第11話 目撃者
翌日、朝美が言っていたように月刊誌が発行され、それはテレビにも取り上げられた。そのおかげか一部にアーデスと言う名前が広がり始めたのだが、名前が広まっただけで、やはり変異体に対する見方は変わらず、一体目の変異体、ロージョンと同じようにアーデスも見られていた。
「朝美も言ってた通り、なかなかすぐに高評価は広まらないよな~。もっと人助けしないとな」
明人はリビングの椅子に腰かけ、テレビから流れてくるニュースの声に両手を後頭部に回した。
しかし具体的に何をすればいいか分からない明人は、ただこうしてテレビを見ていることしか考えつかなかった。
……そうして大した案も思い浮かばないまま、変異体が現れない平和な日々が続いた。その期間に警察本部では変異体を調査、かつ撃破する部隊が設置され、それはすぐに公表された。そうして市民の不安をなるべく薄め、このまま変異体が現れない平和な日々が続くと誰しもが思っていた。
「ふぁ~あ。今日もいい天気だ~」
寝起きの明人は朝日を浴びるためにベランダに出て、うんと伸びた。学生は既に登校した後のようで、住宅街の道々には世間話をする数人のマダムが見えた。そんな姿を見た明人は、今日も平和だなぁ。と欠伸をした。
そんな朗らかな本日は、久しぶりにアルバイトが入っていた。明人は身支度を済ませ、バイト先である遊園地に向かった。その遊園地は明人が染色雨を浴びた自宅から一番近い遊園地で、明人としてはちょっと複雑な気分であった。それに今日の登壇は相変わらず怪物役なので、それもどこか引っかかる点になっていた。
「おはようございまーす」
遊園地の駐輪場に原チャリを停め、明人は舞台の準備を進めている数名に向かって挨拶をした。
「おぉ、神馬か。久しぶりだな」
「迷惑かけてすみません」
「良いんだ良いんだ。一番親しかった豊橋のこともあったしな……」
「そう……ですね」
確かに豊橋は地球外生命体に飲み込まれた。しかしその体にトドメを刺したのは紛れもない明人であり、明人は壇上にいる先輩に顔を向けられずにいた。
「わ、悪かったな。その、お前も早く来たなら手伝ってくれよ」
「はい。もちろんです」
明人は繕った笑顔を見せ、荷物を舞台裏に置いて壇上に上がった。
「神馬、お前確かここで染色雨を浴びたよな?」
「はい、そうですけど?」
準備をしている途中、あの日は現場にいなかった先輩が明人にそう言った。
「何ともないか?」
「は、はい。特には……」
「そ、そっか。それなら良いんだけどさ」
「なんかあったんですか?」
「それがさ……」
先輩はそう言って辺りを見回すと、明人を手招きして小声で話しを続けた。
「俺の友達も染色雨を浴びてさ。ちょっと鬱気味なんだよ」
「鬱ですか……」
「そうなんだ。だから今日お前が来るって聞いてさ、染色雨浴びても元気に仕事してる奴がいるって紹介したいんだ」
「はい、俺でよければ全然手伝いますよ」
「ありがとな。とりあえずいつも通り演じ切ってくれれば良いからさ」
「分かりました!」
先輩は何度も頭を下げ、何度も礼を言った。明人は何とか先輩を落ち着かせ、二人は再び舞台の準備に取り掛かった。
舞台の準備が整い、裏で最終確認をしていると、チラシを配っていたお陰で子連れのお客さんが集まりだしていた。その光景が久し振りであった明人は少しの緊張を覚えた。あまり大きな舞台ではないが、ここ数日変異体が出現していないこともあり、お客さんはいつもより少し多く入っているように感じられた。
「久し振りだから緊張してるのか?」
友達の相談をしてきた先輩が、明人の肩を叩いてそう言った。
「は、はは。分かります?」
こんなやり取りを経て、明人は一瞬変異体何て本当はいないのではないかと思った。しかしその錯覚もすぐ解けた。何故なら、観客席の外れにある大木の陰に、木浦を見つけたからであった。
「因みになんだけど、あいつが俺の言ってた友達」
舞台裏から観客席を見ていた明人の背後から、先輩がそう言って人差し指で観客席の一部を指した。そこには顔色の悪い青年が一人いた。子供連れでもなく、ヒーローショーを一人で見に来る年齢とも思えないので、確かに彼が先輩の友人なのだと明人は思った。
「彼が……」
「あぁ、
「あ、はい」
明人は観客席にいる成田と、木の陰に隠れる木浦を交互に見て、顔を引っ込めた。そして怪物の頭を被り、準備を整えた。
ショーが始まると、怪物役である数人が舞台のセットを手筈通りに壊していった。そしてそこから怪物役である明人が観客から一人を誘拐し、そこでヒーローの登場。という手順になっていた。
「うわ~。怪物が町で暴れている! みんな逃げるんだ~!」
アナウンスが流れると、それを機に明人が動き出す。はずだったのだが、明人が観客席を見回すと、成田の隣に座る木浦が目に入った。
それを見た明人は素早く舞台を下り、子供を狙っているフリをして、じわじわと木浦に近付いて行った。
明人が子供を脅かしながら木浦に近付いて行くと、それに気づいた木浦は明人の行動を鼻で笑い、マスクとニット帽を被って子供の前に立った。
「危ない! お兄さんが止めている間に逃げるんだ」
「ありがと! おにいさん!」
と、まるで役者気取りで一人の少年を逃がした。
明人はその挑発に乗り、すぐさま木浦の背後を取って首に手を回した。
「何が目的だ……」
観客に聞こえないように小声で耳打ちした。
「演技中だろ?」
「答えろ」
明人は空いている左手で、木浦の脇腹を小突いた。
「仲間を増やしに来たんだよ」
「なに?」
「お兄さんがピンチだ! みんなで僕らのヒーローを呼ぼう!」
アナウンスの担当者が、アドリブを利かせてヒーローを呼び出す掛け声に移った。するとその声を待ってましたと言わんばかりに、観客席にいた子供たち舞台の方を見た。
――その瞬間、木浦は肘鉄を明人の腹に入れ、首絞めから逃れる。そしてポケットから注射を出し、自分の左手に刺した。
(こいつ、堂々と!)
声に出すわけにもいかず、明人は心の中でそう叫んだ。
「お前も変異してみろよ」
顔が装甲に包まれる前に、木浦は不気味な笑いを浮かべながらそう煽った。
明人も今すぐに変異したいところであったが、それは叶わなかった。なぜなら着ぐるみに腕を通す際にバイタルリミッターが引っかかってしまい、やむを得なく外して鞄に潜ませていたのだ。
そんな中明人が取れる行動は一つであった。
「付いて来てください!」
明人は座っている成田の腕を取り、走り出した。木浦が成田を狙っているのは明白であったからである。
「うわああ!」
明らかに自分たちの着ぐるみではないことを知っている関係者は、腰を抜かせて舞台に転げた。そしてアナウンス担当者がマイクを通して悲鳴を響かせてしまったことにより、観客は周章狼狽した。
「な~んだ。気が利くじゃん」
木浦は体をほぐすように首を軽く回し、走り出した明人を追った。
明人は逃げながら自分の鞄を拾い、ある程度走ったところで建物の陰に隠れた。
「はぁはぁ、ちょっと。いきなり何なんですか?」
何が起こったか分からない成田は当然の反応をした。
「はぁはぁ、後で話します。だからここに隠れていてください」
明人は成田を宥めながら着ぐるみを脱いだ。そして鞄に手を突っ込みバイタルリミッターを取り出すと、それをしっかり両手に巻き、建物の陰から出た。
「み~つけた」
悠々と遊園地を歩く変異体を見て、すぐに警備員が来園客を誘導し、遊園地内には木浦と明人、それに成田が残された。
「成田さんに何するつもりだ」
「仲間になってもらうんだよ」
「逆らったらどうする」
「お前と一緒だよ。この世から消すだけ」
木浦は食事スペースにあるテーブルを片手で持ち上げ、そして明人に向かって投げた。
「あっぶね!」
明人は間一髪それを避け、再び木浦の方を見た。
「なんだよ、変異しろよ。つまんないな」
今度は椅子を持ち上げると、頑なに変異をしない明人に向かって二個続けて椅子を投げつけた。その瞬間、明人は申し訳ないと思いながらもポップコーンの出店裏に隠れた。
「バイタルチェンジ!」
投げつけられた椅子は出店に当たり、明人の周囲には少し煙が立った。そして煙が消えるころ、真っ赤な鎧に身を包んだ変異体が姿を現す。
「そうだよ。そうこなくちゃ」
木浦は満足気にそう言うと、明人に向かって走り出す。
「な、なんだ……。もう一体変異体が現れたぞ!?」
物陰に隠れていた成田だったが、出店の煙が消えたとともに現れたもう一体の変異体を見てしまい、慌てて身を隠した。
木浦は立ち尽くしている明人を何度も殴った。しかし鎧を纏っている明人に攻撃は通じない。
「クソ、クソ! さっさとこの鎧を剥いでやる!」
木浦は明人の変異が二種類あることを知らないので、むきになって明人に殴りかかる。
「はぁはぁ、なんだこの鎧。クソ。突っ立ってばっかりでよ。かかって来いよ!」
「臨むところだ」
明人は地面に転がっている椅子の足を拾った。するとそのパイプの足は剣に変わり、明人はその剣を構えてゆっくりと歩き始めた。
「遅いな~。タイムリミットが来ちゃうだろ!」
木浦は痺れを切らして明人に殴りかかった。明人はそれをいなし、剣で木浦の背中を切りつける。
「ぐあぁ! クソ。うざったいな~!」
木浦は激しい連撃を明人に繰り出すが、明人はそれ真っ向から受け、隙を見て切りつけた。
「ぐっ、左手が……。お前は絶対に消してやるからな」
木浦はそう言うと、左手を抑えて遊園地から去っていった。
「ふぅ、被害は最低限に抑えられたのかな」
明人が剣を手放すと、それは壊れた椅子の足に戻った。そしてそれから少し経つと明人の変異が解けた。
「多分見られたよな……」
明人は成田に隠れていろと言った建物を見た。そしてその建物の陰から僅かに成田の右手が見えており、明人はそれで確信した。変異を見られたことを。
「すみません。待たせちゃって」
「うわ! ち、近寄らないでくれ!」
「これには訳があるんです! 話を聞いてください!」
明人は必死に成田を抑え込み、強引に話を始めた。
「確かに俺も染色雨を浴びました! だけどこれは、変異は死なない限り起きないんです!」
「え、じゃあ君は死人ってことかい? うわぁぁああ!」
「ちょちょちょ! 聞いてくださいって!」
「僕もああなるんだ。僕も変異してしまうんだ!」
「大丈夫ですから! 死ぬか。特別な器具を使うと変異するんです!」
「はぁはぁ、じゃあ僕は変異しないのかい?」
「はい、大丈夫です。しません。しませんよ」
ようやく聞く耳をもってくれたようなので、明人はもう一度初めから変異の説明をした。
「分からない分からない。僕には分からないですよ」
「あぁ~、ダメだこりゃ」
「僕もいつか変異するんだ。だって誰かが変異のアルゴリズムを解明したわけじゃないんだろ?」
「それはそうですけど……」
「僕は誰も襲いたくない。変異なんかしたくない」
「分かりました! 俺があなたを守りますから」
「へ? 本当かい? 僕は人殺しにならなくて済むのかい?」
「はい、変異なんかさせません」
「絶対だからね!」
成田はそう言うと、明人の左腕にしがみついた。
「今日は君の家に泊って良いかな?」
「はぁ、今日だけですよ。それと、俺は神馬明人って言います」
結局この日が終るまで、成田は明人から五メートル以上離れることは無かった。
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