第12話★そんな君が大好きです パート1



「ねぇ、お兄ちゃん。付き合うって具体的に何すればいいの?」


夕食を食べていたお箸を止めると、お兄ちゃんの様子を伺う様にチラリと見る。


海に行ってから三日、私がずっと悩んでいる事。

……付き合うって何?


彩奈に聞いてみると「いつも通りでいいんじゃない」と言われてしまった。

本当にそれでいいのだろうか?


「……はっ?!」


目の前のお兄ちゃんは驚いた顔をすると、口を開けたまま私を凝視する。


はって何よ……。

ちゃんと答えて欲しい。

これでも一応、お兄ちゃんに聞くのは凄く恥ずかしかったんだから。


「花音……誰かと付き合うのか?」

「え?」


急に真剣な顔をするお兄ちゃん。


何言ってるの?

私もうひぃくんと付き合ってるのに。

……変なお兄ちゃん。


「誰って……私ひぃくんと付き合ってるんでしょ?」

「はっ?!!」


私の言葉に、再び驚いた顔をするお兄ちゃん。


そんなお兄ちゃんがちょっぴり面白くて、私は思わずクスクスと笑ってしまう。

そんな私を見たお兄ちゃんは、顔を元に戻すとギロリと私を見た。


……あ、あれ?

ちょっと鬼が……。


鬼の片鱗をうかがわせるお兄ちゃんに、私の顔は瞬時に引きつる。


「あ……き、今日の海老フライ美味しいねー。お兄ちゃん本当に料理が上手。す、すごーい!」


お兄ちゃんのご機嫌を取るために言った台詞が、もの凄く棒読み状態になってしまい、焦った私は笑顔を引きつらせた。


お兄ちゃんの視線が痛い……。


ヤ……ヤバイ。

どうすればいいの……ピンチッ!


堪らず俯いて目をつぶると、お兄ちゃんの盛大な溜息が聞こえてきた。


「花音、響の言った事本気で信じてるのか?」

「……へっ?」


顔を上げた私は、素っ頓狂な声を出してお兄ちゃんを見る。


「え……違うの?」


そう尋ねると、お兄ちゃんは再び盛大な溜息を吐いた。


「あの時嫁に行くなんて言ったか?……第一、付き合うとも言ってないだろ?」

「あ……うん、言ってない。……じゃあ付き合ってないの?」


私の言葉に呆れた様な顔をするお兄ちゃんは、小さく溜息を吐くと口を開いた。


「当たり前だろ。そんなんじゃ他の男に騙されるぞ?……俺はお前が怖いよ。何でそんなのもわからないんだよ」


お兄ちゃんはそう言うと、片手で額を抑えながら私を見た。


……お兄ちゃんの方が怖いよ。

鬼のくせに。

口には出せないので、私は心の中で呟く。


どうせ私はバカですよ……。

不貞腐れて顔を俯かせると、そんな私を見たお兄ちゃんが口を開いた。


「花音、頼むから俺から離れるなよ?」

「……はい」

「男と二人きりで会うなよ?」

「……はい」

「優しそうに見えてもダメだからな?」

「はい……」


何だか悲しくなってきた……。

私ってそんなにバカなの?

まるで子供扱い……。

そう思った時、ポタリと涙が落ちた。


「泣くなよ……」

「だってっ……お兄ちゃんがっ……」

「キツイ言い方して悪かったよ。ごめんな?」


お兄ちゃんはそう言ってポンポンと優しく頭を撫でてくれるけど、その優しい手に余計に涙が出てきてしまう。


「私っ……バカじゃないもん」

「花音はバカじゃないよ。ちょっと天然なだけだよ」

「……」


慰められているのかよくわからない言葉に、思わず何も返せなくなる。


それでも、頭を撫でてくれるお兄ちゃんの手はとても優しくて、私はボロボロと泣きながら「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と何度も口にしたーー。




※※※




「どうしてひぃくんがいるの……」


目の前でニコニコと微笑むひぃくん。


今日は地元で花火大会がある為、私は彩奈の家で彩奈のお母さんに浴衣を着付けてもらった。


そこへ迎えに来たのがお兄ちゃん。

と、何故かひぃくん。

ちゃっかり浴衣まで着ている。


「花音、浴衣可愛いー」

「何でひぃくんまでいるのよ」


ジロリと目の前のひぃくんを見る。


私は彩奈の家に行くとはひぃくんに一言も言っていない。

何で知ってるのよ……。


「デートは一人じゃできないよー、花音」


そう言って小首を傾げてニッコリと微笑むひぃくん。


「デートじゃないよっ!……だいたい、私達付き合ってないからね?!」


お兄ちゃんに聞いたんだからっ。

……もう騙されないもん。


騙すなんて酷いよ、ひぃくん。

私怒ってるんだからね!

キッとひぃくんを睨みつける。


「……離婚はダメ……ダメだよ、花音。離婚だなんて言わないでっ!」


真っ青な顔をしたひぃくんは、ガタガタと震えて私を見つめる。


まるで捨てられた仔犬のような瞳のひぃくん。

今にも泣き出しそうなその顔に、私は小さく溜息を吐くとお兄ちゃんを見た。


なんで連れて来たのよ……

お兄ちゃんのバカ。


怨めしい気持ちで見つめると、私の視線に気付いたお兄ちゃんが口を開いた。


「仕方ないだろ……。勝手に付いて来たんだよ」


お兄ちゃんはそう言うと、ウンザリしたように溜息を吐く。


今にも泣き出しそうなひぃくんを見ると、何だか自分が悪者になった気分になってくる。


「……もういいよ。来ちゃったものはしょうがないから……ほら、ひぃくん行くよ!」


私はそう言うと、ひぃくんの手を取って歩き出した。


チラリと隣の様子を伺うと、ニコニコと幸せそうに微笑むひぃくんがいる。


とりあえず泣き出さなくて良かった。

私も大概ひぃくんには甘いよね……。


そんな事を思いながら、小さく溜息を吐く。


「ひぃくん……浴衣似合ってるね」


ポツリと小さな声でそう言うと、私を見たひぃくんが優しく微笑む。


「ありがとう。花音も似合ってるよ、凄く可愛いー」


そう言ってフニャッと笑うひぃくん。


私が言った言葉は嘘ではない。


あまりにもカッコイイひぃくんに、思わず出てしまった本音だった。

浴衣を着たひぃくんはいつも以上にカッコ良く、何だかもの凄い色気を感じる。


私はドキドキと心拍数の上がってきた胸を抑えると、ひぃくんから視線を外して地面を見た。


何これ……。

違う、違うよ絶対。

……そんな事あるわけない。


私は気付き始めた自分の気持ちに蓋を閉じると、繋がれた手の温もりに集中しない様にギュッと目を閉じる。


それでも意識は繋がれた手に集中してしまい、私はドキドキと高鳴る胸に戸惑った。


何これ……何なの……?

早く静まってよ、お願い……っ。


「花音とデートなんて嬉しいなー。綿菓子あるかなー? 一緒に食べようねー」


私の隣で楽しそうに話すひぃくん。


私はそんなひぃくんの声を聞きながら、ただずっと……

繋がれた手に意識を集中させていたーー。





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