第7話 新たな協力者

 変異体の騒ぎにより、正門に人が集まっていたのは好都合であった。おかげで二人は易々と裏門から忍び込み、研究室に戻ってくることに成功した。

 疲れ切っている明人を長ソファに寝かせ、平刃は自分のソファに腰かけた。


「大丈夫か?」

「は、はい。何とか……。それよりも聞いてください! いたたた」


 急に起き上がったことにより、先ほどの戦闘で殴られた横っ腹と背中が少し痛んだ。明人はゆっくりと体を横にすると、話を続けた。


「実はさっきの戦闘中、変異体がもう一体現れたんです」

「なに?」


 インスタントコーヒーの準備をしていた平刃は手を止めて明人の方を向いた。


「それもその場に朝美の奴が……。あ、えっと俺の友達なんですけど。そいつが襲われそうになっていて。俺、守らなきゃ。って思ったら、形態が変化したんです! 変異の形態が!」

「もう少し冷静に、ゆっくりと話せ」

「はい、すいません。今までは鎧みたいなものを纏っていたじゃないですか」

「あぁ、そうだな。重量感があり、堅固な鎧だったな」

「それが一度溶けて、ウエットスーツみたいな、いや、ドライスーツみたいな? とにかくスーツ形態に変わったんですよ」

「ほう、なるほど……。興味深いな……」


 電気ケトルのボタンが上がった。湯が沸いたようで、平刃はそれをマグカップに注ぐと、ソファに戻って考え込んだ。


「それでですね。そっちのスーツ形態だと防御面では劣るんですけど、素早く動けて、かつ攻撃力が段違いに上がっていたんですよ! 本当、ヒーローって感じでした!」

「……形態変化か。それは自由に行えるのか?」

「あ、いやぁ、それは試してないから詳しくは分からないですね」

「そうか……。それを自由に使い分けられるのなら、もう一体も容易に倒せそうなのだがな……」


 なんだか明人の形態変化の他にも考え事をしているようで、平刃はコーヒーを啜りながら瞳は遠くを見ていた。それに何故かもう一体の変異体の撃破を急いでいるようにも明人は感じた。


「どうかしたんですか?」

「何がだ?」

「いや、その、なんか焦ってるって言うか。教授らしくない? って言うか」

「そうかもな。少し嫌なものを見た。アレが幻だと良いんだが」


 平刃はそう言ってマグカップをテーブルに置いた。そして静かに立ち上がると、奥にある自分のデスクに向かってノートパソコンを起動した。


「神馬、明日には動けそうか?」

「はい。何とか動けると思います」

「なら明日、早速柴神山に向かうか」

「良いんですか?」

「あぁ、君の新しい変異についても調べなくてはならないしな。それに何かがその変異に絡んでいるとしたら尚更だ」

「何か。ですか……」

「そうだ。何かだ。明確には分からないがな」


 平刃はそう言った切り、黙ってノートパソコンと睨めっこを始めてしまった。することが無い明人はソファに身を任せて瞼を閉じた。


 ……数分経ち、明人がもう少しで寝入ろうとしていた時であった。

 コンコンコン。

 研究室のドアがノックされた。平刃はパソコンに集中しており、ノックに気が付いていないようであった。そしてドアはもう一度ノックされた。


「教授、誰か来ましたよ?」

「君が出ても大丈夫だ。助手なんだからな」

「はぁ、出ろってことですねっと」


 殴られた部分が多少は痛んだが、既に大分回復していた。今は軽い打撲程度の痛みで済んだので、明人は体を起こしてドアに向かった。


「は~い。誰でしょうか?」


 明人が頭を掻きながらドアを開けると、そこには朝美が立っていた。


「明人!? なんでこんなところに?」


 二人して驚いた表情を浮かべたが、朝美は明人の横を抜けて研究室に入っていった。


「ちょちょちょ、教授になんか用?」

「そうよ。ちょっと急いでるから」

「良いんだ。君たち二人に話を聞いてほしいからな」


 入り口付近で揉めている二人に平刃はそう言った。そして長ソファに指さして、座って待っていろ。とだけ伝えた。


「あの、平刃教授。なんでそんなに冷静何ですか? 大学の目の前で変異体が暴れていたんですよ?」


 朝美は自分が襲われた恐怖もあり、勢いよく立ち上がると声は荒げずにそう言った。しかし心の内では沸々と煮えたぎる怒りが噴火寸前であった。


「君は公園のどこで私と神馬を見たんだ?」

「ど、どこでって駐車場ですよ!」

「私に話しかける前。ということか?」

「そうよ。確かに明人が後部座席にいるのを見たんだから!」


 平刃はそこまで朝美を誘導すると、明人の方を見た。


「と、言うことだ。彼女が今朝話したお客さんだ」

「朝美が!?」

「そうよ。なんで変異体がいた公園に教授と明人がいたのか気になってね」

「神馬明人、彼女は信頼できるか?」

「え、は、はい。良い奴ですよ」


 平刃の唐突の質問に、明人は素直にそう答えた。


「よし、じゃあ聞こう。戸木田朝美と言ったか? 君は秘密を守るのは上手かね?」

「え、えぇ。もちろん!」


 秘密と言う言葉に隠しきれないジャーナリズムが表に出てきそうになったが、朝美は何とかそれを抑えてソファに座った。


「ふっ、もし情報を漏らしたら始末するまでだがな」


 小さく不気味な笑みを浮かべると、明人の方へ一瞥を投げ、平刃は自分のソファに戻った。


「ねぇねぇ」


 朝美は横に座る明人を小声で呼んだ。


「ん、なんだ?」

「結構ヤバい秘密?」

「んー、この情報を漏らしたら絶交。とかかな?」


 交友関係を大事にする明人の口から一度も聞いたことがない「絶交」という言葉で、朝美はこの件の重大さを知った。そして前に座る平刃に向き直ると、朝美は少し姿勢を正した。


「本当はこんなこと言いたくないが、それほど機密性が高いと思ってくれ」


 真剣な表情で平刃がそう言うので、朝美は首が千切れるのではないかと思うほど頭を縦に振った。


「まず結果から言おう、今さっきそこで変異体を撃破したのは彼だ」


 平刃のその言葉に朝美は口をぽかんと開けて明人の方を見た。


「なんだよ。疑ってるのか?」

「何て言うか、明人だからとかじゃなくて、その、信じられなくて……」


 珍しく暗い声で話す朝美を見て、明人は意気揚々と巻くっていた袖を下ろしてバイタルリミッターを隠した。


「信じられないだろうが、神馬明人が自由に変異できるのは事実だ」

「明人が……自由に変異を……」

「……怖いよな。すぐ真横に変異体もどきがいるんだからさ。この話は忘れてさ、朝美は仕事に戻れよ。そうだよ。それがいいよ」


 明人は朝美に答えさせる暇を与えず、自己解決で全てを済ませようとする。しかし朝美は黙って何か考え事をしているようで、明人の言葉になど耳を傾けていないようであった。


「仕事に戻るのは良いが、誰にもこのことを話すなよ。勿論記事にもな」


 黙っている朝美に、平刃は釘をさすようにそう言った。


「……でも、変異体はもう一体現れたわよね?」


 口を開いたかと思えば、朝美は新たに出現した変異体の話をし始めた。


「おい朝美、俺たちの話聞いてたか?」

「という事は、警察も本格的に動き出すはずですし、ここは逆に明人の変異体は良い変異体だと伝えていった方が良いのではないでしょうか!?」


 朝美は力強くそう言うと、そうだわ。絶対にそうに違いない。と言いたげな顔をして二人の顔を交互に見た。


「あ、朝美? 聞いてたか? 首を突っ込むなって」

「こんなの、突っ込まずにはいられないでしょ! 明人は私の幼馴染な訳だし、それに、それに……」

「それに、なんだ?」

「……変異体の記事を独占出来るわ!」


 あぁ、やっぱりな。と明人は思いながらリアクション芸人さながらのこけを見せた。


「お前なぁ、怖くないのかよ?」

「こういう時こそ情報が必要なの。その情報を発信するのはもちろんジャーナリストである私の仕事。そりゃ他の変異体は怖いけど、明人ならさ……明人なら信用できるし。悪いことに力を使わないって」


 この事件への介入を阻止しようとしていた明人だが、朝美のこの言葉に明人は言い返す言葉が見つからなかった。


「なかなか肝が据わっているな」


 二人のやりとりを見ながら平刃はそう言うと、コーヒーを啜って静かにマグカップをテーブルに置いた。


「何も言わないってことは、私も協力していいってことよね?」

「いや、でも、やっぱり危ないって」

「だってさ、今日守ってくれたじゃん。私のこと。明人がみんなを守ってるのに、その明人を手助け出来ないなんて私は嫌だなって思うだけ」

「朝美……。ありがと。でもさ、一人で変異体に近付くようなことはするなよな?」

「そんなの分かってるわよ」


 そう言うと朝美は平刃に出されたコーヒーを飲んだ。それは少し冷めていたが、今の朝美には全く関係なかった。


「全く、私が話すと言ったのにな……」

「あ、はは、すいません」


 平刃の皮肉に明人は後頭部を掻きながら答えた。平刃は気にしていないような素振りを見せ、緊張が解けたかのようにソファに寄り掛かった。


「それで何ですけど、一体目の変異体がロージョンという名前が付いていたじゃないですか? 明人の変異に名前はあるんですか?」


 すっかり仕事モードに切り替わっている朝美は、ボールペンとメモ帳を既に鞄から出しており、前傾姿勢を取って平刃の顔を見た。


「ふっ、そのことか、確か一体目がロージョン。侵食を英語にして捩ったものだったな。そこで私は神馬明人の変異を見て『Near-death』から取って、『アーデス』がいいと思って……。なんだ、その顔は?」


 平刃が饒舌に話し始めたので、明人と朝美は幻を見ているかのように呆然とその話を聞いていた。


「ゴホン。とにかく、名前は勝手に決めろ。ジャーナリストの君に任せる」

「はぁ、あれだけ熱弁……」


 ――朝美がそれ以上先を言わないように、明人は朝美の口を押させた。


「はははは、な、名前のことは置いといて、明日のことを話しましょっか」

「んん! んんっ! ちょっと! いきなり何なのよ!」


 朝美が暴れたことにより、明人の拘束が解けた。それと同時に明人は朝美を引っ張って、小声で話し始めた。


「いいか、教授はプライドが高い人だ。クールを装ってるんだ。だからあんまり教授のプライドを傷つけるようなことは言うなよ」

「なんでよ?」

「直ぐ拗ねるからだ」


 それから先は言わずとも理解できたようで、朝美は黙ってソファに戻った。


「それで教授、明日はどうしますか?」

「私の車で柴神山に向かおう。時間は昼過ぎだ」

「分かりました」


 明人と平刃がそんなやりとりをしていると、当然朝美は首を突っ込んできた。


「ちょっとちょっと、明日って何ですか?」

「あぁ~、あのな、実は柴神山に隕石が落ちたらしくて……」


 明人は包み隠さず柴神山のことを朝美に伝えた。


「ほほ~う、なるほどね。私も行きたいな~。なんて言いたかったけど、この特ダネを書かないといけないから、また後日聞きに来るわね?」

「そうしてくれると助かるよ。お前が来ると調査が進まなそうだからさ」

「腹立つわね~。でも今日は見逃してあげる。だから絶対に調査の結果教えなさいよね」

「いやいや、それは教授に……」


 言い寄られた明人は教授の方を指さしてそう言った。


「それもそうね。お願いしますね、平刃教授~」


 これはどう対応したらいいんだ? と言いたげな顔で明人を見る平刃に対し、明人は細かく頷いて、調査結果を伝えるようにお願いした。


「……良いだろう。勿論全面協力は守ってもらうがな」

「分かってますよ~。平刃教授が良いって言った情報のみいただきますから~。それじゃあね、明人」


 朝美はちゃっかりそう言うと、お辞儀をして研究室を出て行った。


「はぁ~、今更ですけどバラして良かったんですか?」

「君が信用しているのだろう? それにジャーナリストと言う職は何かと情報を提供してくれそうだから取り込んだまでだ」

「なるほど、まぁ教授がそう言うなら、何か狙いがあってのことだと思いますし」

「彼女も君もそうだが、巻き込んだ以上は私がちゃんとサポートする」

「はい! 頼らせてもらいます」

「ふっ、君が気張って言うことじゃなかろう」

「はは、確かにそうですね」

「……すまないが、私はこれから明日の準備がある、今日は解散しよう」

「そうですね。俺も今日はゆっくり休みます」


 明人も平刃も表面に出していないだけで、相当疲労が蓄積していた。二人は別れの挨拶を済ませると、その日の会議は終わった。

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