第17話「再演・急」
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地面にぽっかりと空いた大穴。その下には、東京ドームが一個まるごと入るほどの空間が存在していた。
内部には、吐き気を催すほど濃密な殺意が感じられた。――事実、それは暴風として顕現していた。
「……君が来たのか。人一人殺せないような男だと思っていたが――、フフ。一番殺したのは君かもしれんな。黒崎アイを二回、ゾンビ化した人間を一人。……そして。――――――――愛する女をも殺した。……いや、恐れ入ったよ。君は、強い。俺がそれを認めよう」
『星塊』の起動準備に取り掛かっていた神楽坂フウゴが、語りかけてきた。
その男の優越感に浸った顔は、酷く、哀れだと感じた。
「――ごたくはいい。……アンタ、鮮凪さんをどうした」
これは、最終確認だ。この男の運命、それをどうねじ伏せるか。――これは。俺がこの男をどの程度まで殺すかの確認作業だった。
「――殺したさ。最後の言葉すら喋らせずにね。……そういえば。君の友人の、誰だったかな。崎下? だったか。――彼も殺したよ。邪魔だったのでね。…………君も、同じ道を辿ってもらおう。『星塊』の起動の障害は、全て取り除く――!」
――この男の運命は、決まった。この決定に、変更は無い。
「――――そうか。なら俺は。お前の『
剣弾を射出する。そして、同時にフウゴに突撃する。
右腕のガントレットで、ヤツの心を粉砕する――――!
風護に向けた殺意の
「――は。それで嵐だと? 貧弱すぎる。――嵐というモノは、こういうモノを言うのだ。――――吹き荒れよ、『ディザスター』!」
瞬間、辺りには先ほどの殺意の暴風が吹き荒れる。
――それは、辺りのあらゆる生命を溶かしていく――――。
なんという力なのだろう。人の心は、ここまで醜いモノとなってしまうのか。
全てを溶かしきった世界で、彼は一体何を得ると言うのか。
――なんて、愚かな。そして。なんて、哀しい男なのだろう。
愛する者すらいなくなった世界で、一体何を成せるというのだ――――。
それを、何度も何度も繰り返す羽目になっていたのか、この男は。
「――その攻撃はもう既に見た。俺は再演を何度も経験したことを知っている」
「――貴様、よもや……ッ」
信じられないものを見たかのように、フウゴは驚愕の表情を浮かべた。
……そうか、やはりこの男もまた――
「一度でも星塊に触れて超越者になることを選んだ人間は、ただその事実だけで再演を認識できるんだな」
「……お前は、いつ、一体どのタイミングでニュー・オーダーをその身に宿した!? 俺の記憶にはない、お前は星塊に触れたにもかかわらず、星塊の破壊を望んだはずだ。……そして、その都度――」
「……ああ。その都度、親父の攻撃の前に倒れた。だからこそ、この世界はこれまで再演を続けてこられたわけだ」
俺の事情までは知らないようで、フウゴの表情は困惑と焦燥に歪んでいった。
「あり得ぬ、そのようなこと、あり得はしない……」
「だが、あり得るんだよ、これが」
「たわごとを……ッッ!!!」
吹き荒れるディザスター。だが、再演の記憶を持ち、再演の結果を知るフウゴは俺には勝てない。なぜなら俺のソリッド・ハート能力を、彼自身のニュー・オーダー能力と同等であるとみなしてしまったからだ。
ゆえにこそ――
「その災害を消し飛ばせ、『アメイジング・プロセス』」
俺は右腕から膨大な量の鎖を繰り出し、ニュー・オーダー『ディザスター』に対して幾重にも巻き付きその動きを絡め取り封じ込め、そして消滅させた。
「神楽坂フウゴ。アンタはこの結果すら知っていた。それでもなお、星塊の内部での問答を経た上でなお――繰り返さざるを得なかった」
「……れ、」
「その苦しみはわからない。俺は今回ようやく再演を認識したんだからな」
「……まれ、」
「その苦しみの今回で終わりだ」
「……黙れッ! お前に、お前に何がわかる!? 何度も何度もカレンを手にかけねばならなかった俺の何がわかるッ!!?」
「その円環もまた、今回で終わる。アケミが繋げてくれたのだから」
正確にはアケミと俺と、なのだが。……俺の介入によってアケミは完成し、そしてそのアケミの介入によって親父の手による再演は終幕し、それにより俺はここで全ての決着を付けることができる――そういったデュオによるものなのだから。
「……く、くく、くはははは!」
突如、フウゴは笑い始めた。……意図がつかめない。何が起こった?
「どうしたんだ、フウゴ」
「どうしたもこうしたもないさ……これで俺が解放されるというのならそれは救いさ、紛れもなくな。……だが、その方法が――やはり月峰礼二の敗北だったというのなら……それでは悪手なのだよ」
「――なに?」
フウゴは一体何を言っているんだ……? 困惑する俺は、背後から馴染みのある声を聞いた。
「気づいてたか、神楽坂の兄さん」
「……エイリさん、それに――」
現れた人物は三人。エイリさん、そして――進堂先輩と城島先生だった。
「元気そうで何よりだわ、カイ」
「進堂先輩、なんで……」
「何でも何も、見てのとおり私もSH持ちなのよ」
平然と言ってのける進堂先輩に、俺は何も言い返せなかった。
「悪ぃなカイ君よ。アケミのことを背負い込ませちまって。――それに、」
そこでエイリさんは言葉を止めた。城島先生に腕で口をふさがれたのだ。
「――もごっ、
「……いいから。これは進堂さんと月峰君が話し合うべき問題なのです」
その言葉を待っていたのか、進堂先輩が俺に歩み寄ってきた。
「……本来ストッパーであるはずだった月峰礼二。彼が逸脱してしまったことで、星塊の内側からこちら側へ現れた存在がいる。――それはワルキューレを名乗り、私に力の一端を預けた。……星塊を利用し得るほどに強き力を持つ者を招くために」
「招く……? 親父をか?」
「「ええ、そのはずだった。永き時を経て意思の薄らいだ『ジェイン』。月峰礼二にはその後継者になってもらうはずだった」」
進堂先輩の声が二重に聞こえ始める。まるでもう一つの人格が一つの肉体に内包されているかの如く。
――これは、知らない事象だ。親父が完成に至らなかったがゆえの、介入だ。
「なぜ今まで介入してこなかった?」
「「邪魔があったからです。様々なイレギュラーがあり、私の完全覚醒を待たずにキリカは倒された。ですがそれはもう起こらなくなった。此度の再演にてこの宇宙が並列にスライドし、新たな筋書きを生み出したから。……だと言うのに、その世界に礼二はいなかった。――ああ、全くもって腹立たしい」」
進堂先輩の右腕に凄まじい力の奔流が発生した。――それが形をなし、明確に武器となった。……槍だ。この場に存在するどのSH、NOよりも強大な力を誇るそれは、信じられないほどの輝きを放ちながら俺へと向けられる。
「進堂さん、気を確かに。ワルキューレさんに引っ張られすぎですよ」
やたらと冷静に城島先生が進堂先輩に声を掛ける。……あまりにも場馴れしすぎている。エイリさんと城島先生は、どこか規格外だと俺は感じた。
「――っ、わかってる! けど彼女ってば本気の出力なの! この状況を逆にチャンスだと判断してるわよ彼女!」
進堂先輩はどうにか言葉を発する。が、すぐさまワルキューレに主導権を奪われた。その時点で、進堂先輩の肉体に変化が起き、どこかで見た姿へと変貌した。
――この女性を、俺は知っている。
「……あなた、いつぞやの自称ワルキューレさんですか」
「……自称って付けるのやめていただけます? 私は勇士を導くその在り方からワルキューレを名乗っているのです。それを自称って――」
「……自称じゃないですか」
「――言うじゃないの、少年」
ややフワフワした雰囲気を醸し出している眼前の女性。……だが騙されてはいけない。彼女の力は明確にこの場で最強の出力を誇っている。槍の輝きは、星塊の輝きと同一の色を持っている。そして大気が震えている。サイズは人間大だが、おそらく最大出力時の規模は黒崎のNOを凌駕するだろう。俺の『アメイジング・プロセス』で打ち消せるかどうかすら不明。今できることは、ただ敗北のイメージを抱かないことだけである。
「とにかく――月峰カイ、選びなさい。新たな筋書きが生まれたのはこの再演から。ゆえに定められた結末は未だない。であればこそ、月峰礼二の死は覆し得る。……当然、月峰アケミの死さえも」
「…………」
魅惑的な提案を、眼前の女性は語る。――今ならばまだ、何もかもやり直せると。筋書きの確定していない今ならばまだ――と。
それはまさしく抗いがたい誘惑。筋書きを決めるのは俺であると、眼前のワルキューレは俺に告げる。
俺は――――――
「――お断りだ。いまさら覆せるか、いまさらなかったことになんてできるか。俺はもう決断したんだ。……星塊を破壊する、と」
……俺は約束したのだ、もういないアケミと。
……俺は約束したのだ、次に目を覚ますまっさらなアケミを守り抜くと。
そんな約束を、ここに至るまでに繋いできたあらゆる思いを背負い、俺は決断したのだ。
だから――
「ワルキューレ、俺はアンタの攻撃より速く――星塊を打ち砕く………………ッ!」
「させるか――――…………ッ!」
絶対的な輝きとともに、ワルキューレは極光を帯びた槍の投擲動作に入る。
俺より先に攻撃モーションに入った以上、本来なら俺の攻撃は間に合わず、ワルキューレの攻撃によって消滅していただろう。
――だが、そうはならなかった。
なぜなら俺は、
既に星塊へ鎖を接触させていたからだ。
「――そんな。これは……!?」
地面に出現した大量の光。それは脈の如き軌道を描き、星塊から伸びていた。その光の筋から黄金の鎖が大量に出現し、ワルキューレの槍を絡め取った。
「フウゴの攻撃をかき消した際、鎖の一つを星塊へ到達させていた。その時点で俺は――星塊の内部を掌握した」
「そんなことが――」
信じられない、とワルキューレはつぶやく。その真相を、フウゴが語った。
「く、くはははは! そうだろうさ、ジェインもまた超越者には違いあるまい? なればこそ、月峰カイが勝者にふさわしいことを既に知っている! となればあとは簡単なロジックだ! ――月峰カイは、ただ星塊に触れるだけでいいッ!」
――俺のSHはここに至り、ついに進化した。その名は――
「――『アルティメット・アンサー』――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「では。――君は、何を願う」
――――そんなこと。とうの昔に決まっている。
俺は――――
「大切な人と、思い出を紡ぎたい」
アケミとの、明日を願った。
「そうですか。――ではあなたは、生きることを選ぶのですね」
「はい。俺は、いや、俺たちは自分の力で夢を、思い出を紡いでいきます。――だから。もう『星塊』は、俺たちには必要のないものなんです。どんな未来でも、夢は紡いでいける。どんな絶望の中でも、確かな希望はあるんです。……だから――」
もう、あなたは必要ない。――俺が告げたのは、そういうことだった。
死の宣告を受けたというのに、ジェインは笑っていた。
「――ああ、ようやく、私の役目は終わるのですね。……いや、実に清々しい気分です。私のいらない世界は、きっと素晴らしい世界になるでしょう。――それを作るのはあなた方です。どんな障害も、あなた方ならば乗り越えて行けるでしょう。最後の最後に、そんな方に出会えて本当によかった」
そう言うと、彼は光となって消えた。
そして、この世界も消えようとしている。
俺は、静かにそれを見届けることにした。
争いは、すぐには無くならないだろう。『星塊』は世界中にあると高杉は言っていた。
ならば、『星塊』を巡る戦いはこれからも起こるだろう。
けれど、それらもきっと、終わる。
俺は、そう願うことにした。
いつかその願いが現実になる日を信じて。
きっとできる。だって俺の願いは、叶ったのだから――――――――――――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ただそれだけ。俺は思いの積み重ねを胸で反芻し、アルティメット・アンサーを『星塊』に叩きつけた――――。
俺の攻撃に『星塊』が飲み込まれたのは、その直後であった。
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