服を選ぶ


「ふう、涼しい……」


 駐車場に停めてある車に、自分の漫画を積み込んだ俺と七海は、再びモールに戻る。

 すると、モール内に漂う冷気が「お帰り」とでも言うように出迎えてくれた。

 外が暑かった分、戻ってくるとなおさらこちらが心地よく感じてしまうな。


ああ、優しく全身を包んでくれるこの感じ……これが母性というやつか。

 

 なんてアホなことを考えていると、ポケットに入れているスマホが振動した。

 恐らく母さんからのメールだろう。扇風機や電子レンジに、どのような要望があったのか教えてくれると言っていたし。

 これからちょうど買い物に向かおうとしていたので、ナイスタイミングだ。

 スマホを開くと、そこにはいくつかの扇風機や電子レンジの画像がいくつか添付されてあった。


『ここに貼ってある中から買えば問題ないわ』


 詳しく文面を読むと、この中にあるものを選んでくれれば間違いないと書いてある。

 どうやら母さんがきちんと田中さんと樋口さんからヒアリングをして、それに合う条件のものをリストアップしてくれたようだ。

 

 なるほど、この中からあるものであれば問ないと。


 田中さんや樋口さんも了承しているとのことで、ここから買った物に後に不服があっても怒られることはないようだ。


「よし。それじゃあ、家電を買いに――」


 行こうと七海に告げようとしたところで、再び母さんからのメール。


 今度はなんだ?


『ついでに、七海ちゃんの服も買ってあげてちょうだい。母さん的には、もうちょっと種類が欲しいところよ』


 文面を確認すると、七海の服を買ってあげろとのことだった。

 母さん的にって、……まあ、娘みたいな七海がやってきて嬉しいのだろうな。

 可愛いお年頃であるし、いっぱいお洒落させてあげたいのだろう。


「どうしたの? 扇風機とか買いに行かないの?」

「その前に、せっかくモールにきたんだし服とか見ていかないか? 七海も買いたい服とかあるだろ?」

「服? 服ならあたし十分にあるよ?」


 女の子といえば、服屋と言えば飛びついてくるイメージであったが、七海はそうでもないらしい。

 遠慮しているのか、それほど興味がないのか反応が微妙だ。


「でも、新しい服とかも発売してるだろうし、ちょっとくらい見ておこう」

「う、うん」


 七海はあまり乗り気ではないけど、少し強引気味に提案して移動。

 まあ、七海が本当に興味ないのであれば適当にぶらついて引き上げればいいさ。何も無理して買うことはないだろうし。


 フロアの中を見て回ると、大人っぽいカジュアルなお店や、ファンキーなものを売りにしたところ、ブランドもの、ロリータ風の派手なもの……服といってもたくさんの種類がある。

 

 七海の様子を確認しながら見て回っていると、七海が興味深そうに視線を向けている店があった。


 そこでは男女の服が売っており、七海のようなお年頃の子供と母親も何人かいる。

 お洒落ながらもそれほど敷居の高くない店のよう。俺と七海の二人でも気軽に入っていける雰囲気の店だ。

 チラッと並べられている服や、服一式を纏っているマネキンを見てもセンスは悪くないように感じる。


「あそこなんか良さそうだな。入ってみるか」


 俺が提案してみると、七海はこくりと頷いて歩き出す。

 よかった。一応、服自体には興味はあるようだ。

 七海と一緒に並んで俺は、店の中に入っていく。


「先に女の子向けのところ見てみるか?」

「え、いや、忠宏兄ちゃんが先でいい!」


 俺がそう尋ねると、七海は少したじろぎながらも返事した。


「おう、わかった」


 俺が歩き出すと、七海がおっかなビックリとした様子で付いてくる。

 

 いつも元気でハキハキとした七海にしては様子が変だな。

 まるで慣れないお店に入ってしまったかのような雰囲気を感じる。

 母親である沙苗さんとは、一緒に服を買いにくることとかあまりなかったのだろうか?


 不思議に思いながらも、とりあえず俺は自分の服を見てみることにした。

 社会人になってから出かける外に回数も減ったし、デートをする相手もいなかったので着飾ることは少なかったからな。

 荷物を纏めた時に、自分の私服の少なさを見て驚いたものだ。

 別に今の実家に住んでいても家にいることが多いし、遊ぶとしても礼司や定晴相手が多いので着飾る必要性は皆無だが、毎日同じ服ばかり着ているダサい奴と思われるのも癪だな。

 

 それに前みたいに海藤さんとか来るかもしれないし、俺も数着くらい買っておくか。


 俺は服を買う方向に意識を向けて、陳列している服を見に行く。


 カッコいいものカッコいいものと思いながら見てはいたものの、気が付けば割引されているセール品のところに着てしまっていた。


 くっ、三十パーセント引きという魅力的な数字に釣られてしまった。でも、この店はセール品でもかなりお洒落だ。


 それでいながら半袖長袖を三つで二千五百円か。これは買っておくべきなのではないだろうか。


 三つ選ぶことを半ば使命感のように感じながら、俺は陳列されたTシャツや長袖シャツを見ていく。

 その中で自分が気に入ったと思えるものをいくつか発見。


 夏らしい清涼感の感じさせる南国風のシャツと、白のボーダーシャツ、色違いの紺色のボーダーシャツ。これらが自分に似合うのではないだろうか。

 どうせなら傍にいる七海に聞いてみよう。

 せっかく二人で買い物をしているのだ。もう一人に尋ねるのも醍醐味。


「七海、この中だとどれが合うと思う?」

「え、あたし男の人の服とかあんまりわかんないよ?」


 服を見せながら尋ねると、七海は少し驚きながら答える。


「わかんなくてもいいよ。七海が俺に似合うと思ったものを教えてくれればいいから」

「うーん……」


 すると、七海は服と俺を交互に見て唸り声を上げる。

 そんなに微妙なのか? もしかして、絶望的に似合ってなくて言いづらいとかなのだろうか。

 ……ちょっと心配になってきたぞ俺。


「男の人の服はあんまりわかんないけど、これがいいかな?」


 七海が指さしたのは白のボーダーシャツだ。どうやら七海的にこれが一番俺に似合うらしい。


「ほう、どうしてこれなんだ?」

「なんか海のやつはチャラくて礼司っぽい。紺色の方は暗くてなんかやだ」


 あはは、南国風のやつはチャラくて、紺色のやつはなんか嫌だときたか。

実にフィーリングっぽい感じがする。

 子供の直感は鋭いっていうし、七海がいいといったものを買う事にしよう。


 そんな風にいくつかをピックアップして選んでもらうこと三回。

 俺はTシャツを二枚と長袖を一枚選ぶことができ、それに合うような秋物の羽織ものを二枚ほど買った。


「俺はこれくらいかな。次は七海の服を見てみようか」

「う、うん」



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