第7話「重い約束」

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 黒崎を倒してから一日経った。

 案の定、学校では黒崎が行方不明になったというニュースでもちきりだった。


 ……信じたくなかったが、これは俺がしたことが原因だ。どうしようもない、現実の問題だ。


 けれど、だからこそ、俺は忘れない。この罪を背負い続ける。そして、戦いの元凶である『星塊』を破壊する。……何度でも誓おう。それだけ、この決意は俺の中で大きなものになったのだった。


 明美と行動を共にするようになってから三日目となった。

 ……しかし、放課後になっても俺の隣に彼女の姿はない。


 当然だ。俺が彼女に今日は家にいるよう言ったのだから。これで休んでもらえなかったら、本当にショックでこちらの方が寝込んでしまう。


「月峰、今からお見舞いかい?」

 話しかけてきたのはトオルだ。

 さすがにからかってはこなかった。何だかんだいっていいやつなのだ、トオルは。


「ああ、今から明美の様子を見てくる。倒れていたら大変だしな。……ちょっと行ってくる」

「僕は行かなくていいのかい?」

  半笑いで尋ねてくる悪友。


「いいよ、いくらなんでも明美は心配し過ぎなんだ。そう何度も、俺を狙う輩が出てこられちゃたまらないぜ」

 そもそも、俺を狙っているのなら昨日の時点でも十分狙えただろう。心配する必要はあまりない。


「そうか。じゃあ僕は普通に帰らせてもらうよ。君とは帰り道が反対だからね」

「ん、トオル、お前デートとかじゃないのか」

 トオルは放課後、基本的に女生徒とどこかに遊びに行っている。昨日は本当に珍しかったのだ。


「……はあ、月峰、君さあ、馬鹿なのかい? こんな状況で遊びに繰り出してみろ、関係ない子まで戦いに巻き込まれるかもしれないじゃないか。そういうことも考えなくちゃいけないと思うよ、僕は」

 ……悔しいが、正論だ。本当に悔しいが、正論だ。


「それもそうだな。お前がモテる理由が分かった気がするぞ、俺」

「フッ、なら僕を真似するといい。君も今日からモテモテさ」

「だといいんだがな。……じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」

 そう言って、俺は明美の家へ向かった。


 ――――Interlude「イケメンたる所以」


 ……僕の名前は崎下トオル。はっきり言おう、僕はイケメンだ。見た目は勿論、中身もだ。


 僕はどんな奴にも容赦せずはっきりと意見を言うが、その代わり、どんな奴にも平等に親しくする。結局の所、それが一番日々を平穏に過ごすための近道なのだ。


 そして、いつもは放課後になると女友達を連れて遊びに出かけるのだが、今日は、いや、しばらくは自重することにした。


 理由は簡単だ。僕と遊んでいたばかりに、僕に対して放たれた攻撃に被弾してしまう恐れがあるからだ。そんなことにはなって欲しくない。だから僕は、しばらくの間、放課後はまっすぐ家に帰ることにしたのだ。


 そして帰り道、当然のごとく襲撃者が現れた。


「ヨォ、テメエが、崎下徹だなァー?」

「ヘイヘイヘイ! 調子乗っちゃってよォォ〜!」

「このうんち! 間違った! このクソイケメンめ!」


 突如現れた札付きのワル集団。確かチームの名前は『デフレスパイラル』。かっこいい響きとかそういう理由によって雰囲気でつけたらしい。


「受験勉強はいいんですかみなさん?」

 F高校は進学校なので、基本的に進路は受験に決定しがちである。当然僕もその一人だ。


「は? 俺らは異なる進路を掴んだんだが?」

「そうだぞ。いわばアナザー受験生だぞ?」

「じゃあ崎下はアナザー不良?」

「「いやそれはない」」


 ただ、目の前の不良集団のように、完全なる自由を得た者たちもいる。

 ……そう、これもまた一つの選択肢。彼らはそれを自分の意思で掴んだのだから、僕はそれを否定するつもりはない。


 ただ、それはそれとして。


「アナザー不良じゃないってんなら、やっぱ崎下はうんこ……じゃなくてクソイケメンってわけだな! めっちゃモテやがって!」


「……は?」


 この時、不良三人のうち、僕の変化に気づいた二人は「あ、ヤッベ」とか「あのおばか!」とか言っていたが、申し訳ないけどもう遅かった。


「さっきから黙って聞いてりゃ僕のことをうんちやらうんこやらクソイケメンやら……」


「オイオイオイなんでアイツまで呼んだのオメー」

「いやだってアイツのファイトパゥワは実際すごいじゃん!」

「でもすぐ他人を呼ばわりする奴を喧嘩の助っ人に呼ぶのはマズイじゃん!」

「お前も言ってんぞって!」

「ヤッベェェ〜〜ッ!!」


「普通にイケメンって言えやスカポンタンどもがァァーーー! 素直に褒められない恥ずかしがり屋かテメーらはァァーーー!!」


「「え?」」


 今の発言のどこがおかしかったのかはわからないが、何故か不良集団の2/3が動きを止めた。よし、やろう。


 相手はSH持ちじゃなさそうだがそんなことはどうでもいい。SHは『星塊』に選ばれた者や霊感とかある人にしか見えない存在なので、このまま怒りのインビジブル糸アタックを決めてやる。決めた。行動は既に終わっていたのだ。


「「「ぐああああああ!!!」」」


 僕は精密なアレコレが得意なので、デフレスパイラルの三人はSH『オールレンジ・ドール』のオールレンジ糸アタックにより服だけ切り裂かれた。たいへんな絵面である。


「いやぁスッキリした。たまにはクソどもをボコボコにするのも悪くない」

 たいへんな絵面をお届けしたので、僕の気分はスッキリ爽快になった。やったね。

 ……その時だった。


「……ほう、中々の技量と見た。是非手合わせ願いたいものだ」

「誰だ?」


 僕が振り向くと、黒いスーツを着た黒髪の青年がこちらに向かって歩いてきていた。夕日をバックに歩み寄るその姿は結構絵になる。あと細マッチョである。インナーマッスルも凄そうな雰囲気がある。


「オレの名は鮮凪あざなぎアギト。君と同じく、異能持ちである」

「…………」


 ……純粋に『強い』と思った。多分、戦ったら勝てない、とも。何故ならば、冷や汗が止まらないからだ。僕がこうなることは滅多にない。それほどまでの戦慄なのだ。


「……それで、僕に何の用?」

 震える声をどうにか整えて、僕はアギトとやらに訊ねた。……だが。


「……いや、何の用もなくなった。戦意がかき消えた様なのでな」


 そう言ってアギトは元来た道を戻っていった。


「……なんだ、今の」

 余裕ぶってひとりごちたが、本音を言えば『助かった』という一心であった。


「ま、いいや。月峰には後で連絡を入れるとして……」


 さっさと帰ろう。さすがに、家が恋しくなった僕であった。


「イケメンたる所以」(了)

 ――――Interlude out




 明美の住むマンション。その前に着いた。……道中、トオルから全裸男性の写メが送られてきたが、見なかったことにした。


 同時に送られてきた『アギトとか言うヤツに気をつけろ』というメールの方が重要度は高そうだったのだが、その前に送られてきたメールのインパクトが高すぎたので、ちょっと処理が追いつけていない。


「きっと、襲撃者だったんだ。……そうだ、そうに違いない」

 そんなことを思いながら、明美の部屋のインターホンを押した。

 二十秒程すると、明美が玄関を開けてくれた。


「こんにちは、月峰君。……ちゃんと、休んだわよ」

「約束守ってくれて、ありがとう。明美」

「う、うん。……あんまりストレートに言わないでよ。……ちょっと、恥ずかしいから」


 やばい、明美、すごくかわいい。思わず抱きしめたくなったが、なんとか耐えた。


「……ひとまず、部屋に入って。一昨日のクッキー、食べるんでしょ?」

 そうだった。クッキーは、……よかった。ちゃんと持ってきている。

 よし、そうと決まれば部屋に入ろう。


 部屋に入ってすぐ、明美は紅茶を出してくれた。エイリさんは外出中の様だ。


「悪いな、明美。俺、何も用意してない」

「いいのよ、わざわざ来てもらってるんだし、これぐらいしなくちゃバチが当たるってもんだわ」


 頼もしいな、明美。マジでお嫁さんに欲しい。……待て、落ち着くんだ俺。今はそんな空気じゃない。いやでもしかし……。


「月峰君、今日は何も攻撃を受けなかった?」

「ああ、受けなかったぞ。……それよりも明美、お前は大丈夫だったのか?」

「ええ、大丈夫だったわよ。おかげさまで、だいぶ元気になったわ」


 ……よかった。とりあえず、安心した。

 ……そうだ、ちょっと聞いてみよう。


「……あのさ、明美。明後日はF高の創立記念日で休みなんだよ」

「そうなんだ」

「だからさ、……遊びに行かないか?」

 言った―――――――!! 俺すげーーーー!!


「ふぇっ!? いっ、いきなりすぎるわよ!? 月峰君!?」

 すごい慌てている。やはり、かわいい。


「それで、イエスか、それともノーか」

 もうどうにでもなれ。はっきり言おう、俺は明美とデートに行きたい。お互い能力者なのだから、襲われても文句はあるまい。


「……ショッピングモール」

「……え?」

「……ショッピングモールに行きたい。スゲーイモール永海ながうみに、行きたい」

「――――――」


 お? これは、すばらしい展開なのでは?

「確かに、ちょっとゆっくりするべきよね。……誘ってくれてありがとう、月峰君。正直、すごく嬉しい」


「――――――」

「ちょっと、なに呆けているのよ。ねえ、聞いてるの?」

「あ、ああ。聞こえてる。……よし、じゃあ予定を立てておく」

「ええ、任せるわ。……じゃあ木曜日、楽しみにしているわ」


 こうして、俺の中での最高級イベントが始まろうとしていた――――。




「……そうよ、楽しまなくちゃ。

 いつまでこうしていられるか、もう分からないんだから――――――」

 彼に聞こえない声で、私は呟いた。


 

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