第20話 現れ出る者達

 真ん中に立っていたホブゴブリンの持っている木の盾が割れる。飛来した斬撃によって思いもよらない衝撃を喰らったホブゴブリンは壊れた盾を捨てて体制を立て直す。だがそれを逃すほど獣人達もバカではない。


「盾を捨てたぞ!集中砲火だ!」


 盾を捨てたホブゴブリンに弓矢と投石が集中する。投石によって体中を打撲し足を取られ、体制が崩れたところに弓矢が襲い掛かりホブゴブリンを矢ダルマへと変える。すると、いくつもの傷と流血により瀕死になったホブゴブリンに目にも止まらない速さで迫るが長い剣で膝をついたホブゴブリンの首を撥ねる。


「あれは……ケミーが連れてきた人間の男か!」


「それじゃあさっき盾が壊れたのはアイツが?」


 獣人達が色めき立つ。いつだって味方を引っ張り、戦場の空気を換えるのは強い者の定めだ。


「なんか危機っぽいからつい出てきちゃったけど……なんて光景だ。」


 首を切り落とした京介が、周囲を軽く見まわしその光景に少し腰が引ける。だがすぐに背筋を伸ばして次の敵に向き合う。村と森の間の少し開けた場所で2体のホブゴブリンと向き合う。倒されたホブゴブリンと同じように大きな棍棒と盾を持っている。盾は粗末な造りで、先ほど見たように飛斬の一撃で壊せる。問題は対格差によるリーチの違いだろうか。京介が回天を持って十分な威力を持たせて振るえるリーチの長さと、ホブゴブリンの腕と棍棒の長さを比較したときに少しではあるがホブゴブリンに軍配が上がるだろう。


「ぐ、ぎゃうるぐぎゅる。」


「が、げうぎゅりぅる。」


 ホブゴブリンが顔を見合わせて何かを話している。京介はその隙を見逃さなかった。


 すでに発動していた【身体強化】による超人的なスピードで京介から見て左側にいたホブゴブリンの懐に飛び込む。その勢いのまま回天を振り抜きホブゴブリンの両腕を切り落とす。回天を振った勢いを利用して空いている左手をもう1体のホブゴブリンに狙いを定めて【魔弾】を放つ。だが、【魔弾】を放たれたホブゴブリンは間一髪のところで盾を【魔弾】と己の身体の間に挟み何とか直接の被弾を防ぐ。しかし、その一撃で盾ごと持っていた左手を弾き飛ばされてしまう。


「「がぁぁぁぁぁぁぁっ!」」


 痛みに顔を歪ませ、その場に蹲る。失った部分から血を流しながら大きく肩で息をするホブゴブリン2体の低くなった頭に【飛斬】と【魔弾】を放ち光の粒子へと変える。


「はぁ……森の中にとんでもない数がいるみたいだ。でも森の中だと回天が上手いこと振るえないしなぁ……何発か【魔弾】を撃ってみるか?」


 京介は左手を森へと向け、3発の【魔弾】を撃つ。すると直ぐに森の中から森ゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。木々に囲まれているとは言え京介の放つ【魔弾】は易々と木を抉り、森ゴブリンを容赦無く貫く。


「ん、またレベルアップしたな。デカイの倒した時もレベルアップしたし、こんだけいればかなりレベルアップ出来るかな?」


 そう言う京介は楽しげに微笑んでおり、心なしか回天を握る手に力が入る。だが、その微笑みは森ゴブリンたちからは悪魔の微笑みにしか見えない。何体かは京介の醸し出す雰囲気とその微笑みから恐怖を感じて後退りをしてしまうがすぐに元の位置まで戻る。


 魔物と言えど知能のある生物にも関わらず、恐怖を無かったことにし体を前へと進めるその異様さは、だった。


「京介さん!なにか大きいのが来ます!」


 京介に置いていかれていたケミーが櫓の上から森を見て叫ぶ。そして、近付いてくる先程のホブゴブリンとは全く違う大きな反応に京介は身構えた。


 ただ、ケミーと京介とで認識が違った。ケミーは巨大な何かが来るということだけを感じたが、京介は巨大なの何かが近付くのを感じるという違いだ。


「なんだありゃ……ほんとにゴブリンかよ。」


 森の中、木々を出てきたのは身の丈が3mはあるであろう2体のゴブリンと、5mは確実にあるであろう巨大なゴブリンの姿だった。


「そんな……逃げてください京介さん!そいつらは!」


 3m級のゴブリンがかなりの速度で京介へと走りながら近付く。その手にはそれぞれ岩で作られた巨大なハンマーと骨で作られた大剣のような武器であり、身体には様々な刺青のような模様と他の動物か魔物かの骨で作られたアクセサリーのような物を身に付けている。2体の大きなゴブリンはそのまま京介目掛け武器を振るう。【身体強化】にものを言わせ大きく跳躍し後方へと避ける京介。そして、避けるときに広場に現れた3体のゴブリンを【鑑定】していた。


「ははっ……なるほどな。これだけの数のゴブリンが動く理由がこいつらってワケだ。」




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森ゴブリンリーダー

位階:D


群れを率いることで成長し進化しリーダーへとなった。

知能の上昇に加え戦闘能力が大幅に向上した。

中規模の群れを率いる。


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森ゴブリンジェネラル

位階:C−


長い年月の中で多量の魔力を蓄積しジェネラルに至った個体。

軍団規模の同族を統率し小さな町程度ならば容易に滅ぼすことができる。

認識している自分よりも下位の同族を強化できる。


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森ゴブリンキング

位階:B−


ゴブリンたちの王として産まれる特殊個体。

数多の同族を率い、王として仲間を導くために最大限強化された個体。

王となった魔物には特殊な力が与えられる。


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 京介が【鑑定】を使って調べた3体のゴブリンたちの内容は凄まじいものとなっていた。他の森の中からこちらを窺っていたゴブリン達が一様に跪き、動きを止めている。今、この場の空気の中心となっているのは間違いなく「ゴブリンキング」だろう。京介も、村の中から見守っていた猫獣人達も目の前のゴブリンから目が離せなかった。


「いけるのか……全力で戦っても勝てるか分からない相手ってのはこんなに怖いのか……」


 回天を握る手が震え、冷や汗が止まらない。目の前にいる3体の強力なゴブリンと戦うことを選択するのが怖かった。【扉移動】のスキルを使えば京介だけならすぐにでもこの場から逃げられる。だが、そうすれば猫獣人の村は恐らくこのゴブリンの軍勢に滅ぼされてしまうだろう。京介の知る物語の中のゴブリンと同じなら、簡単には死ねない。数瞬の合間に、走馬灯のように考えが巡る。だが、それを破ったのは村から見ていたケミーだった。


「京介さん!逃げて!私達は大丈夫です!だから!逃げて!」


 京介はその声に思わず振り向く。【身体強化】で上がった視力で見たケミーの顔には無理やり作られた笑顔と大粒の涙が流れる頬だった。誰もがわかるほどに大丈夫なはずがないことは明らかで、しかし巻き込んでしまったと思うケミーの内心は、京介の行動で覆されることになる。


 【身体強化】と【心眼】、そして【剣術:素戔嗚流】として扱える【縮地】、【無属性魔術】から【魔手】を同時発動。京介のほとんど反射的な行動に一歩遅れたゴブリンリーダーはそのまま、京介の振るった回天によって


「馬鹿か、俺は。」


 小さい頃、消防士になりたかった。きっと消防士じゃなくても良かったけれど、誰かを助けられる強い大人になりたいと思っていた。


「今、ここで。」


 歳をとって現実を見ても、少なくとも後悔しないように生きていこうと思った。


「俺が、やる。」


 いつぶりか、心の底から、誰かを救いたいと思った。


 既に日は落ち、曇天に隠れた月から光は落ちない。暗闇に包まれた場所で、村の中から見ていた猫獣人達は確かに見た。


「お前たちを……ここで殺す。」


 京介の掲げたが暗闇の中で光を放った。

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