第13話 探索者としての準備

「まさかのボス部屋は階段の踊り場だった……」


 京介は6階層に続く階段の前で壁に手をつく。5階層の部屋を前に折り返すように階段が存在する。また、4階層から5階層へ続く階段はごつごつとした石造りなのに対して5階層から6階層へと繋がる階段は綺麗に切り揃えられた石畳になっていた。


「はぁ、まぁいいか。神様が作ってるんだし俺が考えたところで意味はないか。そんじゃま6階層にも行って今日は終わるか……」


 京介は綺麗な石畳の階段を降り、徐々に階段内に差し込んでくる光に目が眩む。やがて階段を降りきった京介は、目の前の光景に度肝を抜かれていた。


「洞窟の先にこんな光景があるなんて想像するか……?」


 階段を降りた先、光が差し込んでいたそこはだった。


 すぐ近くを川が流れており、水の流れる音と頬を撫でるそよ風、森独特の緑の匂いにここが夢ではなく現実であることをまざまざと京介へ教えていた。


「神様……いくらダンジョンだからってこれはやりすぎでしょう?」


 京介は近くを流れている川へと近付き、水に触れる。底まで見える透き通った水面に、指先に伝わる冷たい水の感触。ふと、水の流れてくる方向の階段側に視線をやると、そこは大きな山の麓になっており木枠で固められた坑道のようなものがいくつか見受けられた。その中の一つ、京介が出てきた1番下のものが階段に変化しているようだった。


「ここはもうひとつの世界なのか?いままで一本道の洞窟だったってのに、いきなりオープンワールドだなんて……」


 京介はあまりの情報量の多さに頭を搔く。今までの探索とは明らかに違うスケールの階層に、どう攻略していけば良いのか分からなくなってしまっていた。


「とりあえず、ここが山の麓だってんならこの森を抜けるのが先か?山に登るよりも、開けた場所を探す方が簡単そうだしな……」


 京介はとりあえず、今いる山の麓の森を抜けることを優先事項としてこの階層の探索を進めることにした。もし最初に扉をくぐった先がここだったならば、日本のどこか山奥にでも繋がってしまったのかと思うほど自然的な世界の作りで、空を見上げれば青空に雲が漂っている。探索者協会の扉も青空の広がるダンジョンだったが、あそこはまだ非現実感のある場所だったのでダンジョンだと認識できたが、今京介のいる場所は、知らぬ人が見れば森の中にある綺麗な川沿い程度にしか判別できないだろう。


「とりあえず、6階層は踏んだから次からここに飛んでこれるな。ただ見た感じすごく広そうだからどこまで探索したか分かるようにしたいけど……どうすればいいんだ?」


 分かりやすく目印を付けたい京介だが、そんなスキルも道具も持っていない為になんとか現代世界の方のの道具で代用出来ないかと考える。扉近辺なら色付きの布やそれこそ回天で木を切り倒すくらいしか思い浮かばない京介は、今後の課題として頭の片隅に置いておくことにした。


 時計を確認すると、既に22時を回っておりダンジョンに入ってから既に4時間が経っていた。


「おう、もう4時間も経ってるのか……ずいぶん動いて汚れたし6階層の探索のために色々準備もしたいしな。今日はここまでにしとくか……」


 京介は【扉移動】のスキルを発動して自身の部屋へと帰る。久しぶりに帰ってきたように感じる自分の部屋に少し不思議な感覚を覚えたが、京介は頭を振って風呂に入る準備をするのだった。






―――――――――――――――――――――――






[──12月29日 10:00  探索者協会運営のホームセンター]



「え~、とキャンピング用の大きなリュックサックに水筒と登攀用の丈夫なロープ……耐火性のある手袋と関節のプロテクター。あとなにかいいものあるかな?」


 京介は6階層から帰った昨日、6階層攻略用に色々と有用そうな物を買い揃えるために探索者協会内にあるおおきなホームセンターへと足を運んでいた。ここは国運営の元、国内外問わず様々なホームセンター企業の協賛が募り出来たデパートのようなホームセンターである。探索者がダンジョン内外において使用することが念頭に置かれた物が多種多様に用意されていた。


「おお、こんなでかい台車なんかも売ってるのか……確かにドロップ品が多いとリュックくらいじゃ心許ないしなぁ。」


 京介はもともと買おうと思っていたものをカゴに入れて、他に何か使えそうなものがないか物見遊山程度の気持ちでホームセンター内を練り歩いていた。


 ホームセンター内は2階建てで、それぞれジャンルによって分かれて置かれており、キャンピング用品や登山道具に各部位の防具に催涙スプレーなどの防犯グッズも置かれている。さらには木刀やサバイバルナイフ、リカーブボウやコンパウントボウなんかの遠距離で扱える武器もそろえられており、中々見るだけでも楽しい場所だ。


「お、この巾着袋魔石入れるのによさそうだな……あ~、無限に見て回れるのやばいなぁ。」


 京介はホームセンターの中をきょろきょろと見回しながら武器コーナーまで辿り着く。そこには壁にかけてある模造刀や弓の類に見たこともない武器、ガラスケースの中には刃渡りの大きなサバイバルナイフ等が陳列されている。見るだけでワクワクするような場所に京介は浮き足立っていた。


「うわ〜、すごい!木刀とかは俺も持ってたけど模造刀なんて初めてだ!それにこっちの弓はオリンピックとかで見たことあるやつ!確かにこれならモンスターも倒せそうだなぁ〜」


 そんなことを呟きながら陳列されている武器を見ていると、背後から誰かが近付いてくる。


「モンスターと戦ったことがあるの?」


「えっ?!」


 いきなり背後から話しかけられた京介はその内容にも思わずキョドってしまう。振り返ると、そこには綺麗な茶髪を腰の辺りまで伸ばした長身の美人が立っていた。


 女性との交友関係など東雲店長が精々の京介にとっていきなり美人から、さらに聞かれたらまずい内容に質問されてパニックになってしまう。


「あ、いや〜……なんと言いますか、この弓ならどんなモンスターが出てきても倒せそうだなぁ〜なんて……」


 頭を掻きながら、さもとぼけてますよという顔でなんとか誤魔化そうとする京介。それを見た茶髪美人は少しだけ考える様な素振りをしてから再度話しかけてきた。


「この弓はリカーブボウと言って、アーチェリーでも使われる種類の弓。耐久性はあるけれど、弓への負担と射るときの音が大きいから、狩猟のような隠密時には少し不利。」


「え?あ、そうなんですね……」


 茶髪美人は壁に掛けてある弓を触りながら京介へと説明を行う。弓のひとつを手に取り、矢は番えずに弦を引き絞る。その様になっている姿から京介は思わず見とれてしまう。


 パシュッ!


 放たれた弦の反動によってうるさくは無いが、それなりに大きな音が鳴る。茶髪美人の髪が反動によって少し舞い、花のような香りが京介に伝わった。


 「初めては難しいかもしれないけど、扱えて損は無いと思う。まぁ、高いから無理はしない程度にだけど。」


 そう言って弓を壁に掛け直す。長身である彼女は悠々と高い位置にあった場所に弓を片していた。


 「あ、ありがとうございました。凄い綺麗でしたんで思わず見入っちゃって……」


 「ん、大丈夫。それじゃ、私はこれで。」


 そう言って茶髪美人は武器コーナーを後にする。見えなくなるまで京介はその後ろ姿を見送っていたが、途中で質問されたことをちゃんとはぐらかせたのか心配になるのだった。

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