第13話「ブラックホール・ラブ」
夜間の河川敷。そこには高校生の男女が二人と、青年が一人。
だが、そこで交わされる会話は常識の外にあるものであった。
「――では、『星塊』とは何か。そこから説明が必要な者はいるか?」
鮮凪さんが俺たちに問いかける。
「大丈夫です。俺は高杉に聞きました」
『星塊』によってSHが目覚めること。そして、それが原因でSHを悪用するものがいたこと。それらは全て、友人の高杉から既に聞いていた。
「――高杉、か。フフ、奴め。何だかんだで俺を頼りにしているではないか。これは後々の反応が楽しみだ」
……やはり、この人、やたらと高杉のことを気に入っているようだ。マジに理由はわからなかったが、それはそれとして俺は話を戻すことに専念した。なんだか話が長くなりそうだったからだ。
「……カレンは知っているのか」
「……はい。知っています。……でも、それが家の屋敷にあることは知らなかったです」
……そうだったのか。となると、やはり他に知っていそうな人物はカレンの兄である神楽坂フウゴぐらいであろうか。
……いや、もう一人いる。それこそ目の前に。
その男が話し始める。
「――よし。基礎知識はあるようだな。……では、本題に入ろう。
『星塊』の真の役割について、だ」
自然と手に力が入る。
俺は、鮮凪さんの話に耳を傾けた。
「そもそも『星塊』とは、人々の戦闘意志を心から抽出し、それを遠隔操作する戦術兵器だ。……つまり、お前たちは本来、心を掌握された機械兵士であったのだ」
わけが、分からない。……何故、『星塊』にそんなSFじみた能力があるのだ。
「……それじゃまるで、『星塊』が未来の兵器みたいじゃないですか、鮮凪さん」
俺は、鮮凪さんに問いかける。
「――そうだ。あれは兵器だ。……尤も、『未来』ではなく『過去』の、であるがな」
「……どういうこと、ですか」
「そのままの意味だ。アレは超古代文明が世界各地に遺したモノ。文明の停滞を防ぐため、ある程度の戦争を引き起こさせる自立装置。戦闘誘発用オートマトンだ」
――――話についていけない。一気に規模が大きくなった。……だが、アレに関する認識は変わっていない。目的がどうあれ、アレはあってはいけないものだ。
人類は戦わなければ衰退するだと? なめるな。人類を過小評価するな。
――とは言い切れないのは事実だ。確かに、人類の文明は戦いによって発展してきた側面もある。故に否定はできない。
――――だが。そんなことはこの際関係ない。
俺は許せない。そんなことに明美を巻き込んだことを。これはエゴだ。独りよがりの考えだ。
――――エゴだとして、だからなんだ。それでも、明美を巻き込んだことに変わりはない。復讐だなんだと言いつつも、アイツはただ親父に会いたかっただけなのだ。
……立ち去る寸前の、SHに呑まれる直前の、あの涙が、何よりの証拠だ。
――そんな過去の上演を思い出し、確かにそのような思いはあったという実感を持った。……少なくとも、アケミは、そんな感情を持つ優しい女の子なのだ。
その思いを、『
「―――戦争用とかそんなのはどうでもいいです。……それの破壊方法を教えてください」
「――フム、教えてやりたいところだが、アレは破壊できん。……アレは、お前の親父である月峰礼二のSHでしか破壊できんのだ」
「そんな。どうしてですか、鮮凪さん」
俺は問いただす。何故、試してもいないのにそんな可能性を潰すようなことを言うのか。
「『星塊』というのはな、カイ。アレを操作する人物がいて初めて本格的に機能するのだ。――その役割を担っているのが、神楽坂家の当主というわけだ。……だが、その当主が――過剰に好戦的な人物だった場合、どうなると思う?」
「それは……、小規模ではなく大規模の戦争が起こります」
「その通りだ。そういった場合、誰も操縦者を止められなくなってしまう。それは非常にまずいことだ。人類の発展を願って作成したモノが、人類を滅ぼすモノとなってしまう。それでは本末転倒だ。――故に。操縦者が未熟な者や、戦闘狂の素養がある者であると『星塊』が判断した場合、SHに覚醒するものの中に一人だけ、『星塊』の支配下に置かれず、『星塊』さえも破壊できる程の攻撃力を持つSH所持者が現れるように操作するのだ。――それこそが、月峰礼二だったのだ。……今までは神楽坂側も人格者や『星塊』の機能の範疇での闘争のみを目的とした者が多かった。そのため俺も、基本的には忠告で留めておいた。――だが。今回は違った。礼二は、実は俺の友人なのだが、ヤツがアンチ『星塊』能力に目覚めたということは、今回の操縦者が危険であることの証明なのだ。だから俺は、礼二と計画して『星塊』破壊計画を立てたのだ。――それもまあ、計画当日の晩、ヤツが吸血されたことによって無に帰したわけだがな。ただ、今回の操縦者である神楽坂フウゴが、まだ使用方法を理解していなかったのが不幸中の幸いという所か」
言いたいことを言いきったのか、鮮凪さんはスカッとした顔つきになっていた。
――そこに抱いた違和感については後で尋ねるとしよう。
……それはそれとして――親父がキーマンだった、そんな事実を知った。いや、きっと知っていたのだ、俺は。
「では、鮮凪さん。……もう『星塊』を破壊することはできないんですか」
しかしやはり、これだけはあらゆる可能性を模索したかった。どんな方法でもいい。俺は、『星塊』を破壊しなければならない。それが、俺の答えなのだから。
「あるにはある。――それは、『星塊』に触れることだ。それによって己が心をニュー・オーダーに変える。NOは、『星塊』をも突破できる破壊力を生み出す可能性がある。お前がアレの破壊を望むのなら、NOもそれに応えてくれるだろう。今は、それに賭けるしかないのだ」
「待ってください。それなら、あなたのNOではいけないのですか?」
鮮凪さんは既にSHをNOに進化させている。……ならば、『星塊』さえも破壊できるのではないか。
「それは無理な相談だ。俺は進化の際に現状維持を望んだ。それは『星塊』の方針と一致する。真っ向から『星塊』を否定する心でなければいけないのだ。『星塊』の存在を砕く意志が必要なのだ。――故に、現時点ではお前だけが適任者なのだ。カイ」
そうか。ならば――――破壊しないと。俺しかできないのなら、俺がやればいい。
ただそれだけの、単純なことじゃないか。
「やりますよ、俺。俺は、『星塊』を破壊します」
「――そうか。その覚悟ならば大丈夫だろう。……では、話はここまでにしたいと思う。お前たち、何か質問はあるか?」
「一つだけ。――鮮凪さん、あなたも再演についてご存知ですよね」
先程の説明、その全てがなぜか空虚なものに思えたのだ。無論、嘘を言っているわけではない。だが、そこに感情がないように思えたのだ。――それこそ、『もう言い飽きた』とでも言わんばかりに。
「……超越者は忘れられぬ。それだけだ。――お前が再演を認識した理由はすぐにわかるだろう。それまで待て」
「――そうですか。……では、その言葉を信じましょう」
納得の行く回答ではなかったが、現状を混乱させまいとする意思を感じ取ったため、それ以上の追求をしないことにしたのだ。
だが、ずっと沈黙していたカレンはどうなのだろうか。
俺は、カレンを見る。
カレンは、鮮凪さんを見つめながら、口を開いた。
「質問というより、疑問なのですが。……何故あなたは襲撃した時私たちだけを残したんですか」
それは、カレンが覚悟を決めるためのモノ。避けては通れない通過儀礼。
それがどう転ぶかは、鮮凪さんの返答によって大きく変化する。
俺は、二人をじっと見つめる。
「先に断っておくとだな、アレは俺がやったのでは無いぞ。俺は、邪魔立てする輩のみを葬っていたのだ。だというのに、恐れをなした雑兵どもが、屋敷に火をつけ、屋敷もろとも俺を粉砕しようとしたのだ。……つまらんことをしたものだ。俺は不滅だというのに」
鮮凪さんはそこで言葉を切る。
この人は、肝心な所を言っていない。
それは当然、カレンも理解していた。
「……待ってください。そこじゃないです。私が聞きたいのは、何故あなたが私と兄さんを『助けた』のかです。――放っておいてくれた方が良かったです。……中途半端な善意ほど、虫唾が走るものはありません」
カレンの言葉は、どこか悲しげであった。拠り所を失った子供の様な、そんな、もの寂しさがあった。
「……そんなことを言うもんじゃないぞ、カレン。お前は、いや、お前たちは生きねばならない。どんなことになっても生き抜かなくちゃいけないんだ。――それが、若い奴の役目なんだよ」
そう言った鮮凪さんの声は、今までで一番やさしかった。
まるで、弟や妹を元気づける際の兄のような、そんなやさしさだった。
「そんなの、答えになっていないですよ! 偉そうなこと、言わないでください!」
カレンが泣きそうになりながらも懸命に反論する。それを、鮮凪さんはまた兄のように返す。
「ああ、確かに俺は偉そうだ。……けどな、カレン。これは俺ができなかったことなんだ。俺には、とても大切な存在がいる。だが俺は、そいつに寂しい思いをさせてしまったんだ。……だから、頼む。この通りだ」
鮮凪さんは頭を下げた。
それを見たカレンは。
「――ッ! だから! ずるいですよ、そんなの! ……そんなの、断れるわけ、ないじゃない、ですか……」
そう言って、カレンは泣き出した。
「じゃあ、カレン、一緒に、兄さんを止めてくれるか?」
俺はカレンに問いかけた。カレンは、
「……頭をさげられたのなら仕方ないですね。――今回だけですよ?」
目を擦りながら、そう言ってくれた。
その時だった。
「裏切りは死を以て償ってもらうぞ、火憐」
そんな声が、風のように聞こえた。
「まずい! ――逃げろ、カレン!!」
その声は鮮凪さんのものだった。
だが、その声が届くより先に。
カレンの命は潰えていた。
「貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
俺が剣弾を射出するよりも速く、鮮凪さんは叫びながらフウゴに突撃する。
「――さっきはいい話を聞かせてもらった。俺はまだ『星塊』についてはあまり聞かされていなくてね。……いや、いい勉強になった。――――出番だ。黒崎」
フウゴがそう言った瞬間、周囲の空間に巨大な歪みが生まれた。
それは、吸血鬼化によって、異形となった黒崎であった。
――そうか。親父が言っていた、もう一人とは、彼女のことだったのか。
その破壊の意志は、次元を歪ませるブラックホールの様に、辺りの物を飲み込んでいく。
「風護さん。言う事を聞けば、本当に明美さんを私にくれるんですね……?」
「ああ、当然だ。約束しよう。そのままでも、心のない人形でも、好きな方を選びたまえ――!」
「そのままよおおおおおおおおおおおおお!! 彼女が壊れるまで! 愛でて! 愛でて! 愛で続けるのよおオオおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
……狂っている。彼女は、もう。
このままでは、明美もこうなってしまう。それだけは、避けないと。
「では、俺は『星塊』に向かわせてもらうとするよ。――ごきげんよう、諸君」
立ち去るフウゴ。
「待てええええ――――――――ッッ!!!」
それを鮮凪さんは追おうとする。
「鮮凪さん、行ってください。ここは俺が何とかします……! だから早く」
ヤツを倒せるのは鮮凪さんだけだ。だから、悔しいが任せるしかない。
「任せろ、カイ。奴は、俺が消し去る――――!」
そう言い、鮮凪さんは気力を放出させ飛んで行った。
俺は、カレンの亡骸を見る。
「ごめんな、火憐。俺は、お前の兄を殺す」
そう呟いた後、俺は黒崎だったケモノの方を向く。
「さあ。ここらで決着をつけよう、黒崎」
俺は、恋敵に宣戦布告した。
――目撃者はいない。ただ、カレンの狐面が地面に転がっているだけだった。
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