第8話「鮮凪アギト」

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 今日は朝からテンションが高かった。

 何しろ、明日俺は明美とデートに行くことができるのだ。これでテンションが上がらないなんてありえないのだ。


 ……なんてことを考えながら、悪友と廊下を歩く昼休み。俺はなんて幸せ者なのだろう。

 ……なんてこと考えていると、隣を歩く悪友に話しかけられた。


「月峰。君、今どんな顔しているかわかってるかい?」

 などと、よく分からないことを聞かれた。


「え? 俺今どんな顔してるんだ?」

 これは聞いてみる他ないだろう。すると、

「すごいニヤついてる。そりゃもう、めっちゃ」

 マジですか。


「……めっちゃって、どれぐらいニヤついてた?」

 俺は顔を引き締めながら聞いてみた。

「……ふふ、そうだねえ。――向こうから歩いてくる、進堂先輩が気付くくらいにはにんまりしていたよ」

 半笑いで答える悪友。

 ……待て。進堂、先輩――――?


「うえあああああ!! ぶ、部長!? なんで!? なんで二階にいるんです!?」


 俺は心底うろたえる。廊下の向こうから歩いてきた女生徒。その名は進堂霧花きりか。何を隠そう、彼女こそは、俺の所属する新聞部の部長なのである。


 しかし何故、部長が二階にいるのだろうか。彼女は三年生なので、教室は一階にあるのだ。

 何が目的で二階に来たのだろうか。


「そりゃあ来るわよ。大職員室は二階にあるんだからさ」

「でも三年生担当専用の職員室が一階にはあるじゃないですか。やっぱりおかしいですよ。どうして、二階に来るんですか」


 なんとしてでも言いくるめてみせる。俺は本気だ。


「あのねえ。新聞部顧問の城島先生は、二年生の担任でしょうが。だから、三担室にいるわけないでしょ。……ていうかさ、ちょっと、カイ。あんた今日、なんか変よ? まるで私を二階から離させようとしてるみたいよ? アイちゃんのことは本当にショックだったけれど、だからってそれで自暴自棄になったら駄目なんだからね?」


 ……違う、そうじゃないんだ部長。俺は、あなたを――――、


「進堂先輩。実はですね、月峰の奴ついに彼女ができたんですよ。それでですね、いちゃついてる現場を先輩に見られたくないんです。ですから、こいつの心中を察してやってください」


 やはりフォローに入ってくれたトオル。ほんとうにありがとう。ただし、後半半笑いだった件に関してはふざけるな、後でぶっ飛ばす。


「へえー、あのチェリーボーイ月峰に彼女がねえ……」

「そうなんですよ。あの、コードネーム『チェリーボーイ月峰』に彼女がなんですよ」


 待って? 俺そんなコードネームあったの? ていうかなんでコードネームなのに本名入ってんの?


 それからひとしきりニヤついた後、


「ふむ、そういうことなら許そうじゃないのさ。ま、せいぜい青春を謳歌してくれたまえ」


 なんて、芝居がかったことを言いながら、ポニーテールのよく似合う進堂部長は大職員室の方へと消えていった。


 ……再び、トオルと二人で歩きだす。目的地は特にない。いうなれば、放浪の旅だ。

 そんなことを考えていると、トオルが話しかけてきた。


「……月峰。君、先輩をわざと遠ざけようとしているな?」

「――――お見通しか」

 本当に完璧なやつだな、トオルは。


「当然だろう。さすがに挙動不審すぎたよ、さっきのは。でも、先輩を事件に巻き込ませないようにするその意志と、先輩を吸血鬼だと決して疑わないその心に、僕は敬意を表するよ」


 ああ。その通りだ。

 俺は。部長を守りたかったんだ。何故って、それは単純なことだ。

 ……彼女は俺にとって日常の象徴なんだ。だから、いつまでもその笑顔を、みんなに振り撒いていって欲しいんだ。


「まあ、そういうこった。なあ、トオル。……あの人さ、すごい楽天家じゃん。そんでもって、ものすごく前向きじゃん。……俺さ、落ち込んでいる時、何度も何度もあの人に救われてきたんだよ。……だから、部長にはいつまでもあのままでいて欲しいんだ。この戦いが終わっても、ずっと、変わらずにいて欲しいんだ」


 俺は、思いのたけを語った。ひとりっ子の俺にとって、部長は姉のような存在でもあった。……だから、そんな日常を、俺は守りたいのだ。


「……なら、守らないとね、そんな日常をさ」


 そう、トオルが言った。

 この言葉によって、俺の決意はより強固なものになったのだった。



 放課後になった。

 俺とトオルは、校門で待ち合わせていた高杉と共に、SHや『星塊』について色々知っているという男の家に向かおうとしていた。

 その名を、鮮凪アギトという。


 いつのころからか、いつもの隣町――実は鮮山町あざやまちょうというのだが――にある大きな池の近くに住みつき、仙人の様な生活をしているらしい。


 ここまでなら、物好きな青年で片付くのだが、それだけではないのだ。

 ――この青年は、高杉の祖父の代、いや、もっと昔の代から目撃されているのである。

 これを高杉から聞いた時は、背筋がぞっとしたのだが、


『大方、村八分にでもされて近親相姦を繰り返してきたんじゃないかな? それならば見た目が似通っている点も、説明がつくんじゃないかな? ……まあでもあの池じゃ、住宅地に近すぎるような気もするけどね』

 なんていう、トオルの冷静な分析のお陰で少しだけ気が楽になった。


 さて、追憶はここまでにしよう。 

 俺たちは、件の池である『夜崎池』に到着した。

 最初に口を開いたのは、トオルだった。

 ……そう、トオルは既に……鮮凪アギトと遭遇していたのだ。俺に送られてきたメールの本題はそれだったのだ。


「僕はその、鮮凪アギトってやつを信用していいのかどうか……正直なところよくわからない。あの殺気から察するに、彼が強いことは紛れもない事実だろうさ。けれど、協力してくれるという確証が持てない内は、安易に心を許すのは得策とは言えないと思う」


 そう話すトオルの顔は、緊張感からかやや引きつっているように見受けられた。……鮮凪アギトという人物は、それほどまでの強者だというのか。


「お、さっきお前から聞いた時はマジかよってなったけど、となると話は変わってくる。……あの人はな、出会っただけなら『見ているだけ』、殺気を見せたなら『見定めている』、そして……のなら……」


 ゴクリ……と、思わず唾を飲み込んでしまった。果たしてトオルは、鮮凪アギトから今どのように見られているのか? それが気になって仕方がなかったのだ。


 トオルはトオルで、顔色があまり良くない。これほどのプレッシャーもそうないので、当然だ。高杉が再度口を開けるまでの時間が、何倍にも長くなっているように感じられ、


「『アギト的には雑魚だから敵だと見なさないぜ』……って感じだな。よかったな、トオル」


「「…………」」


 喜ばしいと言えば喜ばしいのだが、それはそれとしてナメられているように感じる俺とトオルであった。


 ……ナメられている(推定)とはいえ、鮮凪アギトに会わなければならないのもまた事実なので、俺たちは鮮凪アギトの住居に到着した。


「着いたぜ。そら、さっさと行こうぜ」

「ああ、そうだな」

「うん。早くお話をしないとね」


 こうして、俺たちは鮮凪アギトの家……その目前にやってきた。

 ……鮮凪邸は、戦国時代ごろには既に建っていそうなお屋敷だった。所々老朽化が進んでいたからなのか、修理の跡が見てとれる。

 そして、俺は玄関に近づき、それを発見した。


 張り紙だった。

 そして……それに書かれていた文章を見て、俺たちは唖然とした。




『ちょっと駅前のネオン街に繰り出してきます。いつ帰るかは決めていないので、あしからず』

 

 鮮凪さん、全然仙人じゃないですよね、これーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?




 ――――Interlude「悪の片鱗Ⅰ」


『進堂さん、今日の放課後、ちょっと部室まで来てください』


 今日の昼休み、職員室で部活の顧問である城島先生にそう言われた。

 今日は部活が休みなので、誰も来ていない。

 あのおっさん、割と大雑把なのだが、急に細かい指摘をしてくる時がある。おそらく今回もそのパターンだ。

 さっさと要件を済ませて欲しいと思った。こういうドライさは、親父によく似ているのではないだろうか。

 暫くして、城島先生が入って来た。


 ――――待て。なにか様子がおかしい。

 ……私はSH特有の殺気を、それがいかに巧妙に隠蔽されていようと察知するボーナス的能力を持っている。だからこそ、城島先生がSH持ちであることを瞬時に察知し、同時に、


「わざわざ人目につかない場所に呼ぶってことは、多分敵だよね」

 そのようなシミュレーションを即座に行い、私はSHの発動を宣言する。


「出番よ、『ワルキューレ』」

 宣言後の刹那、私の右腕に白銀の鎧と槍が出現する。……これこそが我がSH、『星塊特権・ワルキューレ』だ。名前の由来は知らない。けれど、この能力が目覚めた時、私はそれを理解したのだ。言葉ではなく、心で。


「……む、進堂さん、君は――――」

「殺気も隠せずによくもまあ――――!」


 一撃で命を奪うつもりで突撃する。鬱陶しいのは嫌いなのだ。

 だが、そう簡単にはいかないようだ。


「まあ待て、城島ちゃんの話も聞いてやってくれや」


 掃除道具入れ《ロッカー》の中から銀髪の男が現れたのだ。


「悪の片鱗Ⅰ」(了)

――――Interlude out



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