第13話 戦う覚悟
明人の申し出により、成田はもうしばらく明人宅に邪魔することになった。それに恩義を感じたのか、成田は自主的に家事を手伝ったり、アルバイトを探したりするようになった。
駅のターミナルでの戦闘から三日が経った。その三日間毎日、ニュースでは変異体の報道がされるのだが、明人が現場に向かうと既に変異体はおらず、なかなか変異体を捕らえ切れないでいた。
「くそ~、今日も逃げられちまった!」
明人はここ数日、変異体に逃げられていることから、怒りや悔しさなど色々な感情が溜まっており、荒々しく玄関のドアを閉めるとリビングにある椅子に座り、テレビを点けた。
「あ、おかえり、明人君」
「はい、今戻りました」
成田は自分の持ってきたノートパソコンで何かを調べていたようで、明人が椅子に座ってから挨拶をした。
明人は帰宅の挨拶を済ませると、すぐに顔をテレビに戻した。報道番組では、変異体に挑み、そして殴り倒される数人の警察官の映像が流された。その映像が終ると、次はここ数日町で暴れている数体の変異体の写真が映された。それは防犯カメラの映像を拡大したようで、とても粗い画像となっていた。
「うーん、どいつも似たような顔してるな~」
明人はテレビ画面に映る変異体の写真を見比べるが、どれも遠くから撮ったもののようで、黒い装甲を纏っていることしか分からない。
そして再び変異体が暴れている映像が映し出され、明人はそれを見た。
「手あたり次第攻撃してるな……。つまり理性が無くなったロージョンってことなのかな?」
明人はそんな独り言を漏らしながら、テレビを見入った。
「他に手掛かりは無いんですかね?」
そんな長考する明人を見て、成田がぼそっと言葉を漏らした。
「手掛かりねぇ~。こんな粗い画像から何かが見つかる何て思えないけど……」
明人はそう言いながらテレビ画面に少し顔を近づけた。
「あれ、もしかしてこいつ木浦か?」
テレビ画面に映っている写真の左端、ちょうど木の陰になっていて顔はよく見えないのだが、そこには確かに見覚えのあるシャツが見えていた。
「こ、この間の人ですか!?」
成田は少し怯えながらそう言った。明人は何とかそれを誤魔化そうとしたが言葉が思い浮かばず、素直に頷いた。
「でも大丈夫です。俺が成田さんを守りますから」
「う、うん。信用してるよ」
報道番組はどこも世間を賑わしている変異体騒動ばかりで、微笑ましいニュースなど一つも無かった。それを目の当たりにしている明人は、一刻も早く変異体を倒さねば、と自らを追い込んでいた。
「すみません。俺少し出ますね」
「うん、気を付けてね」
明人は居ても立っても居られず、自分の足で変異体を見つけるために家を飛び出した。
原付で報道された事件現場を回り、テレビでは映らなかった小さく細かい証拠や手掛かりを見つけるため、明人はじっくりと現場を見て回った。
原笠公園を始め、大学前交差点、それに水霧町の付近までもパトロールしたのだが、その日は結局変異体に出会うことなく帰宅した。
「はぁ、ただいま~」
「結果は聞かない方が良さそうですね」
「そうしてくれると助かります」
明人は落ち込んだ口調でそう言うと、冷蔵庫から麦茶を出してがぶ飲みした。
「大丈夫かい? あんまり気負わないようにね?」
豪快に麦茶を流し込む明人を見て、成田は心配そうにそう言った。
「すみません。心配かけてしまって」
「いやいや良いんだよ。僕こそ居候させてもらってるしね」
成田はそう言って明人の笑いを誘った。
「テレビ、点けますね?」
「あ、うん。いいよ」
成田が真剣な表情でパソコンを見ていたので、明人は声をかけてからテレビのリモコンを手に持った。そう問われた成田はキーボードから手を離し、そしてノートパソコンを畳んだ。成田もテレビを見ようと思ったのである。
「緊急速報です。……ただいま火澄町の大型ショッピングモールに変異体が現れた模様です!」
テレビ画面に映るアナウンサーは、画面外から伸びてきた手から一枚の原稿用紙を受け取り、少し声を荒げながら読み上げた。
「なんだと!?」
明人は椅子を跳ね飛ばして立ち上がった。そしてニュースを流したまま出掛ける準備を始め、速報が繰り返しに入ったところでテレビの電源を切った。
「行くのかい?」
「はい、今度こそ逃がしませんから!」
明人はそう言うと、倒れた椅子や放り出されたリモコンをそのままに家を飛び出して行った。少しすると原付のエンジン音が聞こえ、そして去っていった。
「なんて早さだ……」
成田はそう言いながら徐に立ち上がり、玄関付近にある下駄箱の上にある自宅の鍵を手に持った。
「遅くなるかもしれないけど、僕も、明人君を手伝おう」
成田はそう言うと鍵を強く握りしめ、ドアを開けて明人宅を出た。そして鍵を閉めて共有階段を下ろうとしたとき、正面からヘッドライトを低く灯す一台の車が現れた。その車は明人宅前で止まると窓を開け、見覚えのある顔が窓から覗かれた。
「あれ、成田類さん。だっけ?」
「あぁ、はい。そうですけど?」
窓から現れたのは朝美であった。運転席には平刃が座っており、忙しなくハンドルを指で叩いていた。それに朝美が気付いたのか、少し早口で成田に問いかけた。
「まぁそれはいいや、明人は?」
「あ、明人君ならショッピングモールに向かいましたけど」
「だそうです、平刃教授!」
「よし、出すぞ」
「ちょっと待ってください! 僕も連れて行ってください!」
「って言ってますけど?」
朝美は平刃と成田に挟まれ、顔を左右に振りながら会話を仲介した。
「乗れ」
「乗れ、だってさ~」
朝美は精一杯平刃のものまねをして成田にそう言った。
「ありがとうございます!」
成田は頭をぺこぺこと下げながら後部座席に着いた。
そして成田が乗車したことを確認すると、平刃はすぐに車を出した。車内は寂然としていた。朝美はそれが気に障ったのか、ぶつぶつと独り言を話し始めた。そして何度か平刃に話しかけるのだが、住宅街を相当なスピードで駆けている平刃はそれに反応することは無かった。ということは、必然的に標的が成田にすり替わったのであった。
「明人はどんな様子?」
「そ、そうですねー。なんだか焦っている感じはすごく伝わってきましたけど……」
成田は煮え切らない調子でそう言った。朝美はそんな対応に慣れているのか、構わず話を続ける。
「そっかー、まぁそうよね。ここのところ好き勝手暴れられてるし。それに、あなたのこともあるしね」
「僕、ですか?」
「そうよ~。昔から無駄に正義感が強くてね。守るって決めたものは守る性分らしいわよ」
「らしい。ですか」
成田はその返答にクスッと笑った。
「だって本人がそう言ってたわけじゃないからね」
朝美もそう言って笑った。
そんな会話をしていると、明人宅から十五分ほどの所にある大型ショッピングモールが見え始めた。住宅街を抜けて大通りに出た車はさらにスピードを上げ、夕食時で賑わいを見せているショッピングモールに急いだ。
「話し中に悪いが、そろそろ準備をしておいてくれ」
「はい! 私は先に明人を見つけに行くので、駐車場に入ったらすぐに降りますね」
「分かった。私は後から除細動器を持っていく」
「あ、あの僕はどうすれば……」
「君は何をするためにここに来たんだ? それを考えれば行動は決まるはずだ」
平刃のそのセリフに答える間もなく、車は駐車場に入った。そして入り口付近まで車を走らせると、停車と同時に朝美が車を降りた。
「それじゃ、先に行きますね!」
朝美は肩掛け鞄をブラブラと揺らしながらショッピングモールの自動ドアに飲み込まれて行った。
「……降りないのか?」
「え、あ、その」
「何故君は神馬の後を追って家を出たんだ?」
「それは……」
成田はポケットに入っている明人宅の鍵を握りしめた。そしてドアを開けてショッピングモールに入っていった朝美を追った。
「明人君! どこだい!?」
成田はショッピングモールを走り回りながら大きな声を上げた。しかし広くお客さんが騒然としているショッピングモールでは、成田の声はかき消されてしまう。
「ちょっと明人~! 出てきなさいよ!」
朝美は既にエスカレーターで二階に上がっており、逃げ回る群衆に逆らって明人の名前を叫んだ。
すると数軒並んだ飲食店の一店から、明人が吹っ飛ばされて出てきた。
「明人!?」
朝美が急いで明人に駆け寄ろうとすると、明人が吹っ飛んできた飲食店から変異体が現れた。
「朝美! こっちくんな!」
客の大半は逃げており、声がした方を向いた明人は朝美の存在に気が付いた。そしてすぐ逃げるように指示するが、朝美はそれに逆らって近づいてくる。
「くそ、来るなって言ってるのに……」
明人は近付いて来る変異体を確認し、立ち上がると両手を構えた。
「バイタルチェンジ!」
明人は朝美が近づいてくる前に変異し、そのまま変異体を引き連れて奥に逃げようと考えた。
明人は体よくスーツ形態に変異し、変異体に数回攻撃をすると奥に走り出した。
「ちょっと明人!」
明人は朝美の声を無視して吹き抜けがある階段近くに向かった。変異体も明人を追いかけて吹き抜け近くまで来ると、明人と対峙した。
――そのころ、明人と変異体が対峙している吹き抜けの下では、成田が必死に明人の捜索を続けていた。
「明人君! 明人君!」
成田が喉を傷めながら捜索をしていると、向かいの曲がり角から木浦が現れた。
「ひ、ひぇ! 化け物だ!」
向かってくる木浦を見て、成田は腰を抜かしてしまった。
「自分から来てくれるなんて、俺はラッキーだな」
木浦はそう言って微笑むと、懐から注射を出し、それを左手に刺した。
すると突如として現れたもう一体の変異体に、客たちは再び狼狽した。丁度木浦の前を走っていた子供が転倒し、それを見た木浦はゆっくりと子供に近付いて手を伸ばした。
「や、やめろ!」
子供を襲おうとする木浦を見て、成田の体は勝手に動き出していた。成田は生身で木浦に向かって行き、そしてそのまま体当たりした。
しかし木浦に反応され、成田が子供を抱えた瞬間に殴り飛ばされてしまう。
「うわぁ!」
吹き飛ばされた成田は、抱きかかえている子供を心配してすぐに見た。子供は無事であった。成田はそれに安心し、腕の力を緩めた。
「さぁ、今のうちに逃げるんだ」
「ありがと!」
子供は親の元へ走っていき、何とか子供の命を救った成田だが、今の一撃が災いし、なかなか立ち上がれない。
――するとその瞬間、吹き抜けの上階から変異体が降って来た。そしてそいつは降下の勢いを保ったまま、木浦に激突した。
「クソ! 雑魚が邪魔すんな!」
木浦はのしかかってきた変異体をどけ、その怒りを転んでいる成田にぶつけようと歩き始めた。
「おい! そうはさせないぞ!」
変異体を追う様に、吹き抜けから明人が降りてきた。そして成田の前に着地し、木浦を殴り飛ばした。
「あぁ! クソ! クソクソ!」
木浦は苛立っているようで、吹っ飛ばされたかと思うとすぐに立ち上がり、近くにあったベンチやら建造物やらを破壊した。
「頑張りましたね。成田さん」
「ぼ、ぼ、僕も人助けが……」
「下がっていてください。あとは俺が」
明人の言葉に甘え、成田は匍匐して後退した。
「ちょっと大丈夫!?」
ちょうどそこに朝美が合流し、そのまま成田に肩を貸して変異体から遠ざかった。
「ここで殺してやる! 行くぞ!」
木浦は横で破壊活動をしている変異体を殴り、標的を明人に変更させた。
「来るなら来い、臨むところだ!」
明人は近くに転がっていた建造物の破片を拾い、それは忽ち剣に変わった。
木浦は変異体を盾にし、明人に接近する。変異体は自由気ままに明人を攻撃し、木浦はその合間合間に的確に攻撃を入れてくる。
「うおわっ!」
何とか攻撃を凌いでいた明人だが、ついに木浦の攻撃を喰らってしまう。
「ぐっ……。まずはロージョンから倒すか」
再び変異体を盾にして木浦が接近してくる。明人はそれを利用し、持っている剣を変異体に向かって投げつけた。
「犠牲になってもらうぜ!」
木浦は変異体の脇からそれを確認しており、間一髪のところでくし刺しを回避する。
しかし剣はしっかりと変異体に突き刺さっており、変異体は喘ぎ声を上げながら膝を着いた。すると突き刺さっていた剣が変異体に吸い込まれていき、傷口が真っ赤に光った。
「こんな方法もあるのか……?」
明人はその光を確認すると走り出し、踏み切ると華麗な前宙をして光る部分に蹴りを食らわせる。
【ガッ! ガグァァァァ!】
変異体は真っ赤な光に飲まれると、そのままドロドロに溶けてしまった。
「おいおい! そんな余裕かましてる暇無いぜぇ!」
背後から木浦の声がしたかと思うと、明人が振り向く前に背中を殴られる。
「ぐあっ!」
明人はうつ伏せになって倒れた。防御態勢を取るためにすぐ体を返そうとするのだが、再び背後から木浦の攻撃が迫る。
「死ねぇっ!」
木浦はそう言いながら右手を振り下ろした。
攻撃が来ない。しかし木浦はここまで来て躊躇するような人間ではない。明人はそう思うとすぐに体を返した。
「だい……じょぶ……です……」
「な、成田さん!」
「へっ、こりゃいいや。じゃあな」
木浦はそう言うと、成田の腹部に刺した右腕を抜いて立ち去って行った。
明人は腹部に穴が空いた成田を、なるべく刺激しないように抱き寄せた。
「成田さん! 成田さん!」
「ぼく……より、君が、生きていた方が……良いと、思うんだ……」
成田は途切れ途切れにそう言った。
「ダメです。喋らないでください……!」
傷口から黒い液体が流れ始めた。それは徐々に成田の体を飲み込もうとする。
「明人……くん。殺して、くれ……」
「そんなこと、そんなこと出来ませんよ」
「ぼくが、ぼくであるうちに……」
明人の変異も解けそうであった。やるなら今しかない。明人はそう思った。成田の体をさらに引き寄せ、そして頭を左腕に乗せた。
「さいごに……ふたりも、たすけれました……」
成田はそう言うと、余力を使い果たして僅かに口角を上げた。するとそれを最期にこと切れてしまったようで、傷口から広がっている黒い液体が急に成田の体を飲み込もうとする。
決別の時が近づいていた。もしこのまま見過ごせば、成田は暴走して何人もの住人を襲ってしまうかもしれない。明人の脳内では最期のセリフが反芻していた。変異が解けてしまう。明人は成田の胸を静かに殴った。すると胸の中心部が赤く光った。
「二人じゃないですよ。今日ここにいた全ての人を、成田さんが救ったんです……」
明人はそう言うと、成田の頭を地面に下ろし、右手を強く握って赤く光る部分を殴った。
パンチの衝撃で成田が少し浮き上がった。すると間もなく成田の体は溶けていき、明人の変異も解けた。
成田が溶けたのち、そこには一つの鍵が残った。明人はそれを拾い上げ、そして跡形も無くなったひび割れた地面に涙をこぼしながら、地面を何度も何度も殴った。
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