第六話 巡る因果
父アンドラージュ国王の語った過去。それはかつてオルサーグ王国の有力貴族であったオルヴァーン卿の謀殺に
「四十年前、空位となっていたオルサーグで王位継承権を巡る争いが始まった。我らヴァルン地方のイシュトヴァーン家も名乗りを上げた。
ゲオルグ・オルヴァーン……奴は儂より二つ上の若き伯爵であり、ヴァーニア地方の領主オルヴァーン家の長男として生まれた男だった。
奴を含め、主だった勢力で小競り合いが起こった。その際に奴は命を落とした。そして結局は儂が王位を継承することとなったのだ。が、ここで慮外の問題が起こった…………オルヴァーン卿には姉がおったのだ。それも魔女の、な…………」
アンドラージュは固く目を瞑り、暫く押し黙った。長い吐息の後で、彼は再び口を開いた。
「あれの用いる魔術は尋常のものではなかった…………」
彼女はこの未来を予知し、オルヴァーン卿に警告を発してはいたが防ぐことは出来なかったという。その腹いせとばかりに────。
「奴の姉、メイディアは儂に近しい者たちを標的としたのだ…………」
王の手が酒瓶を握りしめた。
「一族の要人が集まっておった時のことじゃ。儂の目の前でまず、我が弟が悶えだした。奇妙な叫び声を上げながら喉を掻き毟り、その目は血に濁り、血管という血管が見る間に膨れ上がり、血反吐を撒き散らしながら目も当てられぬ有様で死んだ…………」
国王は悪夢に怯える幼子のように身を震わせた。唇が何度か開きかけたが、それもすぐに閉じられる。その瞳にうっすら涙が浮かんでいるのを見て、ミレイユは内心驚きながらも父の傍に膝を突き、皺がれた手に己の手を重ねた。
「じゃが、それで事は終わらなかった。我らが血族も多くが犠牲となり、さらに城内では幾人もの兵が同様に苦しみぬいて死んだ。以降、この城が悪魔に取りつかれたなどという噂が国中に広がったのじゃ。
そこで、儂はその噂を逆手に取り魔女狩りを始めた。特にオルヴァーン卿の元領内においては徹底的にな。かの魔女の潜伏先を突き止めるまで、虱潰しに魔女と疑わしい者を謀反人として処刑した」
魔女狩りがいかに過酷を極めたかをミレイユは多くの方面から聞き及んでいる。国内の歴史家や教会の修道士、あるいは女中たちの噂話に至るまで、
それまで薬師として、あるいは助産婦として活躍してきた魔女たちを、教会や王国への反逆者として断罪するものであった。初めは国王への批判も上がったが、王城を呪ったとする噂がこれを徐々に封じていく。結果、千を下らぬ“魔女”たちが拷問や火刑に処せられ命を落とした。
「
王はそこで、茫漠とした眼差しのまま息をついた。
「儂らが踏み込んだ時、奴は既に自害し果てておった。何かしらの呪術を終えた後のようじゃったが」
「それは、どのような?」
「その時は分からなかった。じゃが、奴の狙いはこの国が滅ぶこと────」
「兄上──ベルナートもまた呪いで亡くなったと?」
王は僅かに体をぴくりと動かした。触れられたくないことに触れてしまったのだと、ミレイユは瞬時に悟る。
「あれは……あれはオルヴァーンの子じゃ!!」
吐き捨てるかのようなアンドラージュの言葉。突然の剣幕にミレイユはたじろいだが、その意味が浸透していくにつれ両目を大きく見開いていった。
「まことでございますか?」
「……それを知る者は少ないがな」
小さく嘆息しながら続ける父。ミレイユは頭が空っぽになりそうな感覚をひたすらに堪える。ベルナートが種違いの兄だったと?
「…………だから……だから父上は、兄上の亡骸を忌まわしきものとして扱っておられるのですか……」
「名を呼ぶも忌まわしきあの魔女めが手に掛けなかったのは、甥であることに加え、何がしかの企みがあって故のことかも知れぬからな」
「しかし……それでも嫡子として育ててこられたではないですか」
「他に男児はおらなんだからな…………。むしろ異教徒共に殺されてくれればと願っておったが、よもやこのように犬死にするとは…………。これもオルヴァーンの宿命よ」
厭らしく笑う父にミレイユは嫌悪の情を抱いたが、歯を食いしばって怒りを抑えた。ミレイユにとって兄ベルナートは、王族の中で最も頼れる親しき存在だったのだ。しかし父にそれを話したところで分かっては貰えまい。
そもそも兄上の死の原因が魔女の呪いだと言うならば、何故甥にあたる彼をメイディアが殺さなくてはならないのか。しかし父上にそれを問うても、魔女の考えを推測したところで詮無き事よと一蹴するのは目に見えている。
今にして思えば、父の兄への厳しさは尋常ではなかった。帝王学と称して足腰の立たなくなるまで剣の鍛錬を
ミレイユは父の話に上らなかったことを幾つも知っている。例えばオルヴァーン卿が馬術や剣技にも秀で、頭脳明晰で容姿端麗であったことも、正式な婚約はまだであったが、母エレオノーラは当初オルヴァーン卿との縁談が持ち上がっていたことも。
国王の地位は神聖ガロリア帝国皇帝から叙任・戴冠されなくてはならない。父アンドラージュは皇帝ハイブスブルグ家傍系の娘であるエレオノーラに接近し、これと婚約したのだ。それを機にアンドラージュは皇帝に取り入り、オルヴァーン卿の周囲にいた教会権力者をも買収し、盤石の態勢を整えたのだった。
孤立したオルヴァーン卿は奮起してアンドラージュと交戦するも、敗北して自刃。ともあれ騎士としての能力では父を凌いでいたオルヴァーン卿も、父の持つ狡猾さ、強引さの前に屈したのだ。恐らく父には恵まれた才能を持つゲオルグ・オルヴァーン個人への嫉妬もあったに相違ない。
「
「それで、殺したのですか?」
とは聞けなかった。父にも苦悩があったのだろうと思えば、ここで恨み言を聞かせて何になろう。
「……心せよミレイユ。あの魔女は未だに悪霊として存在し、儂らを破滅させんと画策しておる。そのくせ儂を真っ先に殺さないのは、この国の滅びゆく様を儂に見せつけるためじゃろう。恐らく次の標的は…………」
頷いたミレイユは、そこで父の言葉に引っかかるものがあることに気が付く。
「父上、“悪霊”とは…………」
ミレイユの真剣な面持ちに国王は怪訝な顔を見せたが、すぐに確信めいたものに変わる。
「おぬしも会うたか」
頷くミレイユに、国王は嘆息を返した。あの銀髪の娘は魔女メイディアだったのだとようやくミレイユは納得する。王はつと立ち上がり、酒臭い息を吐きながら、寝台の横に据えられた戸棚に近寄る。そして何かを取り出し、ミレイユに振り向いた。
「この短剣をやろう。もし魔女と
両手でその短剣を受け取るミレイユ。金箔を押された鞘にはルビーが嵌め込まれ、鍔は緩やかな円弧を描いて手元を守る仕様になっている。革の柄もしっかりと結ばれ、実用に耐える一振りであることが窺えた。
「有難く。しかし父上は?」
「儂にまた刃物を持たせる気か? 案ずるな、護衛を常に侍らせておく」
自嘲気味に笑う国王。今しか尋ねる機会はない。そう確信したミレイユはすかさず問う。
「何故母上を?」
冷静に尋ねるつもりが、やはり声の震えは隠せなかった。国王はミレイユから視線を逸らす。父として母の命を奪った罪の意識は当然抱えているのだろう。そんな父に追い打ちをかけるかのような言葉をかけてしまったことに後悔の念が沸き上がる。答える父の言葉もまた、力なく哀愁を帯びていた。
「…………魔女じゃ。さっき言うたろう。あれの幻術に惑わされた。結局、すべて魔女メイディアの予言通りになったという訳じゃ」
兄上、母上、そして父に降りかかりし悲しき命運。このままでは己ばかりか王国まで滅ぶであろう。
「魔女は城内にいるのですね」
「然り。かの魔女を倒せ。さすれば呪いからも解き放たれよう。少なくとも、これ以上の災厄は防げよう」
「戦はどうなさいます」
「…………戦はない」
国王の言葉は静かで、しかししんとした部屋に独特の重みをもって響いた。
「ミレイユよ……そなたに酷なことを言わねばならぬ」
その意味をミレイユは即座に汲み取る。すでに受け入れる覚悟はあった。王国が存続するにはこれしかない。
「改宗せよと仰るのですね」
国王は黙したまま頷く。要するに人質だ。そして異教を奉ずるルスマーン帝国皇帝の子をなす。この乱れた世にあっては珍しくもない。王女として生まれ落ちた以上、政略に利用されることはいずれ覚悟しなくてはならないのだ。
「重臣らも承知だ」
申し訳なさそうな父の顔を見つめ、ミレイユは決心を新たにする。
「ご心配なく、父上。詳しくは明日改めて…………」
父の元を辞したミレイユは、メアリに次の王会について相談しようと彼女を探した。相応しい衣装はメアリに、会議の段取りと必要な文言は宰相に用意させよう。メアリならきっとルスマーン帝国にも付いて来てくれる。しかし部屋の前で待っていたはずの彼女の姿はどこにもなかった。代わりに女中頭のエマがミレイユの前に進み出る。
「エマ……メアリを呼んで」
エマが暗い目でミレイユを見つめる。
「王妃殿下がご存命でいらした時は、そっとしておくように言われておりましたが……」
「………………?」
「国王陛下があのような状況である今、あなた様が頼りです。このままでは家臣の統率にも支障ができましょう。ですから、差し出がましいのを承知であえて言わせていただきます」
「だから、何なの……」
「メアリなどという者はおりません。……姫様、あなたは幼少の頃より、ずっと架空の侍女と会話なさっておられたのです」
「…………何を……言ってるの?」
身体の芯が冷えていくような感覚を覚える。これ以上は聞いてはいけないと、心の中で誰かが囁く。でないと、全てが壊れ崩れていく…………。
「しっかりなさいませ、姫様。あなた様が正気でおられなければ、家臣一同誰を中心にまとまれば宜しいのです?」
涙を拭きながら必死に訴える彼女の目は真剣そのものであった。視界が暗黒に塗り潰されていく。兄や母の死、そして国王の語る真実に辛うじて耐えてきたミレイユの心に、かつてない大きな
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