第12話「ウィンド・ライナー」

 ――――Interlude「吸血衝動(Ⅱ) VS 魔導機械」

 

 先日のことだ。

『心』が目覚めたワタシは。

 夜の街を徘徊していた。

 ――――モう、がマん、デキナい。


 ……それでも、耐えた。

 おぞましい欲求に、耐えた。


 その欲求は、性欲と同じだ。

 満たされるまで、己を責めたてる。

 ――――それはまるで、ケダモノのよう。

 ケダモノになど、なりたくない。

 だから私は、耐えることにした。


 でも、もうおそい。耐えられない。

 今日の昼、目覚めた時点で手遅れだ。

 これは、時限爆弾だ。そういうモノなのだ。


 命が、欲しい。――――ああ、理性が、消えていく。

 最早、残りカスしかない。

 ワタシ、ハ、モウ――――――――。


「……、明美。こんなところにいたのか」


 ……見知らぬ男に、声をかけられた。

 ――――モウ、ガマンデキナイ。


 ワタシハ、メノマエノ、オトコニ、オソイカカッタ。


 ソシテ、命ヲ、吸っていく。


 理性が、戻って来る。ついでに、気分も良くなっていく。

「――――あは。あははは。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――!」

 ――――やってしまった。私、人を殺しちゃった。


 私は、ニンゲンだったモノを見下ろした。

 バラバラにしてしまう前に、どんな顔か見ようとした。

 ――――その時、

「――――どうやら、お前は成功した様だな」

 なんて、イミのワカラナイことを、目の前の死体が言った。


「――――なんで、生きている、の」

 ワケが、分からない。何故、目の前の男が生きているのか。

 自身の心に問いかける。それは検索と同義。己が心を、スキャンする。


 ///スキャン///


 ――――吸血対象の狂化。

 ……これはゾンビ化のことだ。知らないはずだが分かる。なにしろ目の前の男を精密にスキャンしたのだから。むしろ、分からないわけがない。初めてにしてはうまくいった。


 さらに深い所を調べる。マニュアルのページをめくっていくように。

 日中に使用すると灰になる。

 それも大事な事項だが、今必要なのはそれではない。もっと深部を探る。

 ――――見つけた。


「――――そっか。つまり……夜だと死ににくいってワケ」

「……そのとおり、だ。――――グ、だがこれは中々、こたえる、な」

 そう言った直後、男は耐えきれなくなったのかのように大きく痙攣した。

 ――――そうか、私に付いた血を見たのか。

「お前は、完成し得る。だからこそ、ここで滅ぼすのは……惜しい」

 そう言い残して、その男はどこかへ跳び去っていった。


「――――――」

 一気に力が抜ける。力み過ぎていたのだろうか。

 ……自分の心は分かるのに、体のことは分からないなんておかしな話である。

 今日はもう疲れた。早く家に帰ろう。


 ――――待て。

 さっきの男は、今何をしているのだ。

 あの男は、私の攻撃により血を流した吸血鬼ではないか。

 ――――まずい。手遅れにならない内に追わなければ。

 でなければ、惨劇が起こる――




「――――――」

 遅かった。もうすでに、犠牲者が出ていた。

 まずはコレを始末しなくては。そう思った時、死体の前に誰かがいるのに気付いた。


 私は身構える。

 すると、その人物は、


「――――吸血鬼」


 なんて、やたらと的を射たことばを発した。


「吸血衝動(Ⅱ) VS 魔導機械」(了)

 ――――Interlude out




 俺が河川敷に到着した時、既に勝敗は決していた。

 体に出現した光輪ごと、首を貫かれた親父と、ただ立ち尽くす明美。

 二人の戦いは、明美の勝利で終わっていた。


「よお、来ていたのか、カイ」

 親父が、息切れ切れに話した。声は、かすれていてよく聞こえない。――それでも、なんとか聞きとる。


「おや、じ」

「見ての通り、俺が吸血鬼だ。あの晩のゾンビは俺が生み出しちまったもんだ。そんな俺を、明美が倒したんだよ」

 そうか、親父は、明美を守ってくれたのか。……自身の命を犠牲にして。


「違うッ! この男は、この男は、そんな単純な概念じゃない……。父さんを、殺したのは紛れもなく、私、だけれど――――。……いいえ、それよりも、それよりもね月峰君、私はあなたも利用した。そいつに復讐するために、あなたに近づいた。私はね――あなたを、手駒にしようとしていたのよ」

 明美もまた、自身を悪に仕立て上げ、親父を庇おうとしているのか?

 けれど、もう遅い。


「……もういいんだ、親父。……もう、いいんだ、明美。俺は知ってる。親父が誰よりも家族のことを思ってくれる人であることを。明美が誰よりも優しい心の持ち主であることを…………」

 俺は、全部、理解してしまったのだから――――――。


「あ。あああああ。あああああああああああああああ……! どうして、どうしてどうしてどうしてどうして――どうして……!?」

 そう言って跳び去ろうとする明美。

「待て、あけ――――」

 

 ――けれど。


 言いきれなかった。……そこにはもう、かつての彼女はいなかった。


「――まあいいか。もう、どうだっていい。月峰礼二そいつが何を目的にしていたのかなんて――どうして月峰明美を蘇らせようとしていたのかなんて――そんなことは、もうどうだっていい。」


「え――明美? 蘇らせようと……って、なんのことだ……?」

 確かに明美が吸血鬼だというのなら、ある意味ふさわしい言い回しかもしれないが……どうもニュアンスが異なっているような気がする。どうして俺が明美の発言からそこまで真意を汲み取れるのかはわからない。……けれど、俺の直感が間違っているとも思えなかった。


「月峰くん。あなたが私をなんだと思っているのかなんてどうだっていい、あなたはあなたのままでいるべきよ」

「どういうことだ? 吸血鬼じゃないのか? 答えてくれよ、なあ――」


「そんなストーリー、ここにはもうないわよ。初めの内はどうだったか知らないけれど、今はもう、ここは既に再演の果て。脚本の崩壊した、何かの残骸。だからこそ、あなたはこんなこと忘れて日常に帰るべきなのよ」

 ――そして。キカイのような目で、明美だったモノは、跳び去っていった。


 この上ない絶望。俺は、彼女を救えるのか。そう、膝を屈しそうになった時だった。


「カイ。アイツは、明美はまだ、大丈夫だ。……完全にアイツが消えてしまうことなんて、絶対にない。……あいつは、強い子だ。俺なんかよりも、ずっとずっと強い子なんだ。……カイ。俺は、もう一人吸血してしまった。恐らく、吸血鬼としてこの町の何処かにいる。……でも、明美は俺しか吸わなかった。――本当にあいつは強いんだ。だから――」


 親父の言っていることはチグハグだった。親父は明美が吸血鬼であるかのような言い回しをしている。……まるで、もっと以前の上演でのセリフのようだ――と、俺はどうしてだかそう思ってしまった。


「――分かった。俺は、明美を救う。……だから、親父はもう、休んでくれ」

 だが、親父の目的はわからないままにせよ――この状態の月峰礼二にこれ以上の追求はできなかった。


 ……とにもかくにも。俺が答えると、親父は小さく笑みを浮かべ、そのまま動かなくなった。

 その後、肉体は灰となって消えた。

 それは、吸血鬼になった者の、悲しき定めであった。……だが、親父の魂は、人として死ぬことができたのだ。それだけで、俺は嬉しかった――のだと思う。


「そうか。繰り返しなのか、これ」


 ――再演の果て。どうしてだか、意味がわかるようになった。


 タイミングとしてはついさっき。明美がキカイめいた眼差しを向けた直後から。そこから俺は――段階的に何かを理解していった。まだ直感レベルだが、それでも、俺は理解を始めたのだ。再演の意味を。明美が知ること、その全てを。


 俺は立ちあがる。そして。

「いるんだろ、火憐。さっきの話の続きでも昨日の戦いの続きでも構わない。……しばらく、傍にいてくれ」

「……浮気はよくないですよ、せんぱい? ……でも、仕方ないですね。じゃあ、私の話、聞いてくれますか?」

 ……今は、誰かと話していたい。そんな気分だった。




 午後八時を過ぎる。辺りは静寂に包まれている。

 そんな中、俺は河川敷で火憐と共に水面を眺めていた。


「……なあ、火憐。何やってんだろうな、俺」

 そう呟く。


「そう言ってみただけでしょ、せんぱい。……せんぱいは、よく悩みごとを口にしますけど、その実、心の中では既に結論が出ていますよね。剣弾を射出なんて攻撃的なSHが目覚めたのも、そんな心象を具現化したからでしょうね。――――でも、せんぱいはそれに気付いてないんです」

「……気付いてない? 何をだ、火憐」

「――――自身の本音にです。せんぱいは心の中で結論が出ていることでも、誰かに一応確認しておこう、なんていう自分の性質によって誤魔化されているだけなんです。せんぱいは自分の本当の気持ちを隠しているんです。……ああもう、上手く言えないからはっきり言っちゃいますね。――――せんぱいは、もっと素直になるべきです。自分が本当にしたいことをやるべきなんです」

「火憐――――」


 まいったな、後輩に励まされているのか、俺は。

 ……そう言われてみるとたしかにそうだ。俺は、まだ本音を話していなかった。

 カレンにも、トオルにも、高杉にも、……親父にも。

 そして。

 ――――アケミにも。


 親父には、『ありがとう』を言いそびれていた。

 そして、このままではアケミにも、言えない。

 ――――『お前が好きだ』と。


 ああ。最初からそうだった。俺は、始めから彼女を想っていた。……だというのに、彼女に一度もそれを言っていない。

 このままでは。

 アケミに、この気持ちを伝えられない――――――。


 それは、嫌だ。

 絶対に、嫌だ。


「俺は、あいつのことが好きだ。……どんな形になっても、守りたい」

 思わず、口からことばがこぼれ出していた。それは再演などではなく、いや、仮に何度再演されようとも変わらない気持ちだった。いつだって俺は、この気持を原動力に戦ってきたのだろう。

 それを、カレンは。


「――はあ。やっと言ってくれましたね、せんぱい。……そういうことなら、いいです。月峰アケミのことは、せんぱいにお任せしますね。……ですが、鮮凪アギトは別です。――奴は、絶対に倒さないと」


 前回もそうだった。カレンは、何故か鮮凪さんを敵視している。神楽坂家と、何か因縁があるのだろうか。

「なあ、カレン。……鮮凪さんと、何があったんだ?」

「……奴とは何百年も昔から因縁があるんです。私たち神楽坂家は、退魔の一族。SHによって引き起こされてきた事件を、SHによって滅するという使命があります。……だというのに、あの男は昔から邪魔をするのです。何度も何度も一族の前に現れては『その力を使うのをやめろ』と言うのです。正直、意味が分からないです。……どうして、一族が行ってきた正義の行動を奴は邪魔するのでしょうか」


 ……なるほど。確かに話を聞く限りでは鮮凪さんの方に問題がある気がしないでもない。

 さらにカレンは続ける。

「……そして、ついに奴はその凶悪な本性を現したのです。奴は、鮮凪アギトは。――――私たちの屋敷に夜襲を仕掛けてきたのです」

 な……に……? では、あの火事は。


「その後はせんぱいも知ってのとおりです。屋敷は燃え盛り、生存者は私と、次期当主である私の兄『神楽坂風護かぐらざかフウゴ』だけとなりました。……もしかしたらあの男の善意だったのかもしれません。……でも、――それが許せなかった! 家族を沢山殺しておいて! 私と兄さんだけを残していく! ――ふざけないで! その中途半端な優しさが癇に障るのよ!!」


 その慟哭は炎のように攻撃的であった。そんな大火は遠目にも見えていたのだろうか。

 ――――件の男が、現れた。


「――フン。中々来んからこちらから出向いてみれば、何をたぶらかされている」

「――アンタ、カレンの家を襲ったのは本当なのか」

 今にも襲いかかりそうな勢いのカレンを静止して俺は尋ねた。


「――それは本当だ」

 ――なんだと。この男は、本当にカレンの家を襲ったというのか――――


「――――アンタ」

 俺は、敵意を込めて目の前の男を見据える。そして、

「――待て、話を最後まで聞け。……お前は、話の片側しか見ていない」

 構えた右腕を、下ろした。

「――え」

「お前は、いや、お前たちは聞かされていなかったのだろうな。神楽坂家の役割を。

 ――――奴らは『星塊』を守護し、この町のSH及びSH関連の事件の発生を促進していたのだ」


 なに――――? カレンの一族が、『星塊』を守護していた……だと……?

 そして、SH関連の事件を引き起こしていた……だと……?

「な――」

 俺は、真偽を確かめようとカレンの方を見る。

「――――嘘。そんなの、嘘、よ」

 カレンもまた、信じられないとばかりに顔を青ざめさせていた。

「――やはり、『星塊』守護の役割は当主だけのモノであったか。ならば、教えてやろう、『星塊』の真の能力を。――『星塊』に触れたことのある、この俺がな」




 ――――Interlude「ウインド・アーム」


 夜の街を、一人で歩く。……さすがに、女の子が恋しくなってきた。

 今頃月峰の奴はデートか、そう思うと少しばかり腹が立ってきた。……勿論冗談なのだが。


 イケメンである僕は、そんなことで一々鬱憤が溜まったりしない。

 そう思いながらも、そろそろ彼らも帰ってきているのではないかと駅の方に向かっていた時だった。


「――――お前が、崎下トオルだな」

 そんな声が、風の中に聞こえた。


 振り返る。そこには、自分より少しばかり年上に見える青年がいた。

「……僕がいくらイケメンだからって、ストーカーはよくないよ?」

 いつも通りの戦法を試す。……だが。


「……吸血鬼――いや、もう取り繕う必要はない、――あの人形を差し出せ」

 日本語が通じない。……何を言っているのだろう、この男は。

「吸血鬼? 人形? そんなもの、飼った覚えはないよ」

「……そうか、あくまでもしらを切るということか」

 ……どうせSH使いなのだろう。さっさと片をつけてしまおう。

「……ごたくはいいよ。――戦えば、白黒はっきりするだろう? さあ。始めよう」

 そうして、僕は辺りに糸を張り巡らした。


 当然、男は雁字搦めになった。




 ――――されど。その男、神楽坂フウゴは。

 文字通り『風』であった。

「――――『ウインド・ライナー』……!」

 フウゴは、一昨日の戦いで使用した気化能力を――――。




「――――な、に? 糸を全て消滅させた……だと!?」

 まさか、一瞬で消滅させられるとは。……だが、当然予想通り、予定通りである。

「――――なんてね。……『オールレンジ・ドール』!!」

 いつも通り、僕は全方位射撃を放っ――――――


「――は?」

 出ない。出ないのだ。光弾が出ないのだ。……何故、『オールレンジ・ドール』がバトルモードにならないのだ。

「なんでだ!? おい、『オールレンジ・ドール』ッ! どうしたんだ? 何故撃たないんだ!?」

 僕は叫ぶ。……だが、その叫びは自身の心に響かない。当然だ。自分が分からないのだから、心が分かるはずもない。

 ……だというのに。


 ――――目の前の男がそれを教えてくれた。


「簡単な話だ。俺が、


 その刹那、その男は僕の目の前に突っ込んできた。

 反応ができない。

 姿を消していた糸が出現する。……ああ、風に変えていたってそういうことか。

 男の腕に凄まじい勢いの風が纏われる。

 それは、凄まじい風圧と共に僕に向けて放たれている。

 ――――時間が、スローだ。

『風』のパンチが、僕の胸を貫いていく。

 ――――感覚さえ、感じない。

 僕は、そのまま。

 地面に倒れ伏した。


「ウインド・アーム」(了)

 ――――Interlude out




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