手長エビを釣る難しさ


 鉄橋の下へとたどり着くと、そこは日陰なお陰かとても涼しかった。

 それに風がちょうど入り込んでくるので過ごしやすい。

 昔と変わらず、ここはいい手長エビの釣りスポットだ。


「橋の下ってなんかワクワクするね」


 七海の楽しそうな声が反響して聞こえる。


「それはわかる。こういう所っていいよなぁ」


 巨大な鉄橋というものに覆われているからだろうか? この下にくると、何故だか知らないけど安心感のようなものを得ていた気がする。


「昔、段ボールとかで秘密基地とか作ったっけ」

「作った作った」


 鉄橋の上の段を見ると、いくつかの段ボールが放置されている。

 誰かが俺達と同じようにここで秘密基地のようなものを作って遊んでいたのだろうな。


「ねえねえ、そろそろ釣りしよ」


 俺と礼司が懐かしんでいると、七海がこちらの袖を引っ張りながら言ってくる。

 早く手長エビを釣ってみたいらしい。


「手長エビって、どこにいるの?」

「多分、もう目の前にいると思うぞ。こういうブロックやアシが生えているところを隠れ家に――」

「ああ、いたっ!」


 俺が指をさしながら説明していると、早速見つけたのか七海が大きな声を上げた。


「ほら、ここ! 本当に手が長いよ!」


 興奮した七海が身体を叩きながら言ってくる。

 それに釣られて俺と礼司は七海が指さす場所を覗き込む。

 そこには、ブロックの隙間から僅かに顔を出している手長エビがいた。


「早速見つけたな」

「しかも、デカえな」

「おお、大物?」

「大物だな」


 七海が偶然見つけたものは、普通の手長エビよりもかなりデカい。身体は大きいことは勿論、長く伸びた腕が特に発達していた。


「これなら手や網ですくえそうだね」


 大きな手長エビを観察していると、七海がそんな元も子もない事を言い放った。

 まあ、これだけ近くにいるのを見てしまうと、そう思ってしまうのも仕方がないよな。


「ははは、まあ、その方が早いかもだけど、今日は釣りを楽しむことが目的だからな」

「そうだぜ? 釣り竿で釣った方が楽しいんだぜ」

「わかった。釣る!」


 俺が準備しておいた釣り竿を渡すと、七海は理解したのか元気に頷いてくれた。


「……網を使うのは最終手段だな?」

「ああ、七海に釣りの良さを教えるためにも、できるだけ釣り竿で乗り切るぞ」


 楽しむことも大事だが、我らには釣果という使命がある。

 夕食のメニューを寂しくさせないためにも、母さんの機嫌を損ねないためにも、一定の数を確保しておくことは必要だ。

 そのためにも、たくさんの手長エビを釣っておかなければ。


「ねえ、忠宏兄ちゃん。これ巻く奴ないの?」


 そんな決意を固めていると、七海が拳でくるくると巻く動作をしながら尋ねてくる。リールのことだろう。


「ああ、浅いところで釣る手長エビ専用だからな。ザリガニ釣りと同じようにタイミングよく引き上げるだけだ」

「そうなんだ。それなら簡単だね」

「そうかな~、七海ちゃんにはちょっと難しいと思うけど……」


 簡単だと言い張る七海の下に、礼司がいやらしい笑みを浮かべながら近付く。


「なんで、そんなことないよ! ザリガニみたいに掴んだタイミングで引き上げるだけでしょ?」

「それなら、いいんだけどな」

「えー?」


 この間、ザリガニを大量に釣ってしまった七海がそう思うのは仕方がない。

 ここは実際にやってみて、その難しさを体験してみるのがいいだろう。


「とりあえず、やり方を教えるな」

「うん!」


 俺が移動しようとすると、行動を察した礼司がすぐにカニカマを差し出してくる。

 さすがは俺の友人、理解と行動が早くて助かる。


「まずは適当に裂いたカニカマを針につける」

「こんなちょっとでいいの?」

「小さな手長エビだからな」


 あんまり大きいと食べるのに時間がかかるので、ほんの少しでいい。


「後は手長エビがいそうな場所に放り込むだけだ。ちょうどさっき見つけた手長エビに……いなくなってるな」

「どこ行ったんだだろう?」

「多分、ブロックの陰に隠れたんだろう。暗がりや狭い場所を好むからな」


 俺は周囲にあるブロックの陰を狙って、餌を放り込む。


「この時に餌がちゃんと底についているか確認な。手長エビは底にある餌を拾って食べるから、浮いていたら食いついてこないから」

「わかった!」


 しっかりと頷いた七海に俺は釣り竿を渡してやる。

 俺が教えてあげるのはここまでだ。楽しさといえる、難しさについては実際に体験してもらうことにしよう。


「あっ! 出てきた!」


 七海が竿を構えてしばらくすると、ブロックの陰から先程の大きな手長エビが出てきた。

 七海はもう釣れると思っているのか、ソワソワしながら手長エビを凝視している。

 やがて、手長エビは餌をハサミでそれを掴んでズルズルと持っていく。

 糸に付いてあるウキがすうーっと水面を移動。


「餌持ってった! ……いつ竿を上げたらいいの?」

「手長エビが針まで食いついたタイミングだな」

「えっ、ブロックの中だから見えないんだけど……」

「その時は自分の中の感覚で引き上げるしかない」


 どこか試すように言うと、七海は自らの竿に集中し始めた。

 それを横目に、俺は自分の釣り竿を用意して近くのブロックの影に餌を沈める。

 近くにいる七海のウキが上下しているのを眺めると、七海は竿を持ち上げた。


「えいっ! ……あれ? 手長エビがいない」

「はは、竿を上げるのが早すぎたんだな」


虚しくカニカマのついた餌を眺める七海を、礼司が隣で笑う。


「そんなこと言っても、手長エビの様子が見えないんだもん!」

「だから甘いんだよ。俺ほどに釣り師になれば、たとえ見えなくたって……ほれ!」


 そう言って礼司が竿を持ち上げると、その針には見事な手長エビが引っかかっていた。


「やりー! 俺が一番!」


 喜びの声を上げながら、礼司はクーラーボックスに手長エビを入れる。

 今日一番に釣り上げたのは礼司のようだった。


「礼司の癖にズルい!」

「おい、コラ。礼司の癖にってなんだ」


 礼司が突っ込むも、七海は無視して再び餌を垂らす。

 もう一度先程の手長エビを狙うようだ。


「あ、忠宏兄ちゃんのウキが動いてる」


 七海の様子を見ていると、いつの間にか俺の方に当たりが出たようだ。

 水中にいる手長エビが餌を持っていくせいか、握っている竿が引っ張られる感触がする。


 ウキが沈み、竿が引っ張られる懐かしい感触。


 普通の魚釣りの場合は、ウキが沈んだらビシッと竿を立てて針を口に引っ掛けるのだが手長エビ釣りの場合はタイミングが違う。

 ウキがぴくぴくしている時は手長エビがエサを発見してエサを掴んでいるところなので、まだエサを口まで持って行っていないのだ。

 ハサミでエサを捕まえて自分の食べやすい場所へ餌を運び、そこで初めて口にエサを入れることが多い。

 という理由でウキが動いている時は、しばらく様子を見るのだ。

 そして、動きが止まってから少し待って竿をそーっと持ち上げる。


 すると、竿にビンビンと感触がきた。


 針が手長エビの口にかかって、暴れている証拠だ。

 口にかかれば、そう簡単にはハズレないのでゆっくりと上げてくれば……。


「よし、釣れた!」


 針の先には、見事に手長エビが食いついていた。


 長い間、手長エビ釣りなんてやっていなかったが、昔の感覚は覚えていたようだ。

 そのことに喜びつつ、ぶら下がっている糸を手繰り寄せる。

 水面から持ち上がった手長エビはピシピシと体を動かして暴れている。

 手長エビはこうやって針から逃れることがあるので、即座に口から針を外して手で掴む。

 そして、隣で見ている七海にここぞとばかりに見せつける。


「ははは、釣れたぞ」

「むー、あたしだってすぐ釣るもん!」


 自慢するように言うと、七海が頬を膨らませながら水面の方を睨みつける。


「ほら、きた!」


 しばらく、すると七海の方で反応があったようだ。

 七海のウキが沈みながら移動する。

 七海は手長エビが隠れたブロックの陰を覗き込みながら必死にタイミングを見計らう。

 しかし、知識のない七海はウキがまだ動いているにも関わらずに、竿を上げてしまった。


「えー? なんでー?」


 針先についたカニカマを見て、七海はあからさまに不満そうな声を上げる。


「おー、もう一匹釣れたぜ! やっぱり、ここは結構いるな!」


 七海の奥にいる礼司は二匹目を釣り上げているようだった。

 すると、俺の方にも当たりがかかり、先程と同じようにして釣り上げると、こちらも二匹目が釣れた。


「どうだ? ザリガニ釣りと違って難しいだろ?」

「もー! 二人だけ釣れてズルい! コツを教えて!」


 へらへら笑いながら礼司がそう言うと、七海が地団太を踏みながらそう言った。

 ははは、ちょっと虐め過ぎたらしい。


「わかったわかった。コツを教えるからな」



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