第12話 増殖

 遊園地での変異体騒動から数日。成田はすっかり明人の家に住み着いており、家事もせずゲームばかりして明人を困らせていた。


「あの~、本当に何もしてないんですか?」

「うん、してないよ」

「俗に言うニートってやつですか?」

「ん~。そうとも言うのかな……。あ、あぁ~あ死んじゃった」


 成田は携帯ゲーム機を横に投げ、枕に顔を埋めた。


「あ、あぁ、もう。俺ちょっと出かけますから」


 他人なのできつく言うことも出来ず、明人は気晴らしに大学に向かうことにした。すると成田は枕に埋めていた顔を上げ、「僕も付いて行く!」と言って嫌がる明人の後を勝手に追いかけた。

 成田が付いて来てしまったので、原チャリで大学に向かうことが出来なくなった明人は、成田を連れて最寄りのバス停に行った。


「どこに向かうんですか?」


 成田は不安そうにそう言った。あの日以来外に出るのが怖いらしく、わざと大きめのマスクを装着して辺りを警戒していた。


「俺が卒業した大学です。そこに協力者がいるんですよ」

「じゃあその協力者さんも変異のことを知っているんですか?」

「はい、そうです。これを作ったのもその協力者さんです」


 明人は両手首に巻いてあるバイタルリミッターを見せながらそう言った。


「な、なるほど。この物騒なものを作った張本人に会いに行くんですね」


 成田はなるべくバイタルリミッターを見ないようにしながらそう言った。

 その後成田はずっと貧乏ゆすりをして、乗客の行動にいちいち驚くなど、落ち着きが無かった。明人はそんな成田と一緒にいるのが少し苦であった。

 バスが大学に方面に向かって一つまた一つとバス停を越えて行く間、明人は窓から外の景色を見ていた。今日は土曜日という事もあり、バスの利用客が多かった。ほとんどのバス停に停車し、そして数人の客が流れ込んできた。バスは駅に向かっており、恐らくほとんどの乗客が駅に行くことを目的としてこのバスに乗っているだろう。

 明人はぼんやり外を眺めながら、風景からしてそろそろ大学に着く頃だろうな。と思って座り直そうとしたとき、メモ書きと睨めっこしながら歩道を行く朝美を発見した。明人はそれを見ると、ちょうど良いから朝美も連れていこう。と、バスの停車ボタンを押した。


「ど、どうしたんですか? 大学はまだですよ?」

「良いんですよ。ちょっとは歩きましょう」


 明人はそう言って無理矢理成田をバスから降ろし、後方を歩いている朝美の方に向かった。


「よ! 朝美」

「ん? なんだ。明人か」

「なんだってなんだよ」

「あ、上手く染まったね。それじゃ」

「おいおい。ちょっと待てよ」


 先を急ごうとする朝美の前に立ちはだかり、成田を引っ張る。そして小声で話を続ける。


「こいつも染色雨を浴びたんだ」

「え、ってことは変異する可能性が?」

「あぁ、そこらへんを話したくて今から大学に行こうと思ってるんだ」

「なるほどね~」


 朝美はそう言いながら手帳を取り出すと、今日のこれからのスケジュールを確認して、大学に付いて行く。と同意した。そして明人の横を抜けて先に歩いて行ってしまった。


「か、彼女は?」


 明人の陰で成田がそう言った。


「あいつは俺の幼馴染。そして協力者の一人です」

「ほ、本当ですか?」

「そうですよ。嘘なんかつきませんよ」


 明人は少しむっとして、成田を置いて行こうと大学に向かって歩き出した。すると成田はすぐさま明人の横につき、朝美の方をちらちら見ながら大学に向かった。

 大学に着くと成田はさらに情緒不安定になった。キャンパス内には学生が多く、成田はすれ違う人がいる度に身を縮ませて明人の懐に逃げようとした。そんなくっつき虫のような成田を連れ、一行はようやく平刃の研究室前に着いた。


「ここにはそんな人来ませんから、ちょっと離れてもらっていいですか?」


 明人は優しい口調でそう言いながらも、腕には相当な力を込めて成田を引っぺがそうとしていた。

 朝美はそんな二人を見て苦笑いすると、明人の前に入ってドアをノックした。


「こんにちは。入ってもいいですか?」

「あぁ、入りたまえ」


 ドアの向こうから平刃の返答が聞こえ、朝美はドアを開けて研究室に入っていった。それに続いて明人とそれにくっつく成田が入室すると、平刃はすぐにその存在に気付いた。


「誰だそれは?」

「あ、ははは。彼も染色雨を浴びたようで……」


 明人はそう言い出すと、そのあとは簡易化して先日遊園地で起こった事件の全容を伝えた。


「なるほど。彼は今、木浦に狙われているという事かね?」

「はい、恐らく」


 明人が平刃の受け答えをしている間、成田はなるべく小さくなろうとソファの上で体育座りをしていた。


「ずっとこんな状態なの?」


 朝美は同じソファに座るのが嫌だったらしく、部屋の隅にあったパイプ椅子を引っ張り出し、それに座ってそう言った。


「そうなんだよ。どうしようも無くてさ」

「変異する意思は?」


 平刃がそう言うと、明人が答える前に成田が頭を大きく横に振って答えた。


「自分が暴走してしまうが怖いらしいんです」

「普通はそうだろうな」


 平刃はそう言うとコーヒーを一口啜った。


「しかしだな。私も彼を守るほど暇じゃない。君だってそうだろ?」


 カップをテーブルに置き、平刃は明人の顔を見てそう問うた。


「……はい」


 成田の視線が少し刺さったが、成田が家に居ることで明人自身が迷惑しているのは事実であり、明人はそれを口にしただけであった。


「邪魔。ですよね。僕なんかどこに居たって邪魔ですよね」


 成田は感情の無い笑いをこぼすと、先ほどまで抱え込んでいた膝を解放し、地面に足を着けて立ち上がった。


「成田さん?」


 いきなり立ち上がった成田に明人はそう問いかけたが、成田はそれを無視して部屋を飛び出して行ってしまった。


「あ、ちょっと成田さん!」

「追うの? 私としては木浦って人のことを聞きたいけど?」


 成田を追おうとする明人を静止させたのは、朝美の一言であった。


「そんなのいつでもいいだろ?」


 明人はそう言って部屋を出て行こうとするのだが、再び朝美が止める。


「だって彼のこと嫌がってたじゃん?」


 朝美はそう言うと、パイプ椅子から立ってソファに腰かけた。


「でも、やっぱり放って置けねーよ!」


 明人は少し考えた果て、やはり成田を追う決心をした。


「……良かったのか?」


 二人きりになると、平刃がそう言った。


「良いんですよ。これでここに残ってたら、逆に一発殴ってたところでした」

「ふっ、そうか。ならそんな君に木浦と郷間について話してやろう」

「郷間博士ですか?」

「そうだ」


 平刃はそう言うとコーヒーを飲み干し、明人以外にも変異する者、木浦の説明をし、教授と因縁のある郷間についての説明をした。


「明人以外にも自由に変異できる奴がいるんですか!?」


 朝美はそう聞きながらメモ帳を取り出した。


「そうだ。注射を左手に刺し、寄生した宇宙外生命体を刺激する何かを流し込み、変異するそうだ」

「なるほど……。明人とは変異の方法が違うんですね」

「寄生した生物によってことなると私は考えている」


 平刃はそう言うと、先日柴神山で拾ってきた黒い岩を見せた。


「それは?」

「これは柴神山で拾って来たものだ。神馬が近づくと攻撃を仕掛けてき、黒い変異体が近づくとこの岩も黒く光るんだ」

「ふむふむ。何か関係がありそうですね。明人とも、ほかの変異体とも」


 朝美はそう言いながら黒い岩を見回した。


「それは今後ゆっくり調べていくつもりだ」

「そうですねー。無理して砕けちゃったりしたら勿体ないですもんね」

「そんな扱いはしないさ」


 平刃と朝美がそんな会話をしていた一方、明人はいきなり研究室を出て行ってしまった成田を追ってキャンパス内を走り終えた後であった。


「はぁはぁ、成田さんどこに行ったんだ……?」


 大学を一回りした明人は、正門から出て左右を何度も確認したが、それらしい影は見当たらない。すると大学を出て左方面、つまりはバスが向かった駅方面で大きな爆発が起きた。


「な、なんだ? まさか……!」


 明人は爆発があった駅に向かって走り出した。


「くそ、これじゃ間に合わない!」


 全速力で駅に向かうのだが、所詮は人力。駅まではまだまだ距離がある。先ほどまで軽快に走っていた車たちは停車し、道路は大渋滞となっていた。そんな車の群を抜け、見覚えのある車が明人の横に停車した。


「乗って、明人!」


 助手席の窓が開き、朝美が明人を呼んだ。明人は力強く頷くと、後部座席に乗って車は駅に向かって走り出した。


「駅で何か起きたみたいで」

「分かっている。君は覚悟を決めておけ」


 明人の早口に対し、平刃は至って冷静な口調で、明人の興奮を静めるようにそう言った。

 乗用車の群れは、救急車や消防車を避けるように道を空けていた。平刃は開けた道路のど真ん中を走行し、ほとんど百キロ近いスピードを出して駅に向かった。


「神馬、着くぞ」

「はい!」


 平刃のおかげで予想よりも大分早く駅に着いた明人は、車を飛び降りて辺りを見回した。


「う、うわああああ! た、助けてええええ!」


 成田の声が聞こえた。その声に反応した明人は、すぐに声がした方を向いた。


「死ぬ、死んでしまうぅぅ!」

「あ、成田さん!」


 声のした方を隈なく見つめると、階段の根っこに追い込まれた成田を発見した。明人は大きな声を出して成田と変異体の注意を引き、そして両手を前に構えた。


「バイタルチェンジ!」


 明人は走りながらリミッターを解除し、今回はスーツ形態に変異を遂げる。


「あいつ、新しい変異体だな……。臨むところだ!」


 明人は拳を強く握りしめて変異体に向かって行った。

 明人に気付いた変異体も、鞭を構えて体を完全に明人の方に向ける。


「おらぁ!」


 パンチを一発お見舞いして、なるべく成田から遠い場所で戦闘を開始する。


「ちょっと立てる!?」


 明人を降ろした後、運転を続けて駅のターミナルに入っていた車から、朝美が飛び出してきた。


「い、いえ……腰が抜けてしまって」

「もう~、はい、掴まって」


 朝美はそう言うと成田を引き上げて、無理矢理立たせると腕を引っ張って車まで成田を連れて行った。そして後部座席に投げ込むと、朝美は助手席に戻った。それを確認した平刃は車を出し、なるべく明人から離れた。


【グラァァァァ!】


 変異体は鞭を乱雑に振り回し、辺りの電話ボックスやら支柱やらを破壊する。


「ダメだ。暴走してる。早くケリつけないと」


 明人はどうにか敵の攻撃を躱しながら近づこうとする。しかしもう少しのところで鞭が明人の背中や足を攻撃する。


「うああ! クソ……」


 スーツ形態では一発一発のダメージが多く、明人はなかなか距離を詰められないまま片膝を地面に着いていた。すると足元に落ちている看板の破片を発見し、明人はそれを両手で持った。

 するとそれは明人の前面を守る大きな盾に変異した。


「良し、このまま突っ込んでやる!」


 明人は雄たけびを上げながら変異体に突っ込んだ。

 変異体はどうにかその盾を壊そうと攻撃を続けるのだが、鞭ではその分厚い盾を壊せず、ついに明人は盾を持ったまま変異体に体当たりした。


【ガァァァァ】


 明人は体当たりに成功した感覚を得ると、盾を横に捨て、一度タメを作ってから走り出した。そして怯んでいる変異体に一発目の蹴りを当てる。すると変異体は吹っ飛び、壁に全身がめり込んだ。変異体が壁から抜け出そうともがきだした瞬間、腹部に赤い光が灯った。


「そこだな!」


 明人はその光を確認すると、再び走り出し、大きくジャンプしてその赤い光目掛けて飛び蹴りを決めた。

 変異体はさらに壁にめり込み、明人は変異体をバネにして綺麗なバック宙をすると難無く着地した。

 ――次の瞬間、壁にめり込んだ変異体は爆発し、その穴から変異体の腕が一本転がり出ると、また瞬きする間にそれは燃えカスとなった。


「いや~、すごいね~」


 明人がその声に反応して振り向くと、パチパチパチ。と拍手をしている木浦がいた。


「お前!」

「やっぱり理性が無いと弱いね~。盾にずっと鞭を振り続けるなんて馬鹿だよね? アッハハハハ!」

「この野郎!」


 明人は連戦覚悟で木浦に向かって行くが、それを見た木浦は両手を挙げて笑った。


「止めてよ。今日は戦いに来たわけじゃ無いんだから。それに、お前の変異ももうすぐ解けるしね」

「くっ、用件は何だ!」

「今の倒した奴、実は僕が殺して変異体にしたんだよね~。死んで飲み込まれた奴は、ロージョンって言うんだっけ。アーデスさん?」

「何故変異体にした!」

「そんなの決まってるじゃん、俺たちに逆らったからだよ。ちなみに、こいつだけじゃないからね?」

「なんだと!?」


 明人は怒りに任せてもう一度殴りかかろうとするが、その瞬間に変異が解けてしまう。


「博士は染色雨を浴びた人、全員を知ってる。それを俺が片っ端から取り込みに行き、仲間にならない奴はロージョンにして邪魔な市民を消す。さいっこうの作戦だろ!?」


 木浦はそう言うと、再び高笑いをターミナルに響かせた。


「狂ってる。狂ってるよそんなの! 絶対に止めてやる!」

「そうだよ。そうこなくちゃ。今日はもう帰るけど、頑張って守り切れると良いね。彼」


 木浦はそう言い残すと、笑いながらターミナルを去っていった。


「成田さんを守らなきゃ……。でもそれだけじゃない。染色雨を浴びた人をどうやって調べれば……」


 明人は行き場のない怒りに悶え、両手を強く握った。そして静かに、強く、ターミナルの支柱を殴った。

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