第5話「オールレンジ・ストリングス」

 ………………、………………。俺は、まだ生きている。


 何故だ? 何故、俺は生きている?

 その答えは、目の前にあった。


 亜空から突き出された拳が、無数の糸で雁字搦めにされ、身動きがとれなくなっていた。それはまるで、蜘蛛の巣のようであった。


「やれやれ、ようやく目眩も治まってくれたよ。全く、お嬢さんが暴力を振るう人だとは思わなかったよ」

「――――」


 その男は、いや、

「――トオル、お前、能力を」

 崎下トオルは、俺の目前まで迫っていた死を、力強く受け止めてくれていた。


「フッ、ヒーローは遅れてやってくるものサ! ……助けに来てやったぞ、月峰。後で飲み物奢れよな!」


 俺もいつまでも呆けてはいられない。そろそろやられっぱなしにも飽きてきたところだ。


「いいぜ、一〇〇〇ミリリットルでもなんでも奢ってやる! ……だがその前に、こいつに一発きついのをお見舞いしてやらないとな――――――!!」

 さあ、反撃開始だ。俺は右腕に力を込めた。




 俺は右腕を襲撃者に向けた。戦闘経験は皆無に等しいのだが、戦い方は既にこの身に刻まれているようだ。


 俺は、トオルの能力によって動きを止められている敵に向けて剣を連射した。


「月峰! 糸には当てるなよ! 切れると奴が自由の身になってしまう!!」


 トオルの言葉を念頭に置き、攻撃を続ける。狙うのは勿論、亜空に潜む本体だ。


「……この! 当たれってんだ――――!!」


 言葉は乱暴になるが、心は冷静に、そして冷徹に、討つべき敵を見据えていた。

 連射される剣は嵐のように。されど乱れなどは無く。それはまさしく、己が心の投影――――――!


 確かな手ごたえ。撃ち出された剣は、確かに敵を穿った。


「――やったか?」


 空間の割れ目からは、何筋もの流血痕。俺は勝利を祈る。だが、


「オ、オマエ、ヨクモ、ヨクモ、ヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 敵は、トオルの仕掛けた拘束糸をいとも簡単に振り払い、いや、ぶち破り、突貫してくる。


「おおおおお――――――――ッ!!」


 俺はただ、剣を射出する。否、剣を射出するしかできない。元より俺の心には防衛意志しかなかったのだから。

 ……だが、それでいい。俺はただ、立ちはだかる敵を斃していけばいいのだ。


 次々と剣が刺さり、動きが鈍る。その瞬間に、俺は敵の軌道から離れる。


「トオル! 大丈夫か!?」


 悪友の無事を確認する。


「ああ、糸は切られたが僕は無事だ。……ついでに」

 ――――この時、敵の周りに六つの影が浮かんだ。


「僕の能力もね――――!」


 彼が言い終わった瞬間、六つの何かから同時にビームが連射された。

 全方位からの攻撃。それがトオルの真の能力なのだろうか。俺は六つの影を注視した。


「……あれは、人形?」


 それは、その一つ一つが人形のパーツであった。

 顔、右手、右足、左手、左足、そして胴体。そのそれぞれが分離してビームを発射している。

 さっきの糸も、この人形が出していたのだろうか。


「トオル! さっきの糸も、あの人形の能力か!」

「そうさ! そして、アイツは馬鹿なことをした! 僕の『オールレンジ・ドール』は、糸を切られることでこのバトルモードに移行するんだよ!!」


 乱射される光弾。それはさながら砂嵐のような、凶暴さを持っていた。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 断末魔をあげるケモノ。俺は止めを刺そうと右腕を突き出した。だが、


「ユルサナイ、ユルサナイユルサナイユルサナイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」


 そう言うや否や、敵は再び空間をその右腕で破壊し、その中に入っていった。


「待ちやがれ――――!」


 次々と割れる空間。そこから垣間見えるのは鋼の巨躯。獣の如き暴威を以て、ソレはこちらに接近する。繰り出す剣弾、そして光弾。その全てを回避し、獣は迫る。


 ――だが、ヤツはヤツでこちらに攻撃をしかけない。当然だ。攻撃する為には異空間から身を出さなければならない。そんなことをすれば、俺とトオルの繰り出す弾幕によって相当な痛手を負うことになる。故にこの戦いは。確かに疾走感はあるが、どうしようもなく膠着したものとなっていた。


「いつまで逃げんだてめえ……!」

 そう叫んだその時だった。


「ニゲテナンカ――ニゲテナンカ、ナイ…………!」


 明確な意志を俺に向け、亜空にその姿を消した。

 索敵二秒。それだけしかしなかったのではなく、その短時間で戦況が動いたのだ。


「キリュウサンハ、ワタシトイレバイインダ――――!」

「桐生……お前、まさか——」


 声とともに砕け散る日々の断片。怪物は、野に放たれた。


「月峰! お嬢さんが危ない――――!」


 ――直後。そんな、悪友の声が聞こえた。

 背後を振り向く、そこには。

 再び体調を崩したのか、地面にへたり込む明美と、そこを狙おうと亜空から腕を突き出す襲撃者の姿があった。


「テメエ――――ッ! 明美から離れろォ――――――!!」


 俺は容赦なく、それこそ相手の命を刈り取らんばかりの勢いで、渾身の一撃を撃ちこんだ。


 撃ち出された一本の剣、それは、たしかに敵の中の決定的な何かを砕いた。


 例えるならそれは、蝋燭の火か、あるいはゼンマイ人形の背中のねじまきか。

 そんな、生きるための糧を砕いた。アレにはもう、死しかない。


「――――ァ、ァ、ナンデ? ワタシハタダ、キリュウサントイッショニイタカッタダケナノニ。ネエ、ナンデ、ナンデ、ナンデ――――」


 そう呟きながらも、崩れゆく体を抱きしめながらも、襲撃者は空間を砕き、何処かへ消えていった。


「……追わないのか?」

 トオルが問いかけてくる。


「それには及ばない。あれはもう、手遅れだ。彼女はもう、助からない」

「……彼女?」


 予感はしていた。だが、その可能性は振り払っていた。

 今日の昼休み、俺が明美と話している時、アイツの視線を感じた。その目は、大事にしていた玩具を他人にとられた子供のような、そんな目。そんな、孤独な目。


 思えば、亜空に浮かんでいた双眼も、どこか懇願じみたものがあった。

 もしかすると、いや、俺なんかよりも確実に、彼女は明美のことを想っていたのだろう。


「俺は、人殺しだ。俺は、黒崎を、殺したんだ――――」

 そう言った直後、俺はトオルに殴られた。


「————トオル?」


 俺は唖然とした表情でトオルを見つめる。それをトオルは、まっすぐ睨み返してきた後、深く息を吸い込んで、非情なことを言いだした。


「逃げるなよ、月峰。能力を得た時点で、僕たちに平穏なんてないんだ。これは何度も何度も繰り返されてきた戦いなんだ。今までにも何人も人が死んでいるんだ。この戦いは、そんな力を悪用する奴を殺していかなくちゃあいけないんだ。……わかったか、月峰。わかるよな、月峰? ……わかってくれ、月峰――――!」


 そう言ったトオルの声は、震えていた。




 ――――Interlude「吸血衝動(Ⅲ)」


 オレンジの空。白い壁。

 そして。

 赤い、床。


 ……あかい。あかい。――――アカイ。

 ――――もっと、欲しい。


 ほしいほしいほしいほシいほシイホシいホしいホシいホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイほしい――――――。


 ――――抑えなくては。おさえ、なくては。


 でも、その次の赤で、さらに限界は近づいた。遠目で見ていても、それはどうしようもなく蠱惑的で……魅力的なのだ。


 ――けれど、耐えてみせる。耐えてやる。耐えて、耐えて、耐えて耐えて耐えてやる――――


 でもそこに、手負いの少女が現れて――


「吸血衝動(Ⅲ)」(了)

 ――――Interlude out




「大丈夫か、明美」

 俺は声をかける。


「……ええ、ちょっと目眩がしたみたい。でももう、大丈夫よ」

「何言ってんだ、無理はするもんじゃない。送って行くから、帰るぞ」

「え、でも、さっきの敵はどうするのよ」

「アレには致命傷を与えた。もう、長くない。勝手に死んでいくだけだ。だから、もう、帰るぞ」


 少し、強めに言った。……先刻のトオルとの会話のせいだろう。

 ……彼女に血は、見せたくない。俺が戦い、俺が守る。そう決めた。


 殺したことを忘れてはいけない。だが、殺したことを後悔してはいけない。

 斃してきた屍を踏みしめながら、俺は戦いの元凶を見つけ出し、止める。

 そう、決心した。俺はトオルの方を見る。彼は、強く頷いてくれた。ともに戦ってくれる、そう、誓ってくれたのだった。


「――ありがとな、トオル」

「――気にすることなんてないさ。僕たち、友達だろ? それに、能力者仲間だ。協力するなんて、当然じゃないか」


 俺たちは、互いの肩の上に各々の腕を乗せた。普段なら少しばかり恥ずかしいと思える行為でも、意外とこういう時は心地よいものである。




 ――――Interlude「ポイズン・ラブ」


 己が身に纏っていた心。その装甲を貫かれた。


 ……くるしい。からだが、おもい。まるで、いわのよう。

 どんどん体が動かなくなっていくのが、よく分かる。


 ……そうか、私は、死ぬのか。

 お父様、お母様、お許しください。私は、アイは、もうすぐ死にます。


 ――――嫌だ。そんなの、認めたくない。


「……まだ、死ねない。まだ、生きたい。私は、桐生さんが、桐生明美さんが、欲しい――」


 けれど、私の体は言う事を聞かず、血をだらだらと流しながら崩れ落ちて――――


「……あれ、私、まだ」


 立っている、いや、受け止められている。誰かに、抱かれている。

 意識が朦朧とする。けれど、私にははっきりと聞こえた。


 どんな形になっても、まだ生きたいか、と。心を異形に変えて尚、生きたいか、と。


「はい、私、まだ生きたい、です」


 私は生きたかった。生きて、生き抜いて、桐生明美を一人占めしたかった。

 だから、私は。

 この人に、血を捧げた。


「ポイズン・ラブ」(了)

 ――――Interlude out

 


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