第16話「再演・旧」

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 地面にぽっかりと空いた大穴。その下には、東京ドームが一個まるごと入るほどの空間が存在していた。

 内部には、吐き気を催すほど濃密な殺意が感じられた。――事実、それは暴風として顕現していた。


「……君が来たのか。人一人殺せないような男だと思っていたが――、フフ。一番殺したのは君かもしれんな。黒崎愛を二回、ゾンビ化した人間を一人。……そして。――――――――愛する女をも殺した。……いや、恐れ入ったよ。君は、強い。俺がそれを認めよう」


 『星塊』の起動準備に取り掛かっていた神楽坂風護が、語りかけてきた。

 その男の優越感に浸った顔は、酷く、哀れだと感じた。


「――ごたくはいい。……アンタ、神崎さんをどうした」

 これは、最終確認だ。この男の運命、それをどうねじ伏せるか。――これは。俺がこの男をどの程度まで殺すかの確認作業だった。


「――殺したさ。最後の言葉すら喋らせずにね。……そういえば。君の友人の、誰だったかな。崎下? だったか。――彼も殺したよ。邪魔だったのでね。…………君も、同じ道を辿ってもらおう。『星塊』の起動の障害は、全て取り除く――!」


 ――この男の運命は、決まった。この決定に、変更は無い。


「――――そうか。なら俺は。お前の『星塊ユメ』を砕こう――――――――!」


 剣弾を射出する。そして、同時に風護に突撃する。

 右腕のガントレットで、ヤツの心を粉砕する――――!

 風護に向けた殺意の剣弾あらし。それを目の当たりにしても尚、彼は邪悪な笑みを絶やさない。


「――は。それで嵐だと? 貧弱すぎる。――嵐というモノは、こういうモノを言うのだ。――――吹き荒れよ、『ディザスター』!」


 瞬間、辺りには先ほどの殺意の暴風が吹き荒れる。

 ――それは、辺りのあらゆる生命を溶かしていく――――。

 なんという力なのだろう。人の心は、ここまで醜いモノとなってしまうのか。

 全てを溶かしきった世界で、彼は一体何を得ると言うのか。


 ――なんて、愚かな。そして。なんて、哀しい男なのだろう。

 愛する者すらいなくなった世界で、一体何を成せるというのだ――――。


 確かに、あの『災害』は無敵だ。あらゆる魂が溶かされ、液体となってゆく。

 それは、『固体の心ソリッド・ハート』とは真逆の存在、『液体の心リキッド・ハート』だ。

 いかなる個体であっても、固体の状態が存在するのなら液体の状態もまた、存在する。

 アレに溶かされるのは、最早確定事項だった。運命に、そう記されているようなものだ。


災害アレ』は、死の運命そのものだった――――。



「終わりだ、月峰介。……お前は、何も成せずに今ここで死ぬ――――!」


 吹き荒れる暴風さついが、俺を襲う。


 ――――は。運命だと? それがどうした。

 たとえそれが運命だったとしても。


 ――――それもまた、『心』だ。神楽坂風護の『心』だ。


 故に、それが『運命こころ』であるのなら。




 俺が砕けばいいだけのこと――――!




「『アメイジング・プロセス』、死の『運命』を粉砕しろ――――!」


 吹き荒れる暴風。俺はそれを、右腕のガントレットで相殺した。

 あちらが心を液体に変えるのなら。

 ――こちらはソレを固体に変えればいい。


 単純な話だ。実にシンプルな戦いだ。

 互いに拮抗した戦い。――ならば、勝利の鍵は何か。


 ――――当然、より速く、そしてより強く。

 『心』を成長させることこそが鍵となる――――――――!



「――――クッ、おのれええええええええ! SHの分際で、この俺と同等の力を有するかあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 神崎さんの心を吸収したのか、やや時代がかった言葉で彼は叫ぶ。


 ――それよりも。今ヤツは言ってはならないことを言った。


「……お前今、俺の力を同等と認めたな? それは、その心の決定は! 自分の成長の限界を提示したって事だ! お前はもう、俺には勝てない――――――――!」


 暴風を相殺しながら進む。その足音は、奴にはどう聞こえたのだろう。

 処刑人の足音か。あるいは、鎮魂歌レクイエムか。

 ……そんなことはどうでもいい。

 どちらにせよ、もうヤツは俺に勝てない。――勝つのは、俺だ。


 俺は走り出す。一刻も早く、この愚かな戦いを終わらせるために。情けなどいらない。――この男は、俺にとって障害でしかない。


「……けど、別にいいだろう? ――お互いがお互いを『障害』と見なしてんだ。……それって、恨みっこなしってことだろ――――!」


「勝手なことを、言うなァ――――――――!!」


 ぶつかり合う心と心。相殺しあう力と力。




 ……いつの間にか、風はやんでいた。右手のガントレットも、消えていた。


 ――――それは既に、ただの殴り合いと化していた。


 そこには、互いの信念を賭けた二人の男しかいなかった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 俺は、渾身の一撃を叩き込む。


「せえええええええええええええええええええええええええええええええええええい!!」

 だが、それは相手も同じだ。ヤツは俺にカウンターを叩き込んできた。


「――――――ごっ! ぐ――、―――――――――――――――――、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 だが、まだ倒れられない。俺は、あいつとの約束を果たさなくてはならない。

 消えていった『明美』の願いは、叶えてやらなければならない。

 …………だから、俺は。


「お前を――――――倒す――――――――――――――――――ッ!!!」

 渾身を超えた渾身を食らわせる――――――――!!


 衝撃と破裂音、それは同時に、俺と奴を襲った。


 ――――なんということはない。ただ、互いが同時に全身全霊を懸けた一撃を繰り出しただけのこと。


 ――だが、まだ倒れない。俺も奴も。まだ、立っていた。


 ――ならば。


「続けようぜ、風護。――――どっちかが、消え果てるまで……!」


 ――我らは。


「俺は消えん。――消え去るのは、お前の方だ……!」


 ――ただ、戦い続けるのみ。


 信念が折れることなど、ありはしなかった。

 ……故に、どちらかの心が砕け散るまで、この戦いは続くのだ。




 ぶつかり合う、ぶつけ合う拳。

 永遠に続くかと思われたそれも、ついに終焉の時を迎える。


 戦いは加速し、奴は『星塊』を背に戦い、俺はそれに肉迫していた。


「――――――――――」


「――――――――、――――」


 互いに言葉は無い。……ただ、目前の標的を見るのみだった。


 俺はさらに接近する。――この戦いに決着をつける。


 もう、理屈じゃない。俺は、勝ちたい。この男に勝ちたい。


 ただそれだけの思いで、奴を『星塊』に叩きつけた――――。



 俺と奴が『星塊』に飲み込まれたのは、その直後であった。






 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ……意識が、朦朧とする。――いや。心も、体も、何もかもがあやふやだ。


 俺は、目を開ける。……そこは――――。


 凄まじく広大な草原だった。

 危機感はない。――そこは、ただただ清らかな空間だった。


 方向なんて分からないが、真っすぐ進む。


 真っすぐ進んでいると、奴を見つけた。――名前は、何と言ったか。

 ――そもそも、俺は何だったか。

 ここまではっきりしない場所だと、何も思い出せない。


「お前も、ここに?」

 俺は、奴に問いかける。


「ああ。――気付いたら、ここにいた」

 どうやら、奴も同じ境遇らしい。




 二人で進む。当てなんて無かったが、それでも進まなければいけない気がした。




 ――目の前に、大きな影が見えた。……あれは、木……だろうか。


 近づいてみると、それは大樹だった。

 ――木の根元に、人がいる。……青年だ。あれは、誰なのだろう。


 少し考え込んでいると、こちらに気付いたのか、彼の方からやって来た。


「――人と会うのは、本当に、久しぶりだ」

 青年は、どこか懐かしむように俺たちを見つめる。


「あの、あなたは……?」

 俺は、問いかける。


「ああ、そうだね。名乗らせていただこう。――私は『ジェイン』。君たちの言語でいう、『星塊』の中枢電脳を担当させてもらっている。ここまでやって来れるのは、本当に純粋な心の持ち主だけなんだ。――――本当に、よく来てくれた」


 青年は、心底嬉しそうに、話した。


「……さて、折角ここまで来てくれたんだ。――君たちの心からの願い。……それを、聞かせてくれないか?」


 青年は、問いかけてきた。

 ――ああ、そうか。ここは心が対話をするところなのか。……俺は今、心だけの存在なのか。

 奴を見る。俺は、


「先に言っていいよ。――先にこっちに来たのは、あんたなんだから」

 彼に、そう言った。


「……そうか。――では、先に。――――俺は。誰かに認めて欲しかった。俺の頑張りを。俺の生き方を。俺の、価値を。……ただ、それだけ、なんだ。――世界がどうとかは、どうでもいい。俺は。理解者が欲しかった。俺を理解し、真っ向から向かってきてくれる、そんな存在。――そんな、友人が。俺は欲しかった」


 それが、彼の本心だった。

 誰からも理解されず、孤高を貫いた男の、本当の気持ちだった。


「――ああ、すっきりした。……そうか、理解者はもう、目の前にいたんだな。――ありがとう、月峰介。俺は、君と出会えてよかった。もう、思い残すことは、ない」

 彼は、死を選んだ。

 そこに、ジェインが語りかけてきた。


「――では。君は死を選ぶのだね。……生き残り、罪を償えとは言わない。私は生者ではないからね。あまり、偉そうなことは言えない。……だが、これだけは聞かせて欲しい。――何故、君は死を選んだんだい?」


「単純な、理由です。――あの世にひとり、理解者がいるんです。そいつに、会いたいんです。ずっと、ずっと一緒にいたいんです。……彼女が許してくれるまで、そして、許してくれてからも、ずっと。――大切に、したいんです」

 彼の憑きものは、全て取り払われていた。彼に残ったのは、ただただ清らかな心だった。


「そうですか。――なら、旅立ちなさい。君なら、辿り着けるでしょう」


 ジェインの励ましに笑顔を返した直後、彼は。神楽坂風護は、光となって天に昇って行った。

 俺は、ただ見送るだけだった。


 ジェインと二人きりになる。

 ――次は、俺の番だ。


「では。――君は、何を願う」


 ――――そんなこと。とうの昔に決まっている。


 俺は――――


「大切な人と、思い出を紡ぎたい」


 明美との、明日を願った。


「そうですか。――ではあなたは、生きることを選ぶのですね」


「はい。俺は、いや、俺たちは自分の力で夢を、思い出を紡いでいきます。――だから。もう『星塊』は、俺たちには必要のないものなんです。どんな未来でも、夢は紡いでいける。どんな絶望の中でも、確かな希望はあるんです。……だから――」


 もう、あなたは必要ない。――俺が告げたのは、そういうことだった。


 死の宣告を受けたというのに、ジェインは笑っていた。

「――ああ、ようやく、私の役目は終わるのですね。……いや、実に清々しい気分です。私のいらない世界は、きっと素晴らしい世界になるでしょう。――それを作るのはあなた方です。どんな障害も、あなた方ならば乗り越えて行けるでしょう。最後の最後に、そんな方に出会えて本当によかった」


 そう言うと、彼は光となって消えた。

 そして、この世界も消えようとしている。

 俺は、静かにそれを見届けることにした。


 争いは、すぐには無くならないだろう。『星塊』は世界中にあると高杉は言っていた。

 ならば、『星塊』を巡る戦いはこれからも起こるだろう。

 けれど、それらもきっと、終わる。

 俺は、そう願うことにした。

 いつかその願いが現実になる日を信じて。

 きっとできる。だって俺の願いは、叶ったのだから――――――――――――。






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