容疑者は現場に戻るとは言ったものね!・・・感謝するわ。

力があと2つくらいあれば・・・!


 顔を下に向けて慎重に、でも素早い手つきで紙に線を重ねているお方。

机を隔てて私の目の前にいる。


 藍色の毛と耳をこちらに向け、目元はこちら側からは見えないけど左眼が水色、右眼は黄色をして。

いわゆる、オッドアイって言うらしいわね。


 聞いた話だと、今はネームを入れる作業をやっているそう。


 えぇとネームって言うのはね、アイデアを絵に描く初期の手順のことを言うのよ。


 この方こそ、作家をしてらっしゃるタイリクオオカミ先生。

 私が探偵を目指すきっかけを作ってくれたお方!


え?じゃあ私は誰かって言いたいのかしら。



 ふっふっふ...名乗り遅れたけど、かくいう私はアミメキリン!



 この先生の漫画に影響されて探偵を目指そうと思ったの。

 主役のギロギロが本当にカッコイイ。

不可解な現象に対して、持ち前の勘で以って文字通り難題を切り裂いて解決して行く場面。

私はすごい痺れた!!


 実際に会った、オオセンザンコウっていう娘を主役として描いているらしいわ。

突如として別れてしまい、今はそれっきりのようだけれど...。



 いま、先生はどうにも良いと思える場面を思い描けていない様子。

 ネームとは言ったけど、 ミニネームばかりで1枚の紙が埋まってしまっている。


 中には小さな線、いいえもといギロギロのセンがいっぱい。



 ※1枚の紙をコマで分割し、さらにその中にネームを描くこと。



 何だか辛そうな先生を見兼ねて私は声を掛ける。


「先生、調子が悪いようでしたら一旦休んでもいいのでは...」


 少し間を置いて答えが返ってくる。


「いや、悪いけどそんな訳にも行かないんだ。

ある程度思いついた絵を描いておけば、きっと使えそうな場面のものがあるからね...

それに思い浮かんだ時にこそ描いておかないと、後では絶対に思い出せないんだよ」


ただ、私から見てとても万全の状態には見えない先生。

 無理をしているのが見え見えです...。


「でもね、正直あのセンばかり書いてると少し精神的に疲れを感じちゃってね...」


 私の考えを読んだのかと言いたいくらいに対応したことを言う先生。


「彼女が行方知らずになった時から描き始め、色々非現実的な出来事も交えてギロギロを活躍させてきた」


 ファンとして近くで見てきたので分かっております。


「私の作品を楽しみにしてくれている娘も増えた。そして目の前にさえその娘、キミだっている。

 それでも求めるものがあるのは贅沢なのかもしれないけど」


 それも分かっています。

 先生は、やはりセンたちに会いたがっている。ここを尋ねてくることを願っている。


 でも、彼女は未だ来ず何処にいるのかも分かっていない。

 先生は、元気にしていることを絵に描いて

 自分に言い聞かせているようにもみえる。


 ...けど。



「もしかしたら、センはフレンズでいないのかもしれないね・・・もう。

 オルマーみたく。

でもそれはそれでいいのかも。

二人で同じ立場ならきっと幸せでいるだろう・・・はは」



「...え?」


 普段は飄々ひょうひょうと構えている先生から、突如投げやった言葉が出てくる。

 私はそれを、普通ではないと感じずにいられない。


「キミたちにあの話をしたのは1ヶ月ほど前だけど、からはだいぶ経っているんだ...。

 私の作品は、もう海さえ越えて向こうへ届いた自信がある。

渡り鳥の子にも作品をよく思ってくれた子がいて、何人か会ったからね。

 その娘たちも向こうできっと広めてくれているはずだ。なのに」


「先生、きっとまだセンたちの目についてないだけです。急いではいけません。

 それに、先生がそこで諦めてしまったら私もすごく悲しいです!!」


 そう、先生は判断を先走り過ぎている。


「フフ、・・・でもごめんね。当てつける形で悪いんだけどこれは言わせて欲しいんだ。


身近な者がもし奪われたらって質問を、あの時したよね」



「・・・覚えています、話し始めの時ですね。

 先生は私を笑っていましたけど、これでもすごい深く考えたのですよ?」


 そう、失ったことがない私は考えても考えても分からなかったの。

 0はいくらあっても0なように。


「もちろん分かっているさ。

ただ、私は私で少し分かったような気がする」


...?


「それって、自分の身近な娘が奪われたとしたら・・・って内容のことですか?」


「その通りだよ。例えば見知らぬ2人以上が、目の前で楽しそうにしているとする。



 それを見て、私はまず憎悪を感じてしまうだろうね。



 私は辛いのに、していることが無意味になったのに、もういないのに。

 キミらは何がそんな楽しいのかって。」


 ─え...?そんな、そんなこと。



「かばんとサーバルが目の前でウキウキしていても、きっとこらえることは出来るさ。

 けど、そうじゃない見知らぬ者がそうしてたら


 もう自分より苦しい、悲しい思いしている娘を見ないと耐えられないかもしれない。

 周りも全部不幸であって欲しい。



 知らしめてやってでも」



 多分、自分の手を汚してもって事なんだと思う。

よく的外れな推理をする私でも分かってしまった。


「先生、そんなの違いますよ!!

 フレンズである以上そのようには絶対思わないです!

作家もしていて苦しいのは分かりますけど、他の娘たちまで不幸にしちゃいけません!!」


「・・・すまない、助手をしてくれているキミだからこそ聞いて欲しかったんだ。

 でも、もしかしたらキミにすら何をしでかすか分からない。


 私が暴走することになっていたら、キミが収めてくれるとすごい嬉しいよ。

...聞いてくれてありがとう」




 思った。先生が、壊れてきている。




 探偵兼アシスタントとして先生に付いていくと決めていた私。

そろそろ少しでも役に立てないといけない。



 時は昼を少し過ぎた頃。



 その時間くらいに、私は決まって外を出歩くことが日課になっていた。


「先生、この状況ですみませんが少しまた外へ出てきますので...!

・・・少し休んでくださいね?それとも私と一緒に出かけませんか?」


「・・・すまないが、少し一人にしてくれないか。

大丈夫、ちょっとじっとしていたいだけだから」


 先生はツれない。こういう時こそ外へ出ればいいのに。

 でも、きっと仕事をしているところをセンたちに訪ねて欲しいんだろうなって思う。


 私が決まって外に行くのは、聞き込みをするため。センたちの情報を得るためのね。

本人らを見つければ無理やりでも私が連れて行くわ。


逃がさないくらいの力が、私にあるんだから。


鼻が利くわけではない私は地道にこれをするしかない。こう見えて記憶にも自信はある。



 部屋を出ようとするとき、先生が使っているベッドの枕元に目を向ける。

そこには、かつてセンから得たと言う刃状のウロコを見つけた。


 私は、なんでだろう。

 これを持っていくことにした。

理由は分からない、ただ引き寄せられるままに。


 先生はよそ見をしている。

(ごめんなさい、少し借りていきます。)


 物は、持ち主へ引き寄せられるものだと無意識に思ったのかもしれない。

部屋を後にする。

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