第6話「星塊」
明美の家まで来た。
「着いたぞ、明美」
さっきとは打って変わって、やさしく言った。
「……ありがとう、月峰君。初日からこんなことになっちゃって、ごめんなさい」
「あやまんなくていいぞ、体調が悪いのはしょうがないことなんだからさ」
間髪いれずにフォローする。明美の謝り癖にももう慣れた。まだ二日目だというのに。
「……ええ、ありがとう」
こころなしか、明美の声が辛そうに聞こえた。……やはり、体調はかなり悪いのだろう。
「そういうわけだからさ、今日はもう休んどけよ。……ていうか明日も休め。放課後に差し入れ持っていくからさ。昨日くれたクッキー、一緒に食べようぜ」
「……そんな、そこまでの時間に襲われたらどうするのよ」
「その点はご心配なく、僕がついて行くよ。……おっと、僕の心配はしなくていいからね。僕の家は、ここから十分足らずの所だからね」
トオルがフォローを入れてくれた。さすが親友、ナイスタイミングだ。
「……そう、なら、崎下君に任せるわ」
「ああ、任された」
などと会話をしていると、
「お、なんか今日はもう一人いるのな。悪ぃななんか」
胡散臭いお兄さんこと桐生エイリさんが部屋から出てきた。
「……おい月峰。この人に明美ちゃん任せて大丈夫なのかよ?」
トオルは俺の耳元で囁いた。
「多分大丈夫だ。少なくとも明美の様子からはそう判断できる」
俺はトオルに、一応信用できると思うよ的なニュアンスで答えた。
「……いや何? 俺まだそんなイメージ持たれてんの? つれーよマジ」
当然といえば当然なのだが、この距離なのでエイリさんにはほぼほぼ聞こえていた。そのためエイリさんは割とガチめにションボリしていた。
「ちょっと二人とも。たしかにエイリさんは胡散臭い雰囲気漂わせてるけど、でもホントにいかがわしいヤツとかじゃないからね?」
明美が超絶真面目なトーンで反論するものだから、俺とトオルは申し訳なさでションボリした。桐生さんちの玄関で、男が三人ションボリしている絵面はものすごくシュールだと思う。
「ま、そう言うわけだから。二人にも感謝しているけれど、あんまりエイリさんをいじめないようにね」
そう言った後、明美は家の中に入っていった。
「……ちなみにお前ら。俺は別に明美と付き合っているわけでもないからな。お前らにも付き合えるかもって感じのチャンスがあるってワケだ」
なぜかフォローらしきなんかを言ってくれたエイリさんであった。
◆
……それはそれとして、俺達はまだ家には帰らない。これから行くところがあるのだ。
「……高杉の家って確か、お寺だったよな」
俺はトオルに問いかける。
「そうだよ。そしてアイツも、今回の事件について色々知っている」
驚いた。あの頭空っぽそうな高杉が、そんな事情通だったなんて。
「……月峰、君さあ、今、
「……ああ。正直、ちょっとばかにしてしまっていた。それについては申し訳ないと思う。けど、アイツが能力について色々知っているようには見えないのもまた事実だ」
なにせ高杉は、全くと言っていいほど裏表がない奴なのだ。底抜けにさっぱりとした奴。そこが高杉のいいところなのだから、やはりそんな奴に裏の顔があったとなると少しショックである。
「……アイツは単純に、TPOを弁えているだけだからね。何も考えていないように見えて、実際の所、町の異変には人一倍早く勘づくんだよ。僕が耐えきれなくなってこの能力、アイツは『ソリッド・ハート』と呼んでいたが、まあそのソリッド・ハートのことを打ち明けた際に色々教えてくれたんだよ」
ますます驚いた。高杉、あいつ、一体何者なんだ――――?
「というわけで、着いたぞ」
「……すごいな、本当にお寺だったんだな。……にしても、石段多くないか、ここ」
結構つらい。運動は体育の時間だけなのも手伝って、かなり疲れる。
……いや、それにしても多いだろう。軽く二百段はあるだろう。
「ここの石段は五百段だからね。初めてだと大変かもしれないね」
予想以上だった。確かに、五百段くらいは余裕にある。……だが俺は、その高さから推測するに既に三百段近く登っている。なんと、もう半分以上まできているのだ。
そう思うと、自然と力も湧いてきた。
「よし、そうと決まればさっさと登っちまおうぜ、トオル」
「え? いやなにが決まったんだ? ……前々から思っていた事なんだけどさ。月峰ってさ、脳内補完してから喋っちゃう癖あるよね。ついていけないからね、それ」
……そうだったのか。以後、気をつけよう。
山門に着いた。何を隠そう、友人である高杉ムネナガの家は、神楽坂と一緒で、隣町の山の中にあるのだ。自転車で麓まで行ったのだが、そこまで四十分かかった。
……そう、かなり遠いのだ。俺が今まで高杉の家に遊びに行かなかった理由はそこにあったのだ。
「ここは
軽く馬鹿にされたが、正論といえば正論なので反論はしないことにした。
その時だった。
「よお、崎下! 月峰! お前ら連絡してからが遅せえよ」
なんて、お気楽そうな声が背後から聞こえた。
先に話し出したのはトオルだった。
「仕方ないだろ。ムネナガ、お前の家は遠い上に高い! その辺、自覚したらどうだ!?」
もっともである。トオルは基本的に正論しか言わない。そこが長所であり同時に短所でもある。
「やあ、すまんすまん! ……で、今日は何しに来たんだ?」
「……月峰が攻撃を受けた」
その瞬間、高杉の顔つきが険しいものに変わった。
「――付いてこい」
これが、高杉の裏の顔なのか。かなりの威圧感があった。
境内に来た。本堂も非常に大きいのだが、境内もかなり広々としていた。
「まあ本堂に入ってくれや」
高杉に言われるがままになる。そして、本堂に入った。
そして、俺の能力と、これまでのあらましを高杉に説明した。
「先に言っておくと、俺は、SH《ソリッド・ハート》使いじゃあねえからな」
……ソリッド・ハート使い。そんな呼び方まであったのか、これ。
なんだかどこかで聞いたような気もするが、気にしないでおこう。……ていうか。
「え、お前、そのSHってやつは使えないのか」
かなり驚いた。なら何故、高杉はこんなにも事情通なのだろうか。
「俺んちは代々、精神を鍛えて魔を退けてきた。当然、SHもその魔の中に分類される。だから、SHは使わねえ。――ついでに言っとくとよぉ、この町には、もう一つ退魔を生業とする家系があるが、そっちは逆にSHを利用している。……けど、そっちは今、再起不能だから気にしなくていいだろうよ」
退魔の家系……? この町、そんな伝奇チックな町だったのか。知らなかったわ。
それはそれで気になるのだが、今日はそれを聞きに来たわけではない。
「それで、そのSHってのは結局何なんだ?」
俺は一番気になっていた事を聞いた。
「まあ、自覚はあるんだろうが、自分の心がある要因によって形を持ったモノ……って感じだな。トオルのは人形、カイ、おめえのは剣として物質化されているようだな。そんで、黒崎は装甲、明美とか言う姉ちゃんは不明、ってとこか」
「そうだな。確かに、その辺りは自覚している。……だけど、俺が知りたいのはその原因だ。高杉、お前が伏せたその要因の方を、俺は知りたい」
ここははっきり言っておかなければ。語尾を強く発音した。
「……俺もどこにあるかは分かんねえけど、名前ぐれえは聞かされてるぜ。――その名は『
星塊――。そんなものが、この町の何処かにあるというのか。
謎は深まるばかりだが、それが争いの種となるのなら、俺はそれを見つけ出し、破壊するだけだ。そう、当然のように胸に固く誓った。
「ちょっと待ってくれないか。ムネナガ、君の親父さんは場所を知っているんだろう? だったら、少々無理を言ってでも教えてもらうべきなんじゃないかな」
やはりトオルは正論を言った。しかし、
「ホントなら聞いてやりてえとこなんだが、俺の親父も爺さんも、SH使いを毛嫌いしてやがる。それにな、俺もSH使いの悪逆非道っぷりを教えられて育ってきたからよお、正直助けたくねえんだよ。お前らだったから手助けしてやったんだぜ。でも、そんなお前らでさえも精神的に変貌しちまうヤバさがSHにはある。だから、マジなこと言うとな、こんなことにこれ以上お前らを巻き込ませたくねえってのもあるんだよ。……ついでに言うと、俺もこんなことで親父達と喧嘩したくねえしな。……そういうわけだ。すまねえがこれ以上の協力はできねえ」
これは、明らかな拒絶の意志だった。だが、高杉が薄情なのではない。むしろ俺達が無謀すぎるのだ。だから、俺は高杉に反論する気は無かった。
「……ちゃんと理由があるんならいいんだ。ありがとう、ムネナガ。今度、メチャクチャ高級な野菜ジュースを奢るよ」
トオルも、俺と同じ意見のようだ。ていうかメチャクチャ高級な野菜ジュースってなんでそんな具体的なんだ。お盆のなんかそういうお供え物の話なのか?
「まあいいや。多分そういうことなんだろう」
などと呟くと、トオルに「またか」と言われた。……ああ、そういうことね。
「また自己完結してから口に出しちまった。すまん」
「まあ癖なんだろうし、すぐに直せとは言わないさ。でもちょっと話したけど気をつけなよ?」
「ああ、善処する」
トオルにたしなめられたので、俺は反省した。それをムネナガが「なるほどな」と一人で何かに納得していた。
「おいムネナガお前もなのか? それやられるとペースについていくのに大変なんだよ」
「ああいや、今のは話を聞いて欲しくてわざと声に出したんだよ。悪ぃ悪ぃ」
頭を抱えるトオルに補足を入れつつ、ムネナガは俺に向かって続きを話した。
「カイ。お前は心の動きが速い。だから能力の成長速度もおそらく早いと思う。それは強力な分、同時に暴走のリスクを抱えている」
「高杉……いいのか?」
助けるのにも限界があると言われた直後だったので、余計にありがたさと意外さが胸に響いた。
「ま、ちょっとしたサービスってヤツだ。ありがたく聞いとけって。……で、とにかくお前は前のめりのSHを持っている感じがある。だからな、カイ。一人で突っ走んなよ、お前には、並走してくれる仲間がいるんだからな」
◆
場所は再び山門に移る。高杉が見送りに来てくれた。
「わりいな、あんま力になれなくてよ。……その代わり、明後日でいいならこの手のことにやたら詳しい兄ちゃんを紹介してやるよ。それで、勘弁してくれよ?」
「何言ってんだ、高杉。お前は十分力になってくれたじゃないか。その上アフターサービスまでしてくれるなんてさ、ほんと、ありがとうな」
心からのお礼を言った。それを高杉は、
「――プッ、お前さあ、やっぱりおもしれえわ。何かわかんねえけどいいやつだよな、介。……だからよ、ぜってえ、死ぬんじゃあねえぞ」
それは、エールだった。戦いには参加できないが、いつまでも味方でいてくれるという、そんな、エール。俺は、その気持ちだけで十分だった。
「ああ、当然生き残るさ。だから、また三人でどっか出かけようぜ」
そんな、他愛ない、それでいて、掛け替えのない、約束をした。
◆
トオルの家は帰り道では先にあるため、そこで俺はトオルと別れた。明美との契約とは少し事情が変わってしまったが仕方がない。もうとっくに日は落ちているが、用心して帰ればきっと、大丈夫だ。
そう思いながら曲がり角を曲がった。
――――曲がった先に、人がいた。俺をじっと見据えている。
「――――あれ」
俺は、その人物を、知っている。俺は、彼女を、知っている。
「
そうだ、後輩の、神楽坂火憐だ。火事の件は、もう大丈夫なのだろうか。
「……せんぱい、悪いことは言いません。あの女と関わるのは、もう止めてください」
――――何を、言っている? 何故、彼女が、そんなことを、言うのだろう。
「火憐? お前、何言ってんだ? そんなことよりも、火事の方は大丈夫なのか?」
「……はぁ、そうやってはぐらかすんですね。――まあ、嫌でも実感する日が近いうちに来るでしょうから、せいぜい首を長くして待っていてくださいね、せんぱい」
そう言うと、彼女は俺のそばを通り過ぎて行った。
「おい、待てよ――」
もう遅かった。彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
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