定晴が勝負をしかけてきた!
「ふっ、誰が釣りだと言った。今回やる勝負はあのような運試しなどではない。網獲りで勝負だ!」
「なにそれ面白そう!」
定晴の宣言に先程まで興味を示していなかった七海が、即座に興味を示した。
七海、定晴に乗せられるのが早い、早すぎるぞ。
チョロ過ぎて、従兄としても心配になるレベルだ。
というか、あのように目の前にいる手長エビを釣るだけなのに、運試しとかおかしいのではないだろうか。
まあ、定晴の言う事にいちいち突っ込んでいては話が進まないだろうからひとまずは見守る。
「今度は網で獲るのを競うの?」
「ああ、だが時間帯は夜に行う!」
「夜! ……はいいけど、なんで昼じゃないの?」
定晴の言葉を聞いて、七海が小首を傾げる。
「手長エビは夜行性だから夜になると活発になって巣穴から出てくるんだ。だから、夜になると網で獲りやすくなる」
「え! だったら、夜の方がいいじゃん!」
「ははは、それだと釣る面白みがなくなるだろ?」
「あっ、そうだった! 欲に目がくらんだ……」
俺が笑いながら突っ込むと、七海がしまったとばかりに顔を覆った。
欲に目がくらんだなんてどこから覚えてくるのだろうと思ったが、多分母さんと観た昼ドラだろうな。
子供は思わぬところから言葉を拾ってくるから面白い。
「夜にやる手長エビ獲りか……懐かしいなあ。昼間に中々釣れなかった時に、忠宏とよくやってたな」
「ああ、食べるのに足りない時は、夜にいっぱいとって次の日に食べていた」
懐かしむように言う礼司に言葉を聞いて、こちらも懐かしくなってしまった。思い出の共有というやつだろう。
「母ちゃんの要求する数に満たなかったら帰れないのは辛かったよな」
「いや、さすがにそれはお前だけだし、いっぱい獲れるとかホラ吹くからだ」
さすがに俺の母さんはそこまで鬼でもない。
礼司の母さんも少し厳しくはあるが、礼司が余裕などと大口を叩いていなければそうは言わなかっただろう。
「あれー?」
「兄貴が、次の日のおかずは自分の獲った手長エビだけで十分とか言うから」
妹である彩華ちゃんも覚えていたのだろう。
首を傾げる礼司に突っ込む。
こうして並んでいる姿を見てみると、二人の容姿は昔と変わってはいるが、関係性などは変わっていないように見えた。
それがどこか微笑ましい。
「そんな訳でチビ娘! 今夜、手長エビ獲りで勝負だ!」
「忠宏兄ちゃん、やっていい?」
カッコつけて指を突きつけられた七海は、こちらに振り返って尋ねる。
「うーん、夜は危ないけど俺も付いてるし大丈夫かな。でも、念のため母さんから許可を貰えたらな」
「うん、わかった!」
あそこの川はそこまで深くないし、水の流れが速いわけでもない。
俺が突きっきりで傍にいてやれば大丈夫だし、母さんも反対はしないだろう。
とはいえ、社会人と基本としてのホウレンソウは大事だからな。
まあ、実際にはきちんとホウレンソウをしても怒り出す理不尽な上司もいるのだが。
「俺も行くぜ! また手長エビが食いてえからな!」
俺と七海がとりあえず参加することを了承すると、礼司も手を挙げた。
わかる。前回釣った手長エビは十分な数があった方だが、それでも美味し過ぎて足りなかった程だからな。
「彩華はどうするんだ? お前も一緒にエビ獲るか?」
「えー? 夜の川とか怖いし、足濡れる――」
「一緒に行こう! あたし、彩華姉ちゃんと一緒に遊びたい!」
「あ……うん、わかった。行く」
礼司の言葉に難色を示していた彩華ちゃんであるが、七海が上目遣いで頼むとすぐに頷いた。
あんな風に七海に頼まれると、反射的に頷いてしまうよな。それくらい七海の上目遣いでのお願いと言葉には破壊力があるのだ。
「ブハハ、チョロ過ぎだろお前。どんだけ年下に慣れてねえんだ――いっでぇっ!?」
それを見て隣で笑っていた礼司の脛を、彩華ちゃんが蹴りつけた。
相変わらず木倉家の兄妹は仲がいいな。
◆
夜に手長エビを獲ることに全員が参加することになったが、七海に関しては保護者である母さんの許可が必要。
ということで、俺と七海はひとまず家に戻って母さんに伺いを立てることにした。
「おばさん! 夜に出かけてもいい?」
「ええ? 出かけるって夜に?」
リビングでの七海の言葉に、テーブルを拭いていた母さんが思わず驚きの声を上げた。
それもそうだ。七海のような小さな女の子が、夜に出かけたいなどと言えば、驚くのも当然だろう。
母さんは少し面食らうと、布巾を置いて向き直る。
「……夜に出かけて何するの? 危ないわよ?」
「皆で手長エビを獲りに行くの! 今度は釣るんじゃなくて網で!」
心配を露わにしていた母さんであるが、屈託なく答える七海の言葉に安心と納得を得たようだ。
でも、おかしいな。俺が子供の頃に、夜に手長エビを獲りに行くって言ったら、心配よりも先に「何匹くらい獲ってこれるの?」と尋ねられた気がする。
それにもっと会話もぞんざいだったような。
まあ、可愛い従妹とただの息子が相手だとそうなるか……。
思う所はなくもないが、気持ちはわかるので気持ちは奥に追いやることにした。
「定晴が七海にリベンジを挑んできたんだ」
「ああ、なるほど。この間の釣りで七海ちゃんにボロボロにされちゃったもんね」
七海の言葉を補足してやると、母さんがクスリと笑う。
手長エビを釣った日、七海はどれだけ自分が釣れて、定晴がいかに釣れなかったか語っていたからな。母さんの記憶にも鮮明にあるようだ。
「だから、行ってきていい? 忠宏兄ちゃんと礼司と彩華姉ちゃんもいるよ!」
「それだけ皆がいれば安心ね。場所は鉄橋の下よね?」
「ああ、そこだから深さも流れも問題ないよ」
母さんが確かめるようにこちらに尋ねてきたので、懸念点を払拭するように答える。
「そう、ならばいいわ。楽しんでらっしゃい」
「やったー! じゃあ、定晴たちに伝えてくるね!」
母さんがにこやかに許可を出すと、七海はよほど嬉しかったのかあっという間にリビングから出ていってしまった。
窓から外を見ると、靴を履いて走っていく七海の後ろ姿が見える。
「あはは、スマホがあるのにな」
「よっぽど嬉しかったのでしょうね」
最近の子供ならばスマホでメッセージを飛ばして終わりのところだが、七海は自分で伝えにいきたかったらしい。
そういうスマホに頼らず自らの身体が先に反応してしまうのは元気さの現れだろうな。
でも、そうやって走って尋ねに行く姿が昔の自分と少し重なる。
スマホを持っていなかった子供の時は、ああやって礼司の家に直接訪ねたりしていたものだ。
勿論、家に家庭用の電話こそ置いていたが、自分達以外の家族が出てしまった時に緊張しながら取り次いでもらうのが嫌だったからな。
ああやって直接駄菓子屋に入って、礼司の名前を呼びつける方が楽だった。
それに友達の家によっては、綺麗な年上のお姉さんがいるところもあったので、昔は割とこういう手段が主流だったような気がするな。
まあ、礼司の家には綺麗なお姉さんはいなかったが、礼司の母さんがたまにアイスをくれたりするので好きだったな。
なんて昔のことを思い出しながら外の景色を眺めていると、母さんがポンと肩に手を置いてきた。
「七海ちゃんに付いていかないのなら、ちょうどいいわ。ちょっと掃除を手伝ってちょうだい」
「……あ、はい」
ボンヤリと七海を見送ってしまった手前、今更七海に付いて行くとは言えず、俺は素直に家の掃除を手伝うのであった。
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