wish.


半径三メートル程度の居住域、宙吊りになった円形の展望室。


夜空を切り出したようにして存在するそこは、床も壁面も全面硝子色をしていて、天井はなく、土台もなく、またたく星々の間にぼつんと浮いている。


「……今日のぶん」


「やるか?」


「うん」


唯一の同居人兼世話係――リゴに小さく返事して、メル・アイヴィーは絹色の指先で前髪を梳いた。

頭毛の爆発した同居人は寝起きのような表情で伸びをすると、ようやく立ち上がり、〈排出口〉の隠してある方へと歩きだす。メルは胸に両手をかざして、彼の後を追う。



心在る者には等しく願いを。



平板なトーンでリゴが唱える。


瞬間、硝子色の壁に光が走って、壁面には楕円形の空洞ができた。


メルは長い時間瞑目し、波立つ心を落ち着かせる。


理由も、切っ掛けもないけれど、最近、なんだか無性に心が騒ぐ。原因にも心当たりなんてないけれど。……わからない。メルは瞳を閉じて、無理やり頭を空にする。やがて、少しずつ感情は凪いでいく。……今なら、大丈夫。

 

メルは息を吸い、両手をぎゅっと握り合わせ、祈るように歌った。


 

何度も、同じフレーズを口ずさむ。


やがて、メルの握り合わせた両手の中には何かが生まれる。

メルは両の掌を小指が接するように開き、「それ」を受け止めるための小皿をつくる。増殖するそれは、次々と、小さな手に積もってゆく。氷晶のように、塵屑ように。


「もう、十分じゃないか」


「……うん」



掌には、無際限のキラキラが収まっていた。個々は小指の爪ほどの大きさしかなく、星の光をぎゅっと詰め込んだみたいに、幻想的にきらめいている。

それは様々な色と形をして、真ん中に空洞を湛えた、クリスタルカラーの小さな「型」。


人々に十人十色の願いを植え付ける、「願いの枠組」。



「またね」



メルはぽつり呟いて――両手を離す。


願いの枠組は一斉に落下を始めて、眼下の世界を彩り、散り、小さくなり、視界から消えて――やがて、誰かの胸元に着地する。


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