第15話「風が止む」

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 俺は右腕を構える。その刹那、ガントレットが出現する。俺はそれを突き出そうとして――――、


「サ、せナイ――――!」

 アケミの圧倒的な機動力に阻まれる。彼女の戦闘本能は、未だ戦い続ける所存のようだ。


「――――、心の本質が戦いを拒んだ途端、分離を選んだか……!」

 そんなことをして、無事でいられるわけがない。コイツは何を考えている……?

「オマエヲ倒シ、私、ガ『星塊』ト融合スル! ソウスレバ、私ハ永遠トナル――――!」

 どうやら、この『怪物』は永遠となりたいようだ。

 ――――は。何を馬鹿な。これでもう、容赦はいらない。

 心おきなく分離した『怪物』だけを殺せるというものだ――――!


 カマイタチを連想するスピードで、彼女は俺を翻弄する。俺はそれに対して剣弾を連射した。

 ぶつかり合う嵐。それは心と心のぶつかり合いと同義。

 俺たちは、己が魂をぶつけ合う――――――!


 ぶつかり合うたび、発生するスパーク。互いに手を抜かず、常に展開の先を読む――――!




 何度も何度も剣弾を捌く内に、不利を悟ったのか、明美は、剣と化した腕を一瞬で鋭く尖らせ切りつけようと接近してくる。俺はガントレットを構えるが、恐らく反応できないだろう。故に、俺は周囲に霧散した剣を再構成する。

 撃ち出す時間などない。ただ、障害物として設置する。


「――――チッ、子供ダマシガ!」

 ヤツはバリケードを突破し、尚も肉迫してくる。

 俺は、

 自分の手に剣を握った。――初めて握る、己のこころ。それは重く、冷たいものだった。……知らず知らずの内に俺の心は冷え切っていたようだ。次々と起こる事態に、俺の心はいつの間にか擦り減っていたようだ。


 ――――だが。そんな悲しみは今夜まで。俺は、彼女を連れて、またあの海岸線を駆け抜けたい。

 そのために、俺は冷えきった心に火をつける。


「ハア――――――――!」

 ヤツの攻撃に合わせて剣戟を繰り出す。重い一撃。だがそれすら捌かれる。


 交わされる剣戟。――圧されているのは俺の方だ。

 魔導機械の能力を開放させたよって身体能力の大幅な上昇を果たした明美は、白兵戦において圧倒的なアドバンテージがある。

 このまま打ち合っていては、確実に負ける。

 ――――だから俺は。




 敢えてその攻撃を受けることにした。




 ――――Interlude「リキッド・ハート」


 鮮凪アギトは、『星塊』の間近に神楽坂フウゴを発見する。

「――――見つけたぞ。こんどこそ、仕留める」

 一瞬で間合いを詰める。――――その黒き姿は、まさに鴉のようであった。


「――――もう、来たのか。俺はまだ、『星塊』の構造を把握していない。……もう少し、待って欲しかったな」

「――何を馬鹿な。一体どうして、標的が力を付ける時を待つ必要がある?」

「……なるほど。貴殿はリアリストなのだな。――では、早さ比べといこうか」

 そう言うや否や、フウゴは疾走を始める。――この距離では、アギトのスピードでも追いつけるかどうか分からない。


「――だが、それを悉く凌駕するのが俺だ――――!」

 地面を蹴る。その加速は、既に人の域を超越しきっていた。

「死ね――――!」

 圧倒的な加速。それによって繰り出される鉄拳による一撃は凄まじい衝撃を生み出す。

 これを受けて立っていられる者は、例え吸血鬼であったとしても存在しないだろう。

 アギトの拳がフウゴに到達する。吹き飛ぶフウゴ。そして、そのまま地面に激突――――――――――――しなかった。

 フウゴは、その衝撃に自身の能力で生み出した風を加えたのだ。


「――――さらに加速した、だと!?」

 アギトは驚きを隠せなかった。まさかあの土壇場で、尚も加速を行うとは。

「――――俺の力量を見誤ったな、超越者!」

 そして、そのままフウゴは『星塊』に到達した。その瞬間、凄まじい閃光が辺りを包んだ。


「――させん!」

 追撃を仕掛けるアギト。恐らく、フウゴのSHは既に進化しているだろう。

 ――だが、それでもやらねばならない。今仕留めなければ取り返しのつかないことになる。


「――――せい!」

 アギトは、立ちあがったフウゴに再び強烈なる打撃を浴びせようとして――

「――――な、に……?」

 己の右腕が消滅していることに気付いた。


「……遅いな。何もかも」

 そう言うと、フウゴはアギトに近づく。――ただそれだけで、アギトの体は消滅を始めた。


「――――ぐ、こ、れは……」

 アギトは、自身の体が溶かされていることに気付いた。

「――素晴らしい。全てを溶かす暴風。これは最早『災害』だな。――『ディザスター』……ああ、いい響きだ」

 心底誇らしげに、フウゴは続ける。


「見たか! 一族の老害共ッ! 俺はやったぞ! 『星塊』に認められたぞ! ――――今まで散々見込みがないと言われてきたが、これでやっと証明できた。……ほうら見ろ! やっぱり火憐より俺の方が優れていた! そもそもアイツはずっと、俺を次期当主に推薦していたじゃないか! それを認めなかったお前たちの負けだ! フ、フフフ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 その高笑いは、どこか寂しげであった。ついぞ己を認めなかった一族の長老に己が力を見せつけようと/認めてもらおうとしているかのようであった。


「――フ、哀れな、男だ……」

 アギトは、本心からの感想を零した。

「……なんだと。それは、どういう意味だ――?」

 そんなフウゴの問いかけに、アギトは憐れむようにこう言った。


「お前は。お前を理解し、認めてくれていた妹のカレンを殺した。――ならば。その力を振るった先で、一体誰が、お前を理解する? ……一体誰が、お前の努力を認めてくれる――?」

 それが、最後だった。


「……黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェェ――――――――――――――――――――!!」


 吹き荒れる破壊衝動。

 鮮凪アギトは――風となって跡形もなく消えた。


「リキッド・ハート」(了)

 ――――Interlude out




「――――ぐ」

 滴り落ちる血液。

 明美の攻撃は、俺の体を切り裂いた。……僅かに後退したおかげで、致命傷は避けられた。しかし、それでも早く止血しなければ危険であることに変わりは無い。

 だが、それよりも先にやらねばならないことがある。――俺は、明美を抱き寄せた。


「――――あ、月峰、君」

『怪物』ではなく、明美が話しかけてきた。

「……よお、明美。やっと、戻ってこれたか」

 息切れ切れに、俺は話す。


「……なんで。なんで、こうなるの――? 私は、どうして。どうして大切な人をこんな目に合わせてしまうのよ――――!?」

 それは、明美が自分自身に向けて放った怒りであった。……俺は、そんな明美が許せなかった。


「……ばか。そんな顔すんなよ、明美。悪いのはお前じゃねえよ。今回の事件は、何もかも『星塊』が原因なんだよ。……だから、気にすんな」

 ……だから、もう泣くのはやめてくれ。


「……でも! あなたをこんな目に合わせたのは、私が、私の心が弱かったからよ! 私がもっと強かったなら、こんなことにはならなかったの――――むぐ!?」




 俺は、明美の唇に自分の唇を重ねた。――――その時間は、刹那とも永劫とも感じられた。

 そして、余韻をかみしめながら、俺は唇を離す。


「……もう、そうやって自分を責めるのはやめろ。――俺は、好きな人にいつまでも泣いていて欲しくない」

「――――――――――え」

 明美は、呆けた顔をしている。……もう一度、言わないといけないのか。

 それはただただ恥ずかしい。二度も言えることじゃない。


 ――でも。言おう。

 そう思った、その時だった。

「――――!? ぐ、に、ゲて、月峰、君。――――ぁ、あ。くっ――――、『アイツ』が、また目覚め……ちゃう――――!」


 ――何? アイツとはなんだ? ――いや、わかる。俺にはなぜかわかる、わかってしまう。

 それが――アケミに巣くったそれが何者であるのかを。


「――俺か。俺なんだな、アケミ」

「――――! ……月峰君、どうしてそれを」

「理解してしまったからだ。この世界が親父に何度も再演されていたことも、アケミがそんな親父の手で作り出された存在であることも」

「…………っ、どうして、どうして……?」

 今にも泣き出しそうな顔で、アケミは俺に問うた。


「簡単な話だよ。親父は星塊を手にして過去のやり直しを望んだのさ。……けど、それだけではどうにもならなかったんだ。一度起こった過去は、そう簡単に書き換わるものではなかったんだ」


 それこそが縦列宇宙のルール。微細な差異を幾度も幾度も蓄積せねば逸脱できない強靭なルール。故にこそ、親父は失った愛娘を取り戻すために何度も何度もこの戦いを繰り返し勝ち抜き……そして――


 ――いつしかアケミを生み出すようになった。


 時間遡行後、親父は何度も微細な変化を促してきた。この宇宙での大きな出来事が変わらない程度の変化ならば、自由意志で過去改変が行えたということだ。そうやって親父は、宇宙の意思を騙し続けた。その結果、養子であったはずの俺はいつの間にか親父の実子という形に最適化されていった。誰にとっての最適化といえば、それは親父にとっての最適化である。……世界はいつしか、親父にとって都合のいい展開へと逸脱していった。


 親父はその間にも、SH持ちの中からアケミの復活に必要な人物に狙いを定め――そいつの能力をした。

 いくつものループを越え歴史から独立した空間と化した月峰邸の地下工房。歴史から独立したということはすなわち、親父以外のあらゆる存在からの改変を受け付けないということである。結果として、その空間だけは何度ループしようとも結果が蓄積され続けた。そして――


 そこには――人形の残骸が積もりに積もった。


 何度アケミを魔導機械として生み出そうとも、そうやって歴史に書き加えようとも――アケミは簡単には完成しなかった。そこに積もっていったのはアケミになりきれなかった人形たち。まだ、なにかが足りなかったのだ。


 ――そこで親父は俺に目をつけた。再演の過程で養子ではなく血のつながった実子となっていた俺に目をつけたのだ。

 ――実子の体の一部を埋め込めば、アケミは今度こそ、と。


 最早常軌を逸していた。だがきっと、常軌を逸していないと縦列宇宙のルールからは逸脱できないのだろう。それほどの気迫と執念を親父は抱いていたのだ。


 そして今回の再演にて、親父は俺の遺伝子をアケミに埋め込んだ。

 その結果が今回の顛末である。


 ああ、確かにことはうまく運んだのだろう。アケミは失敗することなく月峰邸の外に飛び出し、ついにはループの元凶たる親父を倒した。それこそがオヤジの目論見。

 最早始まりの思いを忘却してしまった月峰礼二、そんな彼に唯一残されていた積年の悲願は果たされたのだ。――月峰アケミの創造という悲願は、かくして果たされたのだ。


 ……けれど、親父は一つ見落としていた。

 それは、アケミに埋め込まれた俺の遺伝子に関する事象だ。

 その遺伝子もまた俺の一部である。であれば、それを宿したことで一つの生命として確固たる存在となったアケミには――SHが発現する。


 アケミは、俺の遺伝子を有しながら――同時に月峰アケミの同一存在として在り方を確定させてしまった。……つまり彼女は、アケミであり俺でもあるのだ。

 ……本来の月峰アケミに、俺の遺伝子は存在しない。にもかかわらず、月峰アケミの新生に際して使

 ――その結果、彼女にSHが発言した際、彼女の心に亀裂が入った。


 ――そう、発現したSHとは……アケミと俺の二つ分だったのだ。


 結果、SHを発現させた俺は二人ということになってしまった。それは矛盾なのだ。SHは一人の人間に一つだけ、かつ、完全に同一の能力は存在し得ないのだ。

 その二つのルールが、同時に破られた。その矛盾を修正するべく、俺の心とアケミの中に存在する俺は決断した。


 ――どちらかを殺し、ただ一人の月峰カイとなろう――と。



 ……そうか。もう、時間か。

「明美。……さよならだ。――今まで、本当に楽しかった」

 俺は、右腕を明美の胸に当て、『レイド・ブレイド/アメイジング・プロセス』だけを取り出そうとする。


「――無茶よ! 今の状態で、無事で済むはずがないわ!」

 ……ああ。その通りだ。今の俺が反動に耐えられるとは思えない。

「――だから、言ったんじゃないか。……さよなら……って」

 俺は、『レイド・ブレイド/アメイジング・プロセス』を引きずり出す。


「グ、ウオオオアオアオアオアオオシアイオアオオアアオソアオアオ!! ヤメロロロロロオオオオオオオオオオオオ! オレハ、オレハマダアダダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 ……これは、心中するタイミングかな。――そう思った刹那。急に『レイド・ブレイド/アメイジング・プロセス』が軽くなった。……いや、押し出された。

 ――――まさか。


「明美、お前――――」

 明美の心までもが、ついてきていた。

「何で……何でついてきたんだ! 一体何のために、俺が命を賭けてきたと思っているんだ――――!?」

 これじゃ、本末転倒じゃないか。

 どうして。どうしてこんなことを――――。


「……私、好きって言ってくれた人が死んじゃうなんて、嫌なの。……それにね。私は死なない。あなたの能力を抑え込むために記憶領域を総動員しちゃったけど、それって、あなたが一から思い出を作ってくれたらいいだけのことでしょ? ――――だから、誰もさよならなんて言わなくていいのよ」


「何を――――」

 ばかな。そう言おうとして、俺は記憶の宇宙うみに飲み込まれていった。




 ――――Interlude「風の記憶」


 ……これは、いつのきおく、なのだろう。

 俺の心に、映像が流れてくる。

 ――知らない女のひとと、親父が、笑っている。


 ああ。これは、明美かのじょが生まれた日の記憶、なのか。

 ……親父、若いな。それに、とてもいい笑顔だ。――これほど笑っている親父は、見たことがなかった。


 俺は、明美の代わりに過ぎなかったのだろうか。

 ――でも、それでいい。明美は愛されているのだ。

 ほら。離婚の理由も、家族を『星塊』関係の事件に巻き込まないため、なんだぜ?

 ……親父、そんな昔から『星塊』を追っていたのか。

 どうしてなのかは分からないが、親父らしいな。


 ――それから明美は、彼女の母親と二人で暮らしていたようだ。

 ……だがそれは、数年前の春に母親と死別することで幕を落とした。


 それからの明美は、母を放って出て行った親父を憎むようになった。

 それまでは、母がフォローしていたようだが、もう、その母はいない。

 ……誰も、明美を止められなかった。


 こうして明美は、杉阪市にやって来た。――親父に復讐するために。


 そして彼女はSHに覚醒し、顔も知らない父親を殺そうとしていた。

 ……けれど、そこに現れたゾンビ――親父の支配下にあり、親父への殺意を感じ取った――の集団による攻撃を受けてしまう。

 

 攻撃を受けているのがアケミであると気づいた親父は、ゾンビに攻撃中止を指示する。だが――もう遅かった。


 ……その結果が、この現状につながる全ての発端となった。


 こんな形で、欲していた父の愛を受けることになろうとは。

 なんて、皮肉な運命――――。


 ……彼女は、俺のことも復讐の駒としか思っていなかったと言った。

 ――だが、それがどうした。そんなことは関係ない。そんなことは、ちっぽけな問題だ。

 人を愛するということは、そんなところもひっくるめて好きになるってことなのだから――――。


 映像は、そこで途切れた。


 ――ああ。別れの時が、近づいてくる。


「なら、最後にこれだけは言ってやらないと」


 アケミ、お前は――――


 ――――Interlude out




 ――――Interlude「月の記憶」


 これは、いつのきおく、なのだろう。

 私の心に、映像が流れてくる。

 真っ赤な部屋せかいが、視界がめんいっぱいに映し出される。

 ……これは、火事なのか。


 家が、燃えているのだ。そこで生きているのは、彼しかいなかった。

 ……当然、幼い彼の命は、風前の灯であった。

 一瞬、映像が途切れる。ノイズが走る。彼の意識も限界だったのだろう。

 映像が戻る。――彼は、燃える家の外で男の人に抱きかかえられていた。

 ――この人は、若いころの父さんだ。今は、名前だけでなく顔も分かる。


 母さんによると父さんは、探偵業を営んでいたらしい。二人の出会いも、母さんが依頼人として父さんの事務所に行った時なんだそうだ。

 危険な仕事も請け負っていたと聞く。この町にいたのは、『星塊』について調べていたからなのかもしれないと、今更気付いた。

 そんな父さんが、彼を救いだす。その時の顔は、これ以上ないってくらいの笑顔だった。

 ――私は、こんな顔で笑ってもらえたことがあるのだろうか。


 ――場面が変わる。彼は、父さんと一緒に暮らし始めたみたいだ。

 一度も『お父さん』とは呼ばせてくれない父さんに腹を立てて、彼は『親父』と呼びだした。何故かそれは許可する父さん。――ああ。『お父さん』が恥ずかしかっただけなのか。

 意外と子供っぽいんだな、父さん。


 さらに場面が変わる。


 ……これは、私か。

「――どんだけ私ばっか見てるのよ」

 こんなに見られていたなんて、知らなかった。薄っすら勘づいてはいたが、まさかこれほどとは。


 ――私は初め、彼のことを復讐の駒としか見ていなかった。上手く利用すれば、父さんにとてつもない絶望を与えられる、と。

 ……けれど、いつの間にか。――彼の優しさに触れていく内に私は――。

 彼のことを、違う目的で見るようになっていた。

 私はどうも、彼のことが好きらしい。


 ――その後、私が生み出される発端となった虐殺の光景が映った。目をそらしたくなるものだったけれど、ここでやっと、私は月峰礼二の思いを知ったのだった。


 ――ここで、映像は途切れた。


 ああ。もう、別れの時がやって来るのか。

 辛いと言えば辛い。

 けれど。彼ならきっと、『私』じゃない私も大切にしてくれると信じている。それを、先に天国で見守っているとしよう。


 ――だから、それでいいのだ。

 ……ならば、私に残された使命はただひとつ。


「最後に、彼にエールを送ってあげなきゃ」


 擦り減ってしまった彼の心を、少しでも癒してあげないと。


 カイ、あなたは――――


 ――――Interlude out




「間違いなく祝福されて、生きてきたんだよ」




 二人の言葉が、重なる。

 そして一方は、徐々に体が消えようとしていた。


「アケミ。俺は――」

 やはり、もう一度、伝えないと。


「カイ。私は――」

 やはり、ちゃんと、伝えないと。


「お前のことを、愛している」

「あなたのことを、愛している」


 その誓いの直後、俺が愛した『月峰アケミ』は死んだ。

 ……けれど。彼女はまだ、生きている。

 過去のしがらみ、そして、長きにわたる再演から解き放たれ――同時に復讐という悲しみの螺旋から解き放たれた、

 真の意味で解放された彼女が、目の前にいる。


 ――『彼女』に託された、命。……なら、俺が守らないと。愛してやらないと。




 ……だけど、今だけは、泣かせて欲しい。

 泣いて、ようやく納得できる――――。

「う、ううう、……うああぁああぁあああぁぁあぁぁぁぁあああああああっぁぁああっぁああああああああああああああああああああああああっぁぁあぁぁあぁあああああ!!!!!」






 それから、数分後のことだった。

 広場の大穴から、機械の駆動音が聞こえてきた。


「…………行かないと。明美との、未来のために」


 少年は、再び立ち上がる。

 戦いの終焉は近い。

 かくして、決戦の火ぶたは切って落とされたのだった。




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