pudding.


「マゴプリ、もうひとつください」


澄んだ声色とはミスマッチなメルの要求に、店員さんも、メルの友達一同も、みんながコミカルな苦笑いを浮かべる。


「さすがに4個は食べ過ぎでしょ……」


「というか、マンゴープリンのことマゴプリって略すの、世界中でメルくらいじゃない?」


「マゴプリは……マゴプリだもん」


そんなシュールな抗議が、一層みんなの笑いを誘う。

カフェテラス。メルの正面――丸テーブルの上には、僅かにクリームが付着したお皿が三枚積み上がっている。メルはこの店のマンゴープリンが地上で一番好きだ。甘さ控えめのホイップクリームが上に乗っていて、プリンとの相性は絶品。一口運ぶ度に、思わず頬が緩んでしまう。



昼は地上、夜は天界。それが少女メル・アイヴィーの生活サイクル。



一度メルがリゴと大喧嘩した日も、メルの意思とは裏腹に、いつも間にか零時丁度には展望室へと強制送還されてしまったので、どうもこのサイクルからは逃れられないらしい。



「ていうか、メルっていつも白ワンピ着てるよね。そんなに好きなの?」


「あたしもずっと思ってた! そのチョーカーも、可愛いっちゃ可愛いんだけどさー」


地上の友達――シャノとユリアが、メルの全身を舐めるように見渡してくる。それがなんだかこそばゆくて、メルは自らの銀髪の毛先を指に絡ませながら気を紛らわした。


「その……へん、かな」


メルの場に似合わない沈んだトーンに、二人は笑い堪えつつそれを否定する。


「ぜーんぜん! メルは何着ても似合うもん」


「だからこそ、色々着せ替えてみたかったりもするんだけどなぁー」


と、ユリアが悪戯声で付け足す。


メルは理由もなく、ユリアの言葉を心の中で復唱してみる。

 私を、着せ替えてみたい。それは――。



「それは、願い?」



 大真面目に首をちょこんと傾けて見せるメルの仕草に、二人はとうとう堪えきれず盛大に吹き出してしまう。しばらくの間、歪な形の笑い声がテーブルを埋めた。


「願いじゃなくて、き・ま・ぐ・れ」


「……そう。これは、願いじゃないのね」


「メル、流石に高校生でその天然っぷりはやばいって……」


そこまで続けたところで、シャノの喜々とした口調が急に止まった。同時に、三人の座っているカフェテリアの前を、一人の男の子が通りかかる。

メルと同じ高校の制服姿。身長はすらりと高く、陽だまりのような表情を浮かべている。途中で、彼はメル達の方をちらりと見た。シャノが身体をびくつかせて、わざとらしく目を逸らす。それからも、王子様が遠く見えなくなるまで、シャノは一点病に罹ったみたいに視線で彼を追い続けた。


「……そりゃあー、モテるよなぁー」


遠く目を細めるシャノを見て、メルはちょこんと首を傾げる。


「シャノ、どうしたの?」


「なんたってシャノちゃんは、恋する乙女ですから」


困惑するメルの肩をぽんと叩き、ユリアがにやついた顔で言う。恨めしそうな目をして、シャノが二人に抗議の視線を送る。


「恋、してるのね」


メルが頭の中から最適と思われる言葉を選ぶと、ユリアは「そう!」と愉快げに笑う。


「シャノは憧れの〈王子様〉に振り向いて欲しくて、好きになってもらいたくて、毎日健気にーー」


「人の事情に好き勝手言うな!」


当人のシャノは頬を仄く染めて、ぎこちない手つきでティーカップをソーサーから外す。

そんな慌ただしい恋する乙女の姿をぼんやり見つめながら、メルは再び考える。


振り向いてほしい。自分のことを好きになってほしい。


それは、それこそは――。



「それは、願い?」



メルは真剣な眼差しで、シャノの双眸を見つめる。どこまでも澄んだ青色。まるで内面までも見透かされてしまっているかのような感覚を与えるメルの瞳に圧倒されて、


「……そうだよ。それは、私の願い事」


シャノは、諦めたようにそう零した。

「毎日、私をあったかい気持ちにさせてくれる、素敵なお願い」


眩しそうな表情と、柔らかな声音。それらがメルの心の外側を覆って、なんだか少し誇らしげな気分にさせる。


しかし、浮かれた気分もそう長くは続かなかった。


「……まあ、叶う見込みは少ないんだけど。私、もう一回、だめだったし」


シャノは、何でもないようなトーンでそう続けた。すかさず、ユリアがそんなシャノの左手にそっと自分の掌を重ねる。


「ほんと、よくやるよ」


「……シャノは、願いが叶わなくても、……平気なの?」


メルはどんな言葉をかけてあげればいいのか分からず、代わりにずっと心に抱いていた疑問を口にした。


シャノの胸に着地した願いの枠組が、もしも満たされなかったとして。

叶わなかった願いの先は、どんなふうに続いているんだろう。


メルは訊いてはいけないことを言ってしまったような気がして、申し訳ない気持ちで胸を満たす。裏腹に、シャノはからっと晴れた青空のような清々しい笑顔を浮かべて、メルの気持ちに応えた。



抜けるようなその笑みが、メルにはなんだかとても痛ましく見えた。



「もう、平気だよ。散々泣いたから、もういいの」


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