第11話 突きつけられる問題
目を覚ますと、僕はベッドの中にいた。あの古びたアパートはどこにもなく、相変わらずの自分の部屋だ。ベッドから起き上がって室内を見渡しても、あの雅美姉さんはいない。あまりにリアルな夢だったせいか、すぐ傍に彼女の残り香があるような気がした。
「あーっ、何だったんだ、あれはっ!」
さっきまで見ていた光景を思い返すと、どうしても悶えてしまう。いくら「白鷺朝斗」ではなく、他人が主役の夢であったとしても、告白シーンはこっ恥ずかしくてたまらない。
まさか、あれも前世の記憶だとでもいうのか? いやいや、さすがにそれはないだろう。先日の先生の話であった、潜在意識による幻覚か妄想に決まっている。先日の実験で見た映像がずっと頭から離れないから、夢にまで出てきたのだ。そうだ、そうに違いない。と断言したいのに、心の奥から「違う」という声が聞こえてくる。
その原因が、やはり『魂の絆』だ。今まで夢に夕奈が出てきたことは、数えきれないほどある。だが、所詮は夢。『糸』を感じ取ったことは、一度もなかった。それなのに先ほどの夢で、信太を通して僕は雅美姉さんから『糸』の繋がりを感じていた。それがどうしても引っ掛かるのだ。あの『糸』は、僕と夕奈だけのものだとばかり思っていたのに。いっそのこと昨日の担任教師の話にあった、スティーヴンソン博士に診てもらいたい。
だが父さんの言うとおり、信太が僕の前世であると仮定するならば。彼と『糸』で繋がった雅美姉さんは、夕奈の前世ということになる、のか? つまり、僕と夕奈は前世でも肉親の関係でありながら、同時に男と女の関係になっていた、と。
「いやいや、ありえないだろ普通。姉弟なんだぞ」
どうして信太はあんなにも真っ直ぐに、男として姉を愛していると叫ぶことができたのだろうか。姉弟なのに。
僕にとって夕奈は妹だ。母さんのお腹の中から一緒に生まれてきた、双子の片割れ。いわば、半身ともいうべき大切な存在である。愛しているかと問われればイエスと答えるが、男女のそれとは違う。今、僕の身体を支配しているあいつへの情欲は、頭からこびり付いて離れない映像のせいであって、あくまでも擬似的なもの……のはずだ。
……ん? ちょっと待て。妙に引っかかる。今の僕の論理は矛盾しているぞ。
半身、ということは、つまり普段から「ただの妹」というレベルで見ていないことになるよな。ただの妹を超えた存在。もしかして、その中には女としても見ている可能性もあるのか? それこそ、さっきまで見ていた夢の「信太」と同じように、肉親を性の対象としているとでも?
そうなるとあの夢は、僕のある種の希望像として作り上げられた架空のドラマ、であるとか。普段の僕は、あいつを女として扱うのを恐れるせいで、あいつの女の部分から目を背けていたのではないのか。そうして意識の奥で積み重なっていった、男としての僕自身があの夢を作り上げたのかもしれない。
いやいやいや、結論を急ぐな。違う、断じて違うぞ! そんな目であいつを見るなんて、ありえない。そうなると、やはり妹としてだけ? んん、それも違う、気がする。
半身、自分の一部……そこまで思考を巡らせたところで、以前クラスメイトが言っていた台詞が脳裏に蘇る。
(二卵性っていっても、結局は双子なんでしょ? 鏡に写った自分をずっと見つめているようなものじゃん。あの二人、ナルシストなのかな?)
僕は夕奈の中に、自分自身を見ているのか? あいつに対する愛情は、結局のところ自己愛なのか? いや、それも違う。僕とあいつは違う人間だし、違う人間だからこそ、一緒にいることで様々な喜怒哀楽の感情が湧き出てきたのだ。
「いや、待てよ」
人が誰かを心配するとき、感受性の強い人ほど、相手を自分のことと置き換えて考える癖があるという。もちろん、僕がそんなきめ細やかなメンタルの持ち主だ、と言いたいわけではない。しかし、あいつのことを心配するとき、僕はいつも胸が張り裂けそうになる。それこそ、まるで我が事のように、だ。しかも、夕奈は性別が違うとはいえ、僕とほとんど同じ遺伝子を持つ存在であるわけで。双子の片割れを愛するのは、突き詰めれば自己愛ではないのか?
今までずっと、「夕奈は妹なのだ」と僕の中で固定観念があった。だが、それだけとは言い切れない、とも心が訴えていた。その真実にようやく気付いてしまったのか。
妹? 女? 自己愛? それとも、それらの狭間に答えがあるのか?
「……ダメだ、訳が分からない」
起きたばかりなのに、難しいことを考えるものではないな。難題から目を背けるようにして、ベッドから起き上がる。ただでさえ、今は精神がおかしくなっているのに、さらに面倒事を増やしてしまうとは。だが、一度自覚してしまった以上、この問いから逃げるわけにはいかない。
あるいは、このイカレた精神状態と妙な記憶のおかげで、ようやく自覚できたのかもしれない。感謝など絶対にしたくないが。
「ひょっとして、夕奈も同じ問題を抱えているのか?」
さすがに、そんなことを本人に尋ねる度胸など、僕にあるはずがなかった。
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