第3話「狭間を砕く」

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 今朝は陰鬱なニュースから始まった。

 隣町にある後輩の家――家といってもすごくでかい洋館なのだが――が火事で全焼してしまったのだ。それなりに大きなお屋敷のため、朝から地元のローカル局ではニュースとして取り上げられていた。……死者も出たようだが、その後輩は無事だった。


 何故知っているかというと、あまりに心配だったので電話したからである。混乱した中で、後輩もよく電話に出てくれたと思う。


「朝から嫌なニュースだな。カイ、お前の友達の家だろ? 本当に嫌なニュースだわ」


 そうぼやいているのは、俺の親父、月峰レイジだ。……鍵は持っていたようだ。


「……おいカイ。聞いてんのか? そんなにショックだったのか?」

「そりゃあショックだよ。神楽坂さんとこの火憐ちゃんは、部活の後輩なんだから。そりゃあもう元気いっぱいでな、いつも俺たちを癒してくれるんだよ。それなのにこんなことになるなんて」


 別に恋心は抱いていない。だが、一人っ子の俺にとって、彼女はとても新鮮で、そして妹の様な存在であった。だから、ショックなのである。


「成程な、可愛い後輩なわけか。……そうなのか」

「そうなんだよ。こういう時、どうやって励ましてあげればいいんだろうな」

「……いつもどおりに接してやれ。下手に同情するより幾分マシだ」


 こういう時、親父は頼りになる。さすがは喫茶店のマスター兼町の相談役だ。こういう所は素直に尊敬できる。


「ありがとよ、親父。今日は無理かもしれないけど、次に火憐ちゃんが部活に来たら、まず笑いかけてみるよ」

「カイ、お前それはちょっとキモイぞ。笑いかけるってなんだよ。むしろ怪しいじゃねえか」


 ……俺は、親父のこういう所が嫌いだ。




 正午過ぎ、昼休みになり喧騒に包まれた教室……ではなく体育館の裏にて。俺は明美にビビりまくっていた。何故かというと――――


「いや、なんでここに来てんの!?」


 昼休みになってすぐ鳴り響いた携帯電話、それはエイリさんからのもの――昨夜連絡先を交換したのだ――だったのだが、その内容というものが、


『やべえ。明美のやつ、学校に行ってみたいとか言って出ていきやがった。どーしよ、助けて』


 などという、そっくりそのままバットで打ち返したくなるようなやつだった。


 ――『学校に行ってみたい』……という部分に何かしら引っかかるものがあったが、まずは何よりも明美を見つけ出さなければならないと思い立ちそして直感で向かった体育館裏に、偶然か――はたまた運命か――とにかく明美は既にいたのだった。

 ……で、


「いや、なんでここに来てんの!?」


 という、先ほどの叫びに繋がるという流れであった。


「なんでってそりゃ、学校に行ってみたかったからよ」

 悪い? なんて、さも当然の権利のように彼女は言ってのけた。

 ……いや待て。まさか、そんなことがあるというのか……? もしそうであるならば……当然の権利であって然るべきだ――。


「あのさ、明美。……キミは、その――」

「お察しの通り、学校に行ったことなんてないわよ、私」

「――――――」


 言葉が出ない。そんな事があるというのか? 実感がわかない。わからない。明美は今まで、一体どのような暮らしをしてきたのだろう――?


「……色々あるのよ。多分そのうち分かるようになるよ、月峰くんも」

「俺が……?」

「ああ、いえ。貴方がそうなるというわけではなくて、なんていうかな、ここで私に会えたということは、うん」

「……?」


 なにやらはっきりしない物言いをする明美。めっちゃ気になるが、訊いていいやつなのだろうか?

 俺は――


「それは知るべき時に知れば良いことです。今はまだ、その時ではありません」


 突如、女性の声が聴こえた。それは俺の背後からだった。


「あなたは……?」

 思わずふりかえり、問いを投げかけた。その女性は見たことのない人物で、また、制服を着ていない。つまり、明美と同じくここ……F高校の生徒ではない――あるいは、ここの教員ということなのだろうか? 教員なら、見たことない人がいても別にありえない話ではない。


 とかなんとか推理をしていると、謎の女性が口を開いた。


「私は――そうね、ワルキューレとでも名乗っておきましょうか」

「は?」


 いきなり現れて何をおっしゃっているのでしょうかこの方は。


「なんです? なにか、問題でも?」

「いや、問題というか、いきなりワルキューレって言われてもですね」


 いや、本名とかなら別にいいんだけど。仮名で、しかもたった今思いついたような感じだったので、(急にワルキューレが生えてきた……)みたいな感想を抱かざるを得ないというかなんというか……みたいな、なんかそういう感じなのだった。


「ふむ、どうやら不評なようですね」

 いやそういうことじゃなくてね?

「まあいいです。ワルキューレで通しますから」

 もう意地になってんじゃんこの謎ウーマン。なんなのほんと。


「コホン。とにかくですね、月峰カイ。私は貴方の勝利を祈っています。どうか、ご健闘を」

「は?」

 マジで何を言っているのかわからない。勝利って、一体何に?


「ふむ、どうやらまだ……いえ、それもじきにわかりましょう」

 とかなんとか言って自称ワルキューレさんは俺――ではなく明美の方へと歩いていき、


「……貴方も、じきにご自身の果たす役割を理解することでしょう」

 明美の肩に手を乗せながらそんな事を言った。


「明美の役割……?」

 何のことかはわからない。けれど明美は何食わぬ顔で、

「そんなこと、とっくの昔から知っているわよ」

 平然と返答したのだった。


「――そう、……いえ、ご理解いただけているのなら良いのです。……くれぐれも、ご自身の為すべきことを見失わぬように」



 自称ワルキューレが去ってから約五分。分からないことだらけで混乱する俺とは対照的に、明美はひどく落ち着いた様子で地面の砂利を触っていた。


「……それ、楽しい?」

「いえ、全然」

 などと言いながらも、明美は砂利で遊ぶのをやめない。子どもか?

 ……いや、実際、子どもなのかも知れない。何もかもわからないけれど、でも多分、俺の予想は当たっている――そんな気がした。


「あの、桐生さん。お弁当、一緒に食べませんか?」

 ふいに、後ろから声がした。

「あら、黒崎さん。いいわよ。――じゃ、また後でね、月峰君」

 そう言って、明美はその女生徒と歩いて行こうとした。

 その女生徒は他クラスの生徒であったが、俺は彼女を知っていた。そして彼女は明美を知っていた。


 ……いや待て。それはおかしくないか?


「待って? 黒崎、なんでお前が明美を知ってんの?」

「え? あぁ、いたんだ月峰くん」

 黒崎――フルネームは黒崎愛――に、なんかゴミを見るような目で見られた。そう、黒崎は性格がキツイのだ。


「いやだから……ていうか明美。キミ、黒崎と知り合いなのか?」

 俺がそう訊ねた直後、黒崎が距離を詰めてきた。

「私の勝手だと思うのだけれど?」

「いやいや、ちょっとマジでよくわからない。……どういう知り合いなワケ?」

 俺は黒崎の後ろにいる明美に目線でヘルプを送りながらそう言った。


「黒崎さんはうちの隣室に住んでるのよ。だから知り合いだしここに来ることも一応連絡済みだったってわけ」

「ああ、そういうことね」

 エイリさんが何かうまいこと説明してくれたんだろう。そうに違いない。……俺に連絡がなかったことにはひとまず目をつむっておこう。


「……で。月峰くんは桐生さんの何?」

「何って……何?」

 アレか? もしや関係とか聞かれている感じなのか?


「ま、いいです。貴方ごときが私から桐生さんを奪えるとは思えませんから」

「ああ、そういうことね」

 まあ別に知らない話でもなし。黒崎の言わんとすることはなんとなく察しがついた俺なのだった。


「そういうことです――さ、桐生さん。話はまとまったので善は急げです。この時間ならここに人が来ることはまずありません。あったらあったで私がどうにかしますので、気兼ねなくランチタイムを楽しみましょう」

 明美にめちゃくちゃいい笑顔で提案しつつも、俺に対しては手で『さっさと失せろ』というサイン的な何かを送りつけてくる黒崎であった。だからコエーよほんと。



 放課後になった。俺は明美と一緒に部室棟まで歩いていた。できるだけ人目のつかないところを歩きながらだったので、普段は五分で到着するところが既に十分経過している。この分だとおそらく後五分はかかるだろう。


「……それで、部室まで案内すればいいんだな?」

 俺は、明美に問いかける。それを明美は首肯する。

「そうよ。新聞部までエスコートよろしくね、月峰君」

「お、おう、まかせとけ」


 何でもない案内だったのが、一気に素晴らしいイベントに昇華した。エスコート…………ああ、なんていい響きなのだろう――――!


 なんてことを思いながら雑木林の道、その角を曲がった時だった。――俺の足に衝撃が走った。

「――――え」

 足を見る。そこには。

 血だまりができていた。




「――――ぐっ」

 突然走った衝撃。それが何であるか気付いた時には既に、俺の足から血が流れ出していた。

 攻撃の動機と方法、何もかも常軌を逸していたが、それが逆に犯人の特徴を克明にした。


「……能力者、か」

 そう呟く。それを、

「何落ち着いてるのよ! 状況の分析も大事だけれど、それよりもまず止血でしょ!?」

 明美に叱られた。正論だ。おとなしく従おう。


「よかった。ただの切り傷みたい。もう大丈夫よ」

 ほっと息を吐く。傷は浅そうだ。


「……どうやら、ガラス片で切り付けられたようね。あそこに落ちてる。拾ってくるわ」

「ああ、助かる」

 急に血の気が引いたからか、頭が回らない。思考がスローだ。


「大丈夫なの? ちょっと貧血気味?」

 明美が駆け寄って来る。心配までさせてしまった。


「……いや、もう大丈夫だ。それよりも、ガラス片、見せてくれないか?」

 今はそれが最優先事項だ。まずは凶器から攻撃方法を推理しなくてはいけない。

 だが、明美はガラス片をじっと見続けている。


「明美――?」

「……月峰君、このガラス片、ガラス片じゃない」

 ……? 意味が、分からない。ガラス片なのに、ガラス片じゃ、ない……?


「どういうことなんだ、明美。それ、どう見てもガラス片じゃないか」

 当然の疑問を口にする。だが、その疑問は無意味であった。


「なら、よく見てみなさい」

 明美からガラス片を受け取る。そして、外観、感触を確かめようと――――

「――――何だ、これ」


 それは、確かに破片であったが、ガラスの破片ではなかった。

 それは、まるで風景画から一部分だけ切り取ったかのような、そんな破片。そんな、日々の断片。

 ……信じられないことなのだが、どうやら犯人は空間を砕いて武器にしたようだ。


「……これは厄介ね。多分こいつ、空間移動もできるわよ」

「それ、冗談じゃ無さそうだけど根拠はあるのか?」

「当然よ。……だって、空間をガラス片みたいに壊せるのよ。それってつまり、壊れた空間は穴が開いたままってことでしょ?」

「まあ、そうかもしれないな」


 空間の割れ目を探してみる価値がありそうだ。この後探してみよう。

 それはそれとして、


「でもさ明美、それがどうして空間移動できるってことになるんだよ。明美、その辺の説明もできるのか?」

 やはりこの点は未だ疑問が残る。しっかりと追及しておかなければ。


「当然よ。……月峰君、空いたままの空間の割れ目はどうなってると思う?」

「そりゃあ今さっき明美が言ってたように空いたままなんだろ――――あ」

「そうよ、その空いたままの所に犯人が自由に入り込めるとしたら、そこから異空間を移動できるって可能性も十分考えられるんじゃないかしら」

 ……その手があったか。確かに、それならばあの奇襲も納得できる。


「こうしちゃいられない、空間の割れ目を探そう」

「そうね。少なくとも破片がここにある以上、その箇所は割れっぱなしのはずだからね」

 そうして、俺たちが調査を始め、近場の渡り廊下に移動したその時だった。


「やあ、月峰。怪我したみたいだけど大丈夫かい?」

 そんな、悪友の声が聞こえた。




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