礼司の妹


「うめえ棒、どっちもいける美味しさだな!」

「うん、さすがうめえ棒だね」


 粉々になってしまったうめえ棒の焼き鳥味を食べ終えて感想を言い合っていると、不意に奥の階段から足音が聞こえてきた。


 礼司の母さんだろうか?


 そんな事を思っていたら、足音の主はこちらにやってきた。


「ねえ、お兄ぃ。昼ご飯どこー?」


 どこか気怠そうな声を上げながら出てきたのは、礼司の母さんではない。

 茶色く染めた髪を結い上げている、どこかギャルっぽい雰囲気をしている少女だ。

 服装は黒のタンクトップに短パンと非常にラフで白い肌が眩しいのである、短パンのボタンが外れているので微妙に下着が見えている視線に困る。


「おい、彩華。今は俺だけじゃなく客もいるんだから、こっち出てくるならマシな格好しとけよ」

「はぁ? サングラスにアロハシャツとかダサい服着てるお兄ぃに言われたくないし。というか、客っていってもどうせ小さな子供――」


 そう言ってギャル少女がこちらに視線を向けると固まった。


 うん、七海は子供だろうが、俺は大人だし、男だ。

 できれば、もう少し服装を整えてくれると助かるなぁ。


「お姉ちゃん、誰ー?」

「ちょ、ちょっと待ってね!」


 七海が問いかけると、少女は我に返ったのか、すぐ様反応して奥に引っ込む。

 そして、ドタバタと階段を上がると音などが聞こえ、少しするとまた戻ってきた。


 髪型を整えたのだろうか。結い上げられた髪は真っ直ぐに下ろされており、服装はタンクトップからTシャツになり、その上にカーディガンが羽織られ、短パンは変わっていないもののしっかりとボタンがとめられていた。

 

 さすがは女の子、ちょっと姿を変えるだけであっという間に印象が変わったな。


「ったく、いつも言ってるだろ。休日だろうともうちょっとマシな格好を――なんでもございません」


 礼司が説教をしようとしたみたいだが、少女が一瞬鋭い視線を向けると瞬時に言葉を引っ込めた。これを見るだけで大体の力関係はわかりそうだな。


「もしかして礼司の妹の彩華ちゃんか?」

「はい! お兄ぃ――じゃなくて、クソ兄貴の妹の彩華です!」


 二人の会話から推測して尋ねると、礼司の妹である彩華ちゃんが答えてくれた。


「ええ! 礼司、妹いたの!? 今まで見たことなかったけど!?」

「こいつは贅沢なことに都内の私立高校に通ってるからな。夏休みってことでようやく昨日帰ってきたんだ」


 礼司に妹がいることは知っていたが、ずっと見かけないのはそういう事だったのか。

 てっきり俺や七海が行く時は、避けられて家にいなかったりしてるんじゃないかと思ったので少しだけ安心した。


「それにしても、大きくなったな。俺は礼司の友達の安国忠宏だけど覚えてる?」


 俺と礼司が主につるんでいた頃、妹である彩華ちゃんは七海と同じくらいの年齢か少し下くらいだ。

 何度か遊んであげたことはあったが、子供の頃の出来事だし忘れているかもしれない。


「はい、兄貴とよく一緒にいましたし、私も時々遊んでもらったので覚えています」

「おー、大分前だし、東京に出ていたから忘れられているかと思った」


 大きくなった今でも覚えてくれたようだ。

 七海といい、彩華ちゃんといい、皆記憶力が良くて感動だ。

 しみじみと思っていると、彩華ちゃんが尋ねてくる。


「東京といえば、忠宏さんは今どこに住んでるんですか?」

「あー、もう東京に家はないよ? 仕事辞めて、こっちに帰ってきたから」

「あっ、え? そうだったんですか」


 俺の返答に驚く彩華ちゃん。


 どうやら東京で働いていることを知っていたらしいが、辞めた事までは知らなかったようだ。


「そう、そんな訳で今は従妹の七海と一緒に実家で暮らしてるかな」

「七海だよ! よろしくね!」

「え? あ、うん。よろしく」


 流れで七海を紹介してやると、彩華ちゃんは戸惑いながらも返事をした。


「にしても、帰ってきたばかりの時は、ウジウジしてて仕事辞めたことを言いづらそうにしていたのによぉ」

「うるさいな。余計な事言うなって……」


 せっかくの俺のカッコいい印象が台無しになるだろうが。


 ……でも、あのウジウジして下向きだった俺を前向きにしてくれたのは礼司なんだよなぁ。


 それがわかっていてお礼を言いたい気持ちもあるが、今ここで真っ直ぐにそれを伝えるのは恥ずかしいので言わないでおく。


 礼司のからかいの言葉を受け流していると、七海が彩華ちゃんに近付く。


「ねえねえ、彩華姉ちゃんって呼んでいい?」


 さすがは物怖じしない性格の七海。ギャル的な見た目もあって、取っつきにくそうな雰囲気もある彩華ちゃんとの距離を早速詰めようとしているようだ。


「あ、彩華姉ちゃん?」

「ダメ?」


 困惑する彩華ちゃんをよそに、七海はその無垢さを活かして見上げるように尋ねる。

 

 七海がそんな風に見上げるのは反則だろう。


「ダメじゃないかな。彩華お姉ちゃん……結構いい響きだし」


 毛先で髪の毛をいじりながら呟くように答える彩華ちゃん。

 それを聞いて、七海が嬉しそうに表情を綻ばせる。


「じゃあ、彩華姉ちゃんね! あたしのことは七海って呼んで!」

「うん、わかった。七海だね」


 どこか名前を脳裏に刻むように言う彩華ちゃん。


 その二人の表情はとてもにこやかであり、定晴と時と違っていいスタートを切れそうな予感がした。


「ハハハ、あいつってば周りに年下がいなくてあんな風に言われたことがないだろうしな。妹みたいな七海ちゃんに頼られて嬉しいんだろうぜ」

「まあ、いいじゃないか。同じ女の子同士、仲良くしてくれるといいな」


 なんて微笑ましく思いながら眺めていると、突然開き戸が勢いよく開いた。


「頼もう!」


 室内に響き渡るような叫び声を上げたのは、同じくして友人である時田定晴だ。


「うわっ! 定晴だ!」

「おい、チビ娘。その言い方は著しく僕に不快感を与える。まるでゴキブリを発見した時のような声を上げるのはやめたまえ」


 確かに七海の声のニュアンス的に、そんな感じの事を感じたが細かいことまで気にするんだな。


 定晴は忠告するように言うと、悠然とした足取りで入ってきた。


 なにかやりたいことでもあるのか、その足取りは妙にカッコつけている。

 長い付き合いから定晴がここで何かをやりたいのは察せるし、尊重してあげたいのだが、今は看過できない問題が一つあった。


「「おい、定晴。冷気が逃げるからちゃんと扉を閉めろ」」

「ぐぬっ、ここからがいいところだったのに! わかったよ! 閉めればいいんだろ!」


 俺と礼司が言ってやると、定晴が不満そうにしながら扉をきちんと閉める。

 そして、仕切り直しとばかりに、再び悠然とした足取りで歩いてきた。


「んで、どうした定晴。俺の家に行ったはいいが誰もいなくて寂しいからこっちに来たのか?」

「それとも単純に駄菓子を買いに来たのか定晴?」

「ええい、定晴定晴と連呼するな! 僕がやってくるのにはいちいち理由が必要なのか!?」

「で、なにしに来たの定晴?」


 七海が尋ねると、定晴はよくぞ聞いてくれたとばかりに咳払いする。


「ふふふ、今日はチビ娘。お前に再戦を挑みにやってきたのだ」

「えー? ゲームの?」

「抜かせ! ゲームでは常にお前に勝利しているではないか」


 大人げないことに定晴は、七海が相手でも勿論手加減しないからな。

 というか、こういう弄り合う仲のせいか、七海が相手の時は一番容赦なく嵌め技を使ってくる程だ。

 そんな事を毎回しでかすからか、七海の定晴への好感度はかなり低い。


「じゃあ、再戦ってなに?」

「決まっている。それは手長エビだ!」


 意気込んで言った定晴の台詞を聞いて、俺は納得する。


 定晴は以前、手長エビ釣りで七海と勝負して惨敗していたからな。

 あの時の敗北が定晴的には未だに受け入れがたい出来事のようだ。


「えー、手長エビ釣りならこの間もやったじゃん、定晴はへたっぴだから、どうせあたしが勝つよ?」

「ふっ、誰が釣りだと言った。今回やる勝負はあのような運試しなどではない。網獲りで勝負だ!」

「なにそれ面白そう!」


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