第2話「レイド・ブレイド」
「GAAARRRRRRRRRRRRRRRRR!!!」
その断末魔は誰のものか。恐らくは声の主ですら気付いていないだろう。
そんな刹那の闘争は、無数の剣で串刺しになった肉片が粉々に砕けることで終わった。
あっけないものだった。ものの数秒で、辺りは再び静寂に包まれる。……そんな中、始めに口火を切ったのは桐生さんだった。
「……運がいいのね、月峰君。土壇場で『心』が目覚めるなんて」
「――――え? 目覚め、る……?」
桐生さんの言いたいことは分かる。だが思考が追いついていない。今斃したモノ、そして自身に起こった変化。そのどちらもが現実からかけ離れているからだ。
「混乱しているところ悪いけど、『心』が目覚めた以上あなたはもう部外者じゃない。状況を説明したいから、私の家まで来て」
「――――」
さらに思考が追いつかなくなる。今から桐生さんの家に行く? 俺が? マジで? ……ダメだ。頭が全く回らない。
「……ちょっと、聞いてるの? 月峰君」
「――え、あ、ああ、聞いてる」
「聞いてたのならさっさと家に向かいましょう」
向かいましょう。とは言うが、あのマンションはここからも三〇分かかる。それなら俺の家の方が近い。
「……遠くないか? 俺の家じゃ駄目なのか」
「……駄目ね」
きっぱりはっきり言われた。やはりショックである。しかし、納得はいく。夜間帯に男性の家に行くなど貞操観念的にはあまりよろしくない。だから俺の家に来ることを拒んだのだ。そうだ、そうに違いない。
「とにかく。早く帰らないと危ないでしょう? 昼間のじゃないけれど、送っていって欲しいのよ。正直に言うとそういうことなの。月峰君、お願いできるかしら」
チャンス到来! しかし、疑問も浮かぶ!
「いいよ。けど、俺がキミを襲う危険性は考えないのか?」
一応聞いてみる。大事だよね、そういう確認って。
「考えないわ。だって月峰君、そんな度胸無さそうだもの」
「――――」
ショック。すごくショック。舐められ過ぎだろ、俺。お姫様だっこまでしたのにこの認識、あんまりである。
しかし、桐生さんの家に行く口実はできたわけだ。というより彼女の方から提示してくれた。ならば行くしか無かろう。俺は、桐生さんと共に彼女の家まで向かったのであった。
桐生家に到着した。そしてすぐに説明会が開かれた。
「この人が私を匿ってくれている桐生
……保護者同伴で。まあ保護者と言っても三十路手前ぐらいのお兄さんなのだが。銀髪がかなりクール。――ていうか、『匿ってくれている』……? ん?
「あ、さてはオメー、俺のこと誘拐犯か何かだと思ってやがるな」
「そ、そんなワケないッスよ~、やだなぁ」
背中が冷や汗でびっしょりである。冬なのに。
「ワケは言えねえが、誘拐とかとは断じて違う」
いやメッチャ怪しいじゃん桐生影理。大丈夫なのコレ?
「桐生さんの言ってることは本当よ、月峰くん。さっきみたいな状況に遭遇した私を、桐生さんは助けてくれたのよ。でも、そのせいで怪我しちゃって……」
真剣な眼差しになる桐生さんを見て、俺はそれ以上の追求はやめておくことにした。
「ま、そんなワケなんだわ。このとおり、肘に矢を受けてしまってな」
あ、膝じゃないんだ。……ではなく。言いながら左腕の肘をエイリさんは俺に見せたのだが――
「!?」
エイリさんの左腕は何やら機械のようなものに侵食されていた。機械型の寄生虫……と形容するのが比較的現実味がある、そんな状況だった。
「驚くのも無理はねえ。が、慣れとけ。『心』が目覚めた以上、お前の気配を察知した他の異能持ちが近づいてくるようになる」
「…………」
ぞわり、と。先ほどとはまた違った意味で、冷や汗が背中を伝っていった。
「桐生さん……ああいや、今のは、お兄さんの方の――」
俺が呼び方に難儀していることを察した桐生エイリさんが、桐生さん(美少女のすがた)の肩に右手を置きながら口を開いた。
「こいつは
◆
明美の説明によると、あのゾンビは俺と同じく『心』が目覚めた人物の能力らしい。正確には、能力に目覚めた何者かが人を襲い、その襲われた人がゾンビになった、とのことだが。
「つまり、今この町には吸血鬼が潜んでいるってことなんだな?」
明美が淹れてくれた紅茶を飲みながら質問する。……うむ、おいしい。俺の家は喫茶店だが、うちで出しても恥ずかしくない味だ。お世辞抜きで。
「ええ。そういうことになるわ。でも、それだけじゃない。原因は分からないけれど、恐らく、この町にはあなたを含め能力者が複数人存在しているわ…………って、ちゃんと聞いてる?」
「ああ、スマン、明美の淹れてくれた紅茶があまりにもおいしくて。――で、能力者が複数人いる? なんだってそんなことがわかるんだ」
明美は一瞬赤面したがすぐに神妙な顔つきに戻った。エイリさんはにやにや笑っている。
「――コホン、それなら簡単よ。だってあなたの能力は吸血鬼とは何の関係も無いでしょう? それに」
「それに?」
「私も『心』が目覚めて能力が発現したのよ」
「――――え?」
今、とんでもない発言を聞いた気がする。いやまあ確かに、ここまで平然と特殊能力について話しているのだから違和感はないのだが……。
「今日の昼、発現したわ。気分が悪かったのはそういうことなの。突然、声が聞こえてきて、それが私の心から発せられていると気付いたら能力が発現した。それだけのことよ」
なるほど。それで明美はあんなに辛そうだったのか。病気とかじゃなくてよかった。……じゃなくて。
「能力があるのなら助けて欲しかったなー、なんて、言ってみたりして」
遠回しに指摘してみた。一応その、大ピンチだったわけですし? それに対して明美は少しだけ表情を暗くした。
「まあそう言わないでやってくれや。明美の能力は使い勝手が悪いんだ。反動が大きくてな、一度使うとしばらく使えねえってワケ。お前さんと会う前に使っちまっててな」
「……ええ。正直なところ、あの時は逃げるしかなかったの。本当に運が良かったのよ、あなた」
「そうなのか。無責任なことを言って悪かった。許してくれ」
俺は心から謝罪した。明美は助けなかったのではなく、助けられなかったのだ。それなのに、偉そうなことを言ってしまった。ならば謝るのは当然だろう。
「別に謝らなくてもいいわよ。ゾンビが死体の内に、さっさと逃げておけばよかっただけのことなんだから。だから、状況を掴めていなかった月峰君を助けられなかった私に非があるのは事実よ。ごめんなさい」
何故か謝罪された。納得いかない。
「なんで明美が謝るんだよ。あれはぼけっとしていた俺のミスだろ。それに、あのままゾンビを野放しに出来なかったのも事実じゃないか。だから、明美は謝る必要なんてないんだ。反論されるのも嫌だから、この話はここまでな」
一方的に話を切り上げる。当然、反論の余地はあたえない。俺はそのまま帰る支度を始めた。
「ちょっと! なに帰ろうとしてるのよ! 話はまだ終わってないわよ!? これからのこととか策を練っておかないと駄目じゃない!」
「そういうのは明日学校で話さないか? 俺まだ晩御飯食べてないんだ。だから今日は帰らせてもらうよ――」
そう言って帰ろうとする俺の足を明美が掴んできた。すっ転びそうになる。つーかすっ転んだ。明美、力強すぎない?
「危ないな! 目の前になんかあったら死んでたぞ俺!」
「……ごめんなさい。なんだか力の加減が効かなくて。これも能力発現のせいだと、思う。……とにかく晩御飯なら残ってるから食べてってよ。今日は策を練るまで帰さないから」
こわい。明美めっちゃこわい。と思いつつも、明美の手料理が食べられるのならいいか、なんて考えるお気楽な俺なのであった。
「……どうかしら? 口に合った……?」
「――――は、はい。すごく……おいしいです、このナポリタン」
なぜか、明美にものすごく詰め寄られながらナポリタンを食べている俺なのだった。
……まあ確かに、手料理を食べられたのはすごく嬉しいことだ。実際おいしいし。……けど、ひとつ、問題がある。
――――それは。
「……あのー、明美さん?」
「なによ? ……やっぱり、おいしくなかった…………?」
「……いや、おいしいよ。ホントに」
……そうじゃなくてね。そこじゃ、ないんだ。
「…………じゃあ、なに?」
尚も詰め寄る明美さん。
「……それです、それ」
「――――? それって、なによ」
「……いや、だから。――――近い、さっきから。……顔が」
「――――あ。その、ゴメン」
「いや、別に、いいけどさ」
そう。問題というのは、明美が近すぎることだ。ナポリタンが半分ぐらい隠れる程の近さ。正直、すごく恥ずかしかったのだ。吐息が顔にかかったときなんか、理性が吹っ飛びそうだった。というか吹っ飛んだね、間違いなく!
「ひゅー、出会って早々お熱いねえ!」
エイリさんに何故か囃し立てられる。アンタは出会って早々なんなんだ!?
「……えっと、じゃあ、ナポリタンはおいしかったのね?」
「――――え」
「だから! ナポリタンはおいしかったのかって聞いてるのよ!」
明美の強烈な問いかけのおかげで、我に帰ることができた。
「もちろん、おいしかったぞ。明美のナポリタン。大丈夫、俺が保障する」
親父は喫茶店のマスターなんだ。間違いない。俺の舌は肥えているんだ。……多分。
「――――本当に?」
「ああ。本当に。……何だ? 明美。お前って結構心配性?」
「――ええと、心配性というか、その」
「初めて作ったんだよ、明美」
またも口を挟むエイリさん。けれどその口調からお調子者の素振りはない。ということはつまり――
「ナポリタン、初挑戦だったのか」
「……うん、まあ、そういうこと」
「ま、別に間違ってはいねぇか」
なにやらエイリさんが複雑そうな表情で自身の後頭部を右腕でわしゃわしゃとさすっていたが……俺は最早それどころではなかった。
顔を赤面させる明美が、あまりにも綺麗だったのだ。
「お、青春ラブコメめいてきたじゃねえの。いいね、しばらく楽しむといいさ」
エイリさんの口調は、どことなく優しげだった。
◆
家に帰りついたのは、日付が変わってからだった。策自体はすぐに決まったのだが、つい、ゆっくりしすぎてしまった。だって明美のやつ、紅茶だけでなくコーヒー淹れるのも上手かったんだもの。ああ、本気でうちに働きに来て欲しい。
「そうなるとうちにも制服がいるな」
私服でやるのも違う気がする。親父もエプロンしてるし。
「となるとメイド服とか? ――ふむ」
これはなかなか…………いや待て。
「そんな場合じゃない。今はそこじゃない。まずは吸血鬼だ。うん。打倒吸血鬼」
そうだ。まずは暗躍する吸血鬼をなんとかせねばなるまい。何の因果か、俺と明美は吸血鬼を倒しうる能力を手に入れた。なら、町の脅威は俺が止めねばならない。吸血鬼のせいで、人がゾンビにされてしまうのだけはごめんなのだ。
……そして、肝心の吸血鬼対策なのだが、結論から言うと、俺は放課後、毎日明美と行動できるようになった。……確かに、能力者同士結託するのは理に適っている。当然の判断である。別にやましい気持ちなど微塵もない。繰り返す、微塵もない。
というわけで、しばらくの間放課後の予定は埋まったのであった。
それにしても、だ。何故親父はまだ帰ってきていないのか。一体何軒はしごしているのか。
あんたのせいで俺はひどい目に遭ったのだ。腹いせに鍵を閉めて寝てやる。
「うーん、でも」
……だが、間接的にではあるが親父のおかげで明美と食事できたのも確かだ。やはり感謝しておこう。
「いや、腹立ってるのも確かだから鍵は閉めておこう。ゾンビが出ると怖いからな!」
俺は鍵を閉めて、寝ることにした。まあ親父も鍵くらい持っているだろう。きっと!
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