第22話 彼の結末
正確な時間は分からないが、車を走らせること約一時間といったところだろうか。ようやく車が停まったかと思うと、後部座席の扉が開かれる。その先に広がった景色は、雑居ビルだ。どうやら、ここら一帯はシャッター街であるらしく、辺りからも人の気配が感じられない。僕は男達によって挟まれ、建物の中へと連行された。
階段を上り、四階へ。薄汚れた扉が開かれ、中に入る。そこにあったのは、まず病院の診察室にありそうな簡易ベッド。次にその隣の机にはデスクトップのパソコンが設置されており、その本体と並んで黒い大きな箱型の機械が置かれていた。
まるで、我が家の研究室の設備を運び入れたかのような状態だが、山のような書物や書類が広がっていない分、こちらの部屋はまだ綺麗な方だった。
「早く行け」
足を止めた僕の背中を、男達が小突く。逃げる隙がまるで見つからない。仕方なく奥へ足を運ぶと、僕はベッドに四肢を縛り付けられた。まるで拷問を受ける囚人の状態だ。それに対して男達の動きは、実に手慣れたものだった。もしかすると、誘拐の経験が豊富なのかもしれない。
「博士。真に申し訳ございませんが、現在はまだ、博士の研究室と同等の設備までは用意できておりません。ですが、近日中には必ず」
「ああ、今日はかまわへん。やけどここ数日、マスコミが煩いんや。大学での実験が問題視されてな。ったく、ワシの研究に文句をつけよってからに」
「あの機械を運ぶために我々が家に入ろうとしたときも、マスコミに随分と群がられましたからね。それに、警察が博士を任意聴取しようとしている、という情報も入っています。もうあの家には立ち入らない方がよろしいかと」
「大丈夫や。研究の成果が入ったハードディスクとか、大事な書類はこっちに運んできたからな。あそこにはもう用はあらへん。お前らが研究費とモルモットを用意してくれるんなら、大学にも未練はあらへんしな」
「あの被験体も回収できましたしね」
「そういうこっちゃ」
深々と頭を下げる男達に対し、父さんは踏ん反り返って頷く。完全に主従の関係になっているらしい。被験体、というのは僕のことを指しているのだろう。
父さん達の会話が終えられると、僕の頭に例のヘルメットとゴーグルが装着された。父さんは、机上に配備されたパソコンを、嬉々として操作する。その目は、猟奇殺人者のように暗く歪んでいた。
「ふん、ざまあないな朝斗。ワシの研究に素直に協力せんからや。お前はこの研究の被験体になるんを、喜ぶことはあっても、反対する権利など持ち合わせておらへん。お前は何度生まれ変わろうとも、ワシのモルモットになるんや!」
何度生まれ変わっても……守岡信太の記憶が蘇る。父さんの魔の手によって、僕の魂が牢獄の中に囚われているかのようにすら感じられた。
くそっ、夕奈と約束したのだ。「待っていてほしい」と。これ以上、あいつを悲しませたくないのにっ。どうにかして逃れようとするが、手足を縛る縄は全く解けない。
「まったく、学校なんぞに行かせるから、こんなに反抗的になったんやな。まあ、ええ。お前はもう外に出る必要はあらへん。これからはずっと、ワシの研究にその身を捧げるんや。かかっかかかかかっ!」
父さんはけたたましく笑う。人間とは思えない、見ているだけで吐き気を催すほどの、醜悪な姿。もう父さんを止めることはできないのか。
「さあ、実験開始や。今回は、さらに改良したからな。脳がオーバーヒートする寸前まで稼働させる。前世の記憶をさらに思い出し、さらにその前まで遡ってもらうで。かかかっ! その後は、来世の研究にも協力してもらう!」
そう言うと、父さんはキーボードのエンターキーを押した。同時に電流がケーブルを伝って、頭に流れて来る。これまでよりも段違いの威力だ。
「がっががっ!」
頭蓋骨の裏が痛い。脳髄まで焼かれているのを感じる。まるで、頭部だけ電子レンジに入れ、加熱されているかのようだ。みっともなく涎を流し、限界まで見開いた目から血が混じった涙を垂らす。失禁してズボンが濡れているようだが、それどころではない。
「かっかっかかっかかっ、映像が入って来るで。よしよし、さらに奥まで遡れっ!」
焼けつく頭の中に、膨大な量の記憶が竜巻のように荒れ狂う。守岡信太の記憶だけではない。さらにその前、そのさらに前まで記憶が逆流していく。さらに前、もっと前の記憶までも!
「ぐぐががががががっ!」
ダメだ、こんな大量の記憶を流されたら、脳がパンクしてしまう。膨大な記憶の雪崩に意識が沈む。
次の瞬間。
テレビのスイッチが切れるように、目の前がブラックアウトした。
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