第6話 真紅の一撃

 翌朝、昨晩夕飯も食べず死ぬように寝た明人は空腹で目覚めた。時刻はまだ早朝五時を回ったばかりであった。


「ふあぁ~あ。よく寝た」


 脳と体を目覚めさせるために布団から出ると、大きな欠伸をした後にカーテンを開けた。昨日に引き続き、空には雲が少なかった。心地よい朝日を全身に浴び、明人はゆっくり深呼吸した。

 すっかり目覚めた明人は枕元で充電していたスマートフォンを手に取った。電源を入れると通知が一件来ていた。それは平刃からのメールであった。昨晩送られてきたメールのようで、内容は簡素に書かれており、「今日は研究室に泊まる。明日、なるべく早く大学に来てくれ」とのことだった。

 それを読んだ明人は身支度を済ませ終えると、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出してテーブルに置いた。そして平刃宛てにメールを送ると、テーブルに置いていたスポーツドリンクを飲んだ。

 平刃からはすぐに返信が来た。どうやら平刃はもう起きているらしい。明人はそれを確認すると家を出て大学に向かった。


「流石に静かだな~」


 いつも訪れる時間が正午近くという事もあり、朝のちらほらと登校してくる生徒たちだけでは何か物足りなさを感じる明人であったが、そんな生徒たちに紛れてキャンパス内に入っていくと、本館入り口に平刃が立っていた。


「あ、平刃教授!」

「早起きだな?」

「はい! 昨日帰ってすぐ寝ましたから!」


 ぐぅぅぅぅ。そう言った瞬間、明人の腹が鳴いた。


「夕飯も食べてないってことか。君は腹で会話をするんだな」

「あ、はははは。すいません」


 明人の空腹を満たすため、二人は近くのコンビニで朝食を買ってから研究室に向かうことにした。


「そうだ。これを渡しておこう」


 コンビニに向かう途中、平刃はそう言って白衣のポケットから一枚のカードを出した。


「何ですかこれ?」

「それがあればいちいち受付に行かなくていい」


 受け取ったカードを見てみると、それには「入校許可証」と書かれていた。平刃が勝手に抜き取ったらしい。


「これ、良いんですか?」


 不安そうな顔つきで明人はそう言った。


「大丈夫だ。ちゃんと受付の人に話して、助手、という事にしている」

「あ、あぁ。なるほど。それなら……」


 そう言って明人はカードをポケットにしまった。

 おにぎりやサンドウィッチなどの軽食を買い、二人は今来た道を戻り始めた。その道中、明人は両腕に巻いているバイタルリミッターを見ながら話し始めた。


「俺、戦います。とりあえずあいつを、豊橋さんを倒すまでは……」

「……そうか」

「まだ他にもいると思いますか。変異体」

「……私の口からは何とも言えないな」

「そうですよね……。もし他の変異体が出現して、俺が戦うって言ったら協力してくれますか?」

「勿論。君を巻き込んだのは私だからな」


 会話を終えた二人は静かに微笑した。互いの覚悟を知って安心したのか、それとも共通の友を、戦う仲間を見つけたためなのか。それは二人にしか分かりえないことであった。

 二人は研究室に戻って来るとビニール袋をテーブルに置き、ソファに腰かけた。


「そう言えば、なんで早く来いなんてメールを?」


 今朝メールを見たときに思った疑問を平刃に打ち明けた。


「あぁ、それか。実は君の友人に捕まってしまってね」

「友人?」

「その時が来れば分かる」


 平刃はそう言うと、買ってきた緑茶のペットボトルを開けた。


「教授、その、以前話してた隕石の落下位置って分かりました?」


 明人はそう言うとおにぎりを袋から出し、一口噛みついた。


「なんだ、付いてきてくれるのか?」

「はい、分からずにこの力を使うのも嫌なんで」

「向き合っていくつもりなんだな?」

「守りたいのに守れない。そう思ってる人たちが沢山いると思います。なら俺は、守れるのに守らないなんておかしいと思ったんです」

「よし、今度、柴神山しばかみやまに行こう。恐らくそこに一つ石が落ちているはずだ」

「行きましょう。柴神山。俺はいつでも良いので、連絡待ってます」

「あぁ、ちゃんと連絡するさ。それと、あの女が来る前にこれを渡しておく。バイタルリミッターに補充する麻酔だ」

「あ、ありがとうございます!」


 平刃は麻酔液が入っている小瓶を明人の前に置いた。


「この注射一本で適量補充することが出来る」


 そう言うと小瓶に続いて専用の注射とそのケースを明人の前に置いた。明人はそれを受け取ると、まじまじと注射を見て、針を小瓶に刺して麻酔液を注射に入れた。そしてそれを今度はバイタルリミッターに注ぎ込んだ。


「これで補充は完了ですか?」

「あぁ、それで完了だ。その麻酔も薬品だ。扱いには気を付けろよ?」

「はい!」


 平刃から補充の方法を教わり、明人は両方の補充を終えた。するとその時、壁掛け時計が朝の七時を告げた。


「もうこんな時間か。来るぞ」

「あ、そう言えばさっき、あの女。って言ってましたよね?」

「あぁそうだ。あと少しもしないうちにくるだろう」


 それから少し時間が経ち、七時半前となった。しかし一向に尋ね人は現れなかった。


「教授、なかなか来ませんね?」

「何かあったのかもしれないな」

「テレビ、点けてみますね」


 明人はテーブルに置いてあるリモコンを取り、テレビの電源を入れた。すると朝のニュースがやっており、またしても変異体についての情報が取り上げられていた。


「変異体はここ一週間同じ場所をうろついており、どうやら縄張り意識のようなものを持っていると予想されています。……えぇ、ここで速報です! どうやら変異体が出現したようです。場所は原笠大学前。やはり同じ場所を彷徨っているようです」

「教授!」

「遅れている理由はこれかもしれないな」

「俺、行ってきます」

「私もすぐに行く」


 準備する平刃を置いて明人は走り出した。廊下を抜け、草道を走り、大学の門を抜け、交差点の方を見た。するとそこには一週間前と似たような光景が広がっていた。


「くそ、もう許せねぇ!」


 逃げ回る人々の間を縫って明人は交差点に向かった。一般人が周りにいないことを確認し、明人は両手を構えた。


「バイタルチェンジ!」


 明人は迷わず変異すると、ファイティングポーズを取った。


【グラァァァァ!】


 変異体は昨日より凶暴になっており、前回の戦闘では全くのけ反らなかった明人が少しのけ反った。


「こいつ、強くなってるのか?」


 明人はすぐに体勢を立て直し、変異体に右フックを浴びせた。変異体はそれによって少しよろけたのだが、すぐに明人の方を睨みつけてきた。そして変異体が反撃を開始しようという時であった。


「きゃああああ!」


 明人の背後で悲鳴が聞こえた。


「何だ!?」


 その悲鳴に気を取られた瞬間、変異体の攻撃が明人の横っ腹に入った。


「うぐっ!」


 明らかに変異体の力が増しており、明人は横に倒れた。


「クソ、なんで、強くなって……」


 倒れた明人は丁度悲鳴が聞こえた方向を向いていた。するとそこには恐怖で腰を抜かした朝美と、新たな変異体が歩いていた。


「朝美……? それに新しい変異体、だと!?」


 明人は重い鎧を纏ったまま立ち上がり、朝美を救うために歩き出そうとしたのだが、背後に立つ変異体の攻撃によって再び地面に伏せる。


「ぐっ! クソ! どうすれば」


 ――明人が思い悩んでいたその時、右の胸で波打つもう一つの心臓が激しく高鳴った。


「はぁはぁ、なんだ!? 俺、死ぬのか……?」


 明人は右胸に手を当てて鼓動を確かめる。宿った右胸の生命は脈々と鼓動を続けている。


「大丈夫だ。まだ戦える……」


 まずは先に現れた変異体を倒そうと明人は立ち上がった。

 ――しかしその時、明人を纏う鎧が溶けてしまった。


「な、変異が解けちまった!?」


 そう思ったのも束の間、指先から滴る血が再び明人を纏い直し、またしても変異を遂げた。今度は真っ赤なドライスーツのようなものに身を包まれ、顔はガスマスクに似たようなもので覆われた。先ほど纏っていた鎧より数十倍、いや、数百倍動き易い形態になった。


「あ、新しい変異?」


 明人が体を見回していると、変異体ロージョンが攻撃を仕掛けてきた。


「うわ! 危ね!」


 鎧からスーツ形態になったことで明人の回避性能は段違いになっており、敵の攻撃をいとも容易く回避した。


「これなら朝美のところまで走れるな……。だからお前は寝てろ!」


 明人は軽く二回ジャンプすると、飛び掛かってくる変異体に右ストレートをお見舞いした。すると鎧形態の時では考えられないほど敵が吹っ飛んだ。


「な、なんだ? 力も増してるのか……? じゃなくて、今は朝美を!」


 思わぬ増強に驚きながらも、明人は走って朝美と変異体の間に割って入った。


「臨むところだ! おら!」


 朝美の前に立っていた変異体をぶん殴り、何とか朝美を救うことに成功した。


「立てるか?」


 変異体を一時的に退けることに成功した明人は朝美に手を伸ばした。


「は、はい。ありがとうございます」

「大学の方に逃げて」

「はい。ありがとうございます」


 朝美は何度もお礼を言った後に大学に向かって走っていった。


「よし、逃がさねーぞ! ってあれ、もういなくなってやがる」


 朝美を襲おうとしていた変異体は姿を消しており、明人は近くにまだいないか辺りを見回したのだが、それらしい影は見当たらかった。


【ガラァァァァ!】


 しかし豊橋が変異してしまった変異体はまだ交差点におり、がなり声を上げると明人に向かって走り出した。


「もう……もうあなたに人を殺させはしない!」


 向かってくる変異体に明人は立ち向かった。


「はぁぁぁぁ!」


 明人は大きく空中に飛び、変異体に飛び蹴りをかました。


【ゲガァ!】


 あまり威力が強くなく、変異体はのけ反った程度であった。明人は蹴りの反動を利用して宙返りをして着地すると、蹴りを当てた部分が真っ赤に光りだしたのを視認した。


「あそこ……真っ赤に光って……。やってみるか」


 明人はもう一度走り出し、大きくジャンプした。


「喰らえぇぇえ!」


 狙い通り、見事真っ赤に光る部分に飛び蹴りを命中させると、変異体は大きく背後に吹っ飛び、数秒後、真っ赤な閃光が辺りを包み、変異体は爆散した。


「はぁはぁ、これで……豊橋さんは救われたかな……」


 明人は両手を強く握り締め、誰の目にもつかなさそうな物陰に逃げ込んだ。


「神馬!」


 念のために体外式除細動器を取りに行っていた平刃は大分遅れて現場に到着した。すでに戦闘は終わっており、道路の脇に停まっている車の陰に明人を見つけた。


「大丈夫か? 神馬」

「はい……」

「そうか、無事でよかった」

「教授話したいことがあります。今から研究室に行ってもいいですか?」


 明人は今の戦闘で起きたことを平刃に報告しておこうとそう聞いたのだが、平刃は交差点のずっと向こう側を見て静止していた。


「教授、聞いてますか?」

「あ、あぁ、すまない。なんだ?」

「聞いてほしいことがあるんです。研究室に行ってもいいですか?」

「あぁ、かまわない。行こう。肩を貸す」


 平刃はそう言って明人に肩を貸し、二人は裏門から大学に戻った。

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