第19話 獣の王

「イスカンダルだって……?」


「その通り。彼の王はそう名乗ったと聞いておる。そして、残った獣人達を纏め上げ今は無き他種族国家の『ヴァイフスベルン共和国』に戦争を仕掛けたのじゃ。さらに各国で捕らえられていた奴隷と化した獣人達も次々と解放していき、各地の要所を征服していった。その勇ましき背に獣人達は自ずと付き従い、イスカンダルのことを王と呼んだのじゃ。」


 アレキサンダー王。またの名をイスカンダル王。歴史に疎い京介でさえ知っている王の名を異世界のダンジョンの中で聞くことになろうとは思いもよらなかった。それも遥か昔にこの世界に現れ獣人を率いて各国の要所を征服しながら一つの国に戦争を仕掛ける。偉大な王は、現実の世界に残る逸話から名付けられたの二つ名に相応しい伝説を異世界にも残していた。


「イスカンダル王が側近とした精鋭の獣人達、

 『赫灼の獅子かくしゃくのしし

 『汪屑の鷲人おうせつのわし

 『爛紊の白狐らんびんのびゃっこ

 『累疫の蛇人しきやくのへび』」

 という名の英雄たちがおる。」


 どんな種類の獣人なのかくらいしか分からない京介は、とりあえず聞いたとおりにメモを取る。


「この英雄らは各々が一騎当千の力を持っており、さらにはなる特別な魔法に目覚めておった。」


「固有……魔法?魔術ではなく?」


 京介は自分が持っているスキルの【無属性魔術】を思い出す。そこには明確にと書かれており、魔法ではない。だが、今しがた村長の口からは確かにと言った。


「魔術は素養があれば誰にでも扱える様々な種族が作ったものじゃ。じゃが魔法は違う。魔法とはのことじゃ。そして固有魔法とはさらに一握りの者だけが扱うことの出来る理を超えた力なのじゃ。」


 今の京介には理解の及ばない範疇の領域だったようで京介の頭は混乱してしまう。だがよく見ると村長の隣に座っているケミーもよくわかっていないようで、顎が突き出ながら天井を見つめていた。


「ほほ……まぁ魔法のことは良いじゃろう。さて、イスカンダル王じゃがヴァイフスベルン共和国を攻めた落とした後に各国にある協定を結んだんじゃ。それこそが獣人を救ったひとつの取り決めである『奴隷禁止条約』じゃ。全種族はいかなる事情があろうとも奴隷を持つことも作ることも禁止されたのじゃ。そのおかげもあり今この大陸では奴隷は1人もおらん。」


 そう言って髭の生えた顎を撫でる村長。横に座るケミーは船を漕ぎ始めもうすぐ寝てしまいそうだった。京介はメモを取りながら村長に質問する。


「あの、なんか獣人が今も嫌われているというか、敬遠されているのには関係しているんですか?」


「いや、これに関しては関係はないじゃろう。じゃがイスカンダル王が残したが問題となったのじゃ。」


「残した、言葉?」


 京介は思わず前のめりになってしまう。


「そうじゃ。イスカンダル王が最後に残した言葉こそが獣人達が他種族から嫌われ敬遠される原因。それは……」


「それは……?」


 京介の喉がごくりと鳴る。そして村長が口を開き次の言葉を発そうとしたとき……


「村長!ゴブリンがまた攻めてきやがった!」


 突然家の中に入ってきた男の言葉で唐突に切られるのだった。






―――――――――――――――――――――――






京介が猫獣人の村へ向かい始めた頃。


 猫獣人の村のすぐ近く。山間部の森の中から村を見ている一団がいた。その一団は5体の森ゴブリンからなされており、斥候の役割をしていた。


ぐぎゅるがぁがぎゅ?あれがそうか?


 腕に黒い刺青のようなものが入っている森ゴブリンが仲間に確認をする。この一団をまとめている森ゴブリンで、スカウトとしての役割に慣れているリーダー枠の森ゴブリンだ。


ぎゅあががぁ、ぐぎゅるぎゅがぁあの獣の村、柵が邪魔だ。」


ぐるぎゅがぁがぁ周りを全て囲っている。」


 ゴブリン語とでもいうべきか、特殊な鳴き声でそれぞれが意思疎通をしておりそれなりの知能を有していることが分かる。そして前述した通りこの森ゴブリンたちはあくまでもなのだ。つまり本隊であるとでもいうべき存在が控えているわけだ。


るぎゅぎゅがぁ行くぞがぎゅるるががぁぎぅ戻り王へ報告するのだ。」


 猫獣人の村を一瞥した後に踵を返して森の奥へと姿を消していく森ゴブリンの斥候達。空には迫る不穏な気配を表すように暗雲が空を覆い始めていた。






―――――――――――――――――――――――






 村長の家へ伝令が走り出した後のこと、空は分厚い雲に覆われ傾いてきた日が山の向こうへ消えかけて、村は徐々に暗がりへと変わっていく。


「狙え狙え!森から出てきたところを撃ち殺してやれ!」


 猫獣人の村の中、物見櫓の上や策の手前に設置されている台の上から獣人達が弓を射たり、獣人らしい膂力に物を言わせて拳大の石を投げたりしている。猫獣人はその種族特性から夜目が効き多少の暗がり程度では狙いの制度は落ちない。木々の間から次々と森ゴブリンが出てくるが投石や弓矢によって怪我を負ってその場に倒れたり、当たりどころが悪く即死するゴブリンばかりだ。だが、ひっきりなしに溢れてくるゴブリン達に猫獣人達の顔が引き攣る。


「クソが!なんだってこんなにいやがるんだ奴らは!」


「喋ってねーでさっさと石取ってこい!外に出て矢も石も回収できなかったら今夜にでも弾が尽きちまうぞ?!」


 櫓の上で怒鳴り合う猫獣人の男達。彼らの足元にある石と弓矢は元々あった数から既に半数を切っていた。


「おいおいおい!まで出てきやがったぞ?!」


 地面に転がっている怪我をして動けなくなったゴブリン達を文字通り蹴散らして森の中から大柄なゴブリンが3体現れる。そのゴブリンは見るからに通常の森ゴブリン達とは違い、一回りは大柄で筋骨隆々な出で立ちをしており、より凶悪な顔をしている。現れた3体のホブゴブリンは森の中にいるのであろう他のゴブリン達に何事かを言うと木造の盾を左手に、木からそのまま削り出したかのような棍棒を右手に村の柵へと近付いて行く。


「やれ!やれ!ホブに近付かれたら終わりだぞ!」


 額に汗を滲ませながら櫓は猫獣人の男が伝令をすることも無く叫ぶ。柵の上、高台から石を投げていた他の猫獣人達もその男の叫び声を聞くまでもなくホブゴブリンの姿をその目にしている。こぞって皆が一斉にホブゴブリンに対して攻撃を始める。


「不味いぞ!盾で矢も石も防がれて動きを止められない!」


「どうするんだ?!ホブの攻撃には柵はもたないぞ?!」


 ホブゴブリンの勢いに竦む猫獣人達、他の森ゴブリン達も下卑た笑みを浮かべながら続々と森の中から出てくる。


「終わりだわ……ここも安住の地なんかじゃ無かったんだわ……」


 泣きじゃくる子供を抱き抱える猫獣人の母親は迫る破滅に目を伏せ、走馬灯を馳せる。


 だが、終わりは訪れない。訪れさせない。


!!!」


 曇天の下で、刃の煌めきが軌跡を残した。

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