第4話「DD」
――――Interlude「吸血衝動(Ⅰ)」
戦いが始まった日のことだ。
――血ガ、欲シイ。
始めに聞こえたのはそれだった。
空耳かと思ったが、どうやら違うようだ。確かに自分の内側から聞こえてきた。
何故、血が欲しいのか、聞いてみた。すると、
――ソレガ、
そう、返してきた。
認識? いったい何の認識なのだろう。それも聞いてみる。
――吸血鬼ノ、認識ダヨ。
その答えを聞いた時、能力の概要を理解した。
能力名は、『アゲインスト』。その能力は、自身の吸血鬼化及び吸血対象の狂化。
また、代償として一定量の血を必要とする。この代償は自身の吸血鬼に対するイメージの具現化である。
怖かった。自分の身に起こった変化は勿論だが、それ以上に、自分の心にこんな欲求があったことが怖かったのだ。
……それでも、もう遅い。
ワタシ、は。
血を求めテ。
夜ノ町、を、あルきはじメた。
「吸血衝動(Ⅰ)」(了)
――――Interlude out
「トオル、何でお前がここにいるんだ。お前、帰宅部だろ?」
俺は背後に現れた悪友、崎下トオルに尋ねた。
彼は、顔の左半分を覆う程の長さの前髪を掻き上げながら言った。
「偶々だよ。通りすがりってやつ? まあとにかく、そういうことだよ。それでさ、そちらの……この前見た謎のレディと一緒に歩いていたお前が急にうずくまるもんだから気になって声をかけてやったって訳さ」
……どうやら、異能についての談義は聞こえていなかったようだ。心配してくれているのはありがたいが、結局トオルは何故ここにいたのかを話していない。いや、答えてはいるが妙に胡散臭い。なんとなくだがはぐらかしているようにも聞こえた。
「……トオル、誤魔化すな。何でお前がここにいる。今日はデートとか行かなくていいのか?」
若干皮肉交じりに言葉をぶつけた。だが、
「月峰、君さ、僕が毎日女の子たちと遊びに行っていると思っていたのかい? 僕だって暇な時くらいあるさ。そんな時、放課後の学校をうろうろしていることの何が悪いんだい?」
……正論だ。だが、もしトオルが能力者だったなら、俺はまんまと策に嵌ってしまっているのではないだろうか。
俺は明美の方を見た。明美は俺と目を合わせると、一度首を縦に小さく振った後、トオルの方を向いた。そして、
思い切り体を捻じらせて殴りかかった。
すげえ、すげえよ明美さん。思い切り良すぎだよ明美さん。
だが、トオルも負けてはいない。その右ストレートを受けきったのだ!
顔面で。
「……大丈夫か、トオル」
思わず口から出てしまった。だってとっても痛そうだったんだもの。
「……ふ、心配するなよ月峰。僕はね、レディからの贈り物はきちんと受け取る主義なんだ。それがたとえ、攻撃であったとしてもね……」
そう言うや否や、トオルはぶっ倒れた。殴られた拍子に後頭部を木に打ち付けたのだろう。
俺は、恐る恐る明美の方を見た。
「意識はあるようね。じゃあ助けはいらないわね。……さ、行きましょう、月峰君」
なんて、末恐ろしいお言葉をおっしゃった。
「でもさ、明美。トオルほっといてもいいのか? あいつ能力者かもしれないんだぜ?」
一応、小声で話す。
「その点については心配しなくてもいいわ。能力で私たちを始末するつもりなら、私の攻撃なんて受けなかったわよ。この雑木林、今は私たち三人しかいなかったんだから、人目を気にする必要なんてないでしょう?」
「確かに、百里あるな、それ」
「……一理ある、じゃないの? それ」
「……そういうギャグだったんだよ」
割と本気で指摘されてしまったので、微妙な空気になってしまったが、まあいい。
まずは明美を新聞部まで連れて行こう。……さすがに、人目に着く所では敵も襲ってはこないだろうし。
廊下には、男が一人取り残されていた。その名は崎下トオル。彼もまた、能力者である。
もっとも、月峰カイと桐生明美が能力者であることは知らないのだが。
「……何とか隠し通せたな。下手に能力のことを話して変人扱いされても困るからな。……まあいい、次こそは、奴を倒してやる……!」
その言葉は誰にも届かなかった。当然である。彼は今、
廊下で独りぼっちだからである。
今、俺たちは新聞部を目指して歩いている。……だけではなく、先ほどのガラス片もとい空間片――とでも言う他ない――の元あった場所を探していた。
恐らく襲撃を受けた近辺にあるだろうという明美の推測の元探しているが、これが中々見つからない。そんな、途方に暮れていたその時、異変は起こった。
「――月峰君、割れ目を見つけたわ」
「何だって!? どこなんだ!?」
すぐに駆け寄る。しかし、空間の割れ目は勿論、明美の手にあるはずの空間片すら無くなっていた。
「おい、空間片はどこにいったんだよ」
「割れ目を見つけた途端、自然にはまっていったわ。……まるで、世界そのものが欠損を修復するみたいにね」
なんてことだ、犯人が使う能力の手掛かりが消えてしまった。
「……振り出しに戻ったってことか」
「そうなるわね……。でも、悩んでいたって仕方ないわ。今は、私たちに出来ることをやるだけよ。だから、ひとまず部室に向かいましょう」
「ああ、そうだな。そうしよう」
……確かに、悩んでいたって仕方がない。だから今は、自分たちにできることをやるだけだ。そう決心した。
――――Interlude「D・D」
……気付かれている。アイツは気付いている、この能力に。
……まずい。まずい。まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。
……早急に手を打たねば。でなければ、殺られるのはこっちになってしまう。
ならば。殺される前に殺してしまおう。
それで、ようやく、あの人を手に入れることができるのだから――――。
「D・D」(了)
――――Interlude out
「はい、ここが新聞部でございます」
「……いや、実は知ってたのよ。お昼に黒崎さんから教えてもらったから」
「……あ、ソウダッタンデスネ。――エスコートしろっつったのは誰だよ……」
最後だけ、小声で言った。……が。
「……言っとくけど、聞こえてたからね? 最後の」
「…………すいませんでした」
……何はともあれ、新聞部の部室に辿り着いた。今は他の用途には使われていない。
「あら、黒崎さんじゃない。あなた新聞部だったのね」
部屋に入るなり、明美はそんなことを言った。
それを聞いたツインテールの少女は、
「え、桐生、さん。どうして、ここに……!?」
なんて、すごくびっくりしながら返答してきた。
「昼休みの時も思ったけど、黒崎と仲良いんだな」
「ええ。昼にもちょっと話したけど、黒崎さんは近所に住んでて、引っ越してきた時から色々助けてくれてて感謝してるの。でも、月峰くんと同じ部活に入っているとは知らなかったわ」
世間とは狭いものである。まさか黒崎と明美がご近所さんだったなんて。
「……月峰くんなんてどうだっていいんです。……それで、その、桐生さんは、その、どうしてここにいらしたんですか?」
口火を切ったのは黒崎だった。
「えっとね、しばらく月峰君を借りていくからその挨拶よ」
「え――――」
……なんでこう、俺の周りの方々は顔に出やすい人ばかりなのだろうか。主に明美関係で(本人含む)。
「あのさ黒崎、ショックなのは分かるよ。でもさ、俺だって男だ。こういうこともある」
一応説得。しかし、
「でも、だからってなんで貴方なんかに……! ……私の、私の気持ちを……!」
俺に対しては強気だよな、黒崎。……いや、それよりも、だ。まずい。黒崎のやつ、ものすごく怒っている。これは史上稀にみるまずさだ。
――だがしかし、ここで引き下がる訳にはいかない。
「黒崎、お前が俺のことを嫌いなことなんてわかってる。そして、今回の件に関して俺の行動が気に食わないこともわかってる。けどな、それでも俺は譲れないし譲らない」
はっきりと言い放った。
何を宣言したのかと言えば、それは勿論明美のことが好きだという事です。
「――――――」
黒崎は黙った。今の内に退散しよう。
「よし、そういうことだから帰ろうか、明美」
「え、え、もう帰るの!? ねえ、ちょっと――――」
言い終わらないうちに明美の手を引っ張って部室から出た。……部長がいる日だったら良かったのだが。後悔しても仕方がない。
――その時、
「そうですか、なら私も本気でいくから……」
なんて、嫉妬心でいっぱいの声が聞こえてきた気がした。
部室を出てから、再び廊下を歩いている。しばらく沈黙が続いていたが、それは明美の発言で終わりを迎えた。
「……とりあえず、聞きたいことは色々あるけれど」
「……何でしょう」
「あなた、中々いい身分みたいね」
……あれ、明美さん、なんだかすごく怒ってます――――?
「……えっと、どういう意味でしょうか……?」
本気で分からない。何故、俺が怒られているんだ……?
「……本気で鈍感なのね、あなた。……黒崎さんのことよ。はっきり言っとくけど彼女、絶対あなたのことが好きよ」
「――――――」
……何を、言っているんだ。彼女が、俺のことを、好き、だって……?
「私があなたを巻き込んじゃったのが原因ではあるけど、もうちょっと上手く誤魔化せなかったの……?」
……彼女は、明美は勘違いしている。それも根本的な所を。
「いやいや明美。鈍感なのはお前の方だ」
「――――は?」
本気で分かっていなかったようだ。
「あのさ、明美。お前、黒崎と仲良いんだろ? だったら、何故、気付かない」
「気付かない? ……一体何のことなの?」
……これは、はっきりきっぱり言ってやらないと。
「黒崎が好きなのってな、お前だぞ、明美」
「は?」
「は? じゃない。お前知らなかったのか? あいつ、レズだぞ」
「え? ……?? …………!!?」
明美の顔がみるみる赤くなっていく。もう恥ずかしすぎて顔が真っ赤って感じである。
「かわいい……」
しまった。つい、声に出してしまった。
「――――ッ! 急に何言いだすんじゃワレーーーーーー!!!」
明美さん、激おこぷんぷん丸である。ミスったな。色々と判断を。
帰り道。夕焼けが、綺麗だ。
……本題に移ろう。俺たちが校門を出てから5分経過しているが、未だに明美は口をきいてくれない。ずっと不機嫌そうである。
「……びっくりだったのはよく分かるぞ。俺も、カミングアウトされた時は頭の中真っ白だったもん」
「……」
まずい。全然話を聞いてくれない。……いや待て、これはいっそのこと、今告白してしまえばいいのではないだろうか。今の明美なら、吊り橋効果的な何かでコロッといっちゃうのではないだろうか。
……よし、ちょっと試しに、
「――――! 月峰君、頭下げなさい!!」
突然の怒号。突然の奇襲。それは、どちらも背後から来ていた。
けれど俺は、頭を下げなければならないタイミングで、あろうことか後ろを向いてしまった。
そこには。
割れた空間と、そこから拳を突き出すナニカ。
俺は、迫りくる死を前に、それを見つめることしかできなかった。
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