うめえ棒の上品な割り方


「忠宏兄ちゃん、駄菓子がもうなくなっちゃった」


 朝食を食べ終わり、リビングでドラマを見ながらぼんやりとしていると、七海がどこかしょんぼりとしながらやってきた。


「もうなくなったかー……って、まだ朝の十時だぞ? もう駄菓子を食べようとしたのか?」

「だって、おやつはご飯とご飯の間でしょ? だったら、朝ご飯と昼ご飯の間に食べても問題ないよね?」


 確かに一般的におやつの時間と言われるのは十五時。それは十二時と十八時に食べると仮定した間だ。


 そう言われると八時と十二時の間である、十時におやつを食べても問題はないのかもしれない。


「まあ、悪くないけど、あんまり食べ過ぎると太るぞー」

「あたし、食べても太らない体質だから大丈夫!」


 なにその魔法的な体質! たまにいるよな、本当に食べても太らない人。食べれば食べる程肉がつく、この頃な俺としては心底羨ましい。


 これが大人であれば、太るぞなどと戒めることができるが相手は元気真っ盛りな小学生。カロリー、塩分、糖質なんてクソ食らえだろう。


 現に七海は無駄な脂肪がつくことなく、健康的な体型を保っているし。


「ということで、駄菓子買いに礼司の家に行こう!」

「んー、そうだな。俺の駄菓子も減ってきたし、買い足してくるか」


 家にいることが多くなり、礼司や定晴とゲームをしたり、アニメや映画などを観たり、夜更かしをするようになって、お供とする駄菓子の減りが尋常なく速くなったな。


 それが不健康の元だとわかってはいるが、今更手放せないのも事実。

 人を駄目にする菓子。駄菓子とはよく言ったものだな。









 今日もうだるような熱気が外を支配する中、俺と七海は駆け込むように駄菓子屋へと入る。


 すると室内にある冷気が俺達を包み込み、熱気を一気に吹き飛ばしてくれた。

 礼司の駄菓子屋は今日も冷房が効いていて、とても涼しい。

 じんわりとかいていた汗が一気に、乾いていくようだ。


「礼司! 駄菓子買いにきたよー」

「おお、七海ちゃんと忠宏か! いいぜ。今日もうちの売り上げに貢献していけ」


 七海が声をかけると、奥の畳スペースに座っている礼司が陽気な声を上げた。


 それにしても室内でありながらサングラスに、アロハシャツという姿はどうなのだろうか。

 とは思いつつも、それ以外の姿を想像できないでいる自分もいるのも確かだった。


「今日は仕事ないのか?」

「さっき終わらせたところだ。だから、今日はもう何もやらなくていい」


 喜びと開放感を表すように畳の上でゴロゴロと転がる礼司。


「まだ十時過ぎなのに、もう仕事を終えたのか。フリーっていいな」

「おうよ。フリーは最高だぜ。会社に行く必要はないし、八時間以上働く必要もない。やることさえやっとけば、自分の好きなタイミングで切り上げてもいいからな!」

「なんだそれ天国かよ。うちの会社だと八時間以上は当たり前で、その日の仕事が終わっても上司から理不尽に仕事を追加され、それが終わるまで帰れないんだぜ!? 自分がいくら頑張ろうと――ああ、いけない。ブラック会社への愚痴が止まらない」


 漏れ出る愚痴が止まらず、礼司が若干引きかけたタイミングで俺は我に返った。


「お、おお、なんか悪かったな」


 思わず開放感に浸っていた礼司が気を遣ってしまう程。

 さっきの愚痴を漏らす俺は、そんなにヤバかったのだろうか。


「……いや、うちの会社がブラック過ぎたんだ」


 礼司は悪くない。俺の会社がおかし過ぎただけなんだ。

 そんな俺の悲しい空気を吹き飛ばすように、七海の方から明るい声が。


「あっ! うめえ棒の種類が増えてる! やきとりとチョコレートだって!」

「えっ、なにそれ。うめえ棒にそんな味あったっけ?」


 たくさんの種類があるというのは知っていたが、俺の記憶の中にそんな味はない。

 思わず傍にいる駄菓子の店主に尋ねると、礼司はニヤリと笑う。


「ハハハ、最近は七海ちゃんと忠宏がよく買いにきてくれっから、ちょっと種類を増やしてみたんだ」

「おお、ありがとう礼司! 早速、これ買ってみるね!」

「俺も!」


 新しいうめえ棒が気になってしまい、俺は駆け出すようにして七海の傍に向かう。

 そして、陳列されているテーブルを見ると、そこには今まで見たことのない黄色のものと、茶色いうめえ棒が追加されていた。


「本当だ。見たことのない味が追加されてる!」


 うめえ棒は、子供の頃から駄菓子の中でトップを争うくらいに好きなので、新たな味が追加されてこんなにもワクワクする。

 商品としての価値はたった十円だというのに。


「一個ずつ買って半分に分けよう!」

「そうだな。じゃあ、二人で味見だな」


 十円なのでそれぞれ一本ずつ買って味見してもいいのだが、七海が二人で分けて味見しようと提案してくれているのだ。


 その臨場感と共感をわざわざぶち壊してまですることではないな。

 今は同じものを食べる空気感を楽しもう。


「それじゃあ、うめえ棒二本で二十円な」

「へへへ、毎度あり」


 十円玉二枚を礼司に渡して、俺と七海はうめえ棒を手に入れる。


「それじゃあ、半分に割るね」

「おっと、分けるなら食べやすいように割ってやろうか?」


 うめえ棒のチョコレート味を真ん中で割ろうとした七海を見て、礼司が言う。


 ああ、あれか礼司は昔から得意だったもんな。


 俺は知っているが、七海はそのような方法があると知らないのか小首を傾げる。


「え? 別に自分で割れるよ?」

「崩れやすいうめえ棒を綺麗に割る自信があるのかぁ? 俺だったら崩さずにお洒落に割ることができるぜ?」

「お洒落に割るってどうやるの!? やってみて!」


 礼司の売り文句につられて、七海が興味津々に頼む。


「おう、任せろ!」


 七海からうめえ棒を受け取った礼司は、会計用のレジテーブルに移動。


 その上にうめえ棒を置くと、右手を真上に伸ばして、そのままうめえ棒に叩きつけた。


「あああああああああっ! ちょっと何するの礼司! アホっ! チャラメガネ!」


 目の前でうめえ棒を叩き潰されたように思えたのか、七海が怒る。

 七海も駄菓子が大好きだからか、思いっきり暴言が出てしまっていた。


「違う、違う。ただ潰したわけじゃないから怒ってやるな」

「そうだぜそうだぜ。俺はちゃんとしてるのに罵るなんて酷ぇなぁ」

「え? え? だって、礼司がうめえ棒潰して……あたしが間違ってる?」


 どういう事か知ってる俺と礼司が諫めてやると、七海は困惑し出した。

 七海が知らないのでからかっているだけなのだが、反応が良くて面白い。


「まあまあ、落ち着いてみろって。ちゃんとうめえ棒は割れてるから……ほら」


 そう言って礼司がうめえ棒を開けると、そこには綺麗に縦四つに割れてるうめえ棒があった。


「えええええ! すごい! なんかじゃがりーこみたいになってる!」


 スティック状になったうめえ棒を手に取って、驚く七海。


 そう、これが礼司の綺麗な割り方。


 袋に入った状態で上から手で叩くと、このようにして綺麗に四つに割れるのである。


「よーし、それじゃあ食べるか。礼司も一本どうだ」

「おっ、センキュー!」


 全員でスティックを取って、それぞれ口に運ぶ。


「チョコスナックみたいだ!」


 ポリポリと小動物のように食べた七海が、顔を二パッと輝かせながら叫ぶ。


 うん、七海の言う通り、まるでチョコスナックを食べているかのよう。

 しかし、あくまでうめえ棒としてのいい食感は崩さないままに、くどくないチョコレートの味が感じられる。


 ふむ、さすがはうめえ棒。チョコレート味も悪くないな。


「へへへ、どうだ。こうして割ると食べやすいだろ?」

「うん! 齧り付いて食べるのもいいけど、こうやってお上品に食べるもいいかも!」


 七海のなんともいえない表現にクスリと笑ってしまう。


 確かにこうやってスティック状になったものを食べていると、イタリアン的なポテトを食べているような気分になれるかもな。


「よし、じゃあ次はやきとり味だな! こっちも割るぞ?」

「はいはい、あたし割ってみたい!」


 礼司が次のうめえ棒を割ろうとすると、七海が元気よく手を上げる。


「いいけど、七海ちゃんにできるか?」

「できるもん! 手の平で上から軽く叩いてやればいいんだよね?」


 などと言えば、簡単なように聞こえるがこれが結構難しいんだよなぁ。

 真っすぐに絶妙な力加減を与えてやらないと、綺麗に割れてくれないし。下手すれば粉々になってしまうこともある。


 だが、目の前でこのような割り方を見せられれば、やってみたくなるだろう。


「そうだな。じゃあ、やっていいぞ」

「綺麗に割ってくれよ?」

「うん!」


 俺と礼司が促してやると、七海はにっこりと頷く。


 礼司と場所を変わると、やきとり味のうめえ棒と向かい合う。

 そして、右手を軽く上げると、そのまま上部を軽く叩いて――


 ザクザク


「「「…………」」」


 軽く叩いたものとは思えない音が鳴った。


 たとえるなら、うめえ棒を手で押し潰してしまったかのような……。

 七海もそれを感じたのだろう。手で押し付けてからしばらくは微動だにしなかった。


 見かねた礼司がゆっくりとうめえ棒を引き抜いて、ビニールを剥がす。


「……粉々だな」

「……やっちゃった」


 

 うめえ棒の焼き鳥味は、粉々になっても美味しかった。




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