第四章 リートは語る

第17話 そして騙され

 俺は流浪の民の一族の生まれだったんだ。名前は……え? リートのままでいいって? ああ、そうだな、確かにややこしいかもな。じゃあ、ニアもそのままにしとくよ。

 それからさあ、確認なんだけど、ピピは過去世に手違いがあったって言っただろ、そのせいで俺たちは不幸になったんだって。それって、俺やニアには責任ないってことなんだよな?

 俺はニアが裏切ったせいで殺されたって思ってたけど、あれはニアのせいじゃなくて、どんな手違いなのか知らんがとにかく神様の手違いで、結果俺は死ぬことになった、そういうことなんだな? 

 うん、それならいい。詳しいことは、明日聞かせてくれるってことで。


 ニアは俺のせいで焼け死んだって言ってたけど、それも俺のせいじゃなくて、手違いのせいだったってわけだ。俺が殺した訳じゃない、そうなんだろう。

 だいたい信じられないんだよ。火事の中にニアが取り残されてるって状況で、俺があいつを見捨てたなんて……。

 昼間散々罵りあったのに、俺、ニアが箪笥に潰されたんじゃないかって思ったら、もう必死で……って、おい、何ニヤニヤしてんだよ、やめろ、つつくな。

 ああ、ゴホン。まあ、とにかく俺が思い出したことを聞いてくれ。





 流浪の民は国を持たず、一生の殆どを旅をしてくらす民族だ。血縁を中心にしたグループが幾つもあり、それぞれのルートで旅をしている。

 色々な国を季節ごとに渡り歩いて、芸を見せたり、交易の荷を運んだり、時には農家の手伝いなどをして日々の糧を得るのだ。

 仲間の中には不安定な旅暮らしを止めて気に入った町で定住する者いたが、大抵の者は何にも縛られず自由に旅を続ける自分たちに誇りを持って生きていた。

 俺も旅をしながら生活する生き方がとても好きだった。


 俺たちのグループには年に一度、必ず立ち寄る町があった。その町で毎年行われる春の祭りに参加するためだ。大道芸や歌に人形劇に、様々な出し物を披露して、祭りを盛り上げて金を得るのだ。

 その町に着いた時、毎年来ている別のグループの姿が見えないことに気付いた。俺たちは、いつも彼らと一緒に祭りを盛り上げていたのだ。到着が遅れているのかと待っていたのだが、彼らが来ないまま祭りの期間は過ぎてしまった。

 どこかの町に定住したのだろうかと、寂しく思った。特にそのグループにいた友人に会えなかったことが、俺には残念でならなかったのだ。年に一度しか会えない大切な親友だったから。

 そして、友人たちはどこにいるのだろうと気にかけつつ旅を続け、次の次の町に到着した時、彼らがアベールという小国へと行ったらしいという話を耳にした。


 アベールは、俺たち流浪の民にはあまり縁の無い国だった。そこは俺たちが主に回る国々よりもかなり北方に位置していて気候は厳しく、アベールよりも更に北に住む蛮族との交戦が絶えないらしく、近づかない方が良いと聞かされていた。

 なぜそんな国に彼らは向かったのかと、俺は不思議でならなかった。

 しかし別の噂では、アベールは北の民族を制圧し今は平和でとても豊かな国になっているともいう。

 俺はアベールに興味を持った。そして、友人を探しに一人一族を離れてアベールに向かったのだ。その時、俺はまだ十五の小僧で、生意気盛りの無鉄砲だった。心配する両親が止めるのも聞かずに一人で飛び出してしまったのだ。

 そこで俺はニアと出会うことになったんだ。ニアはアベール国王の一人娘、すなわちお姫様だった。





 なあピピ、ちょっと気になったんだけど。……俺とニアが生まれ変わったってことは、他の人間も生まれ変わってたりするのか? するんだ……。え、二度と生まれ変わらないこともあるって? うんうん、死んですぐ転生したりとか、何千年周期とかって……へえ、なんでもありだな。

 例えば、前世で家族だった人とは、今生でも家族だったり身近に居たりするのか? するんだ……。え、あのエマも? へえ、前世でもニアの友達だったのか。


 じゃあ、前世で縁のある人は生まれ変わっても身近にいるっていうんなら、弟はあいつの生まれ変わりかもしれない。イメージがすごくダブるんだ。弟のレイは、きっと前世で俺の親友だったヤツだと思うんだ……。

 弟は優しくて素直でさ、俺を慕ってくれててさ。俺なんか別に大した男じゃないのに、兄さんは凄いって全肯定してくれて、すげぇくすぐったいんだけど。まあよく喧嘩もしたけど、なんだかんだですぐ仲直りしてさ……。うん、レイはあいつによく似てる。


 前世にエマも居たかって? いや、俺の周りには確実に居なかったし、ニアの周囲でも見かけなかったように思うんだが。ってことは、いつも同じ人物が同じように転生しているわけじゃないってことか。

 他に転生してそうなヤツ? うーん、どうかなあ。ニアやレイ以外で因縁の深いヤツか……。思い当たる人物はいるけど、そいつとは今生では出会ってないな。だからって転生していないとは限らないんだろう? でも転生してて欲しくねえなあ。絶対会いたくねえ……。

 うんそうだな、まあ、その辺も明日ニアも交えて話そうか。

 ってことで、話をつづけよう。




 

 親友のレイを探して俺はアベールにやって来た。

 初めて足を踏み入れた異国の町の様子を、俺は興味深々で眺めていた。様々な店が立ち並び活気に溢れる町の様子は、今まで旅してきた国よりも豊かで華やかに見えた。北に住む民族特有の、白い肌に淡い色の髪と空のような瞳をした人々が、俺を珍しそうに眺めて微笑んでいた。

 両親の話では戦続きで荒廃しているということだったのに、全く違ったのだ。今は平和で豊かだという噂の方が真実だったようだ。

 俺は、本当にレイたちがここに定住しているのだとしたら、その気持ちも分かる気がするなと思ったものだった。


 アベールは小さな国で、一つの町がそのまま国になったようなものだった。

 町はぐるりと壁で囲まれていて、その外側には農地が広がっていた。更に農地の外縁にも高い壁が張り巡らされている。つまり二重の壁に囲まれているのだ。

 俺は壁の一角にある関所に向かった。ただの旅行者として訪れたのに、根ほり葉ほりと生まれや身分、家族のことを聞かれた。

 俺だけではなく入る者も出る者も、かなり時間をかけて審査されていた。こんな入出国に厳重な国は初めてだった。

 関所の門番の質問に素直に応じ、友人がこの国に居るかもしれないと聞いてやってきたと訪問理由を話した。

 すると、門番はレイたちに心当たりがあると言いだしたのだ。見るからに異邦人だから、記憶に残っているのだと。そして、レイの居場所にまで案内してくれたのだ。審査は厳しかったが、アベールの住人は親切なのだなと関心したものだ。


 門番に連れられてやってきたのは、アベールの王城だった。城といっても、俺が今まで巡ってきた国々で見た中でも一番小さく、貴族の邸宅といった感じだった。

 その昔、広大な大帝国が栄えていた頃にこの町を治めていた貴族のお屋敷が、現在のアベールでは王城として使われているのだと、門番が教えてくれた。

 ぐるりと囲んだ石壁の奥に木々が茂り、屋敷の二階の部分がチラリと見えていた。国自体も二重の壁に囲まれているし、アベール王は囲い込むのが余程好きなのだなと、少し呆れてしまった。


 門番は、城を囲む壁と一体化している、恐らく使用人用の官舎の扉をノックする。俺は何も頼んでいないのに、警備の者に声をかけ責任者に取りつぎを申し込んでいた。警備も嫌そうな顔一つしない。俺みたいな小僧一人の為にこんなに時間を割いて世話してくれるなんて、アベールの人たちはなんて親切なんだろうと更に感動したものだ。


「ようこそ、アベールへ」


 しばらくして現れた執事らしき老紳士は、優雅なお辞儀をして俺を官舎に招き入れてくれたのだった。俺が初めて見た、上流階級の人間だった。

 そんな老紳士に、こちらへどうぞと丁重に扱われ、俺は舞い上がっていたのかもしれない。流浪の民は、時には物乞いなどと呼ばれて、蔑まれることも多かったから。

 驚きと緊張と好奇心、初めて触れる世界に俺の心は高揚していた。

 通された応接室でも、俺は少々挙動不審気味に視線を空中に彷徨わせていた。執事の入れてくれたお茶を半分くらいすすった頃、ようやく気持ちが落ち着いてきた。

 レイはここで働いているのかと問えば、そうだと返事が返ってきた。

 俺は友人を見つけた喜びで歓声を上げそうになるのを堪えて、執事に尋ねた。


「家族も一緒に働いてるのか?」

「ええ、もちろん。彼らに会いたいですか?」

「会いたい!」

「そうですね、遠い所をせっかく来たのですしね。会うのは構わないのですが、……一つご提案が。貴方も彼らと一緒に、アベール王のために働きませんか? 丁度、馬方が辞めてしまった所でしてね。あなたも馬の扱いには慣れていらっしゃるでしょう? そうすれば、お友達と一緒に働けますし、年中旅して寝床や食事の心配をする必要もなくなりますよ」


 俺は旅が好きだったし、寝床なんかどこでも平気だったし、食事だってなんの不自由もしたことは無かった。でも執事の誘いに乗ったのは、レイに会いたかったからだし、自分一人の力で金を稼いでみたいと思ったからだった。

 両親や仲間に心配をかけている自覚はあったから、せめて金を稼いで帰って、もう一人前だと認めてもらいたかったのだ。


「分かった、やるよ」


 執事はにっこりと目を細めた。

 まさかアベールから二度と出られなくなるなんて、この時は思いもしなかった。

 執事は真実を嘘で塗り固め、隠していたのだ。確かにレイと再会することはできた。しかし使用人だなんて、馬方の仕事だなんて真っ赤な嘘だったのだ。

 俺はアベールのうわべしか見ることができず、ころりと騙されてしまったのだった。

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