第5話 タイムリミット
どうやら変異体に攻撃が通じたようで、噴水まで吹き飛ばされた変異体は中々起き上がってこなかった。
「ま、まさか一撃ノックアウト!?」
明人は両手を交互に見ると、ちょっとした素振りをしてみたりした。
そんなことをしていると、変異体は既に立ち上がって体勢を立て直していた。
「うお、やべっ」
すぐさま拳を構え直し、明人は変異体の攻撃を待った。と言うのも、鎧が重いために激しい行動、特に走るという行為は一番の御法度であった。
そんなことを知らない変異体は何度も何度も強固な鎧に拳を当ててきた。しかし明人にはまったくダメージが通っておらず、攻撃の隙をついて明人は数回反撃を入れた。はずなのだが……。
「はぁはぁ、クソ、食らったのは最初の一撃だけかよ?」
明人の攻撃は的確に敵を捉えているのだが、変異体はピンピンしており、再び明人に向かってくる。
「なんでだ!? こいつめっちゃ元気じゃねぇか!」
体力の限界が近づいており、明人は攻撃する余裕が生まれてもその一歩を踏み出せず、防戦一方となっていた。するとそのとき、遠くで見守っていた平刃が声を上げた。
「タイムリミットだ! 変異が解けるぞ!」
「た、タイムリミット!?」
「後で説明する! 逃げる準備をするんだ!」
尚更体力を残しておく必要が生まれた明人は、最後に一撃、渾身の力を込めて変異体を殴り飛ばした。
「おらぁ!」
すると明人を含めて変異体が二体現れてしまったことにより、命知らずの報道陣が遠くから何とか映像を撮ろうと集まり始めていることに気が付いた。
変異体は立ち上がると、向こうも相当体力を消耗したようで、木々が生い茂る山の方へ逃げていってしまった。
「はぁはぁ、また逃がしちまった」
「早くこっちに来い!」
平刃はそう言いながら手を大きく振っていた。明人はそれに頷いて答えると、重い鎧を纏ったまま平刃の車に戻った。
「はぁはぁ。疲れたぁ~」
車の陰に隠れて座り込むと、それと同時に明人の変異は解けた。
「左胸を触ってみろ」
言われた通り明人が左胸に手を添えると、確かに自分の心臓が動いていることが分かった。
「俺の心臓が動いてる」
「そうだ。麻酔と言っても五分以上戦ったら心臓が回復不可となってしまう。だからタイムリミットは三から四分だ。そこで麻酔が切れるように量を調整している」
「さ、さっすが教授……。はぁはぁ」
「相当へばっているな?」
「そりゃ疲れますよ。あんな重い鎧」
「……今回は無理強いしてしまってすまなかったな」
平刃は真剣な面持ちでそう言った。どうやらアパートで言ったことを引きずっているようであった。明人はそんな平刃に向かって笑顔を向けた。
「良いんですよ。やっぱ俺、誰かを守れるヒーローになりたいですもん!」
ほっと一息をついたのか、はたまた、ふっと鼻で笑ったのか。どちらにせよ平刃は安心した面持ちに戻ると、座り込んでいる明人に手を差し伸べた。明人はその手を借りて立ち上がり、後部座席に乗った。すると直ぐ明人は横になった。
「まぁ、ムリも無いか。扉閉めるぞ」
「はい~。すみません~」
情けない声を出しながら後部座席に明人が収まったことを確認し、平刃は扉を閉めた。そして平刃が運転席に乗り込もうという時だった。
「あの! 以前病院で!」
その声に振り向くと、車両出入口に一人の女性が立っていた。それは平刃も少し面識がある戸木田朝美であった。そしてその後ろからもう一人女性が現れた。
「どうも、以前は神馬君への言伝ありがとう」
「いえいえ、良いんですよ! それより、さっき中継のカメラにあなたが映っていたので、すっ飛んできたんですよ!」
「私が?」
「はい、どこぞの命知らずが変異体の戦闘を独占しようと、どこかに隠れて撮っていたようです」
まずいな。平刃はすぐそう思った。もしそのカメラに明人が変異するシーンがばっちり映ってしまっていたら、明人は今後変異体扱いされ、原笠市内どころか全世界に居場所がなくなってしまう。自分が頼み込んだ以上、神馬明人は絶対に私が守る。確かにそう誓った。バイタルリミッターを完成させた日に。
「そうだったんですか。私も驚きましたよ。研究が煮詰まっていたところ、ふと散歩をしようと思って公園に来たらこの騒ぎですからね」
「あ、その、すみません。災難でしたね……」
「いや、いいんだ。気にすることは無い。それでは、私はこれで」
「あ~、ちょっとちょっと、待ってくださいよ~。中継に映っちゃってたんですよ? まさかこのまま帰すと思いますか~? ジャーナリストですよ?」
「はぁ、参ったな。お車はありますか?」
「はい! 大学まで付いて行っても?」
「……構いませんよ」
「やった! オッケーです!」
朝美はそう言うと、振り返って駐車場の入り口付近にいる女性に向かって、頭の上で大きな輪を作って成功サインを出した。
「彼女は?」
「私の先輩で、『
「えぇ、勿論。っと、そうだ。時間なんですが、研究室が散らかっていますので、少しずらしてもらってもいいですかね?」
「あ~、はい。分かりました。何時ごろなら?」
朝美はそう言いながら慌ただしくメモ帳とペンをハンドバックから取り出した。
「そうですね……」
左手首に巻いている腕時計に目を落とした。時刻は三時前であった。平刃はそれを見て話を続けた。
「じゃあ四時に大学前で。正門で待っていますので」
「ありがとうございます!」
朝美はそう言って頭を深々と下げると、出入り口で待つ牧田のもとへ向かった。
「ふぅ、どうやら気付かれていないようだな」
半分開いていたドアを全開にし、運転席に乗り込むと静かにドアを閉めた。
「着いたぞ。歩けそうか?」
後部座席のドアが開き、明人の目の前に平刃の顔が逆さになって現れた。
「な、なんとか……ってここ」
「あぁ、君の家だ」
「すみません。わざわざ」
「いいんだ。元はと言えば私が勝手に連れ出したのだからな」
明人はゆっくり体を起こした。少し気だるさを感じたが、大分体力が回復したようで車を一人で降りるとアパートの階段に向かった。そして一段目に足をかけたとき、車の向こう側にいる平刃が明人に声をかけた。
「そうだ。両手のバイタルリミッター。今日の戦闘で麻酔が無くなったはずだから、もし興味があったら明日研究室に来い」
「……はい」
明人は少し間を開けて答えた。それと同時に凄い眠気に襲われた明人は、右手を軽く上げて平刃に挨拶すると、階段を上って部屋に戻った。
「さてと、今度は取材か」
呆れたようにそう言うと、車のドアを閉めて大学に向かって車を発進させた。
大学に着くと指定された場所に車を駐車し、平刃はくたびれた研究室に帰ってきた。実験台には色々な部品が転がっており、平刃はそれを見て小さなため息をつくと嫌々掃除を始めるのであった。
……ある程度片づけを終えると平刃はインスタントコーヒーを一杯淹れ、細やかな休憩を取った。その一杯を飲み終えて時計に目をやると、丁度四時になったところであった。
「教授遅いな~」
正門では既に朝美と牧田が待っており、四時を少し回ったところで平刃が悠然と姿を現した。
「すまない。思いのほか時間がかかってしまってな」
「い、いえいえ。良いんですよ」
平刃の態度に朝美は少し腹を立てたが、取材のためだ。と自分の怒りを飲み込んだ。
「それでは案内します」
平刃は二人を連れて受付に行き、許可証を二枚受け取った。そしてそれを二人に渡し、白く美麗な新館を出て、草が生い茂る獣道のような場所を経て、古びれた旧館に二人を招いた。
「土足で結構」
「あ、はい。分かりました」
朝美は愛想よく振舞うが、牧田はただ頷くのみで全く話そうとしない。
「着きました。どうぞ」
軋む木戸を引き開けて、朝美と牧田を先に研究室に招き入れると、そのあとに続いて平刃が入室した。
「インスタントだが勘弁してくれ。それで、私は何をお話すれば?」
インスタントコーヒーを二人の前に並べ、平刃はいつもの一人用ソファに腰かけた。
「まず、変異体についてお聞かせ願います」
「全く物騒ですよね。早くいなくなってほしいですよ」
わざとらしく感じられないよう、平刃はいつもの落ち着いた調子で話した。
「随分と達観していらっしゃるわね」
ここに来てようやく牧田が口を開いた。平刃は嘘が見抜かれた。という驚きより、こいつ話せるのか。という驚きが大きかった。しかしその驚きを表に出すことは無く、背もたれに体を預けてその言葉を受け取った。
「そうですね。確かに、心のどこかでは興味を持っているかもしれません」
「興味……。あ、こないだ取材した
平刃が言った「興味」という単語に反応し、朝美が口を挟んだ。
「戸木田さん?」
うっかり情報を漏らした朝美に対し、牧田は冷笑を浮かべながら一言だけそう言った。
「あ……すみません」
朝美はすぐ頭を下げて謝った。しかし牧田はそれをさらりと流し、研究室を出て行ってしまった。
「取材は終了ってことでいいのかな?」
「あ、えっと、失礼しました……。でもあと一つだけいいですか?」
「えぇ、勿論」
「実は先輩抜きで聞きたいことがあったんです。今日公園で明人と一緒にいましたよね?」
この時平刃はすぐに答えるべきであった。しかし無駄に警戒心を強めてしまったことにより、平刃は返答を考えてしまったのであった。
「今言い訳を考えましたね? 実はさっきわざと他の取材の情報を漏らしたんです。先輩に席を外してもらいたくて」
「一本取られたってわけかな?」
「話してもらえますか?」
「……明日だ。ドアに耳を当てられていたら困るからな」
念のため平刃は小さい声でそう言った。朝美はそれに頷くと、一礼して研究室を出て行った。
「すみません先輩。遅れました」
ドアの向こうからはそんな声が微かにした。どうやら盗み聞きはされていなかったようだ。と平刃はほっとした。しかしそれにしてももう一つ引っかかることが生まれてしまった。それは郷間隆太。という名前であった。
「郷間隆太か……。嫌な名前だ」
平刃は大きなため息を一つつき、鼻根をつまんだ。
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