、私はもう一度お兄ちゃんを見た。


「告白じゃないよ」


ニコリと微笑むお兄ちゃん。


なんだ……やっぱり告白じゃなかったんだ……。

ちょっぴり残念に思う。


「何、告白が良かったの?」

「えっ!? いや……んー別にそう言う訳ではないけど……」


箸を止めたお兄ちゃんが、真剣な顔をして聞いてくるから……

何だか恥ずかしくなって少し顔を俯かせる。

すると、私の腰あたりにまとわりついているひぃくんとバチッと目が合った。


「花音……お嫁になんて行かないで……」

「……」


ウルウルとした瞳で上目遣いをしてくるひぃくん。

まだ訳のわからない事を言っている。


「ーー花音。また昨日みたいに男に呼び出されたら、俺にちゃんと言えよ」


お兄ちゃんの声に顔を上げると、真剣な顔のままそう告げられた。

そしてギロリとひぃくんに視線を移して睨むと、ひぃくんの首根っこを掴んで私から引き離す。


「なんで?」


私の声に再び視線を私に向けたお兄ちゃんは、ひぃくんの首根っこを掴んだまま口を開いた。


「一人じゃ危ないから」


危ない?

私は昨日危なかったの?

危なそうな人には見えなかったけど……


でもお兄ちゃんがそう言うなら、私は危なかったのかもしれない。


「うん、わかった」


お兄ちゃん、ありがとう。

私は感謝の気持ちを込めて笑顔で返事をした。


お兄ちゃんは昔から優しい。

いつだって私を助けてくれる。

そんなお兄ちゃんは、昔から私の自慢なのだ。


お兄ちゃんが私のお兄ちゃんで本当に良かった。

そう思うと自然と顔がほころぶ。


私は食べかけだったお弁当を頬張りながら、ひぃくんとお兄ちゃんがじゃれている姿を見て微笑んだ。


ーーこの時の私は知らなかった。


『結城花音に告白すると、その兄もついてくる』


そんな噂が学校中に広まっていたなんて……。


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