第3話 変異
平刃はそんな明人を見て動きを止めた。そして人差し指を立てて明人の眼前を右往左往させてみた。すると明人のそれを目で追ったのであった。どうやら意識は完全に戻ったらしい。
平刃はほっとして明人の左胸に手を置いた瞬間変な感覚を覚えた。しかしそれと同時に明人が上半身を起こしてしまい、平刃はすぐにその変な感覚を忘れた。
豊橋で無くなった何かは辺りをキョロキョロと見回すと、明人と平刃の方向を見て、二人がいる方に向かって歩き出した。
「大丈夫か? 奴が来るぞ?」
「は、はい。分かってますよ……」
明人はまだ意識が朦朧としているようで、息を整えながら何度も瞬きをしていた。
「立てるか?」
平刃はそう言いながら明人に肩を貸そうとするが、明人はジェスチャーでそれを断った。
「だ、大丈夫です。すぐ立てますから……。うぐっ!」
断った直後、明人は胸を押さえて倒れこんだ。
「おい、大丈夫じゃないだろ!」
「だ、大丈夫です。それより……俺から、離れててください」
明人が途切れ途切れそう言うので、もしやこいつも突然変異を起こすのではなかろうか。と思った平刃はその場から数歩離れた。
明人は左手で胸を抑えたまま四つん這いになった。そして少し経つと左手も地面に着き、両手を頼りにゆっくりと立ち上がった。
「はぁ……はぁ……」
明人の口から流れ出た血が顎の先端を伝って地面に向かって数滴零れた。地面に向かって落ち始めた血は当然地面に落ちるものかと思われたが、なんと血は空中で静止し、そして静止したかと思うとすぐに明人の顔に向かって戻り始めた。それはまるでビデオテープを逆再生しているようであった。
血は明人の両頬に一滴ずつ付き、その血は波紋のようにどんどんと広がっていき、ついには明人の顔を真っ赤な鉄仮面のようなもので覆い尽くしてしまった。しかし血の進行は顔だけに収まらず、今度は空中で静止していた血が一滴一滴服に付着していった。そしてまた波紋のように血が広がると、それは徐々に硬質化していき、最終的に明人は真っ赤なプレートアーマーに包まれた。その姿はまるで騎士そのものであった。
「な、なんだこれ!?」
「私にも分からん! とにかく今は逃げよう」
「……いや、俺戦います」
「何を言っているんだ! さっき死にかけたんだぞ?」
「でも今はこの防具があります! 警察が来るまで俺が引き留めます!」
明人はそう言うと、変異した豊橋に向かって一歩踏み出した。それと同時にガシャン。と言う重厚感を前面に押し出した音が二人の耳に届いた。明人と平刃はその音を聞いて、明人を纏うアーマーが本物と同等の価値、耐久性を誇るのではないか。と即座に思った。
「教授! これなら行けますよ!」
「あぁ……確かに本物の鎧のようだ……」
「俺、行ってきます」
「馬鹿! それでもまだ……!」
平刃はそれでもまだ鎧の性能を信じ切ったわけでは無かった。明人を止めようと声を上げたのだが、明人は既にもう一歩目を踏み出していた。
「はぁ、今はあいつを助けられることをしよう」
こうなってしまっては明人の助太刀をするしかないと感じた平刃は、明人を信じて武器になるような物を探しに走り出した。
「豊橋さん……」
明人は恐怖と涙を堪えながら前進した。変異した豊橋も明人を狙っているようで、迷わず真っすぐ明人に向かってくる。
【グルアァァァァ!】
変異した豊橋は両手を挙げて飛び掛かってきた。明人はそれを躱そうとするだが甲冑が重くて上手く身動きが取れない。
「クソ、重くて動きづらい……」
その一瞬で明人は躱すことが出来ない。と思い、真っ向から敵の攻撃を受ける覚悟を決めた。
――ガンッ! 敵の攻撃は甲冑によって見事に弾かれた。多少の衝撃はあったものの、明人本体に傷一つ付くことは無かった。
「す、すげぇ。本物の甲冑みたいだ……」
明人は吹っ飛んだ敵を見てから、自分の両手やら胴体やらを見回した。
「神馬明人! これを使え!」
「平刃教授?」
明人は背後からする平刃の声に振り向いた。するとそこには鉄パイプを持った平刃が立っていた。
「受け取れ!」
平刃はそう言うと鉄パイプを明人に向かって投げた。
「う、うわぁ!」
明人はビビりながらもそれを綺麗にキャッチすると、口の中で何かが蠢くような感覚がして、鉄仮面の隙間から何かを吐き出した。
「ぺっ。なんだ今の?」
吐き出したものは自分の血であった。すると血は再び空中で静止し、明人が右手に持っている鉄パイプに向かって飛んだ。
「うわ! 血が!」
明人は鉄パイプを持っている右手を思いっきり自分から離した。それでも血は正確に鉄パイプに付着し、今度は鉄パイプを真っ赤に染め上げていった。
「ぱ、パイプがどんどん赤くなって……」
パイプが真っ赤に染まると同時に、それは微量の光を放ち、次の瞬間には真っ赤な剣に生まれ変わっていた。
「か、かっけぇ……!」
明人はヒーローショーで一度握らせてもらった剣を思い出しながら素振りをしてみた。しかしこれも偽物とは違って相当な重さが備わっていた。
「重っ!」
明人がそんなことをしていると、変異した豊橋は既に立ち上がっており、両手を広げて構えると、明人に向かって走り出した。
「やっべ」
明人は危険を察知して剣を両手で構えた。
【グアァァ!】
変異した豊橋は鋭い爪で攻撃を仕掛けてくる。明人はそれに合わせて剣を構え、何とか敵の攻撃を凌ぐ。
「はぁはぁ、クソ、防具が重い……」
頑丈な守備力を誇ってはいるものの、明人は甲冑の重みに慣れているはずがないので、へばり始めていた。
そんな時であった。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「警察か!」
明人が一瞬気を逸らした瞬間、変異した豊橋の攻撃が明人の左側頭部を捉え、明人は防具の重みでそのまま右に倒れた。
「うおっ。いってー」
明人はすぐに反撃をしようと前を見るが、既に変異した豊橋は逃げ出していた。
「大丈夫か! 神馬明人!」
戦闘が終了し、平刃がすぐに駆け寄ってきた。
「教授……。もう立てません」
明人の体力は限界であった。剣を握る体力も残っておらず、明人の右手から剣が滑り落ちた。すると地面に落ちた剣はもとの鉄パイプの姿に戻り、コロコロと転がった。
「今すぐにでも運んでやりたいのだが、甲冑が重すぎる」
「はぁはぁ、これ、どうやって……」
明人がゆっくりと右手を動かして胴体の防具を触ろうとした時、急に明人の右胸が苦しくなった。
「うっ! う、右胸が……熱い……」
「なに、右胸か?」
明人が苦しみだしたと同時に、明人を纏っていた甲冑がパッと光り砂のように消えた。そして明人は右手を右胸の上に落とした。
「はぁはぁ、あれ……右胸が……動いてる……?」
明人は痛みに耐えながら、今起きている謎の現象に混乱した。明人はゆっくりと左手を動かすと、左胸の上に手を下ろした。
「心臓が……止まって……」
明人はそう言うと間もなく、そのまま気を失ってしまった。
「なんてことだ。これは早く調べなければ!」
パトカーのサイレンはもうすぐそこまで来ていた。しかし平刃は意識を失った明人を抱きかかえて原笠大学内にある旧館に向かって走り出した。
……旧館に運び込まれてしまった明人は、その日一日起き上がることは無く、平刃としても明人が起きるまで独自で出来るだけのことを進めることにした。
「心臓は……戻っているようだな……」
平刃はソファに寝かせた明人の左胸に手を置いてそう言った。続いて右胸の手を置いてみるのだが、右胸から鼓動は感じられない。
「殴られた後。何が起きたというのだ……」
平刃はそう言いながら実験台の前にある丸椅子に腰かけた。するとその瞬間、何かを思いついたようにすぐ立ち上がり、ノートパソコンを起動して静かに作業を始めた。
それから平刃は一睡もすることなくパソコンに向かい、いつの間にか夜が明けていた。
……昨日の騒ぎもあり、大学は休校となった。平刃はそのことに気付くことなく作業をし続けていたようで、朝日が昇ってきたことでようやく時計に目を向けた。
「おや、もうこんな時間か……」
平刃はそう言うと思う存分に伸び、欠伸をした。ちらりと明人を見ると、明人は姿勢も変えずにぐっすりと眠っていた。
「相当疲れたか、ショックだったか」
平刃はそう言いながら一人用のソファに座り、テーブルに置いてあるリモコンを部屋の左隅にあるテレビに向けて電源を点けた。
すると丁度昨日起こった交通事故についてのニュースがやっており、平刃はモーニングコーヒーを飲みながらテレビの画面と音声に集中した。
「昨日原笠市で起きた交通事故の速報です。えー、どうやらただの交通事故では無かったようです。青年が交差点の中央にいきなり飛び出し、そこにトラックが激突したかのように思われましたが、なんと亡くなったのはトラックの運転手。ということです。そしてここからは視聴者が送ってくれた画像、映像をお見せしながら解明していこうと思います」
ニュースキャスターがそう言うと、スタジオの中央にあるモニターには変異した豊橋の姿と明人の姿が映っていた。
「これは何が起きたんでしょうかね……。突如として二体の化け物がトラックの陰から現れたことになりますが、一体トラックの陰で何が行われていたのでしょうか。っとここで中継が繋がりました。では見てみましょう」
「はい、こちら警視庁による記者会見が行われている現場となっております。昨日原笠市に現れた二体の怪物についてお話があるようです」
レポーターがそう言うと、カメラは椅子に座っている初老の男性を捉えた。
「え~、昨日原笠市に現れた二体の怪物、奴らは今後『
その後は激しいフラッシュで画面が鬱陶しくなったので、平刃はリモコンの電源ボタンを押してテレビの電源を切った。
「俺、正しいことをしたんですよね?」
「なんだ、起きていたのか。そうだな、正しいことをしたと私は思うぞ。お前がいなければ他に犠牲者が出ていたかもしれないからな」
「そう……ですよね」
明人はそう言うと黙り込んだ。平刃も珍しく落ち込んでいる明人を前にして、なんて励ますのが良いのか分からずに黙り込んでしまった。
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