第8話 柴神山

 昼まで時間を潰した明人は時計を見て出かける準備を始めた。バイタルリミッターの麻酔残量も確認し、その他にはスマートフォンと財布を持って家を出た。原付に跨るとエンジンをかけ、大学に向かって走り出した。

 原付を停めると許可証を首にかけて旧館に向かった。昼食の時間も過ぎており、午後の授業が始まっているせいか大学は静かであった。明人はそんな中草道を歩いて旧館の廊下を行き、研究室のドアを開けた。


「こんにちは~」

「よく来た。丁度いい時間だ」


 テーブルの上には調査キットのようなものが広げられており、どうやらそれらの最終確認をしていたようであった。


「意外と少ないんですね」


 アタッシュケース二個分だったり三個分だったりを予想していたので、調査道具の少なさに少し驚いていた。


「少し待っていろ。すぐまとめる」


 平刃はそう言うと調査道具をアタッシュケースに詰め、キレイに纏め上げるとしっかりとケースのロックをかけた。すると平刃はケースを明人の胸に押し付けて、明人がそれを持ったことを確認すると先に研究室を出て行った。


「押し付けられた……。あ、でも今俺って助手なのか!」


 明人の中で何故か納得がいったようで、ケースをしっかり持つと急いで平刃の後を追いかけた。


「遅いぞ。ケースは後部座席だ」

「はい!」


 言われるがまま後部座席にケースを置くと、明人は助手席に乗った。平刃は既に運転席に着いており、明人が乗ったことを確認すると車を発進させた。

 大学や明人の自宅がある割と盛んな町、火澄町かすみちょうを出て車を一時間ほど走らせると、柴神山を始めとした自然豊かな町。と言うよりは村に近い、水霧町みずきりちょうにたどり着いた。


「ここが水霧町か~」


 自宅近辺では見られない景色に、明人は興味津々であった。ガラスに鼻をぶつけそうになるまで近づくと、過ぎ去っていく初めての風景たちに何度も目移りした。


「あまりはしゃぐな。この町は美しく、この町の人たちは確かに皆優しい。だが謎が一番多いのも確かだ。そして何より、都会人があまり好きではないらしい」


 平刃は何度かこの町を訪れているようで、町の特色をよく掴んでいた。しかしコミュニケーションを好まない平刃にとって、この町の人たちの社交性はあまりにも鬱陶しく、妬ましかった。平刃がコミュニケーションを上手く取れていれば、研究室ももっと大きくなっていたのかも知れない。


「都会人が好きじゃないんですか?」

「私がそう感じているだけかも知れない。私がこの町の住民なら、高圧的で開発を進めようとする都会人はよく映らないからな」

「そう言われると確かにそうですね……」


 町についての詳しい話を聞いていると、いつの間にか辺りは農村のような田舎の雰囲気を纏っていた。そんな中にスーパーやコンビニが点在しているので、それらが異様に目立った。


「あれ、目の前に見えてる大きな山が?」

「そうだ。アレが柴神山だ」


 道路に従って車を真っすぐ走らせると、すぐに柴神山のふもとに到着した。


「車からはそうでもなかったのに、真下から見ると大きいんですね~」

「名物とまでは言えないが、市内では有名な山だからな」


 後部座席に置いていた調査キットを取り出すと、平刃は山を見上げながらそう言った。


「それで、そこらへんに落ちたんですか?」

「中腹あたりだと思うがな。登ってみないと分からない」

「ま、そうですよね。じゃあ行きますか」


 明人は平刃が持っているケースを取り、先に歩いて行った。平刃はそれを見て鼻で笑うと明人に続いて山を登り始めた。

 山の中腹あたりまで上ると、平刃は足を止めてきょろきょろと遠くを見始めた。


「どうしたんですか?」


 立ち止まっている平刃に気付き、明人はケースを持って近寄った。


「頂上で無いことは確かだ。恐らくこの辺だと思うのだが……」


 平刃は辺りを見回しながら明人が持っているケースをそっと奪った。そしてそれを近くの岩の上に置き、アタッシュケースを開けた。


「凄いですね。こんなんで何するんですか?」

「まずは調べることだ。そのための道具に過ぎない」

「へぇ~。これで俺の中にいる奴のことが分かるのか……」


 明人はケースに入っていた空っぽの小瓶を一つ手に取り、じっくりとそれを眺めた。


「ここで詳しいことは調べられん。恐らく石を採取して研究室で調べることになるだろう」

「まぁそうですよね。だってどう見たって荷物少ないですもんね」

「何を想像してたか知らないが、外で出来ることは限られているからな」


 平刃はそう言いながら大きな瓶を一つだし、明人に持たせた。そして両手に手袋をはめると再び明人から瓶を取り返した。


「行くぞ」


 明人は言われるがまま平刃について行き、生い茂った木々の間をゆっくりと進んでいった。

 しばらく歩いて行くと、今まで茂っていたはずの木々が無くなり、ぽっかりと地面が抉れている場所を見つけた。そこは高い木々に囲まれており、下手をすれば見つけることは出来なかったかもしれない。


「こ、ここって……」

「どうやら運が良かったようだ」


 平刃はそう言うと瓶を白衣のポケットに入れ、抉れた地表に立った。そして中心部に向かって歩いて行き、中腰になると地面に刺さっている岩を見た。それはラグビーボールほどの大きさで、黒く艶めいていた。物としては黒曜石に近いような感じがした。平刃はそれに触れないよう、多方から眺めた。


「なんか不気味な色してますね~」


 明人は抉れた地表に踏み入ろうとせず、木の陰からその岩を見た。


「君が浴びた雨にも色が付いていたな?」

「はい、そうですけど?」

「これにも色が付いている。という事は、君に寄生した地球外生命体の仲間かもしれない」

「仲間、ですか?」

「あぁ、同じ種族であったり、もしくは……」

「もしくは?」


 そんな会話をしていると、少し遠くの木がいきなり倒れた。そして瞬く間に近くの木が大きな音を立てながら倒れる。


「な、なんだ!?」


 明人は倒れた木の方を見た。するとそこにはまた新たな黒い変異体が立っていた。


「また新しい変異体だと!? 教授、俺行ってきます」

「あぁ、気を付けろよ……」


 変異体は狭い場所を避けたいのか、どんどん奥に逃げていってしまう。明人は町に変異体を逃がすまいと走ってそれを追いかけていく。

 そんな中、平刃は足元で黒く光る岩に目を惹かれていた。


「この岩……変異体が現れた途端黒く光った……のか?」


 岩が放つ光は徐々に弱まっていき、ここに来た時と同様、ただの黒く艶のある岩に戻った。


「これは回収しておこう……」


 平刃はその岩をゆっくり丁重に抜き取ると、持ってきたアタッシュケースの中身を端に寄せ、必要ならば調査器具を白衣のポケットに入れて黒い岩をケースにしまった。


「神馬明人、無事戻って来いよ」


 既に明人の姿は見えず、平刃は車に戻って明人の帰りを待つことにした。


 そのころ明人はタイムリミットを気にして未だに変異をしていなかった。

 しばらく鬼ごっこを続けていると変異体はいきなり立ち止まり、両手首から剣のようなものをだして周囲の木を一気に切り倒した。


「うわ! あぶねーな」


 数十本木を切り倒した変異体はそのまま立ち止まっている。明人はそれを見て、ここでやる気だな。と思い、バイタルリミッターを構えた。


「バイタルチェンジ!」


 変異をコントロールする術を知らない明人は、どちらに変異するかギャンブルであった。変異を終えた明人はまず自分の手を見た。それによってどちらに変異したかがすぐに分かった。


「今回は鎧か……。よし、臨むところだ!」


 明人は足元に転がる長い木の枝を拾った。するとそれは剣ではなく槍に変わり、ますます武装が重くなってしまった。しかし剣よりリーチが長いため、プラスマイナスはゼロであった。

 変異体は両手の剣を構えて明人に襲い掛かった。明人はそれに対応し、防御を合わせるだけで精いっぱいであった。


「はぁはぁ、素早いな……。スーツ状態なれれば……」


 鎧のせいで体が思い通りに動かず、明人の体力が奪われる一方であった。

 明人が一瞬油断をしたその時、変異体は槍が及ばない根元まで潜り込むと明人の首を掴んで木に押し付けた。その力は恐ろしいもので、鎧を纏っている明人をゆっくりと持ち上げ始めた。


「う、嘘だろ……」


 明人は必死に抵抗したが、槍の柄では敵の硬い装甲を破れない。

 ――息が苦しくなってきたとき、目の前の変異体がいきなり横に吹っ飛んだ。そしてそれと同時に少し宙に浮いていた明人は木に沿って座り込んだ。


「はぁはぁ、危なかった。ってこいつ!」


 息を整える間もなく、目の前に立つ変異体に驚愕した。なんとそれはつい昨日交差点で見た変異体だったのだ。


「俺の得物に手を出すなよ。侵食された分際で!」


 明人は目の前で起きている光景に目を疑った。昨日交差点で見た変異体が、今日山で出会った変異体をボコボコに蹴り飛ばしているのであった。

 そしてその勢いのまま、交差点で出会った変異体は新たに現れた変異体の首を切り落としてしまった。


「理性も無い雑魚が調子乗るなよ」

「お前……会話できるのか……?」

「なに? まだそこにいたんだ? てっきり逃げたかと思ったよ」

「お前も自由に変異を……?」

「自分だけだと思ってたわけ? 平刃とかいう奴に出来て、郷間博士に出来ないわけないだろ?」

「郷間……?」

「あんたのとこの教授さんに聞きなよ。今日はもう時間が無いからさ、また今度決着つけようよ」


 そう言うと目の前に立っている変異体の黒い装甲が溶け、普通の人間が現れた。


「俺は木浦翔きうらしょう。今なら博士も許してくれると思うからさ、俺と来なよ? あ、待った。答えは後日聞こう。今だと絶対にノーだと思うからね。落ち着いたら原笠公園に顔出してよ」


 木浦と名乗った男は明人を蔑むように鼻で笑うと、反転して変異体の死体を蹴り、山の奥に消えていった。


「俺以外にも……変異を……」


 タイムリミットが来ると明人を守っていた鎧は溶けた。身体的疲労は然程無かったが、今目の前で行われた同士討ちに、自分以外の喋る変異体の出現に気持ちが追いついて来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る