第3話ついに美少女
※すいませんタイトル変えました
合コンも二人乗りも意外と普通でつまらなかった。だから、彼女と付き合うのもエッチなことをするのも退屈で面倒なことなのだと思う。俺は人生において新しい扉を開くたびに後悔と寂しさが積もっていくようで、それならば、今まで行った部屋だけで生きたほうが楽しいのだと思う。しかし、扉を開くこと自体に面白みがあることを否定はしない。だから、がっかりを受け入れつつ、大事なものは残して扉を開けたい。あまり開けすぎると生きることがつらくなるだろう。悲観的過ぎるかもしれないけど、人生は一回しかないのだし、有意義に過ごしたいと思う。
部屋の割り振り的に父親、俺、弟の3人で寝ている。父親だけがベットで寝て、俺と弟が床で寝る。毎朝、俺が起きると父親がいなくなったベットの上に布団を重ねるようにして置く。どうでもいいことだけど、父親は家事を全くしない。父親がこの家で一番偉く、尊い存在であるというのが憲法である。だから毎日の布団セッティングは俺の仕事なのだ。
俺は合コンがあった次の日。いつも通り布団を片付けてから、顔を洗う前にみんなに、おはようを言いに行く。我が家では挨拶は重要視される。もし父親にあいさつをする前にトイレに行こうものなら何をされるかわからない。まあこれはどこの家庭も共通だろう。
リビングに行くと予想外の人物がいた。矢口である。ブサイクで重度のオタク、昨日の合コンでは一言も喋らなかったが、声はきれいな女。学生服に身を包み、長い髪をたなびかせる。彼女は姿勢を正して、父親と何か語らっている。意味が分からない。
罵声をあげようと思ったが、あいさつは何より大事と言われて育ってきたのできちんと挨拶する。矢口はやはりベテランクール系声優のごとく美しい声音でおはようと言った。ついでに父、母、妹とも挨拶を交わす。
「父さん、これはどういうことだ」
「新聞を取りに行ったら彼女がいて、ピンと来たんだ。昨日の話に出てきた女の子に違いないとね。外で待たせるのもよくないと思って家に入れた。それだけだ」
なるほど、わからん。なんで矢口はうちの前にいたんだ? 場所もわからないはずだし、そんなこと一言も言ってなかったし。ていうか朝早いし。
「矢口、どういうことだ」
「ハルキと一緒に登校したいな、と思って」
「…………」
そっぽを向いて流麗な声で言う矢口。萌えキャラみたいなことをするんじゃない。美少女二次元キャラだと可愛いけど、矢口がやると単純に怖い。鳥肌立ってきた。というか下の名前で呼ぶんじゃねぇ。
「お前はアホか。俺はお前のことを好きにならないし、時間の無駄だからさっさと……うおっ!」
急に父親がドロップキックをしてきた。そのキレにかわせずモロに食らう。意味が分からねぇ。
「ハルキ、やぐっちゃんになんてことを言うんだ!」
「やぐっちゃん!?」
「男子たるものすべての女子に優しくしなければならない。罰として今日は朝飯抜きだ。さっさと行け」
「はい! ごめんなさい。矢口、あと10分待ってほしい」
父親に歯向かうという選択肢はない。どんなに理不尽な命令もきちんと従わなければならない。ならないよね?
「う、うん」
矢口はやや驚きながらそう言った。俺はそれに頷き返し、顔を洗いに行く。
「アニキ、弁当もうちょっと待って!」
エプロン姿の妹も、急に俺の出発時間が早まって慌てている。朝飯はもうできているんだろうが、父親には逆らえない。そう決まっている。決まっているよね?
「(おにぎり入れとくから外で食べて)」
そんなことを小声で伝えてくる妹。本当に小学生かお前。父親ほどじゃないけど、妹が嫁に行くことを考えると切なくなる……。というかすでに彼氏とかいるかもだよなぁ。
某ラノベ主人公風に言わせてもらえば、不幸だ。何が悲しくて妹の美味しい朝食を犠牲にして、ブサイクと登校しなければならないのか。言っておくが、お前は整形と豊胸でもしない限り俺とは付き合えないだろう。もしくはエッチなこと担当友達。……クズだな俺。そんなことを思いながら学校へ行く支度をした。
朝食を抜くということは健康を維持するうえでも、学力を向上させるためにも大事なことである。それを阻害した矢口は人類の敵ともいう存在である。つまりは魔王だ。魔王は倒さねばならない。
支度を終えて、一緒に玄関で靴を履く。なんだかちょっと恥ずかしい。それから、エレベーターに乗って、下に降りる。我が家は14階である。いきなり妹が作ってくれたおにぎりを食べるか考えるが、矢口から父親に伝わったらまずいので、学校で隠れて食べようと思う。
「これから、よろしくね」
エレベーターの中で頭を下げる矢口。長い髪がふわりと揺れる。
「なにがだ」
「うふふ」
昨日まで暗かった矢口が妙に明るい。二重人格だろうか。というか、これから毎日家にやって来るのだろうか。そういえば、どうして俺の家が分かったのかと聞くと、松岡の奴が教えたらしい。松岡も俺の家を知らなかったと思うけど、どうしてこうなった。
「なんと、私たち3人で上原くんと付き合うことになりました!」
「……は?」
自転車置き場まで行って、さあ行くかというときに矢口が言った。聞いても脳まで届かなかったので2、3回聞き直す。
「私たちはバイトで忙しいから、なかなかハルキと都合が合わないと思って。シェアすることになったの」
「いやいやいや、シェアって……。というか急になれなれしいというか昨日までの調子はどこ行ったよ?」
「あの二人相手なら私でも美少女だよ! そう思ったら自信でた」
そんなに変わらない気がするけど、確かに今の矢口はギリギリ女子の持つ可愛さのようなものを感じる。何より声がいいと思う。
「どうなるかわからないけど、きっと楽しいよ! よろしくね!」
見たこともないさわやかな笑顔で言う矢口。なんだか付き合ってもないのに別れづらい。いや、待て待て。どうしてそうなった。
矢口から詳しい話を聞く。まとめると、俺は3人とも好きなので(好きではない)、誰かに付き合ってほしいとエントリーしたところ(してない)、それぞれ満更ではなく、3人とも俺の彼女として活動することになったそうだ。
この提案をしたのはやっぱりルピア。ラスボスかよ。俺の証言のねつ造もあいつの仕業に違いない。合コンの時も思ったけど話が急展開過ぎてついていけねぇ。
矢口の話は要領を得なかったので、全貌を理解するまでにかなりの時間が必要だった。途中で異世界ファンタジーの話かと思った。また、自転車で並走しながら話していたが、完全に把握した時には教室で話し込んでいた。矢口がフライングしたため、まだ朝練をしている生徒ぐらいしか来ていない。腹減った。
また、この4Pカップル成立というニュースはすさまじい勢いで拡散されているらしく、逃れるのは難しいと矢口は説明した。だから仕事が早いって。
「わかったよ。俺は3人と付き合う。でも何もしないから勝手にしてくれ」
世間的な評価は死んだし、新しい彼女を手に入れる可能性は消えるがしかたがない。それに、妹との約束は守ったし、俺も幸せになれるだろう。知らんけど。
俺がそういうと矢口はホッとしていた。こんなに長々と説明を求めたのも悪いが、こんなにややこしい事態にぶち込んできた方も悪いと思う。お前のせいで朝食抜きだったんだからな。おにぎりは矢口に念入りに口止めをしてから食べた。
「ハルキの家ってみんな美形だね」
矢口は普段からバイトに精を出し、小遣いがうなるほどあるらしいので缶コーヒーをおごってもらった。ここは矢口のクラスで周りの視線がいたいが、彼女の証言では俺と矢口は恋人同士であり、イチャつくのは当然のことだ。そういえば彼女の話でしか聞いていないのでこれが嘘の可能性もあるが、そうだった場合矢口とだけは付き合おうと思う。俺は新しい扉を開ける決意をしたのだ。
「父がアクション俳優でそこそこ有名らしいよ。母さんもタレントとして活動してたみたいだし」
自分で言うのもなんだけど、濃ゆい感じの男前だと思っている。ハリウッドに出てもおかしくないよ。なのにどうしてこうなった。
「もっと近く」
生徒たちが登校してくる中、矢口のクラスで知らない人の椅子に座っている。二人は向き合うように座っているが、間に机があるためそこまで近くへ寄ることはできない。仕方ないので顔を近づけると美しいささやきが聞こえる。
「やつらが驚いてる」
やつらが誰のことかはわからない。けれど、矢口はとても嬉しそうだ。矢口はさらに調子に乗って手を出すよう催促してくる。俺はしかたなく矢口と手を組む。柔らかい手は異常に熱い気がする。その感触を味わうかのようにとろとろな表情になっている矢口。はっきり言って気持ち悪い。俺の顔はひきつっているはずだ。これが恋なら恋などいらぬ。
辺りを見渡すと確かに殺気を感じる。俺も教室内でカップルがいちゃつき始めたらキレると思う。でも、片方がこんなに嫌な気持ちになっているとは見ている側はわからないだろう。俺はよっぽどやめてくれるように言いたかったが、矢口は手に頬ずりを始める勢いである。おそろしい。昨日会ったばかりの人間にどうしてここまでなつけるのか。
「ちょっと、嫌がってるじゃない!」
整った顔立ち、ショートカットで体操着姿の女の子。中性的でキリリとした目つきで活発そうな印象を受ける。華奢な体つきで胸はやや小さめ。矢口を見た後に見ると感涙するほどの美少女がそこにいた。いや、単に俺の感覚が麻痺しているだけかもしれないが、心の平穏を保つために美少女ということにしておいてほしい。
つづく
ブサイクと付き合うは なし 合戸祐希 @AitoYuuki
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