第14話「アメイジング・プロセス」
深夜の河川敷。そこは既に惨状と化していた。
地面は抉れ、川は荒れ狂い、木々はへし折れていた。
それらは全て、川の中央に現れた黒崎だったモノに引き寄せられていく。
――――それは、まさしくブラックホールだった。森羅万象ありとあらゆるものを飲み込む強大な重力の渦。それが、目の前に君臨していた。
圧倒的な重力。当然、俺も飲み込まれる。――このままでは、おしまいだ。
俺は、ひとまず距離をとることにした。
これは、強すぎる。――恐らく、この町の何よりも強大な存在であろう。破壊の規模で言えば、フウゴはおろか鮮凪さんすら超越しているだろう。
……これは、最早天災だ。
「――――クッ、あいつを何とかしなくちゃあ、明美どころの問題じゃねえ……!」
死に物狂いで逃げる。今は、打開策を模索しなければ。
「どうぉしたのぉぉおおおぉぉぉおおおぉぉぉおおぉぉ!? もう、にげるのおおのあおあおあのあのあおののぉぉおおぉぉおぉおぉぉぉぉおおぉおぉぉぉおおおぉぉぉお!!」
そう言い、渦は移動してくる。そして、移動する渦から彼女が現れた。
――――それは、
彼女の体は、
しかし、何にせよこれはまずい。あの巨人が超重力の正体だったのか。あれを倒さなければ事態は収束しない。なんとかあれに近づかなければ。
逆に言うと、あれさえ斃せば全て解決する。――俺は、もう一度彼女を殺す。
俺は、距離をとりながら右腕を構えた。
剣弾を乱射する。ただ巨人目がけて撃ち続ける。崩れかけの体ならば、いつかは破壊できるかもしれない。そう思いながらも俺は、打開策を模索する。やはり、決定打は与えなければいけないだろう。
――撃ち出され霧散した剣を再結晶化する。そしてそれは全方位から巨人を
その悉くが巨人を貫く。重力すら味方につけて屠る。……だが、巨人はそれらをもろともせず進行してくる。
「――無敵か、あいつ」
あれは痛みを感じないのか。それとも、そんなものは既に克服しているのか。
それは分からないが、やはりアレは驚異だ。
どうすれば倒せる。どうすれば、アレに近づける。
俺は、どうアレを攻略する――――!?
――オモイダセ、オノレノ『心』ヲ――
――――なんだ。簡単な話じゃないか。剣と同じだ。結晶化すればいい。
……相手の心を、引き寄せてしまえばいい。俺は、やる。
右腕を構える。俺は、意識を集中させる。
今までの俺は、自己防衛のため戦ってきた。……だが、その心は捨て去った。
俺は、己が心を防衛手段ではなく攻撃手段として造りかえる。
自分を守る剣などいらない。今の俺に必要なのは、
その瞬間、俺の心は応えてくれた。
俺の右腕に鋼鉄となった心が装着されていく。それはさながら、騎士の鎧の様であった。
いつかの声が、いや、心が聞こえてくる。
――――我ハ、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺は疾走する。巨人に向かって疾走する。超重力など知るか。そんなもの、追い風以外の何物でもない――――――!
「あははははははははははははははははははははははははは! 馬鹿なの!? 突っ込んでくるなんて、月峰君、もしかして自殺願望あったりするのおおおおおお!?」
狂ったように笑う黒崎。――――だがその笑いは、空しい虚ろなものにしか見えなかった。
ブラックホールに引き込まれる、その寸前。
俺は、巨人の岩のような肉体に触れる、いや、抉るように掴む――――!
「クッ、今更、何をしようっていうの!? 月峰く、――――ひっ!…………なに、こ、れ……? 私の中、に、何かが、入って――――は、ぁ、きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
その声は、拒絶と悦楽の両方が入り混じったものだった。
何かに侵入される不快感と、快楽。犯されていく心。侵食される心。そして、現実世界に具現化されていく――――。
――――それは誰の手によるものか。
当然、俺しかいまい。俺が、黒崎の心を掴んだ。そして、その心を引きずり出す――――!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
意識が逆に呑まれそうになる。それをねじ伏せる。
「やだあああああああああああああああああああああ!! 入ってこないでえええ!! お願いだから、私の中を、荒らさないでえええええええええええええええええええええ!!!」
尚も抗う黒崎。だが超重力は、次第に勢いを失っていった。
――――Interlude「NIGHT WIND」
夜の街を疾走する。夜の闇に溶け込みながら、鮮凪アギトは空を駆ける。彼が追うのは当然、神楽坂フウゴだ。己が妹すら手にかける外道。アギトはフウゴを赦せなかった。ある存在を大切にすることができなかったアギトは、妹の命を蔑ろにしたフウゴを処刑対象に設定した。
「――――消えろ」
エネルギー弾を射出する。
それらはSHの能力をかき消す。――故に、フウゴがいかに気化しようが無意味だ。それを凌駕するのが破界の権化たる所以――――――!
何発か直撃するが、フウゴは尚も疾走を止めない。――――彼は彼で、譲れない信念があるのだろう。……だが、そんなことはアギトには関係のない話だった。アギトにとってフウゴは、最早ただの処分対象に過ぎなかった。
「目障りだ。――――さっさと消え失せろ!」
尚もエネルギー弾の射出を続ける。
それは、光の潮流だった。フウゴに『極光』が襲いかかる――――!!
それをフウゴは間一髪で避ける。それでも何発かは彼の体を抉る。
「――――――ぐっ、……だが、まだだ…………!」
それだけ言うと、彼は森の中に消える。――そこには、苔に覆われた岩があった。フウゴは自身の能力を使い岩に飛び込む。
「――――『星塊』の位置は把握していたか。……心の支配など、俺が赦さん」
アギトは、その拳による一撃によって岩を砕く。封印されていたのだろうが、彼には関係ない。
彼は、岩の下にあった空洞に飛び込んだ。
空洞はワンフロアだけだったが、その広さは一万四千坪、つまり東京ドーム一個分程の広さである。――その中央に、それは鎮座していた。所々苔に覆われていたが、その白銀は未だ健在であった。それこそが――――
「――久方ぶりだな、『星塊』よ」
この闘争の元凶、『星塊』であった。
「NIGHT WIND」(了)
――――Interlude out
――――彼女の魂に刻まれた記憶が、流れ込んでくる。
幼いころの景色、あるいは思い出。
流入してくる映像は、発現間も無いまま能力を使用したためかノイズだらけだったが、それでもはっきりと映る
黒崎の心の景色は、そこから先はほとんどが明美だった。
黒崎の中で、アケミは大きな存在だった。黒崎はアケミと近所同士だった。彼女たちは、すぐに友人になったようだ。意外なことに、アケミすら黒崎にはすぐ心を開いたようだった。……だが、黒崎は、それだけでは満たされなかった。
――恐らく。彼女は、同性しか愛せなかったのだろう。生まれつき、男に興味はなく、ただ、女にのみ恋慕を抱くことしかできなかったのだろう。
そして黒崎は、俺よりも早くアケミに出会い、単純に、俺よりも早くアケミを好きになっていただけなのだ。
その後、SHが目覚めた彼女は、俺がアケミと話しているところを目撃する。
その時の俺は、ものすごく笑顔であった。……そして、アケミもまた、笑っていた。――その時、黒崎にはとてつもない喪失感があったのだろう。
彼女は、SHで俺を襲撃した。始めは警告で、次は殺意をこめて攻撃した。……けれど、それは失敗に終わった。そして、俺に殺された。
――――その後、親父によって吸血鬼化された黒崎は、傷を癒すために今まで潜伏していたようだ。……ここで、映像は途絶えた。
「――――はぁ、あ。あ――ぁ、あ――――は、あ」
OSは消え、黒崎の肉体は地に落ちる。……かなりの高所から落下したが、吸血鬼化の影響か、外傷は無かった。――だが、その体は空洞だ。虚ろな器に過ぎない。
――――何故ならば。彼女の心は俺が掴んでいるからだ。
彼女の心は、俺の右腕より射出された鎖で拘束されている。
彼女の心は、彼女のありのままの姿の投影であった。
俺は、彼女に語りかける。
「――お前の負けだ、黒崎」
「……他人の心に勝手に入って来るなんて、酷い人、だね」
彼女の心が、そう呟く。
「ああ。酷いな、俺は。……だけど、俺は、お前を殺して明美を助け出す覚悟をした。だから、――――容赦なんてしない。完膚無きにまでにお前の心を砕く」
俺は、黒崎を鋭く睨む。明確な敵意とともに、黒崎を睨む。黒崎に、彼女はもうお前のものではないと突きつけるが如く。
「……………………そう、なんだ。私、今度こそ死んじゃうんだね」
「――――そうだ。俺は、もう一度お前を殺す」
俺は、右腕のガントレットに、力を込める。――――そして、黒崎を粉砕しようとした刹那。最後の声が、聞こえた。
「……じゃあ、最後にひとつ。明美さんを、何があっても、どんなことがあっても。――私みたいに心が壊れちゃったとしても、ずっと、ずっと大切にしてあげてね――――」
「――ああ、約束する。例えどんな形になっても、明美を大切にしてみせる」
そう言って、俺は微笑む黒崎を殺した。……彼女の体が灰となって消えたことが、何よりの証拠であった。
……明美は、どこにいるのだろうか。実の所、それに関しては、確信があった。
……俺は、いや、
――――ならば、目的地はただ一つだ。……己が心の導きのままに、『星塊』の元に向かう。
そして、全てに決着をつける。俺は、改めて決意を固めた――――――――。
夜の街を歩く。時刻は二十三時を回っていた。
――鮮山町に到着する。……前方にそびえる山々、その麓に引き寄せられていく。
――山の麓に到着する。この森の中に『星塊』は存在するようだ。俺は、先を急いだ。
――――少し、開けた場所に出る。そこには、巨大な穴がぽっかりと開いていた。
そして――――――。
「……やっぱり、お前もここに来ていたのか。――――明美」
俺は、先に到着していた明美に声をかけた。
「…………月峰くん。さっき言ったことを、もう忘れたの? ――私は、あなたは日常に帰りなさいと言ったはずよ」
冷たい、氷の様な声で彼女は話す。
だが、そんなことは関係ない。
「だったらどうした。お前は明美だ、どうあがいてもな。……いくらキカイじみた言い回しをしようとも、そんなロールプレイをする奴もまたお前自身なんだから、当然だよな」
俺は明美に歩み寄る。
「――――ッ! ああ言えばこう言う! その減らず口は何とかならないの!?」
「ほら。そういうところ、変わってないじゃないか。――やっぱりお前は明美だよ」
距離は徐々に詰められていく。『アメイジング・プロセス』の射程範囲に入った瞬間が、戦闘開始の合図だ。
「……月峰君。私は人殺しよ。私は父さんを殺した。これは言い逃れのできない罪なの。――――もう私は、誰かを殺し続けるか、誰かに殺されるしかないのよ」
――ああ。それでお前は怪物を演じているのか。怪物は倒されるもの。あらゆる時代、あらゆる場所で『怪物』は生まれ、それを倒した者が英雄となっていった。……ゆえに、怪物は倒されるものの象徴となったのだ。
――――それは認めよう。当然俺も、これから怪物を討伐する。
だが。
倒すのは怪物だけでいい。人殺しは俺だけでいい。
俺は。――――明美を救うためにここに来た。……どんな形になっても彼女を救う。そう誓ったのだから。
だから俺は。
――――月峰明美の『
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