第9話「破界拳」
一同、帰路に就く。まさか、仙人と噂されていた鮮凪さんがここまで俗世に染まっていようとは……。
「なんか、悪かったな……」
高杉に謝罪される。
「気にすんなよ。誰も分かんねえよ、こんなの」
「そうさ、月峰の言うとおりだよ。ムネナガが謝る必要なんてないさ」
俺とトオルは高杉をしっかりフォローした。やはり、友達同士助け合うものである。
「まあ、あんまり気は進まねえけどよぉ、しばらくの間鮮凪さんが帰ってきてねえか見に行ってやるよ」
そんなことを、高杉が提案してくれた。
「いいのか? ありがとう、高杉」
「いいってことよ。戦いに参加しねえ分の働きはしてやるさ」
何だかんだ言いつつも助けてくれる高杉に、俺は強く感謝した。
高杉と別れた後、トオルと一緒に彼の家まで自転車で帰る。
そして俺は、崎下家の前でトオルと話していた。
「……というわけで、明日明美とスゲーイモール永海に行ってくる」
そういえば言ってなかったな、と思い、トオルに報告した。
「ニヤついていた理由はそれだったのか。……ふふ、まあ、せいぜい楽しんできたまえ」
どうしてそこまで上から目線なのか。これがイケメンの余裕だというのか。
「ああ、まあ、せいぜい楽しんできますよっと」
そう言いながら、自転車に乗る。
そして、「また明後日」なんて普段あまり言わない挨拶を交わし、俺は帰路に就いた。
一人で道を疾走する。
明日は明美とのデートだ。思い切り、楽しまなくては。
そんなことを考えていた、その時だった。
目の前に人影が現れたかと思った刹那、その人物から火の玉が飛んできたのだ――――!
「な――、う、おおおおおおおおおおお…………ッ!」
自転車から緊急離脱し、体を宙に投げ出す。
それでも尚、追撃を止めない火炎弾。俺は、右手から剣を火炎弾めがけて射出した。
――――だが、剣弾は空しくも火炎弾を突き抜けていった。悲しいかな、固体ではない火炎弾を破壊できるはずなどなかったのだ。
火炎弾は尚も俺に迫撃してくる。しかし、俺もこのままやられっぱなしというわけでない。俺は、ようやく地面に着地すると、火炎弾が直撃する寸前で体全体の筋肉を使い己が身を跳ね上げる―――――――!
火炎弾は地面に直撃し、炎上する。
「――――誰だ、お前……!」
俺は体勢を立て直し襲撃者を凝視する。
襲撃者は赤いローブを纏っているため、正体が分からない。
しかし、正体は分からずとも相手が相当の手練れであることは容易に想像できた。
赤ローブはさらに攻撃を仕掛けてくる。
俺も負けていられない、右手から剣弾を撃ち込む。
相手よりも早く、速く、
互いに撃ち出される殺意、あるいは心。
相手が誰かなどこの際関係ない。これは心のぶつかり合い。互いの本心をぶつけ合うのだから、恨みっこなしというやつだ。
続く心の衝突。互いに手を休める気などない。
……だが、俺はもう、このまま単純に撃ち続けるつもりはない。
俺の能力は意志を剣に変えて撃ち出すこと。いわば心の結晶化。
――ならば。撃ち出され、辺りに残留した意志さえも、己を守る剣とできるのではないか。
……いや、できる。何故なら確信があるからだ。心からの確信、それはSHの意志に相違ない。間違いなく、この戦法は成功する。
俺は、地面にささった後に気化した剣を再結晶化する――――!
それは、火炎弾に纏わりつくや否や、固体となり炎を閉じ込めた。そして、酸素を失った火炎は消えていった。
「――――やりますね」
それは、相手からの称賛だった。――その声は、どこか聞き覚えがあった。
「……お前、何処かであったことあるか?」
もしかしたら正体を明かしてくれるかもしれない。そう思い確認を入れる。
「……もうすぐ、分かりますよ」
そう言いながら、彼女――声から女性だと判別した――は再度火炎弾を放つ。
その数、実に百五十発。先刻の約三倍である。
――まずい、これは防ぎきれない。直感する。
そして、火炎流星群が俺の目前に迫ったその時だった。
「――敗残兵が。どこに隠れていたか知らんが、俺の目につく所に来るとは愚かなものよな」
――その男は、現れた。
男は、右腕で横薙ぎをしたかと思うと、既に、辺りの火炎弾をかき消していた。
「――――ッ!」
その驚きは彼女のものだった。
「今更驚くことでもあるまい。……お前も、コレは目にしているだろうに」
男は、やや時代がかった声でそう語った。
「残党狩りとは、趣味が悪いですね。――――鮮凪アギト」
――――Interlude「悪の片鱗Ⅱ」
掃除道具入れロッカーの中から突如現れた謎の男。大抵のことにはポーカーフェイスを貫き通せる
「え? 何この空気。城島、俺もしかしてスベった?」
真顔でそのようなことを言う謎の男。コレには城島先生も苦笑い――じゃねーわ、真顔だったわ普通に。
「滑りましたね桐生さん。なんならロッカーから登場をボケとして狙ってやったって部分が最高にアレですね」
「城島、アレって何?」
「二番煎じどころか五億番煎じってことです」
「そっか……」
「まだ天然キャラなら良かったんですけどねぇ」
「そっか……」
「いやあの、私を置いてけぼりにしないでくれませんか?」
マジのマジで。なんでさっきの流れからショートコント始まってんの? ていうかギャグのダメ出し? いやどっちにしろ何で今やるのそれ?
「あ、ごめんね進堂さん。この人は桐生エイリさん。僕の知り合いでね、」
普段どおりのゆるふわ口調で、城島先生は謎の男もとい桐生エイリの紹介を始め、
「今F市で起きている怪奇事象――その真相を知る人だよ」
などと、想像以上の言葉を続けた。
「……真相って、まさか元凶ってこと?」
私は桐生エイリに視線を向けながらそう尋ねる。
「元凶ってわけじゃねーよ。ただまあ、俺はわかっちまうんだよ、そういうの」
そう言いながら桐生エイリはジャケットを脱ぎ、そのままシームレスに半裸になった。
「なんで??」
流石に唐突すぎたので困惑気味に答える。
「まあまあ進堂さん、落ち着いて。彼の背中を見てください」
「は? なんだってそんな――」
私が言い終わらないうちに、桐生エイリは私に背中を見せた。
「な――」
そこには、凄まじい魔力めいたエネルギーを秘めた結晶が生えていた。
「姉ちゃんよ、ワルキューレの力を借り受けているお前さんなら……わかるんじゃねえの?」
細かいことはわからない。けれど、けれどその結晶がどれだけ凄まじいものであるのかだけは――私の異能『ワルキューレ』の反応から嫌でも理解できた。
そう、それは――
「……星塊の断片なのね、それ」
たしかにそれは、今F市で起きている異変の真相と言えるものだった。
「断片っつーか、俺に反映された鏡像だけどな」
再び服を着て、桐生エイリは答えた。
「鏡像?」
鏡像ということは、本物ではなく鏡写しのレプリカなのだろうか。
「あー、このへんの説明はメンドイからなー。城島ー、頼んでいい?」
「仕方ありませんね。では私から説明しましょう」
指でメガネをクイッとしてから、城島先生が桐生エイリの能力を説明し始めた。
「桐生さんの能力は【反射】。鏡のごとく、あらゆる事象を反射させることができるのです。しかも、任意で。……結果、攻撃は常に受動的なカウンター戦法となってしまいますが、まあそこはそれ。真価は別にあります。それが【反射】を応用させた【反映】ということです」
「反映ってことは……その、何? 星塊ですらレプリカを生み出せるってことなの?」
「そうなりますね。……ですがそれはあくまで本物の姿を写しているだけ。つまり――」
「反映対象がどういう概念なのかはわかっても、能力として実際に行使することはできない――ってこと?」
「ええ、そのとおり。すごいですね、進堂さん」
城島先生との問答によって、桐生エイリの能力については理解できた。けれど、まだ疑問は残っていた。
「でも、反映できるって言っても……そんな、どこにあるのかもわからないモノのレプリカを作ることなんてできるの?」
これが私の抱いた疑問。星塊の位置は、それを守護する家系しか知りえない――ワルキューレ発現以後に知り得た星塊についての情報ではそうなっている。そして、その家系の人間ならば、わざわざ探査系の能力を用いる必要すらないように感じられた。ゆえに、あくまでも推測ではあるが、私は桐生エイリが星塊の位置を把握しているとは思えなかったのだ。
「だよな、そう言われると思ったぜ。……もちろん俺はそのセーカイとか言うやつの場所なんざ知らねーよ? ていうか知らなかったよ?」
「知らなかった……?」
その言い方では、まるで誰かに教えられたかのような――
「ええ、ですから私が教えたのです。私は星塊の座標を知っていますからね」
そう答えたのは、消去法的に城島先生だった。けれど、どうしてそのようなことを知っているのだろう? 星塊の意思なのか、実のところ探査系の能力はこの町で発現することはないというのに。
「……城島先生、まさか、あんた――」
「いいえ、私はあの一族の人間ではありませんよ。そして同時に、探査系のSH持ちでもありません」
「じゃあ一体――」
「簡単なことです。……私はかつて、星塊に触れたのですよ。今回の戦いでね」
『かつて』などと言いつつも『今回』と言う、そのおかしさに。私は戦慄した。
「あんたまさか、時間遡行者?」
「いえ、星塊に触れて不滅となった、ただの孤高者ですよ」
にこりと笑みを浮かべながら、城島先生は平然と答えた。
「悪の片鱗Ⅱ」(了)
――――Interlude out
「残党狩りとは、趣味が悪いですね。――――鮮凪アギト」
……鮮凪、アギト? では、この男こそが、俺の探していた人物なのか。
「……それで、少年。お前の名はなんという?」
突然、そんなことを聞かれた。
「――――え、……あ、えーと、月峰、カイです」
うろたえながらも、自己紹介する。
男は、一瞬目を見開くと、あらゆる存在を射抜かんばかりの鋭さを誇る目で俺を一瞥し、そして襲撃者の方を向きながら続けた。
「お前の心は未だ目覚め切っておらぬ。せいぜい、ここで戦いの空気を味わっておくのだな」
そう言うと、彼は大量のエネルギー弾らしき光弾を両手から撃ち出した。
それは、火炎弾に触れると火炎弾だけをかき消した。……まるで、結果を打ち消しているような、圧倒的な権限。そんな、比類なき意志を感じた。
それでも尚、赤ローブの女性は軽やかに身を躱す。その際、フードが光弾によってえぐり取られた。
俺は正体を確かめようとした。――が。それはできなかった。
彼女の顔には狐の面が付いていたのだ。……あれが、彼女のSHなのだろうか。
「――ふん、成程。到達点は狐火といったところか? ……尤も、俺並みに長生きであったならの話だがな」
鮮凪さんはそんなことを言った。……本当に、不老不死だというのか。
「黙りなさい、妖怪。……私は、一族を滅ぼしたお前を赦さない――――!」
そう言い放ち、彼女は火炎弾を打ち出す。
「何度やっても同じだ。――――俺の拳は破界の
そうして彼が右腕を前に突き出した、その瞬間だった。
背後から一迅の風が、吹いた。
「お前の能力の弱点、見極めさせてもらった。……その能力、全方位の防御はできないようだな――――――!」
俺と鮮凪さんの間に突如、青年が現れた。
どこから現れたのか、全く分からなかった。
本当に、文字通り突然現れたのだ。
まずい。ここで鮮凪さんをやらせるわけにはいかない。
俺は目の前の青年に剣弾を撃ち込んだ。
――――が。それらは全て、青年を貫くことはなかった。
それらは全て、すり抜けていった。
「――――な、に!?」
……先ほどの奇襲のカラクリは、これだったのか。
「――まさか、風か……!?」
こいつは、自身を風に変えられるのか。
そして、すり抜けていった剣弾は――――――
「避けてください! 鮮凪さん――――!!」
「――フン。この程度の挟み撃ち、空間ごと潰されることに比べれば大したことない」
辺りに衝撃波がほとばしったのは、この一瞬後のことであった。
俺の放った剣弾と、狐面が放った火炎弾は砕け散っていく。それはさながら、巨獣に噛み砕かれるかの如く。
そして、衝撃波はそのままこちらに向かって来る。
……まずい。これ、俺も当たるやつだ。
全力で走り、鮮凪さんの足元に滑り込む。
一方、二人の襲撃者は全力で戦線を離脱していった。
……成程。いかに風になれるといっても、鮮凪さんには通用しないという判断を下したのか。
確かに、そう考えておくのが無難である。
「ありがとうございました、鮮凪さん」
俺はお礼を言った。
「助けたのは偶々だった。運のいい奴だな、お前は」
なんという緊張感なのだろう。これがプレッシャーというやつなのか。
……そうだ。俺はこの人に聞かなければいかないことがあったのだった。
「……あの、鮮凪さん。実は俺、あなたを探していたんです。少しばかり、聞きたいことがありまして」
プレッシャーをはねのけて、なんとか言いきった。
「――ふむ。『星塊』のことで相違ないな?」
……見抜かれた。やはり、この人は底知れない。
「その通りです。……それで、その『星塊』のことを教えていただけないでしょうか?」
単刀直入に聞いてみる。……しかし、
「それを語るには時間が足りぬ。また、出直してくれ」
「そんな! でもあなたがいつ家に帰るのか分からないじゃないですか!」
強い口調で鮮凪さんを問い詰める。
「――あの張り紙を見たのか。ならば、話は早い。俺はこれからキャバクラに行くのだ。だから、今日は駄目だ。……まあ、明日は家にいる。その時に来い」
言いくるめられてしまった。だが、アポは取れたのでよしとしよう。
なんて、気楽に構えていると、
「……気が変わった。時に少年。俺に恐れず問いを投げかけたことに免じて、『星塊』の力の一端を教えてやらんでもないが、どうだ?」
突然のチャンス到来。もしかしてこの人、お人よしなのだろうか。
「はい、是非に」
俺は間髪いれずに答えた。
「――俺だ」
「――へ?」
思わず、変な声が出てしまった。
でも仕方ないと思う。だって鮮凪さんてば、いきなり自分が星塊の一端だと言ったんですよ?
「何を呆けている。……よもや、俺の能力がSHだと思っていたのではあるまいな?」
――何だって? この人の能力は、SHではない……?
「……それは、一体どういうことなんですか?」
正直に答える。
「なんだ、気付いていなかったのか。……ならば教えてやろう。俺の能力、いや、
ニュー・オーダー……。それが、彼の
「NOは人の心の一つの到達点。その地点に達した時、それは人でなくなる。逆説的に言うと、SHの発現以外で人から異形の存在になったものもまた、持っていたSHをNOに変化させる。例えば、俺の様に能力の発展により不老不死の妖怪となった者や吸血鬼に血を吸われた者がそれだ」
「吸、血鬼――」
そうだ。……俺は、とても大切なことを忘れていた。この町には吸血鬼がいる。……ソレを倒すこともまた、俺が戦う理由なのだ。
「これは、知っていそうだな。――アレは、不完全な形でだが、NOを生み出すことができる。劣化し続けることを除けば、その力は圧倒的なものだ。アレを倒すというのなら、それなりの覚悟は持っておくのだぞ」
そういうと、鮮凪さんはネオン街の方向へ消えていった。
……俺は、戦っていけるのだろうか。
不安になったその時、携帯電話に一通のメールが来た。
それは、明美からのメールだった。
『明日のスゲーイモール、楽しみにしています。』
一行だけのメールだったが、その一行は俺に力をくれた。勇気をくれた。
『これ以上ないってくらい、楽しもうな。』
俺は、送信ボタンを押した。
ああ。明日が、楽しみだ――――――。
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