読書感想文
パンケーキを食べ終わった俺達は、モール内をブラブラとうろつく。
モール内は一階から四階まであり、そこには様々な店が入っている。
有名なファッションブランドや雑貨屋、眼鏡屋、百均、ゲームセンターなどと多岐に渡る。
その中で俺の記憶と変わらないものといえば、母さんの言う通りエオンとフードコート、トレザラスくらいのものだった。
やはり五年も年月が経つと大分変わってしまうんだなぁ。
感慨深く思っていると、目の前に大きな書店が見えた。
おっ、本屋さんだ。これだけ大きい規模であれば漫画もたくさんあるだろう。
「ちょっと買いたい漫画があるから寄っていいか?」
「うん! あたしも買いたい本ある!」
「お、どんな漫画だ?」
「漫画じゃないよー」
俺がそう尋ねると、七海はどこか澄ました表情で顔を横に振った。
七海も俺の部屋で結構漫画を読んでいるから、てっきりそうだと思ったのだが違うだと?
「え、じゃあ、小説とか?」
「そう!」
「……急にどうしたんだ?」
このぐらいの年頃の少女が、急に小説に興味を持つなんて理由があるに違いない。
七海は元から小説を読んでいたわけでもないのでなおさらだ。
俺が怪しみながら尋ねると、七海は自慢するように胸を張って、
「ふっふっふ、あたしは忠宏兄ちゃんや定晴みたいに子供じゃないから、漫画は卒業して大人の小説を読むの!」
「へー、じゃあ、七海の大好きな『マジカルパワードまなみん』は買わなくていいな。ちょうど今日発売だから買ってあげようと思ったけど……七海は漫画を卒業したもんなぁ」
「わあああああっ! うそ、うそだよー! 夏休みの宿題で読書感想文があるからだよ!」
俺がそのように言うと、七海が泣きそうな顔で慌てて弁明した。
どうやら七海はまだまだ漫画を卒業することはできないようだ。
ちなみに俺は永遠にできる気がしない。
「なんだ、読書感想文か……」
七海の口から理由を聞いて納得する。
七海は、母親である沙苗さんの長期海外出張の影響でこちらに長期滞在することが決まっている。
今は夏休みなので授業はないが、夏が明けるとうちの村にある小さな学校に通う事になっているのだ。
生徒の数は六人。ちなみにこれは小学校から中学までの学年を合わせた数字だ。
ここに七海が入って七人。如何に我々の地域が田舎かわかる。
俺の年代の時は、もう少し数が多かったのだが、少子化や過疎化の影響だろうな。
「転校したんだし、夏休みの宿題なんて免除してくれたらいいのにー」
七海はうちの学校から既に夏休みの宿題を受け取っている。
転校したからといって、夏休みの宿題が免除になる訳ではないようだ。世の中上手くいかないものだな。
「にしても、小説なら家にあると思うけど、それじゃダメなのか?」
「家にあるのは難しくてわかんない」
それもそうか。俺の家にあるのはほとんど父さんが買った時代劇とかの小説だし、俺がたまに買うやつも結構難しい漢字とか入ってるのが多いしな。
唯一読みやすい小説といえば、定晴がオススメしてくれたライトノベルであるが、それを読書感想文として読ませるのは気が引けるな。
いや、ライトノベルが悪いってわけじゃないけど。
まともに使える小説が家になくて申し訳なく感じる。
「そっか。じゃあ、読みやすそうな興味のあるやつ選んでこい」
「うん!」
俺がそう言うと、七海は書店に入って小説コーナーに移動する。
俺はといえば、当初の目的通りに漫画だ。
奥に進んでいくと漫画コーナーという看板が見えたのでそこに入る。
すると、そこにはズラリと漫画が並べられていた。さすがに規模の大きい書店だけあってか、品揃えは豊富なようだ。
これなら俺が求めていた少年漫画の最新刊も期待できる。
ワクワクとしながら少年漫画のスペースへ。
そこに行くと、今朝俺が読み終わった漫画の続きが置いてあった。
続きがきちんとあるということに心の中でガッツポーズをする。
俺が社会人になって読んでいなかった四年間で、作者は十八冊のもの単行本を刊行していたようだ。最新刊もネットのように売り切れてはいない。
一気にそれを抜き取りたいが、さすがに手で運ぶのは難しいな。
俺みたいな大人買いをするお客への配慮だろうか。ちょうど近くにはカゴがあったので、そこに十八冊を入れた。
よし、これで本日の大きな目的は達成だな。
後は他にも気になっていた漫画を入れたり、新しく発売した漫画を入れたり、七海が愛読している『マジカルパワードまなみん』の最新刊もカゴに入れてやる。
すると、そのタイミングでちょうど七海がやってきた。
手に本を抱えていることから、本を選び終わったらしい。
「忠宏兄ちゃん、ちゃんと『マジカルパワードまなみん』入れた?」
「入れた入れた。ほら、ここに」
「まなみんの最新刊だ! ……にしても、忠宏兄ちゃん、漫画多いね? 大丈夫?」
七海が思わずそんな心配をしてしまうのも仕方がない。今日は田中さんや樋口さんのお使いの品もあるせいで、車で来ているとはいえ油断できない状況だ。
なのに、目の前にあるカゴには、三十冊以上の漫画がある。
「大丈夫、これは意地でも積み込むから」
「おー」
いざとなったら、足元に置いてでも持って帰る。
それくらいの覚悟は持っているつもりだ。
俺の心意気に当てられてか七海が感嘆の声を漏らす。
「七海は読書感想文なににしたんだ?」
「これだよ!」
七海が差し出したのは小さな文庫本で『働くということ』。
……なんだか、俺の影響を受けていないだろうか。ちょっと心配になったけど、働くことについて興味が出たり、知りたいと思ったのであればそれでいいだろう。
詳しく突っ込むと地雷になりそうなので、適当に感嘆の声を上げてレジに向かうことにした。
◆
「ありがとうございましたー」
大量の漫画を手にした俺は、書店を出る。
三十冊以上もあるせいか、さすがに袋も重い。
「あたしも持とうか?」
「いや、大丈夫だ」
自分の好きな漫画をたくさん買いまくって重くなったから、従妹に持たせる大人とかカッコ悪過ぎる。
ここは責任を持って、俺が一人で持つべきだろう。
とはいえ、このままこれを持ったままうろつくのは無理そうだ。
「……とりあえず、一旦駐車場に戻っていいか?」
「うん、重いしね」
という訳で俺と七海は、一旦駐車場目がけて歩く。
どちらにせよカッコ悪いことになっている気がした。
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