第21話 封印、解門
暗夜の中、村にいる猫獣人達も森ゴブリンの軍勢もただただ目の前の光景に目を奪われていた。神聖な気を纏った一振りの刀が月明りの代わりに周囲を照らしていた。
「きれい……」
その光景を見ていたケミーが、少し前までの喧騒も忘れて呟いてしまう。そしてそれは、その場にいた他の猫獣人達も口には出さずとも、否、口に出せない程見惚れていた。
京介は目を閉じて、頭の中に流れ込む文言を口にする。
「
空を覆っていた暗雲が次々と動き始め、暗闇に包まれていた大地を月光が優しく照らしていく。
「
暗雲の隙間から差し込む月の光が、京介の掲げる回天に反射しキラリと刃が煌めく。
「
京介の身体も月の下で光を吸うように煌めき始める。
「
燐光を纏った京介は居合の構えを取り――――
「解門、
――――月光が、駆けた。
「ゲ、ガ、ァ?」
見蕩れていた。優しい月明かりのような煌めきに包まれた人間の男。1種神聖さを思わせるような姿に目を奪われていた。
「グ、ル」
そして、見惚れたままゴブリンジェネラルの首が宙に舞った。
その場にいる誰もが京介に目を奪われていた。京介にも、京介の持つ異様な迄に長くなった刀にも見蕩れていた。
「これが、お前の本当の姿なのか……回天。いや、廻天。」
京介の唱えた中にあった回天のもうひとつの名にして、真名。月憧廻天刀という名は、京介の持つ背丈よりも長い刀の姿を現していた。
「月に憧れ天を廻す……儚い月光と言えど、この力は神様から与えられたもの。」
重さを感じさせない所作で、廻天を振るう。ヒュンッと軽い風切り音の後、およそ届きえない森の木が綺麗な切断面を見せながら倒れていく。人智を超えた現象に、京介の背後で動けずにいたゴブリンキングがようやく我に返った。
「ゲギャウ!アガァルギュグ!」
ゴブリンキングが叫ぶ。その形相は怒りに染まり、その身に秘める力を全力で発動する。
ゴブリンキングの持つ、ゴブリン種の王たる力は【王権発令】。傘下のゴブリン種全てを強制的に操作することができ、また全ての配下を大幅に強化することが出来る。最下級の森ゴブリンが1ランクは強くなる計算だ。そうなれば相対的に軍勢の強さが全て1ランク上げることができる。ゴブリン種の強みたる数の力に【王権発令】が加わる事により1国をも倒しうる脅威になる。
「本当なら、猫獣人の村はゴブリンたちによって滅ぼされてたのかもな。」
京介が【身体強化】【心眼】【魔手】を発動しながら、【魔弾】を同時50展開して森を薙ぎ払った。強化された森ゴブリンやホブゴブリンが纏めて倒される。木々は粉々に砕け、ゴブリン達は弾け飛び、大地が抉れる。
明らかに今までの魔弾の威力では無かった。
「この廻天の力は、封印解放時から夜間のみに使える。」
京介が実際に体感し、頭の中に流れ込んできた月憧廻天刀の情報を遺憾無く発揮する。
解放された月憧廻天刀の力は、夜間に限り同時発動数上限と魔力消費を無くすというシンプルかつ比類なき力だった。京介は【鑑定】を使い、月憧廻天刀を見る。
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第零門【
月照回天刀の本来の姿。
普段の月照回天刀よりも二回りほど長くなった。
また夜間に限り、魔力の消費無くスキルを使える。
京介の助けたいという思いによって解門した。
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「真の姿か……確かに、いまのお前とならなんだってできそうだよ。」
そう言って、村の方へ跳躍しゴブリンキングと相対する京介。大きく足を開き、限りなく低い前傾姿勢をして歪な居合の構えをとる。それは未だ実戦使用していない【閃瞬】の発動によるものだった。
「俺は、強くはない。強いのは神様にもらったスキルやこの武器で、俺自体は薄っぺらい普通の人間なんだ。」
誰かに聞いてほしいわけではないが、吐露するように心の内が漏れ出る。
「いままでの人生で、俺が為してきたことなんて大したことない誰でもできることばっかだ。」
スキル発動条件の2秒の溜めを過ぎる。だが、京介もゴブリンキングも動かない。
「そんな俺に、特別な力が突然渡された。俺が特別な訳じゃなくて、ただ運が良かっただけだ。それでも俺には力が与えられたんだよ。」
廻天を握る手と、大きく開いた足に力がこもる。
「俺が助けたいと思ったのは獣人達だった。そう思った俺の前にいた敵がお前たちだった。ただ、それだけで今から俺はお前を殺す。」
もう京介の顔に迷いはない。初めて森ゴブリンを切ったとき、一撃で倒していたことと光となって消えることからゲームをプレイしている感覚だった。だが今日、猫獣人達が行った石の投擲や弓矢による迎撃を見て、京介は初めて魔物をちゃんとした生物であるのだと認識した。京介のように一撃で倒すのでは無く、徐々に徐々にダメージを負わせ倒すことによる流血や苦悶の声や表情、それでもなお前に進もうとする執念を目の当たりにしたことで、京介の中で初めて「倒す」という行為が「殺める」という行為に変化したのだった。そしてそれを乗り越えた先で今、初めて相手の命を奪うという覚悟を持ってゴブリンキングに対峙する。
「お前たちが生きるためにこの村を襲ったのかも分からないが、それでも俺は守ると誓ったんだ。恨んでくれて構わない。許してくれとも思わない。」
京介が廻天を抜き放つ。ゴブリンキングは両手に持っていた大きな骨の大剣を京介の迫る直線状に振り下ろして妨害しようとする。【閃瞬】はその速さを武器とした居合の技だが直線状にしか進むことが出来ないので、ゴブリンキングのその一撃は致命的となる。
京介が剣術しか使えなかった場合の話だが。
グンッッッ!
直線的にゴブリンキングへと進んでいた京介が、振り落とされた大剣に当たる直前左方向に身体ごと移動する。急な移動に追いつけないゴブリンキングは、そのまま【閃瞬】によって左腕を切り落とされてしまった。
「グゥゥオオォォォォォォッ!!!」
痛みと怒りによって叫んだゴブリンキングは【王権発令】を使用して森の中に潜んでいた全てのゴブリンを呼び寄せる。その数は視界に移る木々よりも多く見える。棍棒や骨のナイフを持った森ゴブリンやホブゴブリン達が森から駆け出し、京介へと殺到する。だが、もともとそこまで広くはない村前の広場では全てのゴブリン達が京介へ襲い掛かれるわけではない。
「【魔弾】50連射!ついでだ、【魔手】で薙ぎ払ってやるよ!」
もはや威力を持って飛ぶ壁と化した【魔弾】の50連射によってゴブリン達とその後ろの森の一部が跡形も無く消し飛ぶ。左右の討ち漏らしたゴブリン達は【魔手】によって凄惨なまでに叩き潰されていく。解放された月憧廻天刀の真なる力によって大幅に増幅された【無属性魔術】は辺り一面を均し耕すほどの威力を持っていた。
「さぁ……総力戦と行こうじゃないか。」
「ギャウゥゥゥ!」
ゴブリンの王が率いる軍勢 VS 京介の戦いは始まったばかりである。
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