子供は素直が一番
俺の買い物は済んだので、今度は七海の服がある女性ものの方へ。
こちらに来ると当然のように男性用の服はない。よって、客も女性ばかりで、男性がいても家族連れのような人ばかり。
まあ、俺と七海ほどの年齢差があれば、父親と娘でも違和感はないはずなので浮くことはないだろう。というか、ないはずだと内心では焦りながらも、表面上はそれをおくびにも出さずに歩いていく。
とりあえず、俺は女性の子供服に詳しいわけはないので、何も口を出すことはなく七海の興味が向くままについていく。
しかし、七海はさっきから右往左往というか。あっちにいったり、こっちにいったりを繰り返している。
やはり店に入って服を探すのは不慣れなようだ。
俺が助け舟を出そうかと思ったタイミングで、若い店員のお姉さんがやってくる。
「いらっしゃいませー、何かお探しでしょうか?」
「え、えっと……」
店員に尋ねられた七海は、口ごもりながらこちらに助けを求めるような視線を向けてくる。
いつもとはまったく違う七海の反応をからかってやりたくもなったが、さすがにそれは大人げないのでやめておく。
「すいません、この子に合いそうな服はどこにありますか?」
「はい、子供用の服であれば、こちらになります」
そう言って女性に案内されて奥に進むと、七海くらいの年齢の子が好みそうな服が置かれてあった。
「ありがとうございます。また何かあればお尋ねします」
などと言うと、案内してくれた店員は笑顔を浮かべて去っていった。先にこう言っておけば自分で選びたいことを察してくれる。
本当は女の子の服についてよくわかる女性店員に選んでほしい気持ちもあったが、先程から俺の後ろにいる七海が緊張しまくりだったからな。
「ここら辺だって。ちょっと見てみるか」
「う、うん!」
店員がいなくなったからだろうか。七海の表情から緊張が抜けていく。
店員に悪気はないのは知っているけど、経験値が少ないと妙にプレッシャーに感じてしまうから不思議なものだ。
とりあえずは七海の傍に立って、服を眺めてみる。
一人だと女性ものの売り場にはまずこないので、こうして眺めていると男性ものとの違いをしみじみと感じるな。
やはり、女性の方が色々と服が充実していて、見ていて華やかだな。
男性の服というのは、どうしても型が決まっていて似たような種類ばかりになる気がする。
女性が、服を買ってお洒落をするのが好きな生き物だというのは認識していたが、これ程たくさんの種類の服があると好きになるのも納得だな。
などと俺が思っていると、七海がおっかなびっくり畳んであるシャツを手に取る。
しかし、畳んであるシャツを崩れるのを恐れてか、しっかりと見れていない気がする。
「服なら俺が畳むから好きに広げて見なよ」
「わ、わかった」
とはいっても、本当はまた店員が畳み直すのであるが、そう言っても七海は緊張してしまうだけだろう。
とりあえず、形だけでもそれらしく見えるように、七海が広げていった服を畳んでいく。
最初こそ反応は微妙だった七海であるが、服を見たりすることは嫌いではないようだ。
今も隣で楽しそうに七海は服を見ている。
「気に入ったのあったか?」
「う、うん。いくつか……」
「じゃあ、せっかくだし試着してこい。着るだけなら無料だ」
「え、ええ?」
俺は七海が気に入った服を持たせると、背中を押して試着ルームの方へ。
試着ルームの傍では店員が控えているので、そこまで連れていけば慣れていない七海は緊張して試着せざるを得ない。
俺のその目論見通り、七海は店員に促されるままに服を持って試着ルームに入った。
ふっ、後は七海が着た中からいいのを強引に買えばミッションはクリアだな。
そう思って離れようとすると、店員がやってきて。
「あっ、親御さんはこちらでお待ちください」
「あ、はい」
あ、そうですよね。そう見られているんだし、離れるのも変ですよね。
試着室の近くにある椅子に座って、ただ七海が着替え終わるのを待つ。
「ママ、これキツいー」
「だから、言ったでしょ。もう一つ大きいサイズがいいって」
「じゃあ、それ取ってきてー」
「しょうがないわねー」
とはいっても、ここに座る俺もキツいな。
女性の子供服売り場側の試着ルームなので、当然客は子供連れの家族だ。
男性側の試着室ではあり得ないような姦しさというのがある。
隣の椅子に座っている父親らしき人は、どこか死んだような目を浮かべながらボーっとしていた。
きっと何時間も付き合っているのだろうな。父親お疲れ様です。
「忠宏兄ちゃん」
ボーっとして待つことしばらく、試着室のカーテンから七海が顔だけを出して呼んだ。
「お、どんな感じだ?」
傍に行くと、七海は少し恥ずかしそうにしながらカーテンを開いた。
七海が試着したのは、黒のシャツに灰色の羽織るパーカー、さらに珍しいことにスカートを穿いていた。
今前七海は短パンばかり穿いていたので、これは意外というか衝撃的だった。
「ど、どう? 変じゃない?」
「変なんかじゃないぞ。すごく似合ってるぞ」
黒のシャツには可愛らしいガラや文字が入っており、灰色のパーカーを羽織ることで少し大人っぽさもある。
さらにスカートから伸びた健康的な足は、子供らしい元気さも醸し出していた。
不慣れだとは思っていたが、俺なんかが口出しする必要もないくらいバッチリだな。
というか、俺よりもファッションセンスが百倍はある
「本当!?」
「ああ、他のも見せてくれ」
「うん、ちょっと待っててね!」
俺が素直に褒めると、七海は嬉しそうに笑ってカーテンを閉めた。
もしかして、俺と母さんの余計なお節介かと思ったが、楽しんでくれているようで良かった。
◆
「これで終わり!」
全ての試着を終えて、七海が試着ルームから服を持って出てくる。
「どうだ? 全部気に入ったか?」
「うん、どれも良かった!」
最初は緊張していた七海であったが、試着していくうちにすっかりと楽しくなったのか、いつもの元気さを取り戻していた。
元気に返事をしてくれる七海を見ると、こちらもホッとする。
どうやらようやく服屋に慣れてきたようだ。
「そうか。じゃあ、全部レジに持ってくか」
七海の服を受け取るなり、俺はそのままレジに歩き出す。
「え! 別にそんな……」
「遠慮しなくてもいいさ。七海の服を買うくらい負担でもなんでもない」
賢くて気を遣える七海のことだ。きっと遠慮しているのだろう。
「でも、忠宏兄ちゃん無職だよね?」
俺がカッコつけていると、七海から辛辣な言葉が飛び出た。
言葉のナイフは俺の急所に当たり、精神を大きく削っていく。
「だ、大丈夫だ。それまでたくさん働いていたから貯金はある!」
俺は半ば自分に言い聞かせるようにして言い切る。
「というか、買ってあげないと俺が母さんに怒られるから買わせてくれ。でも、七
海が本当にいらないって言うなら無理には買わないよ」
目を合わせて真っ直ぐに言うと、七海はもじもじとしながら、
「……買ってほしい」
「おう、わかった」
やっぱり、子供は素直が一番だな。
七海の境遇を考えれば遠慮してしまうのはわかるけど、やっぱり大人として、兄としては甘えられたいもの。
可愛い従妹のために使えるなら、俺の貯金も本望だ。
「しっかし、パンケーキは遠慮なく食べさせろって言うのに服は遠慮するんだな」
「もう! それとこれとは別!」
七海の要求がどこかおかしくて俺は笑うと、七海が頬を膨らませてそっぽ向く。
パンケーキと服は別なのか。七海の言う事は不思議だ。
微笑ましく思いながらそのままレジへ向かって、お会計に。
自分の服と合わせて結構な種類の服を買ったから、財布の中が随分と軽くなってしまった。
これは扇風機を買う前に、お金を下ろしておかないとな。
「ほい、七海の服だ」
「ありがとう。こうやって店で服とかあんまり買ったことなかったから楽しかった」
女手一つで育てている沙苗さんは、仕事が忙しくて七海とこういう時間が取れなかったのだろう。
多分、七海の持っている服が、似たようなものが多いのは無難なものをネットで取り寄せているか、沙苗さんが店で買っていたから。
それに対して親でもない俺が、気軽に口を出せることはない。
「そっか。また今度来た時は、じっくり服を見て回ろうな」
「うん!」
だが、これからは七海の傍に俺や母さんがいる。
時間もあるから、これからはじっくりと自分で服を選んで買っていけばいいさ。
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