inspiration.
笑顔なのに、どうしてあんなに悲しいんだろう。
もしもメルの振りまいた願いの枠組が、シャノにあんな顔をさせたのだとしたら――。
泣き顔より胸を刺す笑顔が、メルの胸の内側にこびりついていつまでも離れてくれない。
願いなんて、無ければよかった。
メルの前では、誰もそんなことは言わなかった。
みんな、自分の苦しみは自分のせいにした。
それでも、メルは今更、胸の違和感の正体に気付き始めていた。
願いの枠組が、確かに誰かを傷付けている。
私が世界中にばらまいた願いが、回りまわって名前も知らない誰かを苦しめている。
そうだとしたら、私のしていることは――。
「ねえ。……どうして、願いは叶わないの?」
メルは鈍い痛みと胸詰まりを吐き出したくて、展望室の隅で排出口を開いたばかりのリゴに問いかける。
「……メル、もしかして地上で何かあったか?」
リゴの質問に答えず、メルは纏まらない考えを手当たり次第にぶつけていく。
「シャノも、みんなも……願いが叶いさえすれば、あんな顔はしないの。……しなかったの、これからもしないの」
「その話は、前にもしただろう」
「あんなの法螺話だわ」
リゴの作り話によるとこうだ。
世界の裏側にはもう一つ、こことそっくりな展望室が浮いている。
そこでも同じように世話係をしていたというリゴによると、そこにはメルと同い年くらいの〈少年〉が住んでいて、メルが願いを「与える」のと同じように、彼は願いを「叶える」仕事をしているのだという。
水晶色のパズルピース。
メルは一度リゴに、「成就質」と呼ばれるものの実物を見せて貰ったことがある。
本来ならば、願いの枠組で植え付けた「願い」を、成就質で「叶えて」あげる仕組みらしいのだがーー。
「本当だとしたら、仕事を放り出すなんて無責任すぎるわ」
なんと、メルの「相方」は、仕事そっちのけでどこかへと消えてしまった、らしい。
「同感だな。それでも、願いを与えるのは、メルしかできない大切な仕事に変わりない」
窘めるように言って、リゴはメルを排出口へ促す。
どこまでも続く夜。満天の星々。メルは瞑目して、複雑な心境の収まらないまま、いつものように願いの歌を歌う。与えられた「仕事」をこなす。やがてメルは両の掌を開く。その上に、無数の輝きがカタリと音を立てて積もっていく。
それは人々に願いを植え付ける、「願いの枠組」。目がくらむほどの光を放っている色鮮やかなフレームたちが、今日はぜんぶ毒物のように見えた。
「願い事を抱えるのって、どんな気持ちなのかしら」
メルは枠組の中からひとつ――サファイア色の輝きを振りまく破片を指でつまみ上げて、リゴの眼前にかざす。
メルが気まぐれに呟いた言葉を、同居人は、意外な形で掬い上げた。
「……メルは、それが知りたいのか?」
「うん」
「なら、自分で食べてみればいいじゃないか」
「……私が?」
小首を傾げたメルに向かって、リゴは含み笑う。
「まさか生みの親にだけ無効、なんてこともないだろう」
明らかに冗談口調の彼に対して、メルは爛々とした瞳を向ける。
「…………名案だわ」
メルは天に向かって大口を開き、そこに願いの枠組を落とした。
メルの瞳と同じ色をした輝きは、彼女の舌の上で溶けて消えた。
傍に立っていたリゴが、呆然と大口を開けていた。
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