第11話「再演・破」

///?///


 ――それは、軋むような鎖の音。

 弛んだ手足に力はなく、ただモノクロの世界が眼前に広がる。

 崩壊する世界――否、視界。何度めかのリトライのあと、いつものように廃棄される人形。それが、視界の持ち主。……ノイズに眩む狭い視界から、人形は何かをつかもうとする。――だが、届かない。それが、月峰明美という人形の……何度めかのおわり。


 それは何度も繰り返された。リアクトに次ぐリアクト。何度も演者を変えながら行われた再演。それに抗おうとした、一つの人形。けれどそれは、人形の末路としてはあまりにも凡庸なものだった。


「――ぁ、レ」

 何度めかのおわり。その内のただの一度も、月峰明美は脱出叶わず――そして人形へと還っていった。それは何度も何度も繰り返された。それは誰の意思か。それは誰の思惑か。いや、そもそも、月峰明美という人形を造ったのは誰なのか。

 積み上げられた人形の山。その上で座り込む一人の男。

「――駄目か、これも」

 吐き捨てるようにつぶやき、そして立ち上がる。

「星塊を手に入れ、その力を掌握したところで――それが俺の本心でない限り、」

 何度も何度も、男は吐き捨てる。

「ああ――そうだ、それが俺の本心でないのならば――」

 虚無にも似た表情で、男――月峰礼二は地下室を後にする。


「――明美はまだ、蘇らない」


///?///


 ――そんな感傷が、幾度も繰り返された後。

 そう、此度。月峰邸の地下から、ついに人形が脱走した。

 自由意志。そうであると礼二は信じた。ゆえにこそ、彼は人形の脱走を見逃した。

 奇妙なイレギュラーも存在しているが、それでも礼二は今度こそ、と願う。

 此度こそは、月峰明美に人として蘇ってほしい――それが、月峰礼二の願いだった。



 ――様々な感情が脳裏をよぎり、そして何度も反芻していった。だが、だからといって俺――月峰カイの現状を前進させるわけではない。

 ――だからこそ、悩んでいても仕方ない。そう思った。……だからまずは、状況を整理しなければ。


 ――――明美は、親父の実の娘だった。

 当然、驚きを抑えられない。……俺は、親父に俺以外の子供がいることなんて知っているわけがなかった。正直、ショックだった。


 ……ただ、いずれにせよ、明美が親父の子供だという事実。これに関しては覆しようのない事実だ。認めざるを得ない。


 ――――問題は、そこではない。

 俺が気になったのは、明美のことだ。

 彼女は、何故親父を見て怯えていたのか。

 あれが、本当に親子の再会と言えるのだろうか。


 だが、その点は――彼女の反応からの推測にすぎないのだが――、彼女が親父の名前しか知らなかったと考えれば辻褄が合う。また、彼女が俺の家に来たがらなかった理由も、俺が親父の子だと気づいていたからだと推定すれば同様に辻褄が合う。


 ――――だが、一体何故。彼女は親父を避けていたのか。それは、分からなかった。


 俺が、思案に耽っている、その時だった。


「ほーら、だから言ったじゃないですか。――これ以上、彼女と関わっちゃいけないって」


 振り返る。――――そこには、


 狐面を持った、後輩の姿があった。


「……火憐。お前、まさか」

「……ええ。昨日、せんぱいを襲ったのは私です」

 目の前の後輩は、はっきりとそう言った。


「……どうして、あんなことを」

 俺は、お前のことを妹のように思っていたというのに。

「簡単なことですよ。吸血鬼を保護していたから殲滅対象にカウントしただけのことです」

 そんな、暗殺者のようなことを、日常の象徴が言った。


「……俺が吸血鬼を保護していた、だと」

「はい。……その様子だと、気付いていなかったようですね。――あなたの友人におかしな行動をする人がいらっしゃいませんでしたか? ここからは推測になりますけど、例えば、一度もSHを見せようとしない。突然、体調を崩す。……加えて、精神的苦痛からの逃避を計った末に、精神年齢の退行もあったんじゃないですか?」

「――――」

「今までにも、似たようなケースが報告されていたので例に出してみたんですけど、どうでしたか?」


 当てはまる。全て、完全に。

 あらゆることに、心当たりがあった。

 精神年齢の退行にいたっては、今日の話だ。

 ……そんな。では、まさか彼女が――――。


「……明美、が、   なのか」

 声が、でない。……だが、それは、知っておかなければいけない、こと、だ。

 俺は、今度こそ、その名称を口にした。


「明美が、――吸血鬼、なのか」


「そうです。そして、彼女が吸血した、せんぱい、あなたのお父様もです」




 ――――Interlude「吸血衝動(Ⅳ)」


 月すら雲に隠れた今宵、河川敷傍の公園に私はいた。

 相当な疲労が溜まっていたのだろう、公園に着いた時、私の息は上がりきっていた。


「――――ァ、ハァ……、ハァ」


 息を整える。――――もう少し、走らなければ。

 私は、そう考えていた。……しかし。


「――――それで、逃げたつもりか」


 そいつは、既に追いついていた。


「――――さすがは吸血鬼様。……若い女の子を追いかけるなんて」

 皮肉交じりに答える。

「フン。……お前が言えた口か?」

「――――」

 改めて指摘されると、たまらなく胸が痛くなる。

 罪悪感、そして衝動。その二つが私の心を蝕む。

 ……いや、それは違う。


 私の心こそが、私を蝕んでいたのだ。


「あの晩お前を見た時、俺は目を疑い、そして歓喜に身を震わせたよ。……我が積年の悲願が、ようやく実を結んだのだとな」


「――――言いたいことは、それだけ?」

 父さんは、まだあの事を知らない。だから、こんなに冷静でいられるのだ。


「ふむ。そうだな。他にあるとすれば――――能力が遺伝するという事実か」

「私があなたの娘だからと言うこと?」

「そうなるな。……だが意外だった。何故ならお前は私の娘だが、贋作だからだ。だと言うのに我がSH『アゲインスト』が遺伝していようとは」


 ――『アゲインスト』。それこそが月峰礼二のSH。任意のタイミングで。身体能力の向上だけでなく吸血による他者への眷属化能力も備えたそれは、有名な弱点を除けば最強と言える。そしてその克服の難しい弱点である太陽光さえも、吸血鬼化のタイミングが任意であるためほとんど意味をなしていない。


 ……けれどその代償に、吸血鬼化の有無にかかわらず、月峰礼二は吸血の衝動を抑えられない。月峰礼二は――血を吸わねば、心が保たないのだ。心が崩壊すれば、SHもまた崩壊する。だが月峰礼二は、それを是としなかった。悲願成就という強大なアクセルがあったがために。


「……どうして私を逃したの?」

 当然の問いを、私は投げかけた。蓄積された最後たち。それらすべての思いをつなぎ、私はその問いを月峰礼二に投げたのだ。

 あのリアクトに意味はあったのか。彼の思惑は何だったのか。そして、私はなぜ生み出されたのか。その全てに答えてほしかったのだ。

 ――けれど。


「――――お前を、愛していたからだ」

「――――――――」

 この男は、今更、何を、言っているのだ。

「――――ない」

 私たちを、散々放っておいて。

「――さない」

 それでいて、自分だけ私たちの生活を覗き見て。

「――るさない」

 私は。

「―――ゆるさない」

 心を。

「許さない――――!!」

 放出ばくはつさせた。



「え、じゃあ何? その並行宇宙ってのが、よく聞くタイプのパラレルワールドってやつなのね?」

 キリカの質問に、城島先生は拍手で答えた。


「そういうことです。さすがですね、察しがいい」

「でも本題はそっちじゃないんでしょ?」

「ええ。今話すべきは並行宇宙ではなく、縦列宇宙の話ですから」


 縦列宇宙。城島曰く、宇宙にはいくつもの筋書きがあり、それが分岐したものを並列宇宙……いわゆる並行世界と呼び、そして、分岐せず結果が変わらない大きな筋書きの流れの中で何度も生と死を繰り返し続ける宇宙を————縦列宇宙と呼ぶという。


 本来、宇宙は縦列宇宙だけだったのだが、とあるなにかがきっかけとなり、分岐した世界である並行宇宙が誕生、そちらはそちらで新たな縦列宇宙を作り出し、今や宇宙は縦と横の両方で無限に増え続けているという。


 城島は、そんな縦列宇宙を、能力によって何度も体験してきたという。

 けれど、今回の宇宙はなにかが違う、彼はそのことに気づき、そしてその真相に辿り着いた。


「今回の宇宙なんですが、コレは……月峰礼二によって何度も再演され続けています」

「ややこしい言い方だったが、要は一つの宇宙でループしてるっつーことだな」

 エイリが補足する。その補足なしでもキリカは理解してしまっていたのだが。


「ワルキューレが警戒していたのは、コレだったってワケ……?」


 そう、キリカの能力はこの事態に反応していたのだった。



 吹き荒れる旋風。当然だ。私の心は疾風。

 目に映るもの全てを吹き飛ばす破壊の象徴――――!

 による身体能力の向上、これは私に凄まじいパワーを与えた。


「死ねえええ――――!!」

 爪を突き立てる。狙うは首筋、狙うは必殺――――!


「なるほど、大量出血を狙うつもりか。確かにそれならば、吸血鬼でさえ耐えられない。身体的にではなく、己が欲求に、という意味だが」

「解説している場合かああああああああああああああ!!」

 私は、右腕を一瞬で変形させた刃、それを以って切り裂――――


「――――な」

 父の体に、光輪が浮かび上がった。それは、あらゆる攻撃意志を遮断するかのように、私の攻撃をかき消した――――。


「『Fake Xanado』。これが俺のSHが進化した姿だ。……ああ。当然進化しているとも。星塊に触れたのだからな。不完全な進化のため劣化が激しいのが難点だが、果たしてお前に突破することができるかな――――?」

 ……ふざけるな。ふざけるな。


「ふざけるなあああああああああああああああああああ!!!」

 攻撃を続ける。しかし、その全てが無に帰す。彼には、あらゆる攻撃が通用しない。


 ……だが、突破口はある。父が自ら語った、劣化箇所。恐らく、光輪の所々に存在する黒点、あれこそが劣化点なのだろう。

 アレを砕いた時、父は無防備になる。――――そこを、狙う。


 地面を蹴る。そのまま跳躍する。木から木へ飛び移り身を隠す。そしてゲリラ的に繰り返す攻撃。――――まだ駄目だ。これでは、ピンポイントで黒点を狙えない……!

 父は、何もしてこない。ただ、私の攻撃を打ち消すだけ。


「甘く、見るな――――――――!!」

 何発もラッシュを叩き込む。だが、その悉くが無力化される。


 しかし何故、攻撃が当たらない? 動かない相手に、何故攻撃を当てられない――――!?


 私は再度攻撃を仕掛ける。――それでも、当たらない。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も。何度ぶつけても攻撃は当たらない。当てられない自分が嫌になる。そんな私をただ見つめるだけの父にも憤る。


 がまんできず、それこそ駄々をこねる幼子のように、私は叫ぶ。

「なんで――――当たらないのよぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「明美、手が震えているぞ。……ほんのちょっぴり、落ち着くんだ」

 そんな、父親のようなことを、目の前のおとこが言った。


「――――え、あ」


 その瞬間、私の手の震えは止まった。




///虚実の断片///


 知らない記憶が巡り巡る。月峰礼二と過ごした幼少期、そして思春期。そんなもの、存在しないのに。

 ……私にあったのは、幽閉の事実のみ。もがき、あがき、あらがい――その果てに力尽きた幾人もの月峰明美のみ。だというのに。


「明美。その絵は誰だ?」「おとうさん!」

 知らない幼少期。

「明美、お前ももう小学校を卒業するのか」「そりゃそうだよ。当たり前じゃん」

 知らない卒業式。

「明美、受験がんばれよ」「プレッシャーかけないでよー」

 知らない高校受験。


 そして――


「明美――」

 知らない高校生活、その終焉。

 知らない結末。私の知らない私、そのおわり――。

 知らないはずなのに、何故か私はそれを知っている。

 否、今知った。あって然るべき記憶として、たった今インストールされた。


 それが意味するもの、それは――――


///継承、完了///




 そして、当然の帰結として――私の一撃は月峰礼二に致命打を与えた。

 その直後。月峰礼二は口元を歪ませながら言った。


「――ああ、ようやくの完成だ。私の作り出した円環、それを砕いたお前こそが――我が娘を継ぐ者なのだ」


「吸血衝動(Ⅳ)」(了)

 ――――Interlude out






 俺は、走った。夜の街を。

 何度も、何度も転んだ、ぶつけた、そして叫んだ。


 ……人には俺が狂人に見えただろう。だが、狂っていたのならどれだけよかったか。

 これは全て事実。まぎれもない、真実。

 俺は、何を。何を守ればいい? 何を信じればいい――!?


 そうして、俺が河川敷に着いた時、そこには。


 ――――人のようなナニカが、たった一人で見えない月を見上げていた。



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